香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
136 / 222
溺愛編

クィートの恋3

しおりを挟む
 クィートはそのまま彼の手を握りしめ、悪戯に指先を這わせすりっと手の甲を撫ぜると、ヴィオは口を曲げ目を白黒させながら真っ赤な顔をして強引に手を引っ込めようとしてくる。

(いちいち可愛らしすぎる反応だな)

 なんというか、全く擦れていなさそうで純情そうなのに、オメガ独特の香りが艶っぽいのがそそる。思わず初対面にしては無礼なほどに抱き寄せてしまいたくなる気持ちをおさえて、クィートは残惜し気に手をゆっくりと放して一度は逃がしてみることにした。

 手を取り戻して口元に持っていき恥ずかし気に目線を反らす仕草が幼げで可愛くて、ますます彼のことを深く知りたくなってしまう。

「なぜ木の上になんてよじ登ってたんだ?」

 ヴィオは梢が大きな影を作る木の下から一歩ずつ歩み出す。長い睫毛が頬に影を落とすほど下を向いた憂い顔で池の畔までくると、睡蓮の揺れる水面を覗き込んだ。そしてクィートに背を向けたままゆっくり辿たどしく呟き始める。

「考え事がある時は高いところに登って眺めを変えてみると、新しくよい考えが浮かぶかもしれないし、気持ちも晴れるだろうって父さんが言ってたから。僕の母さんも心が重たくなった時は山のてっぺんまでいって風に吹かれていたっていうんだ。この街には山がないから…・・・。木に登ってみたんだ。そんなに遠くまでは見られなかったけど……。風を感じたよ」

 そう言うと地上でも風を受けようとするかのように猫のようにすうっと瞳を細めて僅かに空を仰いだ。
 彼の意外な答えにやや意表を突かれながらクィートも寄り添うようにヴィオの隣に歩み寄った。

「それで解決したのか?」

 その問いにヴィオはふるふると首を振る。波打つくせのある髪を一歩遅れて揺れ、肩からこぼれるようにして彼の顔に降りかかる。うつむいてそのままヴィオは白いズボンの裾が付くのを気にもせず、更にしゃがみこんでしまった。

 なんだか気落ちしている様子に弟妹のいるクィートは放っておけない気持ちになってしまう。ちなみに昔から意中の相手の悩みを真摯に聞きすぎて、アルファのくせに迫力足らず物足りなさを感じるといわれ、いまいちモテないのが悩みだ。軍の仲間と行きつけの酒場に行くときなど、可愛い女給のお姉さんの前ではなるたけニヒルを気取ることにしていたが、まあ大体しゃべるとぼろが出る。しかしまた性懲りもなく気軽に聞いてしまった。

「悩み事があるのか? 俺で良ければ相談にのるぞ」
「悩み事……。そう。悩み事なのかな? 決めないといけないことが沢山あるんだ。でも全部大切なことだからしっかり考えたい。本当は僕一人の考えではどうすることもできないのかもしれない。でも結局は、自分で解決するしかないんだ。幸せになるためには動かないと駄目なんだってわかったし、沢山話し合って……、いかないと駄目」

 足元から見上げてくる無垢な眼差しはひたむきな想いが溢れてくるようで、クィートの胸を甘く疼かせた。

「なかなかしっかり者なんだな。益々気に入った。でも頼られると大抵の男は喜ぶものだから、悩みがあるなら頼ってもいいんだぜ?」

 暗に彼との接点を何とかして繋ごうといいことを言って胸を張ったつもりのクィートだが、ヴィオはまた別の考えが浮かんだのか水面に向けてぶつぶつ呟いている。

「そうかな……。まあ、そうかもな。僕も姉さんとか叔母さんに頼られたら嬉しいもの。一人で解決しようとしなくていいのかな」

 クィートはすぐさま自分もしゃがみこんで、内心デレデレとしながら水面の光が反射して輝くヴィオを盗み見ていた。

 (それにしても揺れて咲く白い睡蓮と憂い顔の美少年の取り合わせの絵面は何という美しさ。いつまでも眺めていたくなるな)

 表情をなんとか崩さず母似のダークブロンドをなでつけ、青い瞳によく似合うと言われている清潔感溢れるライトシルバーの軍服の上着を小脇に抱えてた姿でわざとフェロモンをくゆらせ凛々しく見えるようにヴィオに笑いかける。ヴィオからはまた面映ゆそうな微妙な顔を送られ小首をかしげられた。

(この香り、この容姿。どうみてもオメガだろうが、見たところ噛み痕も見当たらないのにまるで俺のフェロモンが効かないのはよほど抑制剤か効く体質なのか? まあおいおい俺のことを知ってもらって、好きになってもらえばおのずと効くようになるだろう)

 テグニ国に留学してきた裕福な貴族の息子だった父が、テグニ国のごく普通の中産階級の暖かな家庭に育まれて育ったオメガの母を見初め熱烈に愛し、番にしてすぐに息子をもうけるとそのまま祖国に帰ることはなかった。物静かだが祖国を捨て去るほどに母を愛しとても大切にしている父も、父と我が子に愛情を絶え間なく注いでくれる母もクィートにとっての理想の家族だ。できるならば自分もそんな熱情に溺れるような恋をして、のちには穏やかで暖かな愛情を満たし満たされたい。いつだってそんな風に思っているのだ。

 ヴィオが急にバネでもはいっているかのように軽やかに立ちあがる。ぺこっと頭を下げると「そろそろ僕、御屋敷に戻るね」といいしなすぐに駆け出そうとするのをクィートは慌てて手を掴んで引き留めた。

「俺も屋敷を訪ねてきたんだ。一緒に行こう」

 そのままその骨格がしっかりして指が長いが瑞々しい手を握り、逆にクィートが先導するようにモルス家本宅に向かってずかずか歩いていこうとすると、ヴィオがきゅっと腕を引っ張ってその手を外そうとしてきた。クィートは負けじと握りなおすと、ヴィオが慌てた声を上げる。

「あの、僕、迷子にならないので大丈夫です。山で育ったので、木の形とか道とか覚えるの得意ですし、この池には毎日来ているのできちんと建物のあるところまで帰れます」

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...