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事の始まり※
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「大人になったらエヴァをお嫁さんにしてくださいね」
「かわいいエヴァ、約束する。さぁ、誓いの口づけを…」
「はい…ポラール様」
迫る浮腫んだニキビ肌のデカい顔。うっとり目を閉じる自分。
・
・
・
「ギャーーー!!」
また過去の夢に魘されて、エヴァンジェリンは目を覚ました。
「あの、あの豚め………!!!また夢に出てきやがって…!」
エヴァンジェリンには、消し去りたい過去がある。
もう10年以上は経つのに、未だに時々夢を見る豚男との過去。この夢を見ると決まって次の日には、不運に見舞われる。本当に悪夢としか言いようがない。
今でこそ、裕福な商家の娘となっているエヴァンジェリンだが、12歳まではとある貴族の家に住んでいた。母が洗濯女として住み込みで働いていたから。
母は元娼婦で男受けする容姿をしていて、既婚者だろうが男に言い寄られ、女の使用人たちから嫌われていた。その娘のエヴァンジェリンも、当然のように嫌われた。
けれど母には、守ってくれる男が居た。母の側に居るときは何もなくても、そうじゃない時は母への鬱屈としたものが全てエヴァンジェリンに向けられていたのだ。
8歳頃から、母はわざとエヴァンジェリンに汚い格好をさせた。自分に似てきた容姿に、苛めではない悪さをされるのではないかと恐れたのだと、今ならわかる。そして、人が嫌がる豚小屋の掃除の仕事をさせられるようになった。
臭い豚が来たぞと、エヴァンジェリンは更に苛められた。
惨めだった…。ポラール様に気に入られるまでは。
その貴族の家には、二人の子どもが居た。亡き正妻との息子であるポラール様と、私生児であるクラリス様。
当時15歳のポラール様は、大層太っていて身体は豚、ニキビもすごくて顔はまるでヒキガエル。37歳になっても後妻の打診が絶えない見目麗しい旦那様に似ているのは、金髪と青い瞳だけ。酷い癇癪持ちで、わがままばかりで使用人に当たり散らし、クラリス様には酷い苛めをしていたらしい。
反して、10歳のクラリス様は、茶色い髪に緑の瞳は母親譲りだが、その他の容姿は旦那様に似て、頭脳明晰、性格も控えめで穏やか、私生児であるにも関わらず、皆に好かれていた。
だというのに、その頃のエヴァンジェリンときたら、肥ってバカでかっこいところも何一つ無いポラール坊ちゃんを、本物の自分の王子様だと信じていたのだ。
無知って怖い!
苛められて隠れて過ごしていたエヴァンジェリンは、屋敷の中の事などよく知らなかった。豚小屋を掃除する小汚い娘が、心無い言葉を掛けられているところを叱り、美味しいお菓子や綺麗なアクセサリーを持ってきてくれて、優しい言葉を掛けてくれるお坊ちゃまが、自分以外には悪行三昧の嫌な奴だということも。
見た目は豚みたいではあるけれど、容姿が普通でも苛めてくる他の子より、ポラール様は心が綺麗で高潔な人なんだと、流石は貴族のお坊ちゃまだとエヴァンジェリンは信じていた。
エヴァンジェリンの身体は早熟で、11歳ですでに初潮もきていたし、汚い格好で誤魔化されてはいたが、女の身体になってきていた。女性に相手にされないポラールは、同じく誰も相手にしない汚い娘に何をしても誰も気にしないだろうと、性的な興味を発散したかっただけだと大人の今は思う。
思い返せば口づけ以外にも、性的な接触があったのだけど、母もやっていた事だからそういうものだと思っていたし、バカなエヴァンジェリンは、自分を護ってくれる王子様に好かれたかった。
事実、ポラールとそういう仲になってからは、誰もエヴァンジェリンを苛めなかった。豚同士でお似合いだなどと、陰口を叩かれていたが全く意味が分かっていなかったし、お坊ちゃまにかわいがられているから羨ましくて僻まれているのだと思っていたほどだ。
ところがある日、エヴァンジェリンの母が屋敷を追い出された。執事長と別れたらしい。当然、エヴァンジェリンも出ていくことになる。
そして冒頭の口づけである・・・・。死にたい。あの頃の自分を殴りたい。
その後、屋敷を離れ、知り合いの居ない街に移った。そこで母が後継者の居ない、食品を扱う商家の後妻に収まり、エヴァンジェリンは後継者として猛勉強し、世間を知り、幼い頃の境遇がどういうものだったかようやく理解したのだった。
ポラール様はというと、その後、クラリス様の婚約者を手籠めにしようとしたとかなんとかで、勘当されたらしい。
まるで物語に出てくる悪役みたいな坊ちゃんだ。あんな人を王子様だと思っていたなんて本当に恥ずかしい。
「はぁ…」
悪夢を見て最悪の気分だけど、エヴァンジェリンは己の陰核に指を当てる。ピリッとした刺激にゲンナリしつつ、自慰を始めた。
「ん…」
声を出すな、エヴァ。静かに…臭い豚小屋の端で、スカートの中に差し入れられた柔らかな指。膨らみかけ少し痛みのある胸を、優しく包み乳首を優しく擦る指。
気持ち悪いのに、気持ちいい。大人になりかけの身体に教えられた少しの快楽は癖になり、いつの間にかその頃を思い出して自慰をするようになってしまった。
んんっ……
エヴァ、かわいいエヴァ…
あーほんと、最悪の気分…自慰でイッた後はいつも嫌悪感で泣きたくなる。それなのに、坊ちゃんの夢を見ると、どうしてもしたくなってしまう。
