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《20》敬服
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「尾崎さん、24日の予定、どうなってます?」
イベントで御世話になった百貨店で買った、名古屋土産のういろうを持って出社すると、新川さんが余計なことを聞いてきた。
「普通に休みですよ。イベントも、もうないですし」年内の公的なイベント(俺の仕事)は、今週末の宮崎出張で御仕舞いだった。私的なイベントは、一切なし。「仕事入れてもらっても構いませんよ。イベントでもプレテでも、何でも」と、短期契約社員の俺の管理も仕事の23歳の新川先輩に答えた。本当は、天皇誕生日(12月23日)の前日を俺の仕事納めにさせてもらって、そのまま年末年始の休みに入ろうかなと思ってたんだけど。スーパーエージェンシーは「大掃除」がないらしいからね。LASTでは、蛍光灯を外して拭いたり、机を移動させて掃除機をかけたりする大掃除の後、缶ビールと缶チューハイと乾き物と巻き寿司で納会をしてから、御歳暮とカレンダーと手帳と残った缶ビールと乾き物を公平に分けたりしてたけどね。
「仕事っていえば、仕事ともいえるんですけど……」と言った新川さんは、営業局長の方を見てる。ニヤニヤしてた局長が、席を立って、こっちに来たよ。
「コムさんから、夜桜パーティー受注したから……。よろしく頼むよお」と俺の肩を揉んでから、「じゃあ、本部長に呼ばれてっから」と新川さんに言って、去った。本部長とは、第28営業局から第37営業局までを統括してる役員だ(29営業局と33営業局は欠番=存在しない)。
「?」
俺が名古屋と函館に行ってて不在の間に何があったか、新川さんが教えてくれた。
コム・ジャパンの広報宣伝部と会食したんだそうだ。広報宣伝部とはいっても、現時点では、山田摩耶マネージャーと東京で採用されたアルバイトの女性の2人しかいないらしくて、スーパーエージェンシー側は、営業局長、牟礼さん、新川さん、それから、役員の本部長が出席したんだそうだ。契約更新(3年間の独占契約)の御礼と、「スーパーエージェンシーCOMチーム」への要望を伺う趣旨の親睦会のはずだったんだけど、牟礼歌音部長が指揮した起死回生の武勇伝(CEOアタック作戦)を本部長に披露する会になってしまっていたんだそうだ。本部長は「順当な更新」ぐらいに評価してたようなんだけど、それが「関西支社から来た豪腕新任部長が死守した」って評価に昇華してるらしかった。
スーパーエージェンシーCOMチーム(コム・ジャパン担当の社内メンバー)は、今までは、牟礼さんと、第2メディア局(雑誌広告と新聞広告の取次ぎをしてた)とPR局(記者や取材クルーの招致をしようとしてた)の人だけだったんだけど、来年からは、ヘッドオフィス(ドイツ本部)制作の広告表現とは違う、コム・ジャパン独自の広告を制作したり、ホームページをリニューアルしたり、日本国内の市場分析なんかもやるみたいで、大幅に増員されることが決まっている。スタッフ部門の人選はもう済んでいて、営業は、新川さんが日本玩具からコムに担当替えになるのと、子会社のSAI(スーパーエージェンシーインターナショナル)が別件で国際営業(外資系企業を担当したり海外支社で勤務する営業職)の中途採用をやってるから、その応募者数人をスーパーエージェンシーで採用する予定らしい。その中の1~3人が、ウチの部の配属になる。
で、営業局長が受注したって言ってた「夜桜パーティー」なんだけど、千駄ヶ谷のコム・ジャパンのオフィスの近くに桜の名所があって、来春、そこでファッション誌の編集部の人やスタイリストを招待する入退場フリーのお花見パーティーをやりたいって、山田マネージャーが言ったんだそうだ。こたつ完備で。俺の契約は来年の3月10日までだから、その仕事で俺の契約も自動更新てことなら、それはそれで嬉しいんだけど。再びプー状態で(そんな気楽な状態じゃないんだけど)、夜桜パーティーの準備にだけ呼ばれたりしてね。それだったら、イベントプロデュース料、100万円請求してやろう。
で、どうして新川さんがいきなり、俺の12月24日の予定を聞いてきたかというと、
