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流転編
剣と魔法と公子さま
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◆
ルフィーネがアントネスクへやってきてから、三年の月日が流れた。現在の彼女は公爵家の幼女となり、母方の旧姓を名乗っている。
ルフィーネ・アントネスク――彼女は金髪碧眼の家系であるアントネスク家において、ただ一人の黒髪緑眼なので、何をするでもなく、非常に目立つ存在になっていた。
さて、四歳になったルフィーネは、日々、エヴァリーナに勉強を教えてもらい、魔法を教授されて忙しい日々を送っている。
どういうわけか、エヴァリーナはスパルタだった。
だが――スパルタでありながらもエヴァリーナはルフィーネが本当に辛いとき、その胸を揉ませてくれる。
なのでルフィーネは、
(おぱーいの為……)
そう思って耐えることが出来るのだった。
ルフィーネの”おぱーい揉み放題券”は、未だ健在だったのである。
「ルフィーネさま、魔法における基本元素は何ですか?」
「光と闇!」
「では、そこから生まれた四要素は?」
「火、風、酒、肉!」
「どうしてだっ!」
ルフィーネとエヴァリーナは今、ローレライ城の中庭において、魔法理論の実践をしている。
実践と云っても、未だ四歳のルフィーネに高度なことは出来ない。なので、辺りにあるモノを使って、エヴァリーナは魔法の何たるかをダメな弟子に教えているのだった。
ちなみにルフィーネが「酒、肉」と言ってしまったのは、目の端に鳥の姿が入ったからだ。
ルフィーネは庵であった時、
「バードウォッチングとは、食べる鳥を探すことだ」
と勘違いをしていたのだから、鳥から肉を連想するのは当然だった。
(焼き鳥とビール……へへ、へへ……)
ニートだったくせに、酒の飲み方だけは立派だった庵である。
だが、四要素の残りは水と土だから、当たらずとも遠からず――という辺りがエヴァリーナにとって憎らしい。
不甲斐ない弟子の頭をペシリと叩き、エヴァリーナはルフィーネを抱きしめた。
三年前から多少の成長を見せたエヴァリーナの胸は、中々の柔らかさである。
「へへ、へへ」
だらしなく鼻の下を伸ばすルフィーネに、エヴァリーナは真剣な眼差しを向けた。
「いい、貴女に付いている悪魔は、とんでもないものなの。そして私も――いつまで貴女を守ってあげられるかわからない――だから、強くなって――お願い」
エヴァリーナはアントネスクに到着するとすぐ、ヒスイに手紙を出した。
手紙の内容は――自分が元気でやっていること、軍事顧問としてアントネスクにやってきたこと、などを端的に書き、いずれまた会おう――というものだ。
この手紙がヒスイに届くまでに、一年程掛かったのだろう。ヒスイからの返事は去年、届いたのだから。
エヴァリーナはヒスイからの返信を見て、震えた。
もともとヒスイがニホンに帰れなかったことは、東方でゴードが国を興し、その配下に彼女の名前を見つけたことで知っていた。
だが――それどころではなかったのだ。ヒスイからの返事は、いっそ狂気に満ちていたとも言える。
曰く――
「私はゴードさまと共に、七王魔国すべての魔王を倒しました。今はその残党を狩りつつ、新たなる魔導甲殻の開発をしています。
神託に従ってすべての魔王を倒したけれど、きっとまだ倒しきれていないのかもしれませんね――。だから私はゴードさまに従って、すべての魔物、魔族を駆逐します。それが光神アフラ・マズダ様の御心に叶う事でしょうから。
それに――私にはそれしか出来ない。そして、そうしなければ、私は故郷に帰ることが出来ないのだから――」
手紙の一部には染みが出来ていた。
それが涙の跡であることも、エヴァリーナには理解できた。
(ヒスイは思いつめている)
友人としてのエヴァリーナは、ヒスイを気の毒にも思った。
しかし、それでもヒスイは勇者で、大国の重臣になってしまったのだ。
それがエヴァリーナには、問題だった。
七人の魔王が滅ぼされたということは、もはや悪魔や魔族を表立って庇護出来る者は少ない。
大陸中央の国、パルミラなら悪魔や魔族を差別する事もないだろう。しかしヒスイの考えをゴードが是とするならば、新たに生まれた強国は即ち悪魔の敵となる。
ならばパルミラは西のリヒター、東のアルギュロスに挟まれる事になるのだから、それでも悪魔を庇護するとは考え難い。
今いるアントネスクなどは、そんな大国に比べれば、残念ながら塵も同然なのである。
結局、世界が大きく光の勢力に傾いてゆく中で、ルフィーネは闇に生を受けたのだ。
(――迫害、弾圧――そういったものに、今後晒されないとは言えない)
エヴァリーナの思考は、そこまで飛翔していた。
だからこそ、そんな中を逃げ延びるだけの力を、エヴァリーナはルフィーネに授けたかったのである。
ルフィーネも、よく分からないなりにエヴァリーナの真剣さに気が付いたようだ。
「ごめん、まじめにやる」
きつく抱きしめすぎた胸元から、エヴァリーナはルフィーネのくぐもった声を聞いた。
ルフィーネはエヴァリーナから体を離すと、徐に両手を開き、軽く呪文を唱える。
「光球」
ふわりとして明るい光の玉が、ルフィーネの掌で踊っていた。
魔法とは光によって生み出し、一つの要素を足す。そうする事で形を成し、その上で闇を足せば暴威となるのだ。
だから今、ルフィーネがやったことは、最初の魔法。
けれどエヴァリーナは嬉しかった。
その明るさが、普通の四歳児に作り出せるものではなかったからだ。
もしかしたらエヴァリーナでさえ、これ程の光は作り出せないだろう。
つまりこれは、ルフィーネの魔力の巨大さを意味しているのだった。
(これなら、魔導師――ううん、大魔導師にだって、ルフィーネさまはなれる! その上だって、もしかしたら――!)