エヴァンジェリンはもう27歳。クソぼんぼんに歪められた性癖のせいか、男と付き合っても最後の一線が越えられず、処女のままこの歳まできてしまった。
継父はすでに70歳を過ぎていて、死ぬ前に孫の顔が見たいとプレッシャーを掛けられている。
ため息をつきつつもスッキリとしたので、エヴァンジェリンは眠りについた。
今度は悪夢は見なかった。
翌日、隣国からの商団との取引があり、お昼ご飯を食べる間も無く夕方になってしまった。悪夢を見た次の日は、不運に見舞われる。取引はうまくいったし、珍しいものも手に入った。昼御飯を食べれなかったくらいの不運なら、たいしたことじゃない。
「カイラ~、ご飯食べて帰らない?この前、オープンしたばかりのお店、行ってみたくて」
「ごめん、ケビンとご飯食べに行く約束してるのよ」
「そっかぁ。そういえば、ケビンとはどうなの?」
「うーん、今のところまだ友達って感じ。まぁ、元々気が合うし、楽しいわよ」
「カイラがケビンと本当に付き合う事になったら、私の肩身がまた狭くなる~」
「付き合ったって、結婚するとは限らないじゃない」
「まあね~でもカイラをケビンに取られるの寂しいな~」
「例えケビンとどうこうなっても、私の一番の恋人は仕事ですから!また明日ね!」
カイラは有能なバイヤーで、仕入れの責任者をしてもらっている。仕事人間で恋愛感情がわからない彼女を、取引先のケビンが何とか口説き落として、今は恋愛お試し期間なのだ。
カイラは一つ歳上で貴重な独身仲間なので、うまくいってほしいような、いってほしくないような複雑な心境である。
結局、お酒とご飯の美味しい、カウンター席が5つしかない馴染みの小さい店に行く事にした。
「いらっしゃい。今、仕込み中だから食事はちょっと待ってね。飲み物はどうする?」
「はぁい。とりあえず、発泡酒!」
晩御飯には早い時間なのに、既に先客が居た。隣国の格好をしたガタイのいい男性。この人、さっき取引した商団の中に居た気がする。5席しかないので、奥から詰めて座るのがこの店のマナー。必然的に隣に座る。
「隣、失礼しまぁす。お兄さん、さっき、ユタ商団に居ました?」
「あ、ああ…ハイ…」
深くフードを被り、ウェーブが掛かった髪の毛が目元も覆い、更に俯いて顔を隠している。
人見知りなのかしら。あまり話しかけない方が良さそうね。
「先程は、ありがとうございました。よい取引が出来ました。今後共、よろしくお願いしますね」
今後の事もあるから挨拶だけはしておかなきゃ、とにこやかに話し掛けて発泡酒を飲み干す。
あーおいし!
「今日は新鮮な魚が手に入ったから、魚料理だよ」
「わーい。お魚大好き!」
隣の人は、時々、様子を伺うようにエヴァンジェリンを見るがそれに気付いて隣を見ると、すぐに俯いて、出された料理を黙々と食べている。
この人、護衛か荷運びだよね。こんな寡黙だと商人では無さそう。話し掛けてくるでもないのに、チラチラ見られて、ちょっと居心地が悪い。
店主と話しながら、ついつい、お酒が進んでしまう。
「ごちそうさま!またね~!」
「毎度!」
食事が終わった頃にはすっかり酔っ払ってしまった。空きっ腹に飲み始めたのも良くなかった。食べ過ぎもあって、胃もたれしている気もする。
早い時間に食べたので、まだ日が沈み始めてきたくらいだから、酔い覚ましに少し広場で休んでいくことにした。噴水の前のベンチに座る。
暗くなり始めた広場は、色んな人が待ち合わせに使っている。夕焼け空に、人々のざわめき。みんな、大事な誰かと待ち合わせして楽しそう。友達、恋人、親子…こういう光景を見ると、何故か胸が締め付けられる。
火照った頬に、風が気持ちいい。
「あの、これよかったら…」
声を掛けられ、顔を上げると、先程の店で隣の席でチラチラ見ていた男だった。ガラス瓶に入った水を渡された。
「ただの水だが…さっき随分飲んでたようだから…」
「どうも…」
男が夕陽を背に立つと、くすんだような金髪の髪の毛が日に透けて綺麗。長い前髪から見える青い瞳は、誰かを彷彿とさせた。
この人は、背も高くて筋肉質で、どうも顔もかっこいいし、色黒だし、ヒキガエルとは似ても似つかないのに。
「具合が悪いなら、俺の泊まっている部屋が近いから…」
「はぁ…」
何だ、ナンパ?これだから、見た目がいい男は…すぐ女が付いて行くと思ってやがる。
「少し休めば大丈夫です」
「そ、そうか。すまない…」
しゅんとしながらも、男は帰る気配がない。
「放っておいても大丈夫ですよ。少し酔っただけだから」
「しかし、変な男に狙われたら危ない…」
「ぷっ。あなたのこと?」
「えっ、あっ、君からしたらそうなるか…」
「そうよ。貴方の雇い主に、セクハラで訴えるわよ」
「もうユタ商団は雇い主じゃない。この街までの契約だったから…」
「ふぅん。それで、ちょっと遊んで、また別の街ってわけ?あっちこっちで女を引っ掛けてるのね~」
「そ、そんな事は無い」
何となくムカついて、酔いもあって八つ当たりに近い返事をしてしまう。クソ豚のせいでまともな恋愛が出来ないエヴァンジェリンは、特に見た目のいいナンパ野郎が大嫌いなのだ。
母譲りの男好きする見た目ではあるから、エヴァンジェリンはモテないわけではない。何人かの男と付き合った事はある。けれど、男の愛してるがどうしても信用できない。クソ豚だって、弟の婚約者に手を出したらしいし、見目麗しい旦那様にだって、私生児が居た。
エヴァは、俺の女神だ。愛してる…
ポラールに気に入られていたのはたったの半年。
