北野坂パレット

伴奏

冴子の我儘

　十月に入り本選を迎えたが、冴子は想像通り難なく通過してしまった。
冴子の技量では、それこそ通過して当たり前だったようだ。

　ただ、昨年のピアノ部門での一位と二位のコンビという事で、会場で少なからず話題になったのには笑った。ヴァイオリン部門でまだ僕の事を覚えている人が居るのにはちょっと驚いた。

　そして僕も予想通りというか予定通りというか、めでたくファイナルでも伴奏することになった。
これからは全国に向けての練習である。

　しかし相手は冴子である。人の感情を逆なでる天才である。
全国に向けて初めて音合わせをした時、演奏が終わってからの冴子が開口一番
「なんかさらっと流してない？」
と、のたまわってきた。

　明らかに言いがかりである。『伴奏だから』といって抑え気味の軽い演奏なんかはしていない。あくまでも共演者として弾いた。しかし『冴子のヴァイオリンコンクールのためのピアノ伴奏』である。
絡み付くようなねちこい演奏は出来ない。それを分かっているはずなのに冴子がいちゃもんをつけてくる。

「流してへんで」

「そっかなぁ？」
と冴子は全く信じていない。

「いや、お前もコンクールのピアノ伴奏やったら、まずはああいう弾き方するやろ？」
如何に冴子のヴァイオリンを長年聞いてきたとしても、いつも通り気楽にピアノを弾く事はない。
コンクールの為の伴奏を意識しながら弾くのは当たり前だ。

「そんな事はないわ。うちはそんな軽い弾き方せえへんわ。もっとしっとりと弾くで」
と冴子は自信たっぷりに言い切った。

――軽いやとぉ……こいつぅ……舐めとんのぉ――

　あまりにもその顔にムカついたので
「ほな代わってみよか？」
とヴァイオリンとピアノを入れ替わってみた。


……演奏後

「お前のピアノも全く俺の演奏と同じようにしか聞こえへんねんけど」

「そんな事はないわ」
と冴子は眉間に皺を寄せて否定した。

「いや。全然変わらへんで。間違いなく同じようなレベルの演奏やったわ」

「ふん！」
と冴子は鼻を鳴らすと
「……それよりもなんであんたの方がヴァイオリンええ音出しとんや！　どういう事や？」
と更に訳の分からん事を言い出した。

「そんな事ないやろ」

「いや、ある！」

「それは勘違いや。僻みや」
と僕が言い返すと
「そんなことはないわ。明らかに亮平の方がこの曲弾きなれてるやん」
と言いがかりがエキサイトしてきた。

「弾き慣れてんのは当たり前や。俺もこの曲好きやったから、死ぬほど練習しとったんやからな」

「そんなもん、何年前の話や」
とあくまでも冴子は納得しなかった。

　挙句の果てには
「なんか理不尽や。腹立ってきた。うち、もうコンクール出るん辞める！」
と居直り出した。

「アホか！　今更辞める言うな。ぼけ！」

「ふん、言うてみただけや。ムキにならんといて。おかげですっきりしたわ」
と冴子は本当にすっきりした様な表情で言った。

本当に僕はこいつの伴奏を辞めたくなってきた。