"推したい"婚約者

烏賊

文字の大きさ
7 / 30

2章「vs後輩」_4話

しおりを挟む
「今日はご苦労様だったな。アルフレード・ランゲ」

アンジュの次兄・セオドアはアルフレードのことをフルネームで呼ぶ。それはもう、わざとらしく、他人行儀に。
初めて会った時から一線を引いた態度で接する彼の態度は、彼の妹の婚約者になっても変わらない。
基本的に性格が合わない2人は滅多に話すことはないし、そもそも配属部署が違うため、会うことすら稀だ。そんなセオドアがわざわざアルフレードに声を掛ける時、9割9分アンジュについて。
現にセオドアの姿は、靴と靴下は脱いでいるが制服は着たまま。わざわざシャワーを浴びているアルフレードの元にやって来たと言うことは、簡単に逃げれない状況で話をする強い意志の表れである。アルフレードが然るべきところに訴えれば絶対に不利な状況であるが、本人は全く気にする様子は無い。
アルフレードより少し高い位置から杏色の瞳が、まっすぐアルフレードを捉えている。圧をひしひしと感じ、アルフレードは固唾を飲み込んだ。シャワーの水栓を引き、湯を止めた。

「いえ…まだまだです」

「謙遜は一人前だな。だがその気遣い、アンジュに回して欲しいもんだ」

痛いところを突かれ、アルフレードは顔を伏せた。彼とて、アンジュと一緒に過ごせるチャンスは一瞬たりとも逃したくないのは、嘘のない本心。

(だからこそ、今すぐアンジュを誘いに行きたいのだが…)

何か言いたそうに目を向けたアルフレードに、セオドアは構わず話を続ける。

「5日前、女といただろう。赤髪の」

「…はい?」

アルフレードはセオドアを凝視した。何を言い出すのだろうか。まったく心当たりがない。
だがセオドアが無駄話をする性格でもないため、とにかく記憶を振り返る。
5日前といえばアンジュの引越しの日。引っ越し作業に力を貸したかったが、事前に決まっていた訓練日程を変えることはできず、泣く泣く手伝えない旨を手紙で伝えた。結局、訓練は早々に切り上げられてしまい、雑務に駆り出された1日だった。となれば、赤髪の女とは仮配属されているロザリーのことだろう。ようやくアルフレードは当たりがついた。テレルと3人で市場に買い出しに出た時、セオドアがたまたまアルフレードとロザリーだけが目についたに違いない。
新人、を強調してその事を伝える。セオドアは興味なさげに相槌を打った。

「新人ねぇ。その割に親しそうだったな。腕まで組んで」

セオドアの言葉に、アルフレードは絶句した。中央広場を通った際、足を挫いた彼女を支えるために確かに腕を貸したがそれだけだ。身体には触れていないし、それ以上触れるさせることを許してもいない。

「言いがかりです」

不快感も隠さず伝えると、セオドアは鼻で笑う。

「自分がいかに目立つかわかってないな。俺でもすぐ目についたんだ。よく知るやつはすぐに目に止まっただろうさ。俺がそう見えたなら、他の人も似た感想を抱いたと思うがなぁ?」

たちまちアンジュの顔が浮かんだ。そうだ。5日前はアンジュが中央に引っ越してきた日。彼女の借家は広場に近い。駅から向かえば、必ず広場を通ったに違いない。

(まさか)

アンジュの中央初出勤日。久しぶりに会った彼女が、立ち去る新人の後ろ姿をじっと見つめていた理由。単に知らない人間に興味を持っただけだと思ったが、もしかしてー。

「俺からはアンジュの姿も見えたぞ。アルフレード・ランゲ」

アルフレードはシャワー室を飛び出した。
急いで服を着込み、荷物を抱えて無我夢中で駆け出す。

(アンジュ、いまどこにいる?)






婚約者がシャワー室で兄と対峙しているとはつゆ知らず、アンジュは1人市場をぶらついていた。

正午まで寝てしまったアンジュは、気分転換をかけて外でご飯を食べることにした。
カフェで空腹を満たした後、腹ごなしを兼ねて広場周辺を散策する。貰った手紙に書かれていた新しいお店やスポットを見て周り、セオドアが教えてくれた市場で日用品や備蓄品を買い足すなどしていると、あっという間に夕方を迎えた。
屋台やレストランは徐々に忙しくなる時間。あちらこちらから食材が焼けるいい香りが、風に乗って漂ってくる。
匂いに釣られ、ぐぅとお腹が鳴る。
夕食も外で摂るか考えていると名前を呼ばれた。エゼリオ班仮配属されている新人の1人、テレルであった。