けれど、苛められ、皆に蔑まれ泥沼の中に居たエヴァンジェリンが、その時に感じた多幸感、裏切られていた事実を知った絶望感は、今も悪夢を見る程にはトラウマなのだ。
ああ、いやだ…
「なんか…吐くかも…」
「…!何もしないから、休んでいけばいい」
男の宿は、本当に広場の近くだった。部屋につくなり、エヴァンジェリンは床に吐いてしまった。吐瀉物が、男の服にも、エヴァンジェリンの服にも飛び散る。
「ご、ごめんなさい…」
「大丈夫だから、全部吐け」
最悪だわ…いつもだったら吐いたりしないのに。やっぱりあの夢を見た日は、嫌な事が起こる。気持ち悪くて、情けなくて涙が滲む。幸運だったのは、男はエヴァンジェリンにとても親切だったし、紳士的だったこと。
シャワーを借りて、ベッドに横になると酔いが少し冷めてきた。吐いたおかげで、胃もスッキリした。シャワーを浴びている間に、吐瀉物のついた服は洗われて部屋の中に干されている。着替えが無いので、男がシャツを貸してくれた。
あーあ、何やってるのかしら…
「落ち着いたか」
シャワーを浴びた男が出てきた。エヴァンジェリンに貸してしまい、着る服が無いのか上半身裸なのでドキドキしてしまう。鍛えられよく引き締まった身体、前髪を上げた顔も精悍で、思っていた以上にかっこいい男性だ。日差しの強い隣国の人の、浅黒い肌も野性的な魅力がある。
「ありがとう…あの、迷惑かけてごめんなさい…」
「いや、それは大丈夫だ。その、足に布団を掛けてもらえるか」
「…!」
借りた服は上だけで、男の身体が大きいのでお尻の辺りまでは隠れるが、パンツも汚れてしまってノーパンなので、少し足を上げただけで際どいところが見えそうだ。
照れてエヴァンジェリンを見ない男が、何やらかわいく見えてきた。まだ少し酔いが残る身体が、そんな男を見て疼く。
昨日、自慰をしたせいか。クソ豚に似た髪と瞳の色のせいか。
男に近づくと、首に腕を回して囁く。
「お礼がしたいわ」
「まだ安静にしてた方が…」
「吐いたらスッキリしたの」
「…いや、でもまだ…」
言い淀むが、絡めた腕を解こうとはしない。熱を込めて見つめると、男の瞳に欲望が灯る。
ほらね、やっぱり。ナンパ野郎の思惑に乗ってやろうじゃない。
「…本当にいいのか」
「ええ」
自分から、男を引き寄せて口づけをした。男は、エヴァンジェリンを抱き上げてベッドに横たえ、噛み付くようにキスをした。
ノーパンなので、男はすぐにエヴァンジェリンの隘路を指でなぞってくる。既に湿っている襞を辿って、陰核を暴くと、舌で嬲り始めた。
「そんないきなり…ああっ…!」
ジュルジュルと吸い付かれて、自慰とは違う快楽に目がチカチカする。
「ん、んうっ…」
イキそうになったところで、舌が離れ、物足りないと不満げな顔を尻目に、服を脱がされ胸を弄られる。
やわやわと芯を刺激しながら、乳首を口に含まれ、いつの間にか裸になった男の硬くなったものを陰核に当てられて擦られている。両方の刺激が気持ちよくて、男の腰に足を絡めて股を擦り付けてしまう。
自分でするのとは違う刺激に、夢中になる。
「エロい…綺麗だ…」
堪らずに男が呟き、ちゅ、ちゅ…と舌を絡ませて深くキスをする。
「はぁ、はぁ、気持ちいいよぉ…」
「挿れていいか?」
「うん…」
ゆっくりと、侵入してくる異物に痛みを我慢していると、男は一旦抜いた。
「狭いな…」
「久しぶりだから…」
「そう…か?」
久しぶりどころか、初めてだけど。この歳でこの外見で処女とか引かれるかもしれないし、遊び慣れた女の方がいいだろうと嘘をつく。
どうせ、一夜の関係で終わらせるつもりだし。
「もうちょっと解さないと痛そうだ…」
「ん…」
男は節くれだった指に愛液を絡ませて、エヴァンジェリンの中にゆっくりと差し入れた。挿れて中を刺激しながら、陰核を舐めるものだから、たまらない。
いつの間にか指の数を増やされて、ザラザラとした膣壁を押し上げる。舌先を尖らせて、嬲られて、びちゃびちゃと恥ずかしい程に濡れてきた。
「ああんっ…イッちゃう…!」
ビクビクっと中に残ったままの男の指を締め付けて、身体が揺れる。気持ちいい…自分でするのと違う…ぼうっとしていると、剛直が一気に中に押し入ってきた。
「んっ…ああっ…!」
「大丈夫か…?」
男は動きを止めて、切なげな、切羽詰まったような顔でエヴァンジェリンを見つめている。
「…ね、私の中、気持ちいい?」
「ああ…すごくいい…」
そう答えた男の顔が苦痛とも快楽ともつかない顔をしていて、ぎゅっと胸が締め付けられてしまった。
「大丈夫よ…」
男がゆっくりと動き出すと、未知なる快楽がまたやってきた。少し擦れるような痛みはあるが、ぐちゃぐちゃと出し入れされ、更には口内も舌で蹂躙されている。どっちにも挿入されているみたいで、益々淫らな気持ちになってくる。
「はぁっ、はぁっ、もういきそうだ…」
腰の動きが早くなり、エヴァンジェリンも更なる高みに引き上げられていく。
「私も…何かきちゃうっ…んんっ…」
エヴァンジェリンは自分がイッた瞬間、離れようとする男の腰に足を絡めて引き寄せた。
「あっダメだ…っ中にっ…」
ビク…!びゅっびゅっ…
自分では触れない、身体の奥に熱いものが掛けられた。男の吐精に、エヴァンジェリンは恍惚として目を閉じた。
「はぁ…はぁ…何てことを…」
どさっと、汗だくの男がエヴァンジェリンに覆いかぶさる。硬さを失い、男根がゆっくりと抜けていくと、どろっと液体が己から出ていくのを感じた。精液と、血の交じる鉄の匂い。
男に至近距離で見つめられて、エヴァンジェリンは目を逸らす。さっきから、何でそんなに切なげな顔をするんだろう。
