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闘技場はロズクの大きい4つの州の代表と離島。そしてレノたち王都の代表。その関係者に騎士団関係者。また王族の他、王都に住まう一般の観客などで賑わっていた。
レノは試合のため腕や足を保護する布を巻きながら、ふと目に入った左手首に目を止めた。
今朝目が覚めると、あの小部屋とは別の部屋に白い赤子の肌着のようにふわりとした夜具を着せられ、寝かされていた。
ちゃんと窓もあり、黒い格子戸や雰囲気は食事をとった部屋と似ていたが、ずっと清冽な感じだった。
身体はすっかり清められ、使われた香油の爽やかな香りが身体のそこかしこに残っていたが、夜の名残りを伝えるものはそれしかなかった。
起きてすぐ、昨夜自分を翻弄し、貪り、愛を尽くされた相手を探す。
ディランは素肌に白い夜具を羽織ったまま、ただ静かに傍らに置かれた椅子に座り、目覚めたレノを飽かず眺めていた。
夢見るように視線が定まらぬ、幸せな微睡みの中にいたレノは本当に美しく、ディランは犯し難いものを感じて心はその美にひれ伏したままずっとそばにいたい心地になっていた。
レノは覚醒すると、いきなり精悍な顔つきになり、飛び起きて座りなおすほど寝起きが良い。
やはり根っから騎士に向いた、規律正しい少年だ。
ディランと目が合うとボサボサに寝癖のついたくせ毛をわしゃわしゃとかき、おはようと飾り気のない声色でつぶやいた。
ディランは静かに微笑み、ナイトテーブルに置かれた、こしのある豚毛のブラシを持って立ち上がる。
レノに後ろを向くように促すと、優しく髪をすきはじめた。
その手つきの柔らかさは、母の柔い手先を思い出させた。
出かけてばかりで対して省みられなかったが、小さかった頃たまにこうして身の回りのことをしてくれた記憶があるのだ。
「レノ」
穏やかで低い声に呼びかけられ、左手を下からすくうように持たれた。
そのまま持ち上げられると、柔らかく舌が手首にふれる。
羽が触れるようなやわやわとした調子で唇ごと舌が一周の弧を描くと、そこは目の覚めるようなシーグリーンの波紋様が浮かび上がっていた。
「それは」
振り向いて見上げた瞳は朝の日を浴びて柔らかな緑と茶を混ぜたような大地の色に染まっていた。
「色変幻師は人にも色を刺せるのよ。これを見るたびアタシを思い出して。穏やかに波が寄せては返すように。あなたのこれからが平穏で幸せでありますように」
そういって何か呪文のような言葉をつぶやくと、細い手首に口づけた。
レノは胸がいっぱいになり、なぜだか泣けてしまった。
※※※
「さあ、行こうか」
レノは学友たちに顎でしゃくって合図した。
控室を出て光が眩いほどの闘技場にでていく。
大歓声が上がり、レノは片手を上げて挨拶をした。
このおびただしい人の群れの中に、ディランは見に来ていてくれるだろうか。
学園ごとの控えの席にはそもそもは一位だったクレバがみなの道具の管理など世話を焼くためはいってくれていた。関係者席に座るクレバと目が合うと頷いて手を降る。
学園対抗の団体戦は総当たり戦だ。
しかしある意味勝ち抜き戦でもある。
選手は頭、両肩、両腕、両足、そして胸と背中に瓦でできたプロテクターをつけられている。
それなりに硬いが、木刀程度で一撃を加えれば割れる。
制限時間内にできるだけ相手の瓦を割るのがルールだ。
ちなみに頭、胸、背中は致命傷とみなされここを割られたものは即失格となる。
また総合得点で競った場合、チームでの点数を下げるのは背中であり、敵に背を向けたとして減点対象となる。
死者数が競ったときにここを割られているかどうかが問題となる。
総当たり戦をしながらすべての瓦を割られて全員が失格になると敗戦となる。
最後まで残ったものがいたチームが優勝だ。
レノのチームは主力のクレバをかき、はじめから戦力ダウンしている。
しかしレノはやる気十分だ。
木刀の他に腰にあのディランからもらった棍棒をさす。
チーム戦とはいうが、それぞれ個別に戦うため、戦略の相談もなく、とくに王都にはじめてきたものも多く緊張から口数も少ない。
一回戦は北チームと中央チーム。南チームと東チーム。西チームと離島チームが、あたった。
