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エピローグ

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「あ、あの…」
「はい」
「これから、どうしましょう」
「どうしましょうか」
「マスター、好きなものって何ですか?」
「…咲良さん]
「はい」
「まずはマスターってやめてほしいんですけど」
「はっ! …そ、そうですよね! も、森さん?」
「それも、固くないですか?」
「固いです。じゃあ…智之さん?」

マスターはちょっとまだ不満気だったけど、とりあえず納得してくれたみたいで、頷いた。


マスターと付き合うことになって今日が初めてのデートの日。
けど。会話も呼び方もぎこちないったらありゃしない。いい大人なのに。

いや、いい大人だからかな…。
透ともなんだかんだで3年も付き合ってたから、恋愛の始め方を完全に忘れてる。

「映画とか行きます?」
「咲良さん、どんなのが好きですか?」
「ホラー以外は観ます!」
「あ…」

マスターが言葉に詰まるから、ホラー映画押しなのが、わかってしまった。今、夏だし、無駄に恐怖モノ多いんだよねえ。う、でも苦手。夜トイレいけなくなる。

目的地は定めないで、待ち合わせの時間と場所だけ決めて、会うことにしたから、なんだかもうぐだぐだだなあ。

でもこのぐだぐだ感が、不思議とイライラしない。


「私、智之さんと2人で、ゆっくり話せるところだったら、何処でもいいんですけど」
「じゃあ映画はなしですね」
「そうですね。カフェでも行きます?」
「僕以外の人が淹れたコーヒーを咲良さんが飲んで『おいしい』とか満面の笑みで言われるのは、ちょっと面白くないんですけど」

ぼそっと言うマスターが、子どもっぽくて思わず吹き出してしまった。


「どうせ、大人げないですよ」
「あ、すみません。可愛かったから」
「可愛いって…」
「あ、すみません。マスターいつも隙がないから…」
「マスター?」
「間違えました~! 智之さん!」

お互い距離を掴み損ねて、かみ合ってないよ~。
やっぱり難しいのかなあ。そう思った時だった。


「僕の家で良ければ…」
「え!」

お邪魔していいのかな。過剰に反応してしまったのを、またマスターは誤解してしまう。


「いや、その! 邪な気持ちがあるわけじゃなく…いや全くゼロかっていうと、それも嘘になりますが」

やばい、必死過ぎるマスターが可愛い、可愛すぎる。でもまた可愛い言ったら、拗ねられそう。
どうしよう。こみあげてくる笑いが止まらない。


「いいですよ」
「え?」
「智之さんの家、行きましょ?」

パッと手出すと、マスターが握ってくれた。ちょっとくすぐったい。

でも、嬉しくて、私とマスターは手を繋いだまま、次の一歩を踏み出した。



ここから先、どうなるかなんてわかんない。また誰かを好きになるのが、怖くない、って言ったら嘘になる。
だって、私、一度地獄見てるから。

婚約を破棄されて、失意と絶望のどん底で、自分が世界中で一番不幸だと思ってた。


けど。
人生って何が起こるかわからない。わからないから、面白い。


透との婚約はダメになってしまったけれど、私は結局何も失ってないし、不幸でもない。


「智之さん」
「はい」
「プロポーズなんですけど…じっくり考えてからでいいですか?」
「もちろん、ゆっくりでいいですよ」

鷹揚に構えて答えてから、マスターはそれでも一抹の不安を覚えたのか、「ちなみにどれくらい?」と具体的な時間経過を尋ねてきた。


「…最低1年から…3年くらい?」
「えっ」

自分の見積もりより長かったのか、焦った声が出る。


「嘘です」
「焦ってるつもりはないんですが、なるべく早いと嬉しいです」
「はい」

くすくす笑いながら私は頷いた。――きっとそう遠くないだろう未来を予想しながら。

                    


                                              (完)
   



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