竜神様の御気に入り

霞花怜

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第20話 ファーストキス

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「この程度の矮小な凶が残るということは、現世で浄化にあたったのは神獣ではなく、霊獣以下の力の弱い存在だろう。或いは、人間の術師が中途半端に祓った玉を引き取ったか。いずれにしても、竜が浄化に動いたわけではない。更には、桃源に持ち帰ってもすぐには浄化できぬ事情がある。私に寄越すくらいだ。処分したいが手が足りぬ。といったところか?」

 心惟が手に載せた凶玉を眺めながら分析している。
 その様を眺めていた秘果が、大きく息を吐いた。

「大体、正解だ。正確には、最近まで処分できなかったが、出来るようになった。解析が終わった分を、お前に与えているんだよ」
「解析?」

 蜜梨は首を傾げた。

「最近まで、現世でやけに邪魅の発生が増えていてね。その原因を調べていたんだけどね」
「蜜梨が桃源に戻って、調べる必要がなくなったか」
「え? 俺?」

 思わず自分で自分を指さした。
 心惟の指摘に、秘果が首を横に振った。

「蜜梨ちゃんというか、心惟のせい。四凶饕餮のせいだよ」

 わざわざ呼び名を変えて、秘果が恨みがましい目を向ける。
 心惟が、どこ吹く風で凶玉を喰っている。

「凶玉を包んでいた蜜梨の神力が薄まり始めていたからなぁ。蜜梨から私の凶が流れて邪魅が増え、悪鬼羅刹が刺激されたか」

 蜜梨の血の気が引いた。

「俺から、凶が出てたの? 刺激されたら、どうなるの?」

 怖くて秘果に縋り付く。
 蜜梨を受け止めた秘果が、宥めるように蜜梨の頭を撫でた。

「饕餮ほどの凶が流れれば、邪魅は増えるし悪鬼や邪神は力を得る。蜜梨ちゃん自身が食われかねない状態だった。俺が、あのタイミングで蜜梨ちゃんを桃源に連れ戻した理由だよ」

 背筋に寒気が走る。
 秘果が蜜梨を見付けて保護してくれなかったら、今頃生きていなかったかもしれない。

「そんな怖い状態だったの、俺……。現世にいた時の俺は、神力なんか、なかったもんね。秘果さんに見付けてもらえて、良かったよね」
「ないというか、使えなかったね。饕餮の凶玉を包んでいた神力は三百年前のものだったから。いつ綻んで饕餮が飛び出してきても、おかしくなかった」

 中々にギリギリの状態だったらしい。

「え? じゃぁ、俺が桃源に戻って、饕餮の凶玉を小さくできたから、現世の邪魅が減ったの?」

 蜜梨は心惟を振り返った。

「そういうことだな。現世からも桃源からも、元凶は消えた。竜も安泰だろう」

 特に感慨もなく、心惟が言い切る。
 心惟の目が、ちらりと秘果に向いた。
 雲った表情の秘果を、蜜梨は眺めた。

「現世は静かになり始めたよ。だけど、桃源はまだ、警戒が必要かな」
「どうして? 饕餮は小さくなって、心惟になったのに、まだ凶が流れてるの?」

 隣でスナック菓子の如く凶玉を喰っている心惟を見ていると、危険にも感じない。
 心惟から凶が流れ出ている気配もしない。

「瑞希は桃源にとって、歓迎すべき国の一部だからね。色んな力が活性化して浮足立つ。だから、しばらく様子を見る。それだけだよ」

 秘果が蜜梨の髪に口付ける。
 何となく、言葉や表情を誤魔化しているような気がした。

「なんだ、四罪が動いたわけではないのか。つまらんな」

 心惟の呟きに、秘果が視線を落とした。

「四罪は封印して東西南北の国で、それぞれに管理している。そう簡単に封が解けはしない」

 そう話した秘果の声は、暗く聞こえた。

「なんで心惟は四罪が気になるの? 喰いたいの?」

 ふと浮かんだ疑問を投げたら、心惟にじっと見詰められた。
 あまりに無言で見詰めてくるので、ちょっと困った。
 心惟の指が蜜梨の顎を撫で上げた。

「今はそこまでの大物は要らんな。蜜梨の中にいれば、それなりに美味い飯にありつける」
 
 心惟が蜜梨を引き寄せて頬に口付けた。
 秘果が心惟を押し退けて蜜梨を胸に抱いた。

「蜜梨ちゃんに触れるな! 契約違反だ! お前が欲しいのは俺だろう」
「蜜梨が手に入れば、秘果は自然と手に入る。だから今は、蜜梨が欲しい。三百年も共に生きているのだ。私にとっても、蜜梨は可愛いさ」