残念ながらレノのチームはいきなり頭に打撃を受けて一人失格になってしまった。他のクラスの男だがあんなにはりきっていたのにと残念だ。
レノはらくらく相手の瓦を一つ打ち取り、無傷だったが、先が思いやられる……。
西のチームには禁じ手のような珍しい棒術使いがいて、離島チームと続く南チームのうち、3人もうちとってしまった。みな、剣術は短剣~長剣程度しか使っていないので間合いのとり方がわかっていないのだ。
足を払い転倒させて割ると、尻もちをついて逃げようと後退る頭を狙う。背を向けかけて立ち上がろうとした瞬間背中割るという相手に反撃のすきを与えない。
他に強いものがいたのは東だが、明らかに貴族の息子風で腕もよくなさそうなのを生き残らせようと、残りのものたちができるだけなりふり構わずに敵の瓦を割り、自分たちも割られていた。
2回戦にレノたちはその東とあたった。
学園でクレバと喧嘩したクラスメイト二人の代わりにはいった6位7位は一人はそれなりの実力だったが、もう一人はたまたま途中編入したから順位が低かったという変わり種で、かなり本番で実力を発揮してくれた。
その彼が東チームの貴族の少年を一発退場させてくれたおかげで、瓦が5つも割れていたレノの対戦相手は集中を削がれ、レノの瓦を一つ割るにとどめ、レノに2つも瓦を割られてあとがなくなった。
3回戦ともかるともはやチームにかけているものも多い。
あと少しで割れそうなヒビの入った部位などはそれなりに内側の身体もあざになり痛むので疲労も手伝い動きも鈍る。レノの左足の瓦はヒビが入り、脛がズキズキと痛んだ。
「レノ、次のやつ、あれみろ」
こっそりとクレバが耳打ちする
クレバが示唆した少年はさり気なく胸の瓦の横あたりに身につけている小さな水晶みたいなものが見える。
「あれ多分輝炎石の原石だな。わざとかわからんがあれが角度によって光って相手の目を暗ましてるみたいだ。後で審判に申し出れば失格にさせられるかもしれんが検証するだけの証拠になるかわからない。」
「まあ、魔法以外は何使っても工夫とみなせば通るかもしれないしな」
あえて南チームの輝炎石の男とあたったレノである。
石の反射角がいまいちわからないため、背後に回り込もうかと考える。
相手はレノのすぐ割れそうな足を狙いに来た。
背後に回り込むのはやめて、ひたすら正面から打ち込んでくる相手に応戦する。相手の力はなかなか強くて手がしびれるほどだ。
しかし、踏み込みは単調で歩幅も決まっている。日頃の練習通りの動きのルーティンなのかもしれない。華奢なレノには力で押せばとりあえず勝てると踏んだのだろう。
その慢心をつくことにした。一度飛びのき間合いをとると、あえて背中を向けて全速力で走って逃げる。
会場はざわついたが気にしない。背中の瓦を相手が狙いに来たと確認すると急にしゃがみこみ、相手が驚いてレノを飛び越えた瞬間、下から刀の柄で胸の瓦をつき割った。
その際どんっと相手にぶつかり転倒したが気にしない。あまりに泥臭く勝ちにこだわる戦い方にみな唖然としてしまった。
そして最終戦。
レノのチームもその他のチームも残っているのは二人か一人。
瓦の割れ方はまちまちだったが、レノの瓦は先程転倒したときに肩のものを割ってしまい足のも片方崩れている。
相手は一枚多く残っている棒使いだった。
空には雲が増え、にわかに曇ってきた。
相手はクレバくらい上背もあり、棒を軽々と動かす。何人も胸や頭を一発でつかれてきた。
むしろ一撃を受けずにかわしそこなえば大怪我を負うだろう。
剣の踏み込みでは多分かなわない。
相手は剣との練習を積んでいるが、こちらは棒術使いと当たるのは初めてなのだ。
というわけで、レノは剣を捨てることにした。
クレバが顔色を変えて何かいったが無視し、白っぽい土の闘技場を歩く。
手には何も持たず、腰にはディランからもらった細いが硬い棍棒をさした。
両肩をコキコキと動かし、稼動域をあげる。
「レノ!!」
ひときわ大きな感性が上がったほうを見ると、自警団の面々が大声で叫びながら声援を送ってくれた。
「ファーレイ、サーレイ!」
(幸福を運ぶ波がくるように)
それはレノの手首に口づけながらディランが贈ってくれた故郷のいにしえの寿ぎの呪文だった。
たぶんあの中にディランもいるのかもしれない。
レノは棍棒を捧げ持つようにかざすと、何も知らぬ観客からも声援があがった。
