令和に活きる就活終活のヒント

令和宗活(のりかつのりかつ)

文字の大きさ
27 / 32

《27》ドヴォルザーク

しおりを挟む
 妹に葬儀屋に行かせて、俺は、年賀状と母ちゃんの電話帳を突き合わせて、電話を掛けまくる。車が停車する音がした。
 喪服の牟礼さんだった。駅前のコンビニで菓子パンなんかを買い込んで、タクシーで来てくれた。牟礼さんには、明日の午後、身内と母の親しい友人だけで葬式をやること、会社の人には葬式が済んでから月曜日に知らせてほしいと電話してあった。で、「お手伝いさせてもらええますか」って改めて連絡をくれたから、来てもらったんだ。俺の母ちゃんを知ってる人だから。そん時、新川さんと山田マネージャーにだけ伝えてしまってたことを詫びられた。ありがたいことに、俺も山田摩耶ファミリーの一員らしくて、山田さんは、身内の冠婚葬祭を知らされないと、激怒・激高してしまう人らしいんだ。
 牟礼さんと階段を上がると、母ちゃんの部屋から煙が漏れていた。でも慌てなかった、2人共。
「晴子の奴、ドライアイス入れ過ぎだよ。母ちゃん風邪引いちゃうぞ」
 フタを外したヒノキの棺桶から、スモークが溢れ出ていたのだ。恐縮しながらドライアイスを拾い上げて、棺桶の煙を払った。
 1階の冷蔵庫にドライアイスを入れて戻ると、牟礼さんは、再会した母ちゃんに手を合わせてくれていた。
 牟礼さんにも、母ちゃんが見てほしかっただろうピンクと黄色のマーガレットの群生を見てもらった。驚いてくれた。きっと、母ちゃんが生きてたら、母ちゃんの園芸の腕前を褒めてくれただろうし、母ちゃんも大喜びしただろうに。いや、もう、こんなことを考えてちゃいけない。妹にも言ったんだ。葬式が終わるまで、泣いたりしないからって。母ちゃんの最後のイベントは、俺がプロデュースする。
 リビングへの上がり口に2人で腰掛けて、車庫にあったラジカセに入ってたカセットテープを聴いてもらうことにした。ラジカセは昔妹が使ってた奴で、テープは俺が仕事でダビングした物らしい。何の仕事で使ったのか、もしかしたら使わなかったのかもしれない。再生した。ノイズが多い。
「新世界より? ドヴォルザークの」
「さすが。直ぐ分かっちゃうんですね」と俺が感心すると、牟礼さんは優しく微笑んでくれた。
「母が陶芸しながら、時々聴いてたらしいんですよ。この曲の途中から使おうかなと思って。最初の方は、なんか、死んだ人が化けて出てきそうな感じですもんね」と俺が言うと、牟礼さんは、悲しく苦笑して、優しく頷いてくれた。
「妹が、葬儀屋の帰り、CD買ってきます」
「使うんですか、葬儀屋さん」
「はい。火葬場の手配だけ」
「ただいま」妹が帰ってきた。ちょっと不機嫌そうだ。
 牟礼さんは上がり口に腰掛けたまま御辞儀をした。妹もぎこちなく御辞儀で返した。
「遅かったね。何、それ」
「楽器屋で買ってきたの。CDじゃなくて、私が弾くから」
「弾くからって。お前バイオリンやってたの、中学ん時だろ」
「お店で、試しに弾いてみたから。大丈夫」
「ほんとかよ。CDは?」
 妹は首を横に振って、2階に上がってしまった。

 2時ちょっと前に、トラックが到着した。折りたたみ式の細長くて脚の長いテーブル、低いテーブル、イス、それらを各2脚ずつ、幅1mの気泡緩衝シート(プチプチ)1ロール、プラズマテレビ、スキャナー、籐かご、吸水性フォーム(フラワーアレンジメントで使う深緑の固いスポンジ)、豆腐の容器みたいな白くて深いプラスチックの四角い皿50枚、グレーの小さくて丈夫なペーパーバッグ100袋、全て俺のリクエスト通り、新川さんが揃えて、自分でトラックを運転して届けてくれた。旨い弁当屋の弁当も、4人分買ってきてくれた。
「伊豆の尾崎ユリ子さんのことで、ご連絡させて頂いたんですが」
 牟礼さんが、午前中不在だった人に電話をしてくれてる。留守電でもFAX併用でもない、独り暮らしらしい人も多かったから。
 俺と新川さんは、リビングの家具を片付ける。妹のバイオリンが聞こえる。『新世界より』の『家路』の部分を練習してるんだなってことは俺にも分かるんだけど、下手過ぎるよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...