僅かばかり安堵したエヴァリーナはルフィーネの頭を撫でると、城の研究棟へ向かった。
去年からのことではあるが――彼女は本当の意味でアントネスクの軍事顧問として、技術提供を始めたのだ。
つまりリヒター王国において、第二王子派と第一王子派の戦いが本格的に始まったということである。
そしてアントネスク公国は完全に第二王子側として動く――ということだ。
これから先、エヴァリーナに休息はない。
暗闘、それから戦争――そのどちらもが、望むと望まざるとに関わらず、彼女には降りかかってくるであろうから。
(あれ? 私、働きたくなくて、ここにいるんじゃなかったっけ?)
長く伸びた銀髪を春の風に揺らしながら、エヴァリーナは歩く。
そういえば彼女は年始以来、休みを貰っていない。
給料を使う時間も無いのでお金だけは貯まっていくが、恋人も出来ないエヴァリーナの背中は、どこか寂しげに見えるのだった。
◆◆
「エヴァリーナのじごくのとっくん」を終えたルフィーネは、ローレライ城の廊下を闊歩する。
(部屋に帰って寝るか!)
ルフィーネはそう思っているが、現在の時刻は午後三時に過ぎない。日暮れもまだなら、夕食だってまだの時間であった。
ルフィーネが廊下を歩いていると、金髪碧眼の美少年がすまし顔で佇んでいた。
見ればそれは、ルフィーネの部屋の前である。
「ル、ルフィーネ、これっ!」
美少年はルフィーネに、紫色の花を一輪、手渡そうとしていた。
花はアネモネ――ローレライ城の隅にひっそりと咲く、美しい花である。
(ミハイル? 眠たいのに邪魔だなぁ)
意気揚々と睡眠をとろうとしていたルフィーネは、扉の前を”とおせんぼ”されて怒り心頭だ。
しかし相手は公爵の息子――つまりは家主の子供である。
「ミハイルさま、ごきげんうるわしゅう」
なので必死に我慢したルフィーネは、白いスカートの裾をつまみ、ぴょこんと小さな頭を下げた。
ルフィーネは居候の身である事を自覚しているのだ。
「わ、私に”さま”など付けなくていい、兄妹ではないか。
あ、ああ。そんなことよりルフィーネ、きっと似合うと思うんだ! これをつけてみてくれ!」
言うなり金髪の美少年は、ルフィーネの黒髪に一輪の花を差す。
柔らかなアネモネの香りがルフィーネの愛らしい体を包むと、少年はモジモジとして言った。
「きょ、今日はルフィーネがここに来て三年だ! ……だ、だから、その記念としてっ……!」
どうやら花はプレゼントだったらしい。
ルフィーネの中身はファブリーズで消臭した方が良さそうだが、外見は実にアネモネがよく似合う。
微妙な笑みを浮かべたルフィーネだが、ミハイルが仲良くやろうというのなら、殊更否定するつもりも無かった。
(そういうことかぁ……でも、貰うだけっていうのも気が引けるなぁ)
ルフィーネは代わりに何かあげられるモノが無いかと、少ない脳で必死に考える。
中身がショボイおっさんなので、男子が女子にプレゼントを贈るという意味を、分かっていないのだ。
(貰ったら、返さなくちゃ!)
