香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
159 / 222
溺愛編

喧嘩1

しおりを挟む
 一瞬、噛みつかれた痛みと刺激から勢いよく目を醒ました少年だったが、仰向けになったまま涙がこぼれて仕方がないようだ。眉を顰めてそれを拭いながら唇ははくはく息をついている。

「あ、頭痛いのか……」
「頭、痛いよ……。ずきずきする……。どうしてだろ、ここどこ?」
「あんた川に落ちて頭打ったんだよ」
「そう……」

 しかしその答えは生あくびをかみ殺したような、どこかぼんやりした風で、頭を打ったせいか水を飲みこんだせいか。まだどこか記憶が混濁しているんだろう。アダンの姿をはっきりと認めたと思ったのだが、彼が再び目を閉じたのを見て、アダンは慌てながらこの場を乗り切る術を全力で考えた。

(一回抜いたら頭すっきりした。こいつには俺がしたこと気づかれてない? いやそんなのいまはどうでもいい。それよりまたやらかしたらかなりやばい。もう一回ああなったらラット?ってやつになっちまうかもしれない。あれだ。あれ、使うか)

 床に転がしていた通学用のリュックにズボンをずり上げながら飛びついて、全てひっくり返してごそごとそあさり始めたのだ。

(あれ、出てこい! 親父に持たされたあれ)

 こんな時だけ親を頼るようで恥ずかしかったが、父親が『お前、爺さんと同じでアルファかもしれないだろ? いつフェロモンに充てらえるかわからんからな。もっておけ』と渡されていた、いかがわしいほど鮮やかなピンク色の巾着。そのぐるぐると巻かれた紐をむしる様に開くと中から薬紙に包まれた粉の抑制剤と小さなガラスの小瓶が出てきた。

 巾着を握りしめたまま、薬包紙を開いて一気に口に含むと、苦みが広がって顔を顰める。しかし蛇口から直接水をすすって何とか全て飲み込んだ。むせながらも今度は、小瓶の中身を豪快に吸い込む。いきなり目がちかちかするほどの刺激と氷を押し当てられたような清涼感に鼻先が包まれ、それでも飽き足らず、鼻の穴の中にまで指に浸してそれを塗りたくった。

「ぐあっ! いってえ!!!」

 涙が出るほどの強烈な刺激が鼻を苛んでくるが、これでもう、当分鼻は利かなくなる。そうこれは。それを吸い込むと鼻がバカになるという強烈なハッカ油。吸い込むだけもかなりすーすーとするが、塗ったとなれば涙がこぼれて止まらない。

 格好悪いし、鼻をもぎたくなるほど辛くて、涙も止まらず。でもかなり原始的な方法で馬鹿馬鹿しいが、今はこれに頼るしかないと思った。
 自分がしでかしたことの責任は取らねばならないと思ったからだ。

 しばしばする目をこすりながら元の部屋に戻ると、美しく引き締まった裸体を晒しながら、少年が寝台の隣に立ちあがっていることにまた仰天した。

「あ、あんたまだ寝てないと」

 しかしふらついた身体を抱き留めようとしたら、強い眼差しでそれを拒否され腕を叩き落された。そんな仕打ちをされたら学校では即喧嘩に発展するが流石にぐっとこらえる。

「まず、僕にいうことがあるでしょう?」

(ど、どっからだ。なにから言えばいいんだ?)

 その厳しい表情は今度はまた憧れの姉貴分だったタニアに似ている。アダンが気まずげに横を向き黙っていると、がしっと少年がアダンの両肩を掴んで目線を合わせて強く言い切った。

「ブレスレットをとってすみませんでしたでしょう? なんであんなことしたの?」

(そ、そっちか……)

 まだしっかり洗いきれていない掌を後ろ手にこしこしズボンにこすりつけて、自分が汚した少年の腹辺りを盗み見るようにしたが、また目をそらしたことを咎められるようにぎゅうっと今度は両手で顔を掴まれ仰向けられた。
 紫色に金色の環が煌く瞳は、父のそれに似ていてどきりとした。








しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...