この波にのってやる! 合図とともにレノは走り出した。
レノは試合のため腕や足を保護する布を巻きながら、ふと目に入った左手首に目を止めた。
今朝目が覚めると、あの小部屋とは別の部屋に白い赤子の肌着のようにふわりとした夜具を着せられ、寝かされていた。
ちゃんと窓もあり、黒い格子戸や雰囲気は食事をとった部屋と似ていたが、ずっと清冽な感じだった。
身体はすっかり清められ、使われた香油の爽やかな香りが身体のそこかしこに残っていたが、夜の名残りを伝えるものはそれしかなかった。
起きてすぐ、昨夜自分を翻弄し、貪り、愛を尽くされた相手を探す。
ディランは素肌に白い夜具を羽織ったまま、ただ静かに傍らに置かれた椅子に座り、目覚めたレノを飽かず眺めていた。
夢見るように視線が定まらぬ、幸せな微睡みの中にいたレノは本当に美しく、ディランは犯し難いものを感じて心はその美にひれ伏したままずっとそばにいたい心地になっていた。
レノは覚醒すると、いきなり精悍な顔つきになり、飛び起きて座りなおすほど寝起きが良い。
やはり根っから騎士に向いた、規律正しい少年だ。
ディランと目が合うとボサボサに寝癖のついたくせ毛をわしゃわしゃとかき、おはようと飾り気のない声色でつぶやいた。
ディランは静かに微笑み、ナイトテーブルに置かれた、こしのある豚毛のブラシを持って立ち上がる。
レノに後ろを向くように促すと、優しく髪をすきはじめた。
その手つきの柔らかさは、母の柔い手先を思い出させた。
出かけてばかりで対して省みられなかったが、小さかった頃たまにこうして身の回りのことをしてくれた記憶があるのだ。
「レノ」
穏やかで低い声に呼びかけられ、左手を下からすくうように持たれた。
そのまま持ち上げられると、柔らかく舌が手首にふれる。
羽が触れるようなやわやわとした調子で唇ごと舌が一周の弧を描くと、そこは目の覚めるようなシーグリーンの波紋様が浮かび上がっていた。
「それは」
振り向いて見上げた瞳は朝の日を浴びて柔らかな緑と茶を混ぜたような大地の色に染まっていた。
「色変幻師は人にも色を刺せるのよ。これを見るたびアタシを思い出して。穏やかに波が寄せては返すように。あなたのこれからが平穏で幸せでありますように」
そういって何か呪文のような言葉をつぶやくと、細い手首に口づけた。
レノは胸がいっぱいになり、なぜだか泣けてしまった。
※※※
「さあ、行こうか」
レノは学友たちに顎でしゃくって合図した。
控室を出て光が眩いほどの闘技場にでていく。
大歓声が上がり、レノは片手を上げて挨拶をした。
このおびただしい人の群れの中に、ディランは見に来ていてくれるだろうか。
学園ごとの控えの席にはそもそもは一位だったクレバがみなの道具の管理など世話を焼くためはいってくれていた。関係者席に座るクレバと目が合うと頷いて手を降る。
学園対抗の団体戦は総当たり戦だ。
しかしある意味勝ち抜き戦でもある。
選手は頭、両肩、両腕、両足、そして胸と背中に瓦でできたプロテクターをつけられている。
それなりに硬いが、木刀程度で一撃を加えれば割れる。
制限時間内にできるだけ相手の瓦を割るのがルールだ。
ちなみに頭、胸、背中は致命傷とみなされここを割られたものは即失格となる。
また総合得点で競った場合、チームでの点数を下げるのは背中であり、敵に背を向けたとして減点対象となる。
死者数が競ったときにここを割られているかどうかが問題となる。
総当たり戦をしながらすべての瓦を割られて全員が失格になると敗戦となる。
最後まで残ったものがいたチームが優勝だ。
レノのチームは主力のクレバをかき、はじめから戦力ダウンしている。
しかしレノはやる気十分だ。
木刀の他に腰にあのディランからもらった棍棒をさす。
チーム戦とはいうが、それぞれ個別に戦うため、戦略の相談もなく、とくに王都にはじめてきたものも多く緊張から口数も少ない。
一回戦は北チームと中央チーム。南チームと東チーム。西チームと離島チームが、あたった。
残念ながらレノのチームはいきなり頭に打撃を受けて一人失格になってしまった。他のクラスの男だがあんなにはりきっていたのにと残念だ。
レノはらくらく相手の瓦を一つ打ち取り、無傷だったが、先が思いやられる……。