とても常識的なルフィーネは、ある意味で心清らかな乙女だった。
ルフィーネは、自分が愛らしい幼女である事を自覚している。そして男が愛らしい幼女から貰って嬉しいものといえば――。
ルフィーネの常識は、ここまでだった。ここからはゲスで腐ったおっさんの出番である。
ルフィーネは徐に後ろを向き、下着に手をかける。
そして一気に純白の肌着を脱ぐと――ミハイルに差し出した。
「お花、ありがと――これ、おれい。だいじにしてね」
ミハイルの脳内で、ルフィーネの声にエコーが掛かる。
肩口で切りそろえた艶やかな黒髪、そしてエメラルドような瞳――ミハイルが今まで見た中で、一番美しい幼女がルフィーネだ。
(ルフィーネが、ホカホカのパンツを丸めて私に手渡してくれた――しかも、ほんのり桜色に頬を染めて――おお、おお。神よ! 光神アフラ・マズダよ、感謝します――!)
こんなことで感謝されてはアフラ・マズダも迷惑だろうが、ミハイルにとっては一大事件だったのだから仕方が無い。
「ルフィ……ルフィ……ルフィーネ!? だ、大事にするからねっ!」
ミハイルは素っ頓狂な声を上げて、その場から走り去る。そして彼が去った後には、血がポタポタと落ちているのだった。
(は、鼻血が止まらないよ! ル、ルフィーネがさっきまで穿いていたパンツを貰っちゃうなんて! 私は、私はなんて幸せなんだっ!)
アントネスクの第一公子はこの時、生涯を左右するほどの宝を得たのである。
ちなみにルフィーネは、
(ふふふ、ミハイルもナカーマ)
なんて思っていた。
美幼女のパンツで興奮するなんて、ミハイルもエロよのう――などと暢気に考えるルフィーネは、そのパンツが自分のモノだという事を失念している。
しかもこれがきっかけで、ミハイルの心は完全に燃え上がった。
もう――淡い恋どころではなく、将来の妻はルフィーネと心に固く誓ってしまったのだから、後戻り出来ないかもしれない。馬鹿なルフィーネであった。
それから暫くして、ミハイルはルフィーネを剣術の稽古に誘う。これはもう――自分のカッコイイところを見せたい一心だったのだが、意外とルフィーネは剣が好きらしく、教えるブルクハルトを喜ばせるのだった。
ルフィーネがアントネスクへやってきてから、三年の月日が流れた。現在の彼女は公爵家の幼女となり、母方の旧姓を名乗っている。
ルフィーネ・アントネスク――彼女は金髪碧眼の家系であるアントネスク家において、ただ一人の黒髪緑眼なので、何をするでもなく、非常に目立つ存在になっていた。
さて、四歳になったルフィーネは、日々、エヴァリーナに勉強を教えてもらい、魔法を教授されて忙しい日々を送っている。
どういうわけか、エヴァリーナはスパルタだった。
だが――スパルタでありながらもエヴァリーナはルフィーネが本当に辛いとき、その胸を揉ませてくれる。
なのでルフィーネは、
(おぱーいの為……)
そう思って耐えることが出来るのだった。
ルフィーネの”おぱーい揉み放題券”は、未だ健在だったのである。
「ルフィーネさま、魔法における基本元素は何ですか?」
「光と闇!」
「では、そこから生まれた四要素は?」
「火、風、酒、肉!」
「どうしてだっ!」
ルフィーネとエヴァリーナは今、ローレライ城の中庭において、魔法理論の実践をしている。
実践と云っても、未だ四歳のルフィーネに高度なことは出来ない。なので、辺りにあるモノを使って、エヴァリーナは魔法の何たるかをダメな弟子に教えているのだった。
ちなみにルフィーネが「酒、肉」と言ってしまったのは、目の端に鳥の姿が入ったからだ。
ルフィーネは庵であった時、
「バードウォッチングとは、食べる鳥を探すことだ」
と勘違いをしていたのだから、鳥から肉を連想するのは当然だった。
(焼き鳥とビール……へへ、へへ……)
ニートだったくせに、酒の飲み方だけは立派だった庵である。
だが、四要素の残りは水と土だから、当たらずとも遠からず――という辺りがエヴァリーナにとって憎らしい。
不甲斐ない弟子の頭をペシリと叩き、エヴァリーナはルフィーネを抱きしめた。
三年前から多少の成長を見せたエヴァリーナの胸は、中々の柔らかさである。
「へへ、へへ」
だらしなく鼻の下を伸ばすルフィーネに、エヴァリーナは真剣な眼差しを向けた。
「いい、貴女に付いている悪魔は、とんでもないものなの。そして私も――いつまで貴女を守ってあげられるかわからない――だから、強くなって――お願い」
