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《22》正月休み
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富士山が見える広い庭は、穏やかに春を待っていた。四角い花壇の柔らかそうな土も、丸い桶に寄せ植えされた紫と黄色のパンジーも、黒い坊主頭の俺と一緒に、新しい年の朝陽を浴びている。
ガラス戸越しに見えるリビングでは、おせちの重箱を片付けてる母ちゃんの横で、可愛くないクマ柄のパジャマ姿のままの妹が、ヨガみたいなことをしてる。
ガラス戸を開けて、リビングに上がった。母ちゃんと妹にとっては、ここは日常生活の全部あるいは一部なんだろうけど、俺は、家族3人で伊豆の別荘まで来て、正月休みを過ごしてるって錯覚してしまう。この家は、実に別荘らしい。管理人とかハウスキーパーがいる富裕層の別荘は違うんだろうけど、ここは、「家具調こたつに買い替えたから、古いの別荘に持っていこうか」、「このイス、粗大ゴミに出すんだったら、別荘に置いとけば」、「14型のブラウン管テレビ? もらってやるよ」、「これ、捨てる前に別荘で使えば」、そういう物で構成されている。俺は、19年前に東京のボロ家が売れた時に捨てたはずの、黒のジーンズをはいている。腰ではくんじゃなくて、ウエストまでしっかり上げてベルトを締めてはくジーンズ。母ちゃんがゴミに出してなかったんだ。ジャストフィット。体形は、高校時代まで回復した、いや、太腿がやせちゃったな。高校時代は、パツンパツンではいてたよな。
「母ちゃん、この絵、額に入れてあげようか」
リビングの隅に立てたイーゼルに、油絵が載っている。鼻も鼻の穴も大きくて、黒い帽子を被ってて、ちょっと魔女みたいな感じのする老婆の絵だ。
「今、その人が、母ちゃんの絵を描いてくれてるの。出来上がったら、それと、取っ替えっこするから、そのままでいいの」
その人って……、実在の人物なんだ、このデカッ鼻の魔女。怒られんじゃねえのか、その人に、この絵見せたら。
午後、昨夜の鐘を鳴らしてたらしい寺で初詣をした。こんな服しか持ってねえのかよと思ってしまう普段着の妹と、骨張った小せえ背中の母ちゃんが拝んでる。何お願いしてんだろ。健康で、長生きさせてやって下さい。俺も拝んだ。
「お母ちゃん、ヒノキ風呂にリフォームするって言ってるよ。壁もヒノキにするって」
ポリ浴槽に初風呂のお湯を入れてると、妹が来て言った。壁にも床にもタイルなんか貼ってない、コンクリートむき出しの、別荘らしい浴室だ。
「本当かよ。高いぞ。ヒノキなんて」
「そうだよね。でも今、いい工務店探してるみたいだよ」
「ふーん。工務店ねえ」
東京に帰る時、地元で5年以上営業してる工務店を選ぶこと、見積明細書を必ず出してもらうこと、見積明細書作成は絶対に無料なこと、見積明細書を俺のアパートにFAXしとくことを、72歳の母ちゃんと、日本人との交渉が苦手そうな妹に言い聞かせた。壁紙や網戸の張替えとか、棚を作るくらいなら俺がやってやんだけど。下手な大工よりは上手いと思ってるから。でも、水回りはね、プロにお願いしないと。
ガラス戸越しに見えるリビングでは、おせちの重箱を片付けてる母ちゃんの横で、可愛くないクマ柄のパジャマ姿のままの妹が、ヨガみたいなことをしてる。
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「母ちゃん、この絵、額に入れてあげようか」
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「今、その人が、母ちゃんの絵を描いてくれてるの。出来上がったら、それと、取っ替えっこするから、そのままでいいの」
その人って……、実在の人物なんだ、このデカッ鼻の魔女。怒られんじゃねえのか、その人に、この絵見せたら。
午後、昨夜の鐘を鳴らしてたらしい寺で初詣をした。こんな服しか持ってねえのかよと思ってしまう普段着の妹と、骨張った小せえ背中の母ちゃんが拝んでる。何お願いしてんだろ。健康で、長生きさせてやって下さい。俺も拝んだ。
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「本当かよ。高いぞ。ヒノキなんて」
「そうだよね。でも今、いい工務店探してるみたいだよ」
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