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《27》ドヴォルザーク
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妹に葬儀屋に行かせて、俺は、年賀状と母ちゃんの電話帳を突き合わせて、電話を掛けまくる。車が停車する音がした。
喪服の牟礼さんだった。駅前のコンビニで菓子パンなんかを買い込んで、タクシーで来てくれた。牟礼さんには、明日の午後、身内と母の親しい友人だけで葬式をやること、会社の人には葬式が済んでから月曜日に知らせてほしいと電話してあった。で、「お手伝いさせてもらええますか」って改めて連絡をくれたから、来てもらったんだ。俺の母ちゃんを知ってる人だから。そん時、新川さんと山田マネージャーにだけ伝えてしまってたことを詫びられた。ありがたいことに、俺も山田摩耶ファミリーの一員らしくて、山田さんは、身内の冠婚葬祭を知らされないと、激怒・激高してしまう人らしいんだ。
牟礼さんと階段を上がると、母ちゃんの部屋から煙が漏れていた。でも慌てなかった、2人共。
「晴子の奴、ドライアイス入れ過ぎだよ。母ちゃん風邪引いちゃうぞ」
フタを外したヒノキの棺桶から、スモークが溢れ出ていたのだ。恐縮しながらドライアイスを拾い上げて、棺桶の煙を払った。
1階の冷蔵庫にドライアイスを入れて戻ると、牟礼さんは、再会した母ちゃんに手を合わせてくれていた。
牟礼さんにも、母ちゃんが見てほしかっただろうピンクと黄色のマーガレットの群生を見てもらった。驚いてくれた。きっと、母ちゃんが生きてたら、母ちゃんの園芸の腕前を褒めてくれただろうし、母ちゃんも大喜びしただろうに。いや、もう、こんなことを考えてちゃいけない。妹にも言ったんだ。葬式が終わるまで、泣いたりしないからって。母ちゃんの最後のイベントは、俺がプロデュースする。
リビングへの上がり口に2人で腰掛けて、車庫にあったラジカセに入ってたカセットテープを聴いてもらうことにした。ラジカセは昔妹が使ってた奴で、テープは俺が仕事でダビングした物らしい。何の仕事で使ったのか、もしかしたら使わなかったのかもしれない。再生した。ノイズが多い。
「新世界より? ドヴォルザークの」
「さすが。直ぐ分かっちゃうんですね」と俺が感心すると、牟礼さんは優しく微笑んでくれた。
「母が陶芸しながら、時々聴いてたらしいんですよ。この曲の途中から使おうかなと思って。最初の方は、なんか、死んだ人が化けて出てきそうな感じですもんね」と俺が言うと、牟礼さんは、悲しく苦笑して、優しく頷いてくれた。
「妹が、葬儀屋の帰り、CD買ってきます」
「使うんですか、葬儀屋さん」
「はい。火葬場の手配だけ」
「ただいま」妹が帰ってきた。ちょっと不機嫌そうだ。
牟礼さんは上がり口に腰掛けたまま御辞儀をした。妹もぎこちなく御辞儀で返した。
「遅かったね。何、それ」
「楽器屋で買ってきたの。CDじゃなくて、私が弾くから」
「弾くからって。お前バイオリンやってたの、中学ん時だろ」
「お店で、試しに弾いてみたから。大丈夫」
「ほんとかよ。CDは?」
妹は首を横に振って、2階に上がってしまった。
2時ちょっと前に、トラックが到着した。折りたたみ式の細長くて脚の長いテーブル、低いテーブル、イス、それらを各2脚ずつ、幅1mの気泡緩衝シート(プチプチ)1ロール、プラズマテレビ、スキャナー、籐かご、吸水性フォーム(フラワーアレンジメントで使う深緑の固いスポンジ)、豆腐の容器みたいな白くて深いプラスチックの四角い皿50枚、グレーの小さくて丈夫なペーパーバッグ100袋、全て俺のリクエスト通り、新川さんが揃えて、自分でトラックを運転して届けてくれた。旨い弁当屋の弁当も、4人分買ってきてくれた。
「伊豆の尾崎ユリ子さんのことで、ご連絡させて頂いたんですが」
牟礼さんが、午前中不在だった人に電話をしてくれてる。留守電でもFAX併用でもない、独り暮らしらしい人も多かったから。
