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伴奏
その夜
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その夜。
僕は安藤さんの店でオヤジと並んでカウンターに座っていた。
ここ最近は冴子の伴奏と自分のレッスンの日々で足が遠のいていた。やっと冴子の方が一段落ついたので久しぶりに顔を出したら、オヤジが一人で飲んでいるのに出くわしたという訳だ。
ちょうどいい機会だったので僕はオヤジに、冴子が全国大会に駒を進めた事と予選で僕が冴子のピアノ伴奏をしたことを報告した。
案の定、既にオヤジは全て知っていた。
「でも、あの冴子が普通に丁寧にお願いしてきたのには驚いたけど」
と伴奏を頼みに来た時のしおらしい態度の冴子の話をするとオヤジは
「ふ~ん。ちゃんとコレペティとして扱われてんのや? 流石冴ちゃんやな」
と感心したように呟いた。
――え? それって感心するところ? 日頃タカビーな冴子とのギャップはスルーなん?――
その反応が予想外だったのと『コレペティ』が初めて耳にする言葉だったので
「コレペティ? なんなんそれ?」
と僕は聞き返した。
「正確にはコレペティトールな。ピアノ以外の弦楽器、管楽器、声楽なんかはピアノ伴奏が必要な時があるんや。お前もヴァイオリンを習っていたんやからそれ位は分かるやろ?」
「うん。それは理解しとう」
「まあ簡単に言えば『ピアノを弾きながら稽古をつけてくれるコーチみたいな人』っていう意味なんやけど、広くはこういったコンクールや演奏会で伴奏ピアノを弾いてくれる人の事も言うんや」
「へぇ……それが冴子のお願いとどう関係があるん?」
「鈍い奴っちゃな。要するにお前の事を『ピアノを弾ける誰か』扱いではなく『ちゃんとピアノ伴奏をしてくれる共演者』としてお願いしたという事やな。冴子は『演奏者としてお前に敬意を表してお願いした』という事や。で、『そういう公私のけじめを冴子はちゃんとしているんやなぁ』とこの父はいたく感心したという事や」
とオヤジは僕を理解力の低い愚息を見るような目つきで言った。
「そうなんや……」
としか僕は言えなかった。まさに理解力の低い愚息だ。返す言葉が見つからない。
なんとなくは感じていた冴子の態度が、そこまでの意味があったとは思ってもいなかった。
伴奏を頼まれた時に『なんか冴子らしくない丁寧な言い回しやな』程度にしか感じでいなかった自分を少し恥じた。
でもオヤジの前でそれを顕わにするのもなんだか癪だった。だからと言って強がりを言う余裕もなった。そんな色んな感情が煮詰まった状態に僕は陥ってしまった。
「で、今度は全国なんやろ? 全国でもお前が伴奏するんやろ?」
と僕の葛藤なんかお構いなしにオヤジが聞いてきた。でもその声で僕はこの葛藤から救われた様な気がした。
「うん。オーケストラとはやらんみたいやからそうなると思う」
「まさかとは思うけど『冴子の引き立て役として弾けばいい』なんて軽く考えてないやろな?」
とオヤジが聞いてきた。聞かれるとは思っていたが、面と向かって聞かれると少しムカつく。
ただ僕自身、まだどう弾くか考えあぐねている事もあったので正直に自分の気持ちを伝えた。
「それなりにガンガン弾きこんでやろうと思わなくもなかったんやけど、地区の本選で分からんようになってしもた。イマイチ、コンクールでの伴奏がよう分からへんねん」
「というと?」
オヤジが聞き返してきた。
「自分が今までコンクールに出た時はそんな事考えへんかったんやけど、このコンクールのファイナル演奏はホンマにヴァイオリニストの技量を見るだけの演奏しかできひんやん? 時間内に収まるように曲を切らなあかんし。逆に時間内やったら複数曲も可能やん。そんな中で弾く伴奏なんか、引き立て役しかできひんような気がすんねん」
