香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
18 / 222
邂逅編

フェル族 3

しおりを挟む
ふわふわと温まり、眠くなった身体にリアがたまに冷たいお水を運んでくれて、その味は中央とは違い身体に染みわたるように美味しく感じる。

 ぼんやりしている時間が長くなり、時折切れ切れにセラフィンたちの会話が耳に入ってくる。ちゃんと話を聞きたかったのに思った以上に酔いが回ってきたようだ。この酒は強すぎる。

「……国が用意した土地に、国が勝手に作っていった家々だ。ここを里とは認めていない。かつてあった場所に……」

「……従軍してた人で、里に戻ってから子をなした人どれくらいいますか? 里に残っていた人と出生率に差が……」

 うとうとしながらもジルにはセラフィンが何を知りたがっているのかよくわかっていた。セラフィンは学生時代、留学先にいた時からフェル族の研究を一人で始めた。そのすべては彼の双子の兄で、セラフィンが番にと切望した最愛の人物を、フェル族最強の戦士と謳われた男から取り戻すための研究だった。

 しかしそれには色々な意味で無理があると途中で気が付き、その願いはとうに諦めていた。

 セラフィン自身思いがけないことだったが、研究を通じてフェル族独自の文化や風習について興味深くなり、次第に彼らに話を聞いて回ることがライフワークとなっていった。
近年はセラフィンに一方的に恋慕の情を募らせているジルが、よき友の一線を越えない程度の、ぎりぎりの距離感をもって彼に寄り添って同行していた。

 そののち、おまけについてきたジルさえも彼らについて興味が出始めたのだ。
なぜなら彼らが登場する物語は中央ではかつて戦時中、士気を鼓舞するために英雄譚として扱われていた非常に人気の高いジャンルであったから。
 フェル族は子どもの頃から慣れ親しんだヒーロー譚に通じていた。

 彼らは獣人にルーツを持つという伝説を持っている。
 海を越えて船でもたどり着いて戻ってきた人はまばらともいうべき、世界の反対側の大陸にはまだ本当に獣の耳やしっぽが生えた人物が息づいている、らしい。
 隣といいながら遠い小大陸(これも本当に小なのかは定かでない)は幾多の探検家が挑戦しつつ、命を落としてきた。
 文明がこんなにも発達しても苛烈な動きをする海流の関係で、非常にたどり着きにくく、たどり着いたら戻りにくい。

 だからこちらの大大陸だけで人々は小競り合い戦争し、やっと戦争は終わり今からどうしていこうかという世の中になっている。

 フェル族はそこから来たともそちらに帰らなかった人々の末裔ともいわれている、謎めいた人々だ。

 セラフィンの研究によると、フェル族ドリ派は瞳の色がとても美しく、虹彩の中に角度によってメタリックと言えるほどの金色の環が存在している。この金の環が広がった時、本人が思っている以上の膂力や瞬発力を見せる。
ソート族は常日頃から跳躍力に優れ、また足がとても速く俊敏で、古くから戦争中は斥候として活躍したらしい。
 ウリ族は西の海側に住んでいることが多かったからか、船を操る力、水の中での動きに特化している。シドリ族は天候を五感を駆使して読む力に優れて、どちらかといえば穏やかで優美な容姿の者が多くて戦いというよりは自然と共に生き、自然を愛する平和主義者が多いらしい。

 それぞれの特徴がまるで物語の登場人物たちのように興味深くて、面白いことが大好きなジルも最初は完全に彼との縁が切れるのを恐れて引っ付いてきただけだったが、今ではこうした小旅行にセラフィンに同行することが楽しみになっていたのだった。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...