北野坂パレット

うにおいくら

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伴奏

オヤジの指摘

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 それまで僕とオヤジの会話を黙って聞いていた安藤さんが口を挟んできた。
冴子キャサリン、『今度はヴァイオリンで出る』とかいうとったけどホンマに出たんや?」
と驚いたように言った。

「せや。その伴奏をそこの星の王子様がやるみたいや」
とオヤジがカウンターに肘をついて横目で僕を見ながら言った。

「誰が星の王子様や」
と僕は反論したが
「へぇ。星の王子様やるやん」
と安藤さんが感心したように言った。もうここでは『星の王子様』が定着してしまったようだ。

――だぁかぁらぁ、星の王子様とちゃうって――

 それにいちいち反論する気力も失せてしまって
「いや、『やるやん』と言われるほどの事ではないと思うけど……単なる冴子の伴奏やし……」
とそのまま話を流すことにした。

「そうかぁ? 全国大会の伴奏やで。他の出場者もピアノ伴奏あるんやろ?」
と安藤さんは意外そうな表情で言った。

「そりゃ勿論」

「そういうのって伴奏のプロみたいなんが付くんやろ? ちゃうん?」
と安藤さんは意外なところをつっこんできた。

――そんな事は考えた事も無かったわ――

「そうなんかなぁ……?」
とオヤジを見ると
「そんなもんやな。大抵、習っているところの先生が手配してくれると思うわ」
と僕に代わって応えてくれた。

「そんな所で亮平が伴奏するんやろう? なんか楽しみやわぁ」
と安藤さんは完全に他人事で楽しんでいる様だった。

――冴子の演奏は楽しみでは無いんかいな――

と僕は冴子の代わりに心の中で憤っておいた。

「ま、去年のピアノコンクールとは全く違うからな。亮平にはええ経験や。それにな、こいつはな、ピアノを弾くのが好きなだけでここまでピアノを弾いてきたんや。別にピアニストを目指しているわけでもなかったのに……ところがなんか知らんけど演奏家とか表現者とかそんな事を言い出しよった。そうすると今までピアノをうまく弾くために詰め込んだ知識を総動員して『ピアノとはこういうものだ!』と定義し出したわ。何度も亮平には言うたけど『頭でっかちにはなるな』と。しかし見事に頭でっかちになりかけていた。そこに器楽部やオーケストラ、ヴォーカルの伴奏にヴァイオリンの伴奏、アニソンで、つい最近はダニーの指揮でオーケストラや。で、今回は冴子のコンクールの伴奏や。次から次へとネタが降ってきよる」
と呆れたように、それでいてオヤジも他人事を楽しむように言った。

「それってどういう事?」
と僕が聞き返すとオヤジは

「知識ばっかりで収集つかん様になった頭を、経験が補ってくれたと言うとんや。最初の頃はピアニストはクラッシックしか弾いたらアカンみたいな固定概念の塊やったからな。ちゃうか?」
と言った。

 そう言われてみれば思い当たる節があった。初めて瑞穂と哲也と組んだ時瑞穂に『別にクラシックばっかりやらんでもええやん』と言われたことを思い出した。

『だって、折角三人でやるんやから、弾きたい曲を片っ端から演奏したらええやん。そう思わへん?』

――ああ、そうだった。あの時僕は固定概念の塊だった――

 オヤジの言う通りだった。そんな話をした記憶も蘇ってきた。
それにしてもオヤジは僕でさえ忘れ果てていたそんな話を、覚えていてくれていた事の方に軽い驚きを覚えた。

「ホンマに人との出会いは貴重やで……」
とオヤジがひとこと言った。

「出会い?」

「そうや」
とオヤジはそう返事をして、それ以上は何も語らなかった。
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