仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ章

第30話 皮肉屋の希望

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「連……、連! 連!」

 保輔の泣きそうな声で、護は我に返った。

「まだ微かに息がある。神力を送り込もう。智颯、手伝って」
「はい!」

 直桜と智颯が連の抉れた肩口に神力を送り込んでいる。

「そうや、朽木統括の回復術、持ってきとんのや。使える、今、使わな」

 本を開く保輔の手が震えて、ページが巧く開けない。
 円が保輔の手に手を添えた。

「何処のページ? 開くから、教えて」

 本を受け取って、円がページを開いた。
 解放した回復術が本から飛び出した。

「……もういいよ、やめて」

 連が掠れる声を漏らした。

「大丈夫や、連。瀬田さんは最強の惟神や。智颯君は同じくらい強いんや。13課で一番巧い人にもろた回復術もある。きっと治る。治るから、今は話すな」

 肩口に回復術の光をあてようとした保輔の手を、連が弱々しい手で遮った。

「そういうのが、嫌なんだよ。自分は恵まれた場所で生きてますって、自慢してんの? 仲間の鬼に喰われて死にかけてる俺に同情して、助けてあげますよって感じ? 変わんないね、保輔」
「こんな時に、何言うとんねや。お前が俺をどう思っていようが、今はどうでもいい。治療されろ。頼むから、生きてくれ」

 保輔の言葉はまるで懇願で、潤んだ目からは雫が落ちる。

「生きて、どうすんの? またろくでもない人生、辛い思いして、生きるの?」
「生きてたらやり直せる。何回だって、やり直したらええ!」

 涙で濡れる保輔の顔を眺めて、連が鼻で笑った。

「理研にいても、集魂会もbugsだって、結局は幸せに生きられる場所じゃない。逃げたって、この様だ。俺たちは、そういう生き物なんだ。普通じゃないんだから、当たり前だよ。恵まれてる保輔には、俺の気持ちは、わからない」

 保輔が俯いて黙り込んだ。

「保輔の偽善ぶった優しさに振り回されて不幸になった奴が、どれだけいた? 皆、期待したんだ。保輔は特別だからって。結局、全部放り出して、自分だけ安全で恵まれた場所に入って。良いご身分だね」
「連は俺に、言いたい愚痴が仰山、あんねやな。だったら生きて、これからも悪態吐き続けたらええやろ!」

 回復術を連の体にぶつけようとする保輔の腕を、連が止めた。
 動けないくらいに負傷しているはずの体で、起き上がった。

「何で俺に名前なんかくれたんだよ。俺は期待したんだ、保輔の特別になれたって。なのに保輔は、俺以外の奴にも平等に優しくて、なのに誰一人、特別にしなくて。優しいのに、誰にでも一線引いて、一人で危ないこと全部して、何でだよ!」

 大きな声を出したせいで、連の抉れた肩から血が噴き出した。

「わかった、悪かったから、もう喋るな。治療受けて、生きてくれ」

 保輔の手が震える。
 その手から本を奪って、円が回復術を連に投げた。

「文句があるなら元気になって言いなよ。そんなに気に入らないなら、何発でも殴ってやればいい。全部保輔が悪いんだから」
「なんでや、円。けど、そうや。何発でも殴ってくれ。元気になったら、話も全部聞くから」

 連の目が呆然と保輔と円を眺める。

「元気になんか、なる訳ないだろ。だから今、話してるんだよ」

 直桜と智颯が神力を送ってはいるが、抉れた肩口からは流血し続けている。肉の盛り上がりも見られない。
 円が投げつけた回復術も、ほとんど効果がない。
 傷口に漂う瘴気の穢れが濃すぎて浄化が優先され、傷の手当てまで至らない。
 
「俺じゃダメだった。保輔の特別には、なれなかった。俺はbugだからmasterpiece候補の保輔には不釣り合いだ。頑張っても、結局この様だ。笑えばいいよ。保輔はこれからも高い所から俺たちを見下して、笑っていればいい」

 肩の太い血管から血が噴き出した。
 連の目がどんどん虚ろになっていく。

「連、連! 俺はblunderやった。お前と何も変わらん。理研が勝手に張ったレッテルなんか、そんなもんは、関係ないねや」

 保輔が連の手を握る。
 それを振り払う力すら、連にはもうない。

「やっと、死ねるんだ。もう、馬鹿にされたり、痛い思いも、辛い思いも、しなくていい。だから、保輔は、これからも苦しんで、辛い思いして、生きてよ。理研で生まれた人間でも、幸せになれるんだって、証明、して、みせな、よ……」

 連の目から完全に光が消えた。
 保輔が握った手から力が抜けたのが、わかった。

「……なんで、なんでや。何で、こうなったん? 俺、どうしたら良かったん……」

 項垂れる保輔の肩を、円がそっと抱いた。
 その腕に掴まって、保輔が声を殺して静かに泣いていた。
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