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《29》伊豆の太陽
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朝から快晴だった。母ちゃんが晴れにしたんだと思った。リビングのガラス戸を取り外す。祭壇のベースはもうできている。シーツと折りたたみ式のテーブルで作った白い2段の祭壇、その後ろに、赤いセーターの母ちゃんの油絵をカンバスのまま、イーゼルに立てた。これが遺影だ。黒い額には入れなかった。祭壇の横に作った白い台に、プラズマテレビが載っている。
俺は、深緑の吸水性フォームを押し込んだ白くて深くて四角い皿に水を入れては、2段の祭壇に並べていった。この皿に庭のマーガレットの花の部分だけを色別にびっしり挿して、ピンクと黄色の市松模様の祭壇にするんだ。葬式をやるって決めた時は、「尾崎ユリ子」の葬式だから、葬儀屋に白いカサブランカで祭壇を組んでもらおうと思ったんだけど、俺がやった方が完成度が高いんじゃないか、俺がやろうと思って、考えたらこうなった。妹も賛成したし、「白百合」って感じじゃ全然なかったから、俺達の母ちゃん。それに、何十分もバスに揺られてぐったりしたおばあちゃん達が集まるわけだから、葬式なんだけど、ちょっと明るさっていうか、生命感みたいなものを担保しておきたかった。そう、母ちゃんの魂はまだ現世にいると思って葬式をやるわけだから、母ちゃんの最後の居場所を陰気臭く飾ってお別れしたくなかったんだ。
ピンクと黄色の花の祭壇が仕上がったら、その前に、フタをしたヒノキの棺を置いて、その上に、焼香の代わりに、ピンクか黄色のマーガレットを1本ずつ並べてもらう。死んだ母ちゃんは、誰にも見せない。死化粧もしなかった。総ヒノキの箱に納まった遺体は、もう母ちゃんじゃない。あんなに干からびた老婆じゃなかったぜ、2日前まで元気に生きてた、尾崎ユリ子、尾崎博昭と尾崎晴子の母ちゃんは。あれは亡骸、セミの抜け殻みたいなもんなんだ。母ちゃんの、等身大の遺品。
「何してんだよ。早くしないと間に合わなくなるぞ」
黄色の花から摘み始めていた妹の手が、止まっていた。
「摘み取っちゃうの? お母ちゃんが大事に育ててた花、ここで枯れれば、種だって取れるんじゃないの?」
「何言い出すんだよ、今になって」
「ほら、これから咲く、つぼみだって付いてる」
母ちゃんが植えた花は、生きていた。暫くはここで生き続けてくれる。枯れるまで、最後の1輪が枯れるまで。俺には、母ちゃんが育ててた命が、イベントの小道具にしか見えてなかった。
「よし、分かった」
リビングへの上り口の祭壇の後ろに立ててあったイーゼルを、庭の花壇の真ん中に移して、母ちゃんの肖像画を載せた。赤いセーターの母ちゃんを、緑をベースに四角いピンク、さらに丸い黄色で囲んだ大きな祭壇になった。花畑に、花より綺麗な母ちゃんが、浮かんでる。
弔電が数通と入院していた還暦の従兄から「御花代」が届いた。スーパーエージェンシーの代表取締役社長からの弔電は、新川さんが手配してくれたんだろう。でも、弔電は一通も読み上げない。俺と妹と、母ちゃんが知っとけば、それでいいことだから。
俺は母ちゃんに預けたままになってたモーニングコート、妹は黒のワンピースに黒のベストを合わせて着てる。こういうの、ちゃんと持ってたんだな、お互いに。伊豆の太陽が、屋外会場を暖かく照らしてくれてる。
俺は、深緑の吸水性フォームを押し込んだ白くて深くて四角い皿に水を入れては、2段の祭壇に並べていった。この皿に庭のマーガレットの花の部分だけを色別にびっしり挿して、ピンクと黄色の市松模様の祭壇にするんだ。葬式をやるって決めた時は、「尾崎ユリ子」の葬式だから、葬儀屋に白いカサブランカで祭壇を組んでもらおうと思ったんだけど、俺がやった方が完成度が高いんじゃないか、俺がやろうと思って、考えたらこうなった。妹も賛成したし、「白百合」って感じじゃ全然なかったから、俺達の母ちゃん。それに、何十分もバスに揺られてぐったりしたおばあちゃん達が集まるわけだから、葬式なんだけど、ちょっと明るさっていうか、生命感みたいなものを担保しておきたかった。そう、母ちゃんの魂はまだ現世にいると思って葬式をやるわけだから、母ちゃんの最後の居場所を陰気臭く飾ってお別れしたくなかったんだ。
ピンクと黄色の花の祭壇が仕上がったら、その前に、フタをしたヒノキの棺を置いて、その上に、焼香の代わりに、ピンクか黄色のマーガレットを1本ずつ並べてもらう。死んだ母ちゃんは、誰にも見せない。死化粧もしなかった。総ヒノキの箱に納まった遺体は、もう母ちゃんじゃない。あんなに干からびた老婆じゃなかったぜ、2日前まで元気に生きてた、尾崎ユリ子、尾崎博昭と尾崎晴子の母ちゃんは。あれは亡骸、セミの抜け殻みたいなもんなんだ。母ちゃんの、等身大の遺品。
「何してんだよ。早くしないと間に合わなくなるぞ」
黄色の花から摘み始めていた妹の手が、止まっていた。
「摘み取っちゃうの? お母ちゃんが大事に育ててた花、ここで枯れれば、種だって取れるんじゃないの?」
「何言い出すんだよ、今になって」
「ほら、これから咲く、つぼみだって付いてる」
母ちゃんが植えた花は、生きていた。暫くはここで生き続けてくれる。枯れるまで、最後の1輪が枯れるまで。俺には、母ちゃんが育ててた命が、イベントの小道具にしか見えてなかった。
「よし、分かった」
リビングへの上り口の祭壇の後ろに立ててあったイーゼルを、庭の花壇の真ん中に移して、母ちゃんの肖像画を載せた。赤いセーターの母ちゃんを、緑をベースに四角いピンク、さらに丸い黄色で囲んだ大きな祭壇になった。花畑に、花より綺麗な母ちゃんが、浮かんでる。
弔電が数通と入院していた還暦の従兄から「御花代」が届いた。スーパーエージェンシーの代表取締役社長からの弔電は、新川さんが手配してくれたんだろう。でも、弔電は一通も読み上げない。俺と妹と、母ちゃんが知っとけば、それでいいことだから。
俺は母ちゃんに預けたままになってたモーニングコート、妹は黒のワンピースに黒のベストを合わせて着てる。こういうの、ちゃんと持ってたんだな、お互いに。伊豆の太陽が、屋外会場を暖かく照らしてくれてる。
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