令和に活きる就活終活のヒント

令和宗活(のりかつのりかつ)

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《23》ホームパーティー

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「なんだ、牟礼さんも伊豆にいたんですか。そうだ。次行く時は教えて下さい。妹が、ホームパーティー開きたがってますから」
 俺にも、山田マネージャーと天見さんに御年賀で渡すのと同じ「伊豆の新名物わさびジャム」を1瓶くれた。
「ホームパーティー? 伊豆でホームパーティー……。うわあ、ありがとうございます」
 その年下の女の子って感じの無邪気に嬉しそうな言い方が、ホームパーティー開いて呼んで下さいねってニュアンスに受け取れた。

 そして6日後、ハッピーマンデーの成人の日、牟礼歌音さんが妹主催のホームパーティーに来てくれることになった。ホームパーティーったって、ゲストは、牟礼さんと俺の2人だけなんだけど。妹の会社の人は来ないらしい、インド人もアメリカ人も日本人も。伊豆の研究所で、どういうふうにして働いてるんだろうか。ほんとにコンピューターだけを相手にしてんだろうか。そういえば正月休み、会社のことも仕事のことも、話さなかったし聞かなかったな、お互いに。
「デジカメうたんですよ。尾崎さんに言われたから」
 俺、なんか言ったっけ? 駅から何十分もバスに乗ってて、気温と空気と景色の話題も尽きてしまった頃、牟礼さんがCOMのチューリップ柄のトートバッグから、ピンクのデジカメを取り出した。池袋の百貨店の福袋で買ったんだそうだ。自宅のリビングで青々と茂るベンジャミナの画像、観光ホテルの1人分らしい豪華な料理の画像を見せられた。観光ホテルは、宿泊予約のサイトに「伊豆1泊3食付3万円 1月3日3部屋限定」のバナー広告が出てて、それで申し込んだんだそうだ。1人で泊まったんだったら、4万5000円くらい取られたのかな。どうなんだろう。
「海が見える大浴場には夜入ったんで、海は見えなかったんですけど」と言ってデジカメの電源を切った。
 2枚だけかよ、正月の写真て。しかも本人写ってないし。寂しい正月だったのかな。2日に池袋の百貨店に行って、3日4日と伊豆の観光ホテルで食いまくって……。どうして、池袋の百貨店にしたんだろう。地下鉄銀座線浅草駅の近くに住んでんのに。どうして、伊豆の観光ホテルなんだろう。俺が年末年始は伊豆で過ごすって言ってたからかな……、なんてね。私生活が寂しそうな牟礼歌音ちゃんに、惹かれてしまう。イカラシ選手は、もう結婚してて子供もいるらしいからな。うわあ、こんなことまで新川さんに何気に聞いて知ってる俺って、メメしい、メメし過ぎる。死んでしまえ! 俺も部分的に殺してもらえるなら殺してもらいたいよ、メメしい尾崎博昭を。