「独身! いや、独身なん? あの人。ふうーん」なんて山田摩耶女史が上機嫌で言ったりして、金髪坊主のあの人(俺のこと)の話で盛り上がったんだって。
「君が尾崎君かあ。金髪坊主だねえ。よろしく頼むよお、とんがりおばさん」
新川さんと昼飯に行く途中、エレベーターホールで、バーコード頭の本部長にこう言われた。とんがりおばさんとは、勿論、黒いソフトクリーム頭の山田マネージャーのことだ。
玄米御飯がある定食屋で寒ブリ定食を食ってる俺に、新川さんは、
「役員の本部長の発案だから、山田さんと結婚までいけば、正社員どころか、最低でも、そうだなあ、営業局長までの出世は約束されたも同然じゃないですか」
なんて、面白がってやがる。まあ、嫌い、ではないんだけどさ。でも、ね。
その夜、大衆割烹しながわで、牟礼さんと新川さんの3人で、CEOアタック大作戦の打ち上げをやった。当然、年齢関連の話題になると「四捨五入なんてしようもんなら、もう40やで」を連発するらしい、44歳・独身の山田摩耶さんの話になったんだけど、意外なことに、彼女は帰国子女でも、留学経験者でも、勿論親がドイツ人でもなかった。NHKのラジオとTVの講座で英語とドイツ語を習得したんだって。しかも高卒で、山口の商業高校を卒業して、福岡でハウスマヌカン、大阪でアパレルメーカーの経理なんかを経験したりして、コム・ジャパンの広報宣伝マネージャーにまで上り詰めた人だったんだ。尊敬しちゃうよな。別にコムのマネージャーだからじゃなくて、ずっと努力し続けてることに敬服させられる。LASTが完全男女平等の会社だったからかもしれないけど、俺は、仕事を背負ってる女性が大好きだし、尊敬させられてしまう。組織の力を自分の能力だと勘違いしちゃってるオネーチャンは違うよ。今、カキのホイル焼きと多分6杯目の生ビールを運んできてくれたおばちゃん、じゃなくて矢吹さん(名前は牟礼さんに教えられた)みたいに、自宅の押入れにあった「高級品」て書いてあるから高級品だと信じてた湯呑茶碗を持ってきて、ちゃんと自分で謝れる人、責任を背負ってしまう人、そういう人の味方でいたいと、思うよなあ。ま、こんなことは、牟礼さんにも新川さんにも話さないけどね。俺は、他人のことをどうこう評価できるような人間じゃないから。
イベントで御世話になった百貨店で買った、名古屋土産のういろうを持って出社すると、新川さんが余計なことを聞いてきた。
「普通に休みですよ。イベントも、もうないですし」年内の公的なイベント(俺の仕事)は、今週末の宮崎出張で御仕舞いだった。私的なイベントは、一切なし。「仕事入れてもらっても構いませんよ。イベントでもプレテでも、何でも」と、短期契約社員の俺の管理も仕事の23歳の新川先輩に答えた。本当は、天皇誕生日(12月23日)の前日を俺の仕事納めにさせてもらって、そのまま年末年始の休みに入ろうかなと思ってたんだけど。スーパーエージェンシーは「大掃除」がないらしいからね。LASTでは、蛍光灯を外して拭いたり、机を移動させて掃除機をかけたりする大掃除の後、缶ビールと缶チューハイと乾き物と巻き寿司で納会をしてから、御歳暮とカレンダーと手帳と残った缶ビールと乾き物を公平に分けたりしてたけどね。
「仕事っていえば、仕事ともいえるんですけど……」と言った新川さんは、営業局長の方を見てる。ニヤニヤしてた局長が、席を立って、こっちに来たよ。
「コムさんから、夜桜パーティー受注したから……。よろしく頼むよお」と俺の肩を揉んでから、「じゃあ、本部長に呼ばれてっから」と新川さんに言って、去った。本部長とは、第28営業局から第37営業局までを統括してる役員だ(29営業局と33営業局は欠番=存在しない)。
「?」
俺が名古屋と函館に行ってて不在の間に何があったか、新川さんが教えてくれた。
コム・ジャパンの広報宣伝部と会食したんだそうだ。広報宣伝部とはいっても、現時点では、山田摩耶マネージャーと東京で採用されたアルバイトの女性の2人しかいないらしくて、スーパーエージェンシー側は、営業局長、牟礼さん、新川さん、それから、役員の本部長が出席したんだそうだ。契約更新(3年間の独占契約)の御礼と、「スーパーエージェンシーCOMチーム」への要望を伺う趣旨の親睦会のはずだったんだけど、牟礼歌音部長が指揮した起死回生の武勇伝(CEOアタック作戦)を本部長に披露する会になってしまっていたんだそうだ。本部長は「順当な更新」ぐらいに評価してたようなんだけど、それが「関西支社から来た豪腕新任部長が死守した」って評価に昇華してるらしかった。