「血が…」
「久しぶりだったから、血が出たのかしら?こんなに気持ちいいのは初めてで、中に欲しくなっちゃったの。ごめんなさい。今日は妊娠しないから、大丈夫よ」
「そういうわけには…」
「まさか、何か病気でも持ってるの?」
「そんなことはない!」
「それなら問題ないわ」
とりあえず、遊んでる風を装ってみる。これが、愛の営みかぁ。1度してしまうと、なんてことはない。気持ちよかったし、何だか憑き物が落ちたような気がする。
男に渡されたお茶を飲む。
「すまない…」
エヴァンジェリンの乱れた髪の毛を、男は優しく撫でた。エヴァンジェリンを見つめて何かじっと考えているようだけど、手つきが優しくて気持ちいい。
初めての刺激に思ったより疲れていたのか、エヴァンジェリンは謝られた意味も考えられずにそのまま眠りに落ちていった。
「エヴァ…」
名前を呼ばれたのは、夢か現か。
朝日が眩しくて目が覚めた。見知らぬ部屋にぎょっとしたが、そういえばと思い出す。部屋の主は不在で、エヴァンジェリンの服が丁寧に畳まれて枕元に置いてある。
股の中が疼くような痛みが、処女を失ったんだと実感する。ロマンス小説だと、初めて結ばれた朝に目覚めると、愛する人に抱き締められて寝ていて、そのぬくもりに愛を感じたり、目が覚めると愛おしげに見つめられてまた燃え上がってしまったり…なーんてシチュエーションにも若い頃は憧れていたけど、現実なんてこんなもんよね。
そもそも、なぜかそのシチュエーションがどうしてもあの豚で想像されてしまって、いつもゲンナリしてしまっていたもの。
ガチャ
ちょうど着替えたところで、男が戻ってきた。手に持っているトレイに乗っているのは、朝食のようだ。
「起きていたのか。朝食を持ってきた」
「ありがと」
「俺は済ませてきたから、ゆっくり食べて休んでいってくれ。外にいるから」
「…なんで?外に用でもあるの?この部屋の主はあなたなのに、追い出すようで悪いわ」
朝食を持ってきてくれたのはありがたいが、何だかよそよそしいのが少し悲しい。
にしても、やっぱりかっこいいわ…じっとみつめていると、男は困ったように目を逸らす。
「…仕事を探しに行くんだ。この宿は、明日までに出ていかないとならないから、今日中に探したい」
「まだ職業斡旋所は開いてないわよ」
「そう…なのか」
「あなたも、こっちに来て座ったら」
隣に座るよう促して、肩にもたれかかる。
「何だか体が怠いの…。久しぶりなんて嘘。私、処女だったのよ」
ビクッと男の身体が震えた。なぜかそっぽを向いて咳払いしている。
「げふっ…!そ、そうか…すまない…」
「あなたも本当は気付いてたんじゃない?ちょっとくらい甘えさせてよ。行きずりの相手に、面倒かしら?」
「…そんな事はない」
肩に凭れたままのエヴァの腰に、男が恐る恐るといった風に手を回す。
「ん」
上目遣いで男の顔を見つめて、唇を少し尖らせて目を瞑り、唇を指差すと、昨夜とは違って遠慮がちなキスが落ちてきた。
重ねるだけの、優しいキスだった。
にこっと笑うと、男はまたそっぽを向いて咳払いをしたが、その耳が真っ赤になっていたから、エヴァは脈ありと判断して、ある提案をすることにした。
「あなた、仕事を探しているなら、私が雇ってあげるわ。私の契約恋人として」
「??」
「私、結婚はしたくないけど、子どもは欲しかったみたい。もしかしたら、妊娠するかもしれないじゃない?責任取って結婚しろとは言わないから、両親を納得させるために、とりあえず恋人のフリをしてもらいたいの」
「……俺なんかの子でいいのか」
「いいわ。性的な事がこの歳まであまり出来なかったけど、貴方とは最後まで出来たから。貴方を逃したら、もう授かれなさそうだもの」
あっけらかんとしたエヴァンジェリンとは対象的に、男はずいぶんと考え込んでいる。
「もし、子どもが出来たら、報酬は2倍にするわ」
「いや、恋人役に報酬はいらない。仕事は別に探す。無職の男が恋人では、君も格好がつかないだろう」
「え?でも…それでいいの?」
「ああ。そんなことで報酬を得るなど…責任を取らねばならないのは俺の方なのだから…君は、子どもを授かったとしても、結婚は望まないのか?」
「そうね…。望まないわ。もしかして、貴方は結婚したいの?」
男はぐっと言葉に詰まったようだったが、俯いたまま「いや…俺も望まない…」と戸惑いながら呟いた。
「では契約成立?子どもは欲しいから、セックスはするのよ。報酬、やっぱりあった方がいいんじゃない?」
何だか無償で子を授けてくれなんて、エヴァンジェリンにだけ都合がいいような気がしてしまう。
「報酬は本当に無用だが…子どもか…」
男は、また考え込んで黙ってしまった。今度は不快げに眉間のシワが深くなっている。
「…もし、月のものがきたら、契約は解消でいいか?」
「うーん…そうね、月のものが3回きたらでどう?本当は半年は欲しいところだけど…早めに妊娠したら、別れる時期は貴方に任せるわ」
「3回か…2回ではダメか?」
「ちょっと短いわね…何かあるの?」
「国に帰らねばならないから、そんなに長居は出来ない」
「あら!もしかして、結婚してたり恋人は居る?!それなら…」
「いや、そんな相手は居ない!結婚もしてないし、恋人も居ない!」
何故か力いっぱい否定するところが逆に怪しいけど…まぁいいわ。
「じゃあ、これから私と貴方は恋人同士よ。私の名前はエヴァンジェリン。27歳」
「俺は…ラル。30歳」
