仄暗い灯が迷子の二人を包むまで

霞花怜

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第Ⅳ.5章 番外:仄暗R18アンソロジー『温かな暗がりが愛する二人を包む夜』

Cp7.護×直桜『唯一の魔酒①(護目線)』

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 ガラスの小瓶を前に、化野護は悩んでいた。
 その小瓶は保輔が護に、こっそりとくれたものだ。中身は保輔の血魔術の酒、つまりは媚薬だった。

『直桜さんと護さんのお陰で、みぃとも、その……、前より仲良ぅなれたし、色々巧くいったお礼というか。例えば直桜さんに何かあって自力で俺の血魔術が解けんでも、今やったら同じマンションにみぃがおるさけ、浄化できるし。使てや』

 きっと自然な流れで瑞悠と繋がれたのだろう。二人の話し方や接し方、距離感を見ていれば、変化に気が付く。それについては、素直に良かったと思う。
 この媚薬が、保輔なりの全力の御礼であると、わかっている。
 何ならLサイズのコンドームの礼なんだろう。

『直桜さんやし、きっと護さんしか見てへんと思うけど。結局は只の媚薬やねんから、どうなるかわからんき。二人きりの時に使こてな』

 二人きりの時に使え、とはつまり、相手が護以外でも作用してしまうという意味だ。

(どうせなら俺専用にしてほしかった。訓練の時は、そんな言い回しだったのに)

 訓練の時の保輔は『飲んだら護に抱き付いてキスしたくなる媚薬』と話していた。だからこそ安心して欲しいとせがんだのに。

(使うにしても絶対に二人きりの時、休みの日に直桜を軟禁できる状態でないと安心して使えませんね)

 絶対に他者と接触しない環境で使わなければ直桜が危険だ。
 現時点で自分の発想が最も危険であると、護は気が付いていなかった。媚薬という、非日常的で魔法のようなアイテムを前に、護の思考はバグっていた。

 
〇●〇●〇


 次の日、保輔と瑞悠と共に朝食をとった直桜と護は、二人を学校に送り出すと、朝食の後片付けをしていた。

「なんのかんの、上手く纏まったようで良かったですね」

 洗い物をしながら、ほっこりと息を吐く。
 直桜が嬉しそうに微笑んだ。

「保輔って賢い子だし、普段は思い切りもいいのに、瑞悠に関してだけは奥手だよね。見てるこっちが、じれったくなるくらい慎重というかさ」

 直桜の微笑みは好意的で、優しさを含んで見えた。
 そんな直桜に安堵する。

「それだけ大切で、大好きなんですね。可愛らしいです」
「本当にね。保輔に甘えてる瑞悠は、可愛いよ」
「甘えているんですか?」

 護の目には、普段の保輔と瑞悠は友人のように映る。
 どちらかというと保輔の方が甘えているように見えなくもない。

「わかりずらいかもしれないけどね。自分の欲求をストレートにぶつけるなんて、瑞悠は智颯にだってしないから。瑞悠にとって保輔は、それだけ心を許せちゃう相手なんだろうね」

 洗った皿を拭きながら、直桜が感慨深い目をする。

「だから、ちゃっちゃとそういう関係になっちゃって欲しかったんだよね」

 顔を上げた直桜が悪戯に笑む。
 何となく、コンドームを渡した自分の判断は間違っていなかったなと思った。

「俺もさ、キスしたから、護を好きって意識できた、からさ。瑞悠と保輔くらい気持ちが育ってたら、そういう行為が後押しになったりするんじゃないかなって」

 直桜を振り返る。
 顔が近付いて、護の唇に柔らかな温もりが触れた。

「直桜……」

 感動して、言葉が出てこない。
 直桜を見詰める護の視線の端に、例の小瓶が映った。
 どう見ても封が開いているし、どう見ても中身が空だ。
 さっと血の気が引いていく。

「俺、今日は清人に早めに事務所に来いって呼び出されてるんだ。先に行くね。片付け、中途半端になってごめん」

 エプロンを外すと、直桜がキッチンを出ようとした。

「待ってください、直桜!」

 思わず大声で呼び止めてしまった。
 直桜が不思議そうな表情で振り返った。

「その小瓶の中身、飲んだり、してませんよね?」

 テーブルの隅に置かれた空の小瓶を指さして、恐る恐る問う。

「飲んだよ。なんで? ダメだった?」

 大変不思議そうに首を傾げられて、護は絶句した。

「何で……、いつですか? いつの間に飲んだんですか?」

 確か、あの媚薬は護の部屋に置いてあったはずだ。
 その存在すら直桜が知っているはずはない。

「朝ごはん、食べた後だよ。ごめん、護。俺、もう行かなきゃ」
「え? 直桜……、直桜!」

 護の制止も空しく、直桜はキッチンを出て事務所に向かった。

「朝ごはんの後? 保輔君と瑞悠さんを玄関まで送り出している間に? けど、媚薬は俺の部屋にあったはずで、どうして直桜がこのタイミングで飲んで」

 理解できない疑問が多すぎて頭の整理が付かない。
 纏まらない頭のまま、護は放心状態になった。

(どういう経緯であろうと、媚薬を飲んだままで仕事に行かせては、ダメだろ)

 はっと我に返る。護の胸に不安が込み上げた。
 泡だらけの手を流して、適当に皿を洗い桶に放り投げると、護もキッチンを飛び出した。


〇●〇●〇


 扉を蹴破る勢いで事務所に転がり込む。
 清人と紗月が驚いた顔で護を眺めていた。

「き、清人さん、直桜は……、直桜は、どこに」

 焦り過ぎて口が回らない。

「直桜なら、解析・回復担当に使いに行ったぞ。今日は旧暦の正月だから、各部署に……」

 清人の口を紗月が思いっきり抑えた。
 抑えられたまま、清人がしまったといった顔をしている。

「清人のお遣いに行ってもらってる。律も一緒だから、心配ないよ」

 紗月の笑顔が、ぎこちない。
 何か隠していそうな気配だが、今はそれどころではない。

「朽木統括の所ですね。わかりました」
「おい、護! お前は今日は残ってデスクワーク……」

 清人の呼び止めには振り返らずに、護はエレベーターに向かって駆け出した。
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