"推したい"婚約者

烏賊

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2章「vs後輩」_2話

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「はーぁ、いけすかない」

アンジュが所属する班の長・ウィリアムは心の毒を吐き出した。

異動初出勤。
ウィリアム班の4人は、中央本部長室に赴いていた。
20分程度で終わる挨拶だったが、話好きな中央本部長が「人事云々…交流云々」と長々と語り始めて1時間。
アンジュは神妙な顔つきで聞いていたが、機嫌がすこぶる悪い班長が今にも舌打ちをしそうな雰囲気も醸し出し始めたため、途中から話の内容が入ってこなかった。

人との交流に癖があるウィリアム。彼は地方を下に見る中央所属職員を特に毛嫌いしている。
故に今回の異動命令に一番抵抗を示し、精霊遣いである彼はその力を振ってまで抵抗した。あまりの暴れっぷりに周囲がドン引きしたほどだ。西地方本部長が宥め落ち着かせ、しぶしぶ中央にやって来た。
今の彼にとって来たくもない場所の、会いたくもない上官の、聞きたくもない話は拷問に等しい。

初日だからか、話が終わるまでは大人しくしていたようだが、ウィリアムは退室するなりブツクサと文句を言い始めた。中央本部長本人にも聞こえそうな声で呟くため、副班長・ツキヨがウィリアムの背中を押しながら急ぎ足で部屋から離れる。流石に初日から上官の1人と揉めるのは得策ではない。
4人は与えられた部屋へ向かう。備品が足りず、埃が溜まっている班室を今日は隅々まで掃除し、仕事ができる環境を整えて1日が終わりそうだ。掃除の分担を相談しながら廊下を歩いていると、コツコツと靴音が聞こえてきた。
聞き覚えのある歩き方に、アンジュの耳はピクリと反射で動く。

「アンジュ」

(やっぱり!)

つかさずアンジュはツキヨに目配せする。彼女が頷いたのを確認し、立ち止まった。ウィリアムたちはそのまま歩き去る。
振り返れば念願の人、アルフレードがいた。
彼の後ろには見知らぬ男女がおり、彼らはアンジュに敬礼すると去って行く。女性の赤髪が陽の光を浴び、キラリと輝いた。

「今仮配属になっているテレルとロザリーだよ」

アンジュが後ろ姿を見つめていると、アルフレードが2人の説明をする。
新人の即戦力強化を図り、今年度から2年生は卒業試験前の3ヶ月間、班に配属され実務経験を積む方針になった。もちろん班への配属は仮で、そこでの活躍と評価、軍学校での成績を鑑み本配属先が決まる。班で若手のアルフレードが他の班の新人も含めた指導を任せられた。アンジュは半年前に貰った手紙を思い出した。そのため新人育成にも関わるようになったアルフレードの忙しさは増したのだ。
体調を崩していないか心配していたアンジュは、ほっと息をつく。少し疲れた気配を漂わせているが、顔色は悪くない。手紙の文面や、昨日見た後ろ姿では顔色までは伺えず気になっていたのだ。赤髪の女性の正体までわかり、アンジュの安堵は2倍になる。

(アルフレードは婚約者がいながら人と付き合わないよね)

アンジュは少しでも疑った自分を叱る。
意識を切り替え、話に集中する。

「地方にも話は届いてるよ。新人の実技能力が上がってるって」

「そうか?それだと嬉しい。…正直難しいとは感じているけれど」

アルフレードは険しい顔を浮かべた。
新人が仮配属されたと聞きつけ中央に出向いたウィリアムも、似た表情を浮かべて帰ってきた。深く関わっていないとわかりにくいが、指導員としては何か思うところがあるのだろう。
アンジュはそっと、アルフレードの腕に触れる。

「何か手伝えるなら、言ってね」

「ありがとう」

アルフレードは優しく微笑んだ。
久しぶりに"推し"の笑顔を見たアンジュは、ときめいてしまう。職場でだらしない顔をしてはいけないと表情筋に力を入れるも、顔に熱が集中していくのは止められない。せめて真っ赤になる前に熱が冷めるよう両頬をつねる。
むぎゅむぎゅと力をかけていると、アルフレードの手が重ねられ、ゆっくり頬から引き離されてしまった。そのまま手を握られてしまう。

(お、お、お、ど、どういう状況だ?)

腕を引いてやんわり逃れようとするが、握られた手にきゅっと力が込められてしまう。
内心焦るアンジュに、アルフレードは話を続ける。

「ところで、もう引越し荷物は片付いた?」

「う、うん!テオ兄さんが手伝ってくれたからね。おかげで週末はゆっくり休めるよ」

するとアルフレードは笑顔で顔を輝かせた。

「なら週末は中央を案内させて欲しい。ちょうど休みなんだ」

彼の申し出に、アンジュは躊躇してしまう。休みの日ぐらいゆっくり過ごして欲しい思いと、彼と一緒に過ごしたい欲がせめぎ合う。口籠もっていると、アルフレードは少しかがみ目線を下げた。

「引越し作業、手伝えなかったんだ。ブルナー領ではたくさん案内してくれただろう?中央なら案内できるし…久しぶりに一緒に過ごしたい。ダメかな?」

すこし首を傾げ、伺うアルフレードの仕草は幼く、可愛く見える。激しく打ち鳴らす心臓は、ギュウウと締め付けられてしまった。

(ダメだ!!!久しぶり過ぎてどれも必中する!)

感情の天秤は大きく傾く。アンジュは欲に負けることにした。
アンジュが頷くと、たちまち顔を輝かせたアルフレードに(聖人君主か?)などと思考が飛ぶ。2人は早速、待ち合わせ時間を決める。アルフレードが「アンジュの借家まで迎えに行く」と言うので、借家の場所を改めて伝え、2人は別れた。

「じゃあまた」

「またね」

胸元で手を振る。まだアルフレードの感覚が残っている。彼の姿が見えなくなると、アンジュは班室に向かい歩き出した。

「…………アルフレードとデートだ」

口に出せばと実感が湧く。抑えきれない喜びにアンジュは思わずスキップをする。週末までの4日間、仕事を頑張ろうとアンジュは心を引き締める。

(まずは班室の掃除だな)

小走りの速さで廊下を通り、「戻りました!!」と勢いのまま部屋に入ると目の前にはダンボールの箱を運ぼうとする後輩・ペーターがいた。箱が重いのか足元がおぼつかない。アンジュは荷物をさっと引き取り廊下に運ぶと、部屋の荷物やデスク、棚など次々と部屋から運び出す。

「せ、センパイ、僕も手伝いますから!」

「荷物はアンジュに任せて、ペーターはこっちを手伝って。アンジュは怪我しないようにね」

「はい!!!」

「は、はいぃ」

後方で繰り広げられる班員の賑やかな声と作業音を聞きながら、魂が抜けたような顔でウィリアムは窓を拭いていく。

「若者は元気だなぁ」



楽しみがあると時間はあっという間に過ぎていき、瞬く間に週末を迎えた。
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