今更のように自己紹介をして、お互いのことをいくつか確認しあって、生理が2回来たら別れるという事で契約は成立した。
「かわいいエヴァ、約束する。さぁ、誓いの口づけを…」
「はい…ポラール様」
迫る浮腫んだニキビ肌のデカい顔。うっとり目を閉じる自分。
・
・
・
「ギャーーー!!」
また過去の夢に魘されて、エヴァンジェリンは目を覚ました。
「あの、あの豚め………!!!また夢に出てきやがって…!」
エヴァンジェリンには、消し去りたい過去がある。
もう10年以上は経つのに、未だに時々夢を見る豚男との過去。この夢を見ると決まって次の日には、不運に見舞われる。本当に悪夢としか言いようがない。
今でこそ、裕福な商家の娘となっているエヴァンジェリンだが、12歳まではとある貴族の家に住んでいた。母が洗濯女として住み込みで働いていたから。
母は元娼婦で男受けする容姿をしていて、既婚者だろうが男に言い寄られ、女の使用人たちから嫌われていた。その娘のエヴァンジェリンも、当然のように嫌われた。
けれど母には、守ってくれる男が居た。母の側に居るときは何もなくても、そうじゃない時は母への鬱屈としたものが全てエヴァンジェリンに向けられていたのだ。
8歳頃から、母はわざとエヴァンジェリンに汚い格好をさせた。自分に似てきた容姿に、苛めではない悪さをされるのではないかと恐れたのだと、今ならわかる。そして、人が嫌がる豚小屋の掃除の仕事をさせられるようになった。
臭い豚が来たぞと、エヴァンジェリンは更に苛められた。
惨めだった…。ポラール様に気に入られるまでは。
その貴族の家には、二人の子どもが居た。亡き正妻との息子であるポラール様と、私生児であるクラリス様。
当時15歳のポラール様は、大層太っていて身体は豚、ニキビもすごくて顔はまるでヒキガエル。37歳になっても後妻の打診が絶えない見目麗しい旦那様に似ているのは、金髪と青い瞳だけ。酷い癇癪持ちで、わがままばかりで使用人に当たり散らし、クラリス様には酷い苛めをしていたらしい。
反して、10歳のクラリス様は、茶色い髪に緑の瞳は母親譲りだが、その他の容姿は旦那様に似て、頭脳明晰、性格も控えめで穏やか、私生児であるにも関わらず、皆に好かれていた。
だというのに、その頃のエヴァンジェリンときたら、肥ってバカでかっこいところも何一つ無いポラール坊ちゃんを、本物の自分の王子様だと信じていたのだ。
無知って怖い!
苛められて隠れて過ごしていたエヴァンジェリンは、屋敷の中の事などよく知らなかった。豚小屋を掃除する小汚い娘が、心無い言葉を掛けられているところを叱り、美味しいお菓子や綺麗なアクセサリーを持ってきてくれて、優しい言葉を掛けてくれるお坊ちゃまが、自分以外には悪行三昧の嫌な奴だということも。
見た目は豚みたいではあるけれど、容姿が普通でも苛めてくる他の子より、ポラール様は心が綺麗で高潔な人なんだと、流石は貴族のお坊ちゃまだとエヴァンジェリンは信じていた。
エヴァンジェリンの身体は早熟で、11歳ですでに初潮もきていたし、汚い格好で誤魔化されてはいたが、女の身体になってきていた。女性に相手にされないポラールは、同じく誰も相手にしない汚い娘に何をしても誰も気にしないだろうと、性的な興味を発散したかっただけだと大人の今は思う。
思い返せば口づけ以外にも、性的な接触があったのだけど、母もやっていた事だからそういうものだと思っていたし、バカなエヴァンジェリンは、自分を護ってくれる王子様に好かれたかった。
事実、ポラールとそういう仲になってからは、誰もエヴァンジェリンを苛めなかった。豚同士でお似合いだなどと、陰口を叩かれていたが全く意味が分かっていなかったし、お坊ちゃまにかわいがられているから羨ましくて僻まれているのだと思っていたほどだ。
ところがある日、エヴァンジェリンの母が屋敷を追い出された。執事長と別れたらしい。当然、エヴァンジェリンも出ていくことになる。
そして冒頭の口づけである・・・・。死にたい。あの頃の自分を殴りたい。
その後、屋敷を離れ、知り合いの居ない街に移った。そこで母が後継者の居ない、食品を扱う商家の後妻に収まり、エヴァンジェリンは後継者として猛勉強し、世間を知り、幼い頃の境遇がどういうものだったかようやく理解したのだった。
ポラール様はというと、その後、クラリス様の婚約者を手籠めにしようとしたとかなんとかで、勘当されたらしい。
まるで物語に出てくる悪役みたいな坊ちゃんだ。あんな人を王子様だと思っていたなんて本当に恥ずかしい。
「はぁ…」
悪夢を見て最悪の気分だけど、エヴァンジェリンは己の陰核に指を当てる。ピリッとした刺激にゲンナリしつつ、自慰を始めた。
「ん…」
声を出すな、エヴァ。静かに…臭い豚小屋の端で、スカートの中に差し入れられた柔らかな指。膨らみかけ少し痛みのある胸を、優しく包み乳首を優しく擦る指。
気持ち悪いのに、気持ちいい。大人になりかけの身体に教えられた少しの快楽は癖になり、いつの間にかその頃を思い出して自慰をするようになってしまった。
んんっ……
エヴァ、かわいいエヴァ…
あーほんと、最悪の気分…自慰でイッた後はいつも嫌悪感で泣きたくなる。それなのに、坊ちゃんの夢を見ると、どうしてもしたくなってしまう。
エヴァンジェリンはもう27歳。クソぼんぼんに歪められた性癖のせいか、男と付き合っても最後の一線が越えられず、処女のままこの歳まできてしまった。
継父はすでに70歳を過ぎていて、死ぬ前に孫の顔が見たいとプレッシャーを掛けられている。