エヴァリーナはアントネスクに到着するとすぐ、ヒスイに手紙を出した。
手紙の内容は――自分が元気でやっていること、軍事顧問としてアントネスクにやってきたこと、などを端的に書き、いずれまた会おう――というものだ。
この手紙がヒスイに届くまでに、一年程掛かったのだろう。ヒスイからの返事は去年、届いたのだから。
エヴァリーナはヒスイからの返信を見て、震えた。
もともとヒスイがニホンに帰れなかったことは、東方でゴードが国を興し、その配下に彼女の名前を見つけたことで知っていた。
だが――それどころではなかったのだ。ヒスイからの返事は、いっそ狂気に満ちていたとも言える。
曰く――
「私はゴードさまと共に、七王魔国すべての魔王を倒しました。今はその残党を狩りつつ、新たなる魔導甲殻の開発をしています。
神託に従ってすべての魔王を倒したけれど、きっとまだ倒しきれていないのかもしれませんね――。だから私はゴードさまに従って、すべての魔物、魔族を駆逐します。それが光神アフラ・マズダ様の御心に叶う事でしょうから。
それに――私にはそれしか出来ない。そして、そうしなければ、私は故郷に帰ることが出来ないのだから――」
手紙の一部には染みが出来ていた。
それが涙の跡であることも、エヴァリーナには理解できた。
(ヒスイは思いつめている)
友人としてのエヴァリーナは、ヒスイを気の毒にも思った。
しかし、それでもヒスイは勇者で、大国の重臣になってしまったのだ。
それがエヴァリーナには、問題だった。
七人の魔王が滅ぼされたということは、もはや悪魔や魔族を表立って庇護出来る者は少ない。
大陸中央の国、パルミラなら悪魔や魔族を差別する事もないだろう。しかしヒスイの考えをゴードが是とするならば、新たに生まれた強国は即ち悪魔の敵となる。
ならばパルミラは西のリヒター、東のアルギュロスに挟まれる事になるのだから、それでも悪魔を庇護するとは考え難い。
今いるアントネスクなどは、そんな大国に比べれば、残念ながら塵も同然なのである。
結局、世界が大きく光の勢力に傾いてゆく中で、ルフィーネは闇に生を受けたのだ。
(――迫害、弾圧――そういったものに、今後晒されないとは言えない)
エヴァリーナの思考は、そこまで飛翔していた。
だからこそ、そんな中を逃げ延びるだけの力を、エヴァリーナはルフィーネに授けたかったのである。
ルフィーネも、よく分からないなりにエヴァリーナの真剣さに気が付いたようだ。
「ごめん、まじめにやる」
きつく抱きしめすぎた胸元から、エヴァリーナはルフィーネのくぐもった声を聞いた。
ルフィーネはエヴァリーナから体を離すと、徐に両手を開き、軽く呪文を唱える。
「光球」
ふわりとして明るい光の玉が、ルフィーネの掌で踊っていた。
魔法とは光によって生み出し、一つの要素を足す。そうする事で形を成し、その上で闇を足せば暴威となるのだ。
だから今、ルフィーネがやったことは、最初の魔法。
けれどエヴァリーナは嬉しかった。
その明るさが、普通の四歳児に作り出せるものではなかったからだ。
もしかしたらエヴァリーナでさえ、これ程の光は作り出せないだろう。
つまりこれは、ルフィーネの魔力の巨大さを意味しているのだった。
(これなら、魔導師――ううん、大魔導師にだって、ルフィーネさまはなれる! その上だって、もしかしたら――!)
僅かばかり安堵したエヴァリーナはルフィーネの頭を撫でると、城の研究棟へ向かった。
去年からのことではあるが――彼女は本当の意味でアントネスクの軍事顧問として、技術提供を始めたのだ。
つまりリヒター王国において、第二王子派と第一王子派の戦いが本格的に始まったということである。
そしてアントネスク公国は完全に第二王子側として動く――ということだ。
これから先、エヴァリーナに休息はない。
暗闘、それから戦争――そのどちらもが、望むと望まざるとに関わらず、彼女には降りかかってくるであろうから。
(あれ? 私、働きたくなくて、ここにいるんじゃなかったっけ?)
長く伸びた銀髪を春の風に揺らしながら、エヴァリーナは歩く。
そういえば彼女は年始以来、休みを貰っていない。
給料を使う時間も無いのでお金だけは貯まっていくが、恋人も出来ないエヴァリーナの背中は、どこか寂しげに見えるのだった。
◆◆
「エヴァリーナのじごくのとっくん」を終えたルフィーネは、ローレライ城の廊下を闊歩する。
(部屋に帰って寝るか!)
