香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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邂逅編

フェル族 2

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 いや一度だけ…… ジルはセラフィンの前で強かに酔っぱらったことがある。勤務と演習続き、怪我もしてヘロヘロのところに酒を飲んで、セラフィンの自宅に押しかけてかねてより気になっていた彼に迫り倒したあの晩だけ。

(まあ、その時も半分はこの人の雰囲気と美貌に酔わされてようなものだけどな。なんちゃって)

 そんなジルの呑気な想いを知ってか知らずか。セラフィンはすました顔で酒を一気に飲み干すと、ほうっと息をつく。
白皙の目元をほんのりと朱が刷け、色っぽい顔を晒しながら『お前も飲め』とジルを目力でねめつけてくる。見とれてしまっていたジルも慌てて酒を飲み干した。

「いい飲みっぷりだな。誰かに聞いたのか? フェル族ではまず相手が出した酒を飲み干せない人間と話をしない」

 これが一種の通過儀礼であることはもちろんセラフィンも知っている。

「フェル族の皆さんはアルコールを分解する力にたけている方が多くて酒に酔いにくいようですね。私たちはそれほどではないのでご容赦下さい」

「先生はそんなに綺麗な顔をしているのに色々と手ごわそうだ。長く生きたが、俺でも男でこれほどの美人は初めて見る。かえって、凄みがあるな。いいぞ。もう腹を割って話そう。俺が貴方に礼ができることといったらそれくらいだろう。何が聞きたい? どうせこの里のことも色々と知っているのだろう? あんたの苗字には聞き覚えがある『モルス』だ。雪崩の後ここを作っているときにやってきた、あの貴族院議員と同じだな」

 にやりと笑ったアガの顔は光る眼と相まって獣じみていて、野性的な雄の美を感じる。白髪の混じる髪に目じりの皺も深いがけして枯れてはいないような風情だ。
 セラフィンはそれに負けじと人から賞賛されることの多い艶美な微笑みで返し、さらに注がれた酒を豪快にあおった。口元からあふれる酒を拭う姿にジルは惚れ惚れとしてしまう。

「おっしゃるとおりです。兄からこの里の復興具合の様子を見てきて欲しいと頼まれていたのは確かです。でも私は一時実家を勘当されていたような不肖の息子ですので、『家業』とは関係ありせん。それに私自身がフェル族の研究をしているのは本当です。よかったらこれをご覧ください」

 セラフィンは診療鞄にもう一つ仕込んでおいて品物を取り出した。
それはこのようにフェル族の人々に話を聞く際に見せる、今までの研究の中で興味を引くような部分をまとめた読み物だった。父に促されて控えていたリアがすぐに眼鏡を差し出してくる。彼女も父の傍らから興味深げに中身を知りたそうにそわそわしていた。眼鏡は老眼鏡のようで、つけると一気に彼を老けさせつつも、ぐっと身近に感じられるようになるから面白い。
 ページにして20ページに満たない小冊子だが、時折またにやりと笑ったり少し眉をひそめたり。ヴィオの父は表情豊かな息子と心根のどこかが通じている、まっすぐな人物なのかもしれない。
 しかし最後の項目を見た時、明らかに深く眉間にしわが刻まれた。もちろんセラフィンはそのことは承知でこの内容を書いている。

「何が知りたい? この村の悲劇か、それとも先細った未来か? もしくはここに書かれている、軍がフェル族に対して行っていた行為についてか?」

「なんでも。貴方と私がお話できることならば全て」

 セラフィンとアガが話をしている最中、しこたま酒を飲まされる係についたジルは、ほろ酔いをあっという間に通り越していた。

 

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