ため息をつきつつもスッキリとしたので、エヴァンジェリンは眠りについた。
今度は悪夢は見なかった。
翌日、隣国からの商団との取引があり、お昼ご飯を食べる間も無く夕方になってしまった。悪夢を見た次の日は、不運に見舞われる。取引はうまくいったし、珍しいものも手に入った。昼御飯を食べれなかったくらいの不運なら、たいしたことじゃない。
「カイラ~、ご飯食べて帰らない?この前、オープンしたばかりのお店、行ってみたくて」
「ごめん、ケビンとご飯食べに行く約束してるのよ」
「そっかぁ。そういえば、ケビンとはどうなの?」
「うーん、今のところまだ友達って感じ。まぁ、元々気が合うし、楽しいわよ」
「カイラがケビンと本当に付き合う事になったら、私の肩身がまた狭くなる~」
「付き合ったって、結婚するとは限らないじゃない」
「まあね~でもカイラをケビンに取られるの寂しいな~」
「例えケビンとどうこうなっても、私の一番の恋人は仕事ですから!また明日ね!」
カイラは有能なバイヤーで、仕入れの責任者をしてもらっている。仕事人間で恋愛感情がわからない彼女を、取引先のケビンが何とか口説き落として、今は恋愛お試し期間なのだ。
カイラは一つ歳上で貴重な独身仲間なので、うまくいってほしいような、いってほしくないような複雑な心境である。
結局、お酒とご飯の美味しい、カウンター席が5つしかない馴染みの小さい店に行く事にした。
「いらっしゃい。今、仕込み中だから食事はちょっと待ってね。飲み物はどうする?」
「はぁい。とりあえず、発泡酒!」
晩御飯には早い時間なのに、既に先客が居た。隣国の格好をしたガタイのいい男性。この人、さっき取引した商団の中に居た気がする。5席しかないので、奥から詰めて座るのがこの店のマナー。必然的に隣に座る。
「隣、失礼しまぁす。お兄さん、さっき、ユタ商団に居ました?」
「あ、ああ…ハイ…」
深くフードを被り、ウェーブが掛かった髪の毛が目元も覆い、更に俯いて顔を隠している。
人見知りなのかしら。あまり話しかけない方が良さそうね。
「先程は、ありがとうございました。よい取引が出来ました。今後共、よろしくお願いしますね」
今後の事もあるから挨拶だけはしておかなきゃ、とにこやかに話し掛けて発泡酒を飲み干す。
あーおいし!
「今日は新鮮な魚が手に入ったから、魚料理だよ」
「わーい。お魚大好き!」
隣の人は、時々、様子を伺うようにエヴァンジェリンを見るがそれに気付いて隣を見ると、すぐに俯いて、出された料理を黙々と食べている。
この人、護衛か荷運びだよね。こんな寡黙だと商人では無さそう。話し掛けてくるでもないのに、チラチラ見られて、ちょっと居心地が悪い。
店主と話しながら、ついつい、お酒が進んでしまう。
「ごちそうさま!またね~!」
「毎度!」
食事が終わった頃にはすっかり酔っ払ってしまった。空きっ腹に飲み始めたのも良くなかった。食べ過ぎもあって、胃もたれしている気もする。
早い時間に食べたので、まだ日が沈み始めてきたくらいだから、酔い覚ましに少し広場で休んでいくことにした。噴水の前のベンチに座る。
暗くなり始めた広場は、色んな人が待ち合わせに使っている。夕焼け空に、人々のざわめき。みんな、大事な誰かと待ち合わせして楽しそう。友達、恋人、親子…こういう光景を見ると、何故か胸が締め付けられる。
火照った頬に、風が気持ちいい。
「あの、これよかったら…」
声を掛けられ、顔を上げると、先程の店で隣の席でチラチラ見ていた男だった。ガラス瓶に入った水を渡された。
「ただの水だが…さっき随分飲んでたようだから…」
「どうも…」
男が夕陽を背に立つと、くすんだような金髪の髪の毛が日に透けて綺麗。長い前髪から見える青い瞳は、誰かを彷彿とさせた。
この人は、背も高くて筋肉質で、どうも顔もかっこいいし、色黒だし、ヒキガエルとは似ても似つかないのに。
「具合が悪いなら、俺の泊まっている部屋が近いから…」
「はぁ…」
何だ、ナンパ?これだから、見た目がいい男は…すぐ女が付いて行くと思ってやがる。
「少し休めば大丈夫です」
「そ、そうか。すまない…」
しゅんとしながらも、男は帰る気配がない。
「放っておいても大丈夫ですよ。少し酔っただけだから」
「しかし、変な男に狙われたら危ない…」
「ぷっ。あなたのこと?」
「えっ、あっ、君からしたらそうなるか…」
「そうよ。貴方の雇い主に、セクハラで訴えるわよ」
「もうユタ商団は雇い主じゃない。この街までの契約だったから…」
「ふぅん。それで、ちょっと遊んで、また別の街ってわけ?あっちこっちで女を引っ掛けてるのね~」
「そ、そんな事は無い」
何となくムカついて、酔いもあって八つ当たりに近い返事をしてしまう。クソ豚のせいでまともな恋愛が出来ないエヴァンジェリンは、特に見た目のいいナンパ野郎が大嫌いなのだ。
母譲りの男好きする見た目ではあるから、エヴァンジェリンはモテないわけではない。何人かの男と付き合った事はある。けれど、男の愛してるがどうしても信用できない。クソ豚だって、弟の婚約者に手を出したらしいし、見目麗しい旦那様にだって、私生児が居た。
エヴァは、俺の女神だ。愛してる…
ポラールに気に入られていたのはたったの半年。
けれど、苛められ、皆に蔑まれ泥沼の中に居たエヴァンジェリンが、その時に感じた多幸感、裏切られていた事実を知った絶望感は、今も悪夢を見る程にはトラウマなのだ。
ああ、いやだ…
「なんか…吐くかも…」
「…!何もしないから、休んでいけばいい」