 心惟の手が伸びて、蜜梨の頬を撫でる。
 秘果が蜜梨の体を後ろに引いた。

(俺的には、触られるくらい今更いいんだけど。秘果さん的にはナシなんだな)

 そもそも蜜梨の中にいるわけだし、触れる以上の恥ずかしいことも知られているから、今更だ。
 しかし秘果的にはそうもいかないのだろう。

 特に、共に過ごした時間を引き合いに出されるのは嫌そうだ。
 秘果が蜜梨と過ごした時間は、恐らく百年以下だ。
 その三倍の時間を饕餮は蜜梨と過ごしている。
 それも悔しいのだろう。

 蜜梨は秘果の服を、きゅっと掴んだ。

「蜜梨ちゃん……?」
「あのさ、秘果さん。俺、そんなに心惟が嫌いじゃないんだ。秘果さんは饕餮に思うところがあるだろうし、俺はそれを覚えてないから、あんまり無責任なことは言いたくないんだけど。でも、これからそこそこ長い付き合いになりそうだし、三人で仲良くできたらいいって、思うよ」

 見上げた秘果の顔が朱に染まりながら大変、複雑な表情をしている。

「頬にキスでもしてやれ、蜜梨」
「え?」
「えぇ⁉ 蜜梨ちゃんから、キスなんて、そんな……」

 蜜梨以上に大きな声が秘果から飛び出した。

(そんなに驚かなくても……。秘果さんとは既に、二回もキスしてるんだし……)

 二回とも秘果からのキスだったが。
 当然ながら、蜜梨からキスしたことはない。

「蜜梨が秘果の頬にキスでもしてやれば、私とも仲良くする気になるかもしれないぞ」

 ニヤリと心惟が笑んだ。
 心惟の言葉に促されてキスすれば、確かに秘果の態度は柔軟になりそうな気がする。
 これまでも、心惟に蜜梨の秘密情報を聞いた時の秘果は、きつい態度が緩んでいた。

「俺がキスしたら、仲良くしてくれる?」

 ぐっと息を飲んで、秘果の顔が真っ赤に染まった。
 考える顔をして、強く目を瞑る。
 苦渋の決意の顔をして、秘果が小さく頷いた。

「蜜梨ちゃんが、そこまで言うなら、俺も態度を改める努力を……」

 様々な葛藤を飲み込んで、承諾してくれたようだ。
 蜜梨は秘果の顔に手を伸ばした。
 頬に触れたら、ピクリと秘果の体が震えた。

「恥ずかしいから、目、瞑っててね」
「……ん、わかったよ」

 包んだ頬をくぃと引き寄せて、唇を重ねる。
 秘果の肩がビクリと震えた。
 唇に啄ばむようなキスをする。
 目を開いた秘果が驚いたような顔をしている。

「頬って言ったのに、唇にしちゃって、良かったの?」

 秘果が嬉しそうに蜜梨の頬を指で撫でた。

「……俺、秘果さんがファーストキスで、自分からしたの、これが初めてだから。……その、上手じゃない、と思う、けど」

 恥ずかしすぎて、目を逸らす。
 秘果が蜜梨を強く抱きしめた。

「蜜梨ちゃん、可愛い。蜜梨ちゃんがくれるモノは、全部嬉しい。蜜梨ちゃんの初めては全部、俺にちょうだい」

 秘果が予想以上に喜んでくれたので、良かったと思った。

「……心惟と、仲良くできそう?」
「心惟の誘導に乗るんじゃなく、蜜梨ちゃんが自発的に俺にキスしてくれたら、もっとちゃんと仲良くできそうかな」

 蜜梨の頬にキスをした唇が、蜜梨の唇と重なる。

「ん……、ぁ……」

 熱くて、声が漏れた。
 自分からしたキスより、ずっと熱くて甘い。

(心惟の思惑も俺の下心も、バレてた。俺、まだ、秘果さんのこと、ちゃんと好きなのかさえ、よくわかっていないのに、唇にキス、しちゃった)

 信頼しているし、友人としては好きだ。それ以上の感情も、きっとある。
 そう思うのに、まだ伝えられない。何かが、足りない。

(記憶……、何か思い出せたら、秘果さんに好きって伝えて、自分からキスできる気がする)

 降りてくる熱を感じながら、そう考えた。
 秘果の唇に離れて欲しくないと思うのに、欲しいと言えない自分がもどかしかった。
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