 バス停からさらに歩いて、母ちゃんと妹の家に到着すると、牟礼さんは、真っ先に「尾崎」と「尾咲」のタイルの表札を褒めてくれた。何か褒めるぞって決めてきたみたいに。
 そのタイルの字は母ちゃんが書いたと説明すると、玄関のドアを開けた母ちゃんに、書道の腕前を褒めてくれた。妹の服を褒めてくれた。妹は、新しい普通の普段着を着ていた。
 パーティー会場のリビングには、正月にはなかった水墨画の掛軸が掛かっていた。デカッ鼻老婆の油絵は2階に上げたそうだ。こっちの水墨画を見てくれってことだろう。ひと目見て母ちゃんの作品だと分かった。車庫(母ちゃんの陶芸工房)の棚に積んであった皿にも同じような絵が描いてあった。墨色の富士山から、薄黄色の朝陽が昇ろうとしている。黄色を使っちゃってるから、水墨画とは呼べないのかな? これに似た風景は、ここの裏庭から見える。但し、朝陽じゃなくて、赤い夕陽が富士山に沈む風景だけど。「尾崎ユリ子」じゃなくて「尾咲」と筆書きして、「尾咲」の朱色の落款を押してある。水墨画家だったんだ、尾咲ユリ子先生は。
「立派な掛軸ですね」牟礼さんが、尾咲ユリ子画伯の作品を褒めてくれた。
 確かに立派な掛軸だ。濃い紫地に金の花菱文様がびっしり印刷された台紙に表装されていて、大理石の風鎮がぶら下がってる。床に、母ちゃんの字じゃない字で「御来光 尾咲」と書かれた細長い桐の箱があった。御来光って、こういうことだっけ? そんなことより、何年か前に通ってたのは、「無料の水墨画教室」じゃなくて、「高額掛軸商法」だったんじゃないのかという疑念を抱いたものの、それには触れなかった。
 テーブルには、メインディッシュの釜揚げされたままの高足ガニがディスプレイされていた。メインディッシュったって巨大過ぎて皿には載ってねえんだけど。甲羅は、もしかしたら俺の顔より大きくて、そこから細長い足が伸びている。食う前に記念撮影をすることになった。妹も会社のデジカメを借りてきてた。妹が両手で甲羅を持ち上げて、牟礼さんと母ちゃんが細い足を伸ばすと、全長3mぐらいになった。
「うぎゃ」
 妹が借りてきたカメラを構えた俺が、声を出してしまった。か細い足が外れた、もげたんだ。失業中だった時の俺は、スポーツクラブで月会費が安い「グッドモーニング会員」だったから、筋肉が残り少なくなった骨ばった脚のおじいちゃん達と一緒だったんだよね。無意識にその脚を連想しちゃってたから、「うぎゃ」と悲鳴を上げてしまったのかな。

 ビールで乾杯して、高足ガニを食ってみた。身は柔らかくて、ちょっと苦味があった。カニはタンパク質だし、二杯酢で食ってるから太り難いのかなと思いながら、頑張って食った。
「とろろも、金目の煮付も最高。母ちゃん、料理上手くなった?」
 楽しい気分になってた俺も、72歳の母ちゃんの手料理を褒めた。
「でしょう!」買い物だけ手伝ったらしい妹が言った。
「何言ってんのよ。昔から上手だったわよ」母ちゃんが一番楽しそうだ。
「この山芋、自然薯ですか?」とろろ芋が入った、母ちゃんが焼いた小鉢(ちょっと重い)を両手で自然に持ち上げて、牟礼さんが聞いてくれた。
「そうですよ。カルチャーセンターのお友達に頂いたの。これ食べてると、長生きできるんですって」と、褒められたわけでもないのに嬉しそうに答えた母ちゃんは、とろろ芋と青海苔をかけた玄米御飯をかき込んだ。
 帰りのバスで、牟礼さんは、夕陽に染まる富士山を見るタイミングを逃してしまったことを残念がってくれた。食べて飲んで聞いて話すだけの楽しくて長いパーティーの途中で気付いた時には、もうハッピーマンデーの太陽は沈んでしまっていた。これを口実に誘ったら、また来てくれるかな。次は新川さんと新川さんの彼女が一緒でも……、いや、それだと妹が嫌がるか。なら、牟礼歌音さんとインド人に来てもらおう。本当は、研究所の人も誘ったか、誘いたかったんじゃねえのかな。肉料理なしだったもんな。それに、あのJAPANらしい水墨画の掛軸……。時々、2か月に1回ぐらいは行ってやらなきゃな。ああいう御立派な掛軸が押入れに詰まってなけりゃいいんだけど。まあ、見付けても、72歳の尾咲さんを問い詰めたりはしないけどね。でも、気を付けてやんなきゃな。隣の席で今日撮った画像を見返してる牟礼歌音さんにも、ヒノキ風呂にリフォームしたら入りに来てもらいたいなんて、言ってたな。それは素晴らしいことだけど。まだ、ちょっと酔ってるけどね、俺も、歌音ちゃんも。バスじゃなくて、もし山手線だったら、こんなふうに2人で並んで座ってられるんなら、もう1周回ってみようか、て気分だ。ラッララララー。
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