男の宿は、本当に広場の近くだった。部屋につくなり、エヴァンジェリンは床に吐いてしまった。吐瀉物が、男の服にも、エヴァンジェリンの服にも飛び散る。
「ご、ごめんなさい…」
「大丈夫だから、全部吐け」
最悪だわ…いつもだったら吐いたりしないのに。やっぱりあの夢を見た日は、嫌な事が起こる。気持ち悪くて、情けなくて涙が滲む。幸運だったのは、男はエヴァンジェリンにとても親切だったし、紳士的だったこと。
シャワーを借りて、ベッドに横になると酔いが少し冷めてきた。吐いたおかげで、胃もスッキリした。シャワーを浴びている間に、吐瀉物のついた服は洗われて部屋の中に干されている。着替えが無いので、男がシャツを貸してくれた。
あーあ、何やってるのかしら…
「落ち着いたか」
シャワーを浴びた男が出てきた。エヴァンジェリンに貸してしまい、着る服が無いのか上半身裸なのでドキドキしてしまう。鍛えられよく引き締まった身体、前髪を上げた顔も精悍で、思っていた以上にかっこいい男性だ。日差しの強い隣国の人の、浅黒い肌も野性的な魅力がある。
「ありがとう…あの、迷惑かけてごめんなさい…」
「いや、それは大丈夫だ。その、足に布団を掛けてもらえるか」
「…!」
借りた服は上だけで、男の身体が大きいのでお尻の辺りまでは隠れるが、パンツも汚れてしまってノーパンなので、少し足を上げただけで際どいところが見えそうだ。
照れてエヴァンジェリンを見ない男が、何やらかわいく見えてきた。まだ少し酔いが残る身体が、そんな男を見て疼く。
昨日、自慰をしたせいか。クソ豚に似た髪と瞳の色のせいか。
男に近づくと、首に腕を回して囁く。
「お礼がしたいわ」
「まだ安静にしてた方が…」
「吐いたらスッキリしたの」
「…いや、でもまだ…」
言い淀むが、絡めた腕を解こうとはしない。熱を込めて見つめると、男の瞳に欲望が灯る。
ほらね、やっぱり。ナンパ野郎の思惑に乗ってやろうじゃない。
「…本当にいいのか」
「ええ」
自分から、男を引き寄せて口づけをした。男は、エヴァンジェリンを抱き上げてベッドに横たえ、噛み付くようにキスをした。
ノーパンなので、男はすぐにエヴァンジェリンの隘路を指でなぞってくる。既に湿っている襞を辿って、陰核を暴くと、舌で嬲り始めた。
「そんないきなり…ああっ…!」
ジュルジュルと吸い付かれて、自慰とは違う快楽に目がチカチカする。
「ん、んうっ…」
イキそうになったところで、舌が離れ、物足りないと不満げな顔を尻目に、服を脱がされ胸を弄られる。
やわやわと芯を刺激しながら、乳首を口に含まれ、いつの間にか裸になった男の硬くなったものを陰核に当てられて擦られている。両方の刺激が気持ちよくて、男の腰に足を絡めて股を擦り付けてしまう。
自分でするのとは違う刺激に、夢中になる。
「エロい…綺麗だ…」
堪らずに男が呟き、ちゅ、ちゅ…と舌を絡ませて深くキスをする。
「はぁ、はぁ、気持ちいいよぉ…」
「挿れていいか?」
「うん…」
ゆっくりと、侵入してくる異物に痛みを我慢していると、男は一旦抜いた。
「狭いな…」
「久しぶりだから…」
「そう…か?」
久しぶりどころか、初めてだけど。この歳でこの外見で処女とか引かれるかもしれないし、遊び慣れた女の方がいいだろうと嘘をつく。
どうせ、一夜の関係で終わらせるつもりだし。
「もうちょっと解さないと痛そうだ…」
「ん…」
男は節くれだった指に愛液を絡ませて、エヴァンジェリンの中にゆっくりと差し入れた。挿れて中を刺激しながら、陰核を舐めるものだから、たまらない。
いつの間にか指の数を増やされて、ザラザラとした膣壁を押し上げる。舌先を尖らせて、嬲られて、びちゃびちゃと恥ずかしい程に濡れてきた。
「ああんっ…イッちゃう…!」
ビクビクっと中に残ったままの男の指を締め付けて、身体が揺れる。気持ちいい…自分でするのと違う…ぼうっとしていると、剛直が一気に中に押し入ってきた。
「んっ…ああっ…!」
「大丈夫か…?」
男は動きを止めて、切なげな、切羽詰まったような顔でエヴァンジェリンを見つめている。
「…ね、私の中、気持ちいい?」
「ああ…すごくいい…」
そう答えた男の顔が苦痛とも快楽ともつかない顔をしていて、ぎゅっと胸が締め付けられてしまった。
「大丈夫よ…」
男がゆっくりと動き出すと、未知なる快楽がまたやってきた。少し擦れるような痛みはあるが、ぐちゃぐちゃと出し入れされ、更には口内も舌で蹂躙されている。どっちにも挿入されているみたいで、益々淫らな気持ちになってくる。
「はぁっ、はぁっ、もういきそうだ…」
腰の動きが早くなり、エヴァンジェリンも更なる高みに引き上げられていく。
「私も…何かきちゃうっ…んんっ…」
エヴァンジェリンは自分がイッた瞬間、離れようとする男の腰に足を絡めて引き寄せた。
「あっダメだ…っ中にっ…」
ビク…!びゅっびゅっ…
自分では触れない、身体の奥に熱いものが掛けられた。男の吐精に、エヴァンジェリンは恍惚として目を閉じた。
「はぁ…はぁ…何てことを…」
どさっと、汗だくの男がエヴァンジェリンに覆いかぶさる。硬さを失い、男根がゆっくりと抜けていくと、どろっと液体が己から出ていくのを感じた。精液と、血の交じる鉄の匂い。
男に至近距離で見つめられて、エヴァンジェリンは目を逸らす。さっきから、何でそんなに切なげな顔をするんだろう。
「血が…」
「久しぶりだったから、血が出たのかしら?こんなに気持ちいいのは初めてで、中に欲しくなっちゃったの。ごめんなさい。今日は妊娠しないから、大丈夫よ」