「やあ、お疲れ様。特別訓練終わったんだね」

「お疲れ様です。はい。今は同期と晩御飯を食べに来たんです」

彼が指さす方には10人ほど若者が集まっていた。各々楽しそうに雑談している。
ふと、輪の中からじっとりした視線を感じ、アンジュは密かに瞳を向ける。先にはロザリーが、じっと値踏みするようにアンジュを見つめていた。よく観察すれば他の新人、特に女性たちもちらちらとアンジュに目線を送っている。

(やっぱりモテるなぁ)

アンジュは直感した。彼女たちはアルフレードに好意を抱いていると。婚約してから似た視線を散々浴びてきた。元々特異的な容姿から良い印象を持たれにくいアンジュだったが、アルフレードと婚約後その評判はより酷いものになった。彼の伴侶になりたい女性たちや、娘の婚約者にアルフレードを考えていた上官からのやっかみは凄まじく、わざわざデート中に押しかけてくる者もいたほどだ。

『同期というだけで取り入った身の程知らず』『家柄で選ばれた化け物』『彼の将来を考えるなら身を引け西の小娘』『つなぎの婚約者』『貴方には似合わない』

暴言のたびにアルフレードや兄弟が庇い、時に激昂しかけた事もあった。自分のせいで彼らを巻き込んでしまう度に、アンジュは申し訳ない気持ちになる。暴言には慣れている彼女であっても、聞いていて気持ちのいいものではないが、常にグッと我慢してきあ。実害がない限り、些細な不快感は水に流すことにしている。反応する方が問題を大きくさせると身に染み込んでいるからだ。

「アンジュ!」

再び、今度は大きな声で名前を呼ばれた。声が聞こえた方向から、全速力で駆けてくるアルフレードの姿があった。
シャワー室を飛び出したアルフレードは、急いで借家に向かうもアンジュは不在。どこへ向かったか検討がつかず、魔術で探し出すことにした。ポケットから鏡を取り出し、呪いを唱える。鏡に写った婚約者は市場におり、屋台や飲食店の前で足を止めていた。市場まで普通に向かえば1時間かかる。その内に彼女が夕食を済ませてしまう恐れに、さらに慌てたアルフレードは身体強化の魔術を己にかけ、全速力で駆けてきたのだ。

「すぐに見つかってよかった…」

アルフレードの額に浮かぶ汗を、アンジュはハンカチを取り出し拭う。身体強化魔術の気配を感じていた彼女は、緊急の案件かと身構える。これほど急いでアルフレードが現れたことは一度もない。
息を整えたアルフレードから「夕食を誘いに来た」と告げられ、思わず間抜けな声が出てしまった。

「もしかして、もう食べた?」

「うぅん。まだだよ」

アルフレードの顔が輝く。あまりにも嬉しそうに笑うので、アンジュは照れくさそうに頬を掻いた。突然現れたアルフレードの元に、他の新人たちも寄ってきた。夕食の話を聞いた1人が、2人を食事に誘う。

「今晩は2人で過ごす。それでは良い夜を」

つかさずアルフレードは誘いを断る。絶対に邪魔される訳にはいかないと、アルフレードは驚くアンジュを肩を抱き寄せ連れ去るようにその場から離れた。

「お疲れ様でした!」

テレルは去る2人の背中に、別れの言葉をかける。他の後輩たちはポカンと見つめていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

モブ転生とはこんなもの

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
あたしはナナ。貧乏伯爵令嬢で転生者です。 乙女ゲームのプロローグで死んじゃうモブに転生したけど、奇跡的に助かったおかげで現在元気で幸せです。 今ゲームのラスト近くの婚約破棄の現場にいるんだけど、なんだか様子がおかしいの。 いったいどうしたらいいのかしら……。 現在筆者の時間的かつ体力的に感想などを受け付けない設定にしております。 どうぞよろしくお願いいたします。 他サイトでも公開しています。

多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】 23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも! そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。 お願いですから、私に構わないで下さい! ※ 他サイトでも投稿中

俺の可愛い幼馴染

SHIN
恋愛
俺に微笑みかける少女の後ろで、泣きそうな顔でこちらを見ているのは、可愛い可愛い幼馴染。 ある日二人だけの秘密の場所で彼女に告げられたのは……。 連載の気分転換に執筆しているので鈍いです。おおらかな気分で読んでくれると嬉しいです。 感想もご自由にどうぞ。 ただし、作者は木綿豆腐メンタルです。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

疎遠だった幼馴染が彼女と別れて私に会いに来るようになったのだけど

くじら
恋愛
図書館の定位置には、いつも黒縁メガネの女生徒がいる。 貴族同士の見栄の張り合いや出世争いから距離を置いて穏やかに過ごしていたのに、女生徒の幼馴染が絡んでくるようになって…。

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

処理中です...