ルフィーネはそう思っているが、現在の時刻は午後三時に過ぎない。日暮れもまだなら、夕食だってまだの時間であった。
ルフィーネが廊下を歩いていると、金髪碧眼の美少年がすまし顔で佇んでいた。
見ればそれは、ルフィーネの部屋の前である。
「ル、ルフィーネ、これっ!」
美少年はルフィーネに、紫色の花を一輪、手渡そうとしていた。
花はアネモネ――ローレライ城の隅にひっそりと咲く、美しい花である。
(ミハイル? 眠たいのに邪魔だなぁ)
意気揚々と睡眠をとろうとしていたルフィーネは、扉の前を”とおせんぼ”されて怒り心頭だ。
しかし相手は公爵の息子――つまりは家主の子供である。
「ミハイルさま、ごきげんうるわしゅう」
なので必死に我慢したルフィーネは、白いスカートの裾をつまみ、ぴょこんと小さな頭を下げた。
ルフィーネは居候の身である事を自覚しているのだ。
「わ、私に”さま”など付けなくていい、兄妹ではないか。
あ、ああ。そんなことよりルフィーネ、きっと似合うと思うんだ! これをつけてみてくれ!」
言うなり金髪の美少年は、ルフィーネの黒髪に一輪の花を差す。
柔らかなアネモネの香りがルフィーネの愛らしい体を包むと、少年はモジモジとして言った。
「きょ、今日はルフィーネがここに来て三年だ! ……だ、だから、その記念としてっ……!」
どうやら花はプレゼントだったらしい。
ルフィーネの中身はファブリーズで消臭した方が良さそうだが、外見は実にアネモネがよく似合う。
微妙な笑みを浮かべたルフィーネだが、ミハイルが仲良くやろうというのなら、殊更否定するつもりも無かった。
(そういうことかぁ……でも、貰うだけっていうのも気が引けるなぁ)
ルフィーネは代わりに何かあげられるモノが無いかと、少ない脳で必死に考える。
中身がショボイおっさんなので、男子が女子にプレゼントを贈るという意味を、分かっていないのだ。
(貰ったら、返さなくちゃ!)
とても常識的なルフィーネは、ある意味で心清らかな乙女だった。
ルフィーネは、自分が愛らしい幼女である事を自覚している。そして男が愛らしい幼女から貰って嬉しいものといえば――。
ルフィーネの常識は、ここまでだった。ここからはゲスで腐ったおっさんの出番である。
ルフィーネは徐に後ろを向き、下着に手をかける。
そして一気に純白の肌着を脱ぐと――ミハイルに差し出した。
「お花、ありがと――これ、おれい。だいじにしてね」
ミハイルの脳内で、ルフィーネの声にエコーが掛かる。
肩口で切りそろえた艶やかな黒髪、そしてエメラルドような瞳――ミハイルが今まで見た中で、一番美しい幼女がルフィーネだ。
(ルフィーネが、ホカホカのパンツを丸めて私に手渡してくれた――しかも、ほんのり桜色に頬を染めて――おお、おお。神よ! 光神アフラ・マズダよ、感謝します――!)
こんなことで感謝されてはアフラ・マズダも迷惑だろうが、ミハイルにとっては一大事件だったのだから仕方が無い。
「ルフィ……ルフィ……ルフィーネ!? だ、大事にするからねっ!」
ミハイルは素っ頓狂な声を上げて、その場から走り去る。そして彼が去った後には、血がポタポタと落ちているのだった。
(は、鼻血が止まらないよ! ル、ルフィーネがさっきまで穿いていたパンツを貰っちゃうなんて! 私は、私はなんて幸せなんだっ!)
アントネスクの第一公子はこの時、生涯を左右するほどの宝を得たのである。
ちなみにルフィーネは、
(ふふふ、ミハイルもナカーマ)
なんて思っていた。
美幼女のパンツで興奮するなんて、ミハイルもエロよのう――などと暢気に考えるルフィーネは、そのパンツが自分のモノだという事を失念している。
しかもこれがきっかけで、ミハイルの心は完全に燃え上がった。
もう――淡い恋どころではなく、将来の妻はルフィーネと心に固く誓ってしまったのだから、後戻り出来ないかもしれない。馬鹿なルフィーネであった。
それから暫くして、ミハイルはルフィーネを剣術の稽古に誘う。これはもう――自分のカッコイイところを見せたい一心だったのだが、意外とルフィーネは剣が好きらしく、教えるブルクハルトを喜ばせるのだった。
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