西のチームには禁じ手のような珍しい棒術使いがいて、離島チームと続く南チームのうち、3人もうちとってしまった。みな、剣術は短剣~長剣程度しか使っていないので間合いのとり方がわかっていないのだ。
足を払い転倒させて割ると、尻もちをついて逃げようと後退る頭を狙う。背を向けかけて立ち上がろうとした瞬間背中割るという相手に反撃のすきを与えない。
他に強いものがいたのは東だが、明らかに貴族の息子風で腕もよくなさそうなのを生き残らせようと、残りのものたちができるだけなりふり構わずに敵の瓦を割り、自分たちも割られていた。
2回戦にレノたちはその東とあたった。
学園でクレバと喧嘩したクラスメイト二人の代わりにはいった6位7位は一人はそれなりの実力だったが、もう一人はたまたま途中編入したから順位が低かったという変わり種で、かなり本番で実力を発揮してくれた。
その彼が東チームの貴族の少年を一発退場させてくれたおかげで、瓦が5つも割れていたレノの対戦相手は集中を削がれ、レノの瓦を一つ割るにとどめ、レノに2つも瓦を割られてあとがなくなった。
3回戦ともかるともはやチームにかけているものも多い。
あと少しで割れそうなヒビの入った部位などはそれなりに内側の身体もあざになり痛むので疲労も手伝い動きも鈍る。レノの左足の瓦はヒビが入り、脛がズキズキと痛んだ。
「レノ、次のやつ、あれみろ」
こっそりとクレバが耳打ちする
クレバが示唆した少年はさり気なく胸の瓦の横あたりに身につけている小さな水晶みたいなものが見える。
「あれ多分輝炎石の原石だな。わざとかわからんがあれが角度によって光って相手の目を暗ましてるみたいだ。後で審判に申し出れば失格にさせられるかもしれんが検証するだけの証拠になるかわからない。」
「まあ、魔法以外は何使っても工夫とみなせば通るかもしれないしな」
あえて南チームの輝炎石の男とあたったレノである。
石の反射角がいまいちわからないため、背後に回り込もうかと考える。
相手はレノのすぐ割れそうな足を狙いに来た。
背後に回り込むのはやめて、ひたすら正面から打ち込んでくる相手に応戦する。相手の力はなかなか強くて手がしびれるほどだ。
しかし、踏み込みは単調で歩幅も決まっている。日頃の練習通りの動きのルーティンなのかもしれない。華奢なレノには力で押せばとりあえず勝てると踏んだのだろう。
その慢心をつくことにした。一度飛びのき間合いをとると、あえて背中を向けて全速力で走って逃げる。
会場はざわついたが気にしない。背中の瓦を相手が狙いに来たと確認すると急にしゃがみこみ、相手が驚いてレノを飛び越えた瞬間、下から刀の柄で胸の瓦をつき割った。
その際どんっと相手にぶつかり転倒したが気にしない。あまりに泥臭く勝ちにこだわる戦い方にみな唖然としてしまった。
そして最終戦。
レノのチームもその他のチームも残っているのは二人か一人。
瓦の割れ方はまちまちだったが、レノの瓦は先程転倒したときに肩のものを割ってしまい足のも片方崩れている。
相手は一枚多く残っている棒使いだった。
空には雲が増え、にわかに曇ってきた。
相手はクレバくらい上背もあり、棒を軽々と動かす。何人も胸や頭を一発でつかれてきた。
むしろ一撃を受けずにかわしそこなえば大怪我を負うだろう。
剣の踏み込みでは多分かなわない。
相手は剣との練習を積んでいるが、こちらは棒術使いと当たるのは初めてなのだ。
というわけで、レノは剣を捨てることにした。
クレバが顔色を変えて何かいったが無視し、白っぽい土の闘技場を歩く。
手には何も持たず、腰にはディランからもらった細いが硬い棍棒をさした。
両肩をコキコキと動かし、稼動域をあげる。
「レノ!!」
ひときわ大きな感性が上がったほうを見ると、自警団の面々が大声で叫びながら声援を送ってくれた。
「ファーレイ、サーレイ!」
(幸福を運ぶ波がくるように)
それはレノの手首に口づけながらディランが贈ってくれた故郷のいにしえの寿ぎの呪文だった。
たぶんあの中にディランもいるのかもしれない。
レノは棍棒を捧げ持つようにかざすと、何も知らぬ観客からも声援があがった。
この波にのってやる! 合図とともにレノは走り出した。
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