スーパーエージェンシーCOMチーム(コム・ジャパン担当の社内メンバー)は、今までは、牟礼さんと、第2メディア局(雑誌広告と新聞広告の取次ぎをしてた)とPR局(記者や取材クルーの招致をしようとしてた)の人だけだったんだけど、来年からは、ヘッドオフィス(ドイツ本部)制作の広告表現とは違う、コム・ジャパン独自の広告を制作したり、ホームページをリニューアルしたり、日本国内の市場分析なんかもやるみたいで、大幅に増員されることが決まっている。スタッフ部門の人選はもう済んでいて、営業は、新川さんが日本玩具からコムに担当替えになるのと、子会社のSAI(スーパーエージェンシーインターナショナル)が別件で国際営業(外資系企業を担当したり海外支社で勤務する営業職)の中途採用をやってるから、その応募者数人をスーパーエージェンシーで採用する予定らしい。その中の1~3人が、ウチの部の配属になる。
で、営業局長が受注したって言ってた「夜桜パーティー」なんだけど、千駄ヶ谷のコム・ジャパンのオフィスの近くに桜の名所があって、来春、そこでファッション誌の編集部の人やスタイリストを招待する入退場フリーのお花見パーティーをやりたいって、山田マネージャーが言ったんだそうだ。こたつ完備で。俺の契約は来年の3月10日までだから、その仕事で俺の契約も自動更新てことなら、それはそれで嬉しいんだけど。再びプー状態で(そんな気楽な状態じゃないんだけど)、夜桜パーティーの準備にだけ呼ばれたりしてね。それだったら、イベントプロデュース料、100万円請求してやろう。
で、どうして新川さんがいきなり、俺の12月24日の予定を聞いてきたかというと、
「独身! いや、独身なん? あの人。ふうーん」なんて山田摩耶女史が上機嫌で言ったりして、金髪坊主のあの人(俺のこと)の話で盛り上がったんだって。
「君が尾崎君かあ。金髪坊主だねえ。よろしく頼むよお、とんがりおばさん」
新川さんと昼飯に行く途中、エレベーターホールで、バーコード頭の本部長にこう言われた。とんがりおばさんとは、勿論、黒いソフトクリーム頭の山田マネージャーのことだ。
玄米御飯がある定食屋で寒ブリ定食を食ってる俺に、新川さんは、
「役員の本部長の発案だから、山田さんと結婚までいけば、正社員どころか、最低でも、そうだなあ、営業局長までの出世は約束されたも同然じゃないですか」
なんて、面白がってやがる。まあ、嫌い、ではないんだけどさ。でも、ね。
その夜、大衆割烹しながわで、牟礼さんと新川さんの3人で、CEOアタック大作戦の打ち上げをやった。当然、年齢関連の話題になると「四捨五入なんてしようもんなら、もう40やで」を連発するらしい、44歳・独身の山田摩耶さんの話になったんだけど、意外なことに、彼女は帰国子女でも、留学経験者でも、勿論親がドイツ人でもなかった。NHKのラジオとTVの講座で英語とドイツ語を習得したんだって。しかも高卒で、山口の商業高校を卒業して、福岡でハウスマヌカン、大阪でアパレルメーカーの経理なんかを経験したりして、コム・ジャパンの広報宣伝マネージャーにまで上り詰めた人だったんだ。尊敬しちゃうよな。別にコムのマネージャーだからじゃなくて、ずっと努力し続けてることに敬服させられる。LASTが完全男女平等の会社だったからかもしれないけど、俺は、仕事を背負ってる女性が大好きだし、尊敬させられてしまう。組織の力を自分の能力だと勘違いしちゃってるオネーチャンは違うよ。今、カキのホイル焼きと多分6杯目の生ビールを運んできてくれたおばちゃん、じゃなくて矢吹さん(名前は牟礼さんに教えられた)みたいに、自宅の押入れにあった「高級品」て書いてあるから高級品だと信じてた湯呑茶碗を持ってきて、ちゃんと自分で謝れる人、責任を背負ってしまう人、そういう人の味方でいたいと、思うよなあ。ま、こんなことは、牟礼さんにも新川さんにも話さないけどね。俺は、他人のことをどうこう評価できるような人間じゃないから。
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