俺と新川さんは、リビングの家具を片付ける。妹のバイオリンが聞こえる。『新世界より』の『家路』の部分を練習してるんだなってことは俺にも分かるんだけど、下手過ぎるよ。
喪服の牟礼さんだった。駅前のコンビニで菓子パンなんかを買い込んで、タクシーで来てくれた。牟礼さんには、明日の午後、身内と母の親しい友人だけで葬式をやること、会社の人には葬式が済んでから月曜日に知らせてほしいと電話してあった。で、「お手伝いさせてもらええますか」って改めて連絡をくれたから、来てもらったんだ。俺の母ちゃんを知ってる人だから。そん時、新川さんと山田マネージャーにだけ伝えてしまってたことを詫びられた。ありがたいことに、俺も山田摩耶ファミリーの一員らしくて、山田さんは、身内の冠婚葬祭を知らされないと、激怒・激高してしまう人らしいんだ。
牟礼さんと階段を上がると、母ちゃんの部屋から煙が漏れていた。でも慌てなかった、2人共。
「晴子の奴、ドライアイス入れ過ぎだよ。母ちゃん風邪引いちゃうぞ」
フタを外したヒノキの棺桶から、スモークが溢れ出ていたのだ。恐縮しながらドライアイスを拾い上げて、棺桶の煙を払った。
1階の冷蔵庫にドライアイスを入れて戻ると、牟礼さんは、再会した母ちゃんに手を合わせてくれていた。
牟礼さんにも、母ちゃんが見てほしかっただろうピンクと黄色のマーガレットの群生を見てもらった。驚いてくれた。きっと、母ちゃんが生きてたら、母ちゃんの園芸の腕前を褒めてくれただろうし、母ちゃんも大喜びしただろうに。いや、もう、こんなことを考えてちゃいけない。妹にも言ったんだ。葬式が終わるまで、泣いたりしないからって。母ちゃんの最後のイベントは、俺がプロデュースする。
リビングへの上がり口に2人で腰掛けて、車庫にあったラジカセに入ってたカセットテープを聴いてもらうことにした。ラジカセは昔妹が使ってた奴で、テープは俺が仕事でダビングした物らしい。何の仕事で使ったのか、もしかしたら使わなかったのかもしれない。再生した。ノイズが多い。
「新世界より? ドヴォルザークの」
「さすが。直ぐ分かっちゃうんですね」と俺が感心すると、牟礼さんは優しく微笑んでくれた。
「母が陶芸しながら、時々聴いてたらしいんですよ。この曲の途中から使おうかなと思って。最初の方は、なんか、死んだ人が化けて出てきそうな感じですもんね」と俺が言うと、牟礼さんは、悲しく苦笑して、優しく頷いてくれた。
「妹が、葬儀屋の帰り、CD買ってきます」
「使うんですか、葬儀屋さん」
「はい。火葬場の手配だけ」
「ただいま」妹が帰ってきた。ちょっと不機嫌そうだ。
牟礼さんは上がり口に腰掛けたまま御辞儀をした。妹もぎこちなく御辞儀で返した。
「遅かったね。何、それ」
「楽器屋で買ってきたの。CDじゃなくて、私が弾くから」
「弾くからって。お前バイオリンやってたの、中学ん時だろ」
「お店で、試しに弾いてみたから。大丈夫」
「ほんとかよ。CDは?」
妹は首を横に振って、2階に上がってしまった。
2時ちょっと前に、トラックが到着した。折りたたみ式の細長くて脚の長いテーブル、低いテーブル、イス、それらを各2脚ずつ、幅1mの気泡緩衝シート(プチプチ)1ロール、プラズマテレビ、スキャナー、籐かご、吸水性フォーム(フラワーアレンジメントで使う深緑の固いスポンジ)、豆腐の容器みたいな白くて深いプラスチックの四角い皿50枚、グレーの小さくて丈夫なペーパーバッグ100袋、全て俺のリクエスト通り、新川さんが揃えて、自分でトラックを運転して届けてくれた。旨い弁当屋の弁当も、4人分買ってきてくれた。
「伊豆の尾崎ユリ子さんのことで、ご連絡させて頂いたんですが」
牟礼さんが、午前中不在だった人に電話をしてくれてる。留守電でもFAX併用でもない、独り暮らしらしい人も多かったから。
俺と新川さんは、リビングの家具を片付ける。妹のバイオリンが聞こえる。『新世界より』の『家路』の部分を練習してるんだなってことは俺にも分かるんだけど、下手過ぎるよ。
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