と僕は素直に思っている事を言った。
僕は安藤さんの店でオヤジと並んでカウンターに座っていた。
ここ最近は冴子の伴奏と自分のレッスンの日々で足が遠のいていた。やっと冴子の方が一段落ついたので久しぶりに顔を出したら、オヤジが一人で飲んでいるのに出くわしたという訳だ。
ちょうどいい機会だったので僕はオヤジに、冴子が全国大会に駒を進めた事と予選で僕が冴子のピアノ伴奏をしたことを報告した。
案の定、既にオヤジは全て知っていた。
「でも、あの冴子が普通に丁寧にお願いしてきたのには驚いたけど」
と伴奏を頼みに来た時のしおらしい態度の冴子の話をするとオヤジは
「ふ~ん。ちゃんとコレペティとして扱われてんのや? 流石冴ちゃんやな」
と感心したように呟いた。
――え? それって感心するところ? 日頃タカビーな冴子とのギャップはスルーなん?――
その反応が予想外だったのと『コレペティ』が初めて耳にする言葉だったので
「コレペティ? なんなんそれ?」
と僕は聞き返した。
「正確にはコレペティトールな。ピアノ以外の弦楽器、管楽器、声楽なんかはピアノ伴奏が必要な時があるんや。お前もヴァイオリンを習っていたんやからそれ位は分かるやろ?」
「うん。それは理解しとう」
「まあ簡単に言えば『ピアノを弾きながら稽古をつけてくれるコーチみたいな人』っていう意味なんやけど、広くはこういったコンクールや演奏会で伴奏ピアノを弾いてくれる人の事も言うんや」
「へぇ……それが冴子のお願いとどう関係があるん?」
「鈍い奴っちゃな。要するにお前の事を『ピアノを弾ける誰か』扱いではなく『ちゃんとピアノ伴奏をしてくれる共演者』としてお願いしたという事やな。冴子は『演奏者としてお前に敬意を表してお願いした』という事や。で、『そういう公私のけじめを冴子はちゃんとしているんやなぁ』とこの父はいたく感心したという事や」
とオヤジは僕を理解力の低い愚息を見るような目つきで言った。
「そうなんや……」
としか僕は言えなかった。まさに理解力の低い愚息だ。返す言葉が見つからない。
なんとなくは感じていた冴子の態度が、そこまでの意味があったとは思ってもいなかった。
伴奏を頼まれた時に『なんか冴子らしくない丁寧な言い回しやな』程度にしか感じでいなかった自分を少し恥じた。
でもオヤジの前でそれを顕わにするのもなんだか癪だった。だからと言って強がりを言う余裕もなった。そんな色んな感情が煮詰まった状態に僕は陥ってしまった。
「で、今度は全国なんやろ? 全国でもお前が伴奏するんやろ?」
と僕の葛藤なんかお構いなしにオヤジが聞いてきた。でもその声で僕はこの葛藤から救われた様な気がした。
「うん。オーケストラとはやらんみたいやからそうなると思う」
「まさかとは思うけど『冴子の引き立て役として弾けばいい』なんて軽く考えてないやろな?」
とオヤジが聞いてきた。聞かれるとは思っていたが、面と向かって聞かれると少しムカつく。
ただ僕自身、まだどう弾くか考えあぐねている事もあったので正直に自分の気持ちを伝えた。
「それなりにガンガン弾きこんでやろうと思わなくもなかったんやけど、地区の本選で分からんようになってしもた。イマイチ、コンクールでの伴奏がよう分からへんねん」
「というと?」
オヤジが聞き返してきた。
「自分が今までコンクールに出た時はそんな事考えへんかったんやけど、このコンクールのファイナル演奏はホンマにヴァイオリニストの技量を見るだけの演奏しかできひんやん? 時間内に収まるように曲を切らなあかんし。逆に時間内やったら複数曲も可能やん。そんな中で弾く伴奏なんか、引き立て役しかできひんような気がすんねん」
と僕は素直に思っている事を言った。
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