「そういうわけには…」
「まさか、何か病気でも持ってるの?」
「そんなことはない!」
「それなら問題ないわ」
とりあえず、遊んでる風を装ってみる。これが、愛の営みかぁ。1度してしまうと、なんてことはない。気持ちよかったし、何だか憑き物が落ちたような気がする。
男に渡されたお茶を飲む。
「すまない…」
エヴァンジェリンの乱れた髪の毛を、男は優しく撫でた。エヴァンジェリンを見つめて何かじっと考えているようだけど、手つきが優しくて気持ちいい。
初めての刺激に思ったより疲れていたのか、エヴァンジェリンは謝られた意味も考えられずにそのまま眠りに落ちていった。
「エヴァ…」
名前を呼ばれたのは、夢か現か。
朝日が眩しくて目が覚めた。見知らぬ部屋にぎょっとしたが、そういえばと思い出す。部屋の主は不在で、エヴァンジェリンの服が丁寧に畳まれて枕元に置いてある。
股の中が疼くような痛みが、処女を失ったんだと実感する。ロマンス小説だと、初めて結ばれた朝に目覚めると、愛する人に抱き締められて寝ていて、そのぬくもりに愛を感じたり、目が覚めると愛おしげに見つめられてまた燃え上がってしまったり…なーんてシチュエーションにも若い頃は憧れていたけど、現実なんてこんなもんよね。
そもそも、なぜかそのシチュエーションがどうしてもあの豚で想像されてしまって、いつもゲンナリしてしまっていたもの。
ガチャ
ちょうど着替えたところで、男が戻ってきた。手に持っているトレイに乗っているのは、朝食のようだ。
「起きていたのか。朝食を持ってきた」
「ありがと」
「俺は済ませてきたから、ゆっくり食べて休んでいってくれ。外にいるから」
「…なんで?外に用でもあるの?この部屋の主はあなたなのに、追い出すようで悪いわ」
朝食を持ってきてくれたのはありがたいが、何だかよそよそしいのが少し悲しい。
にしても、やっぱりかっこいいわ…じっとみつめていると、男は困ったように目を逸らす。
「…仕事を探しに行くんだ。この宿は、明日までに出ていかないとならないから、今日中に探したい」
「まだ職業斡旋所は開いてないわよ」
「そう…なのか」
「あなたも、こっちに来て座ったら」
隣に座るよう促して、肩にもたれかかる。
「何だか体が怠いの…。久しぶりなんて嘘。私、処女だったのよ」
ビクッと男の身体が震えた。なぜかそっぽを向いて咳払いしている。
「げふっ…!そ、そうか…すまない…」
「あなたも本当は気付いてたんじゃない?ちょっとくらい甘えさせてよ。行きずりの相手に、面倒かしら?」
「…そんな事はない」
肩に凭れたままのエヴァの腰に、男が恐る恐るといった風に手を回す。
「ん」
上目遣いで男の顔を見つめて、唇を少し尖らせて目を瞑り、唇を指差すと、昨夜とは違って遠慮がちなキスが落ちてきた。
重ねるだけの、優しいキスだった。
にこっと笑うと、男はまたそっぽを向いて咳払いをしたが、その耳が真っ赤になっていたから、エヴァは脈ありと判断して、ある提案をすることにした。
「あなた、仕事を探しているなら、私が雇ってあげるわ。私の契約恋人として」
「??」
「私、結婚はしたくないけど、子どもは欲しかったみたい。もしかしたら、妊娠するかもしれないじゃない?責任取って結婚しろとは言わないから、両親を納得させるために、とりあえず恋人のフリをしてもらいたいの」
「……俺なんかの子でいいのか」
「いいわ。性的な事がこの歳まであまり出来なかったけど、貴方とは最後まで出来たから。貴方を逃したら、もう授かれなさそうだもの」
あっけらかんとしたエヴァンジェリンとは対象的に、男はずいぶんと考え込んでいる。
「もし、子どもが出来たら、報酬は2倍にするわ」
「いや、恋人役に報酬はいらない。仕事は別に探す。無職の男が恋人では、君も格好がつかないだろう」
「え?でも…それでいいの?」
「ああ。そんなことで報酬を得るなど…責任を取らねばならないのは俺の方なのだから…君は、子どもを授かったとしても、結婚は望まないのか?」
「そうね…。望まないわ。もしかして、貴方は結婚したいの?」
男はぐっと言葉に詰まったようだったが、俯いたまま「いや…俺も望まない…」と戸惑いながら呟いた。
「では契約成立?子どもは欲しいから、セックスはするのよ。報酬、やっぱりあった方がいいんじゃない?」
何だか無償で子を授けてくれなんて、エヴァンジェリンにだけ都合がいいような気がしてしまう。
「報酬は本当に無用だが…子どもか…」
男は、また考え込んで黙ってしまった。今度は不快げに眉間のシワが深くなっている。
「…もし、月のものがきたら、契約は解消でいいか?」
「うーん…そうね、月のものが3回きたらでどう?本当は半年は欲しいところだけど…早めに妊娠したら、別れる時期は貴方に任せるわ」
「3回か…2回ではダメか?」
「ちょっと短いわね…何かあるの?」
「国に帰らねばならないから、そんなに長居は出来ない」
「あら!もしかして、結婚してたり恋人は居る?!それなら…」
「いや、そんな相手は居ない!結婚もしてないし、恋人も居ない!」
何故か力いっぱい否定するところが逆に怪しいけど…まぁいいわ。
「じゃあ、これから私と貴方は恋人同士よ。私の名前はエヴァンジェリン。27歳」
「俺は…ラル。30歳」
今更のように自己紹介をして、お互いのことをいくつか確認しあって、生理が2回来たら別れるという事で契約は成立した。
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