モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅱ章 ミニイベント:月の言霊

4.何よりも怖いこと

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 魔獣の森に入るのは、思ったよりも簡単だった。
 入り口から奥地まではウィリアムの転移魔法で移動した。徒歩移動だけなら五日はかかる工程だ。
 学生で転移魔法を使えるのは、恐らくウィリアムくらいだろう。

「目的地は、森の最も奥だったな」

 ウィリアムの問いにノエルが頷いた。

「木々が茂る最奥に、一か所だけ開けた場所があるんだけど、月明かりが差し込んで魔性スズランを照らすから、とても明るいはずなんだ。すぐにわかると思う」

 さすがに地図が見られる明るさはないので、記憶だよりだ。火を使えば魔獣に気付かれるので、月明かりを頼りに進む。

「雲がなくて、良かったな。月明かりがなかったら、歩けていたかも、わからない暗さだ」

 雲一つない晴れた夜空を見上げて、アイザックが安堵の息を漏らす。雲はなくても木々が月明かりを遮っているので、歩きやすいとも言い難い。

(ゲームだと、あっさり魔性スズランが手に入っちゃうんだけど、やっぱり現実はそうもいかないか)

 念のために持って来た地図に触れる。
 場所の目星は、皆で付けた。木々が大きく開けた奥地は一か所しかない。魔性スズランは月明かりがないと咲かないので、そこにある可能性が高い。

 そっと、左手の指輪に触れる。

(指輪のせいで居場所、ばれるかもしれないな。でも外せなかったんだよね)

 今まで外そうと思わなかったから気付かなかったが、この指輪は外れないらしい。どんなに引っ張っても回しても、外せなかった。

(すごーく、ユリウスらしい。ばれたら、やっぱり怒られるかな)

 もし叱られたら、自分のせいだと話そう。他の皆を巻き込んだことも、謝ろう。と心に誓う。
 どうにも弱気になってしまうのは、この森の雰囲気だろうか。暗いからとか、魔獣の気配があるから、というのとは、違う。何か禍々しさを感じる。
 前にウィリアムとリヨンを追いかけた時は、こんな気配は感じなかった。昼間だったし、森の手前側だったからだろうか。

(あまり考えないようにして、早く花を見付けて帰ろう。何事もなければ、それでいいんだから)

 勝手に震える手を、ぎゅっと握る。

「ノエル、大丈夫? 震えているけど、寒い?」

 上着を掛けようとしてくれるロキを拒んだ。

「大丈夫だよ。それじゃ、ロキが寒いでしょ。私はちゃんと着込んでいるから」

 季節は、もう晩秋だ。夜の風は乾いて冷たい。
 ノエルの顔を覗いたロキが、表情を変えた。

「だったら、手を繋いでおこうか。暗いし、もし迷子になったら、ノエルは小さいから探すのが大変そうだよね」
「ならないよ。いくら背が低くても、さすがに見失うほどではないよ。猫じゃないんだから」
「猫みたいなもんだよ。すぐに腕をすり抜けて、どこかに行っちゃうんだから」

 ロキの手がノエルの手を包む。ノエルより大きくてごつごつした手だ。剣の鍛錬でマメができている。

(小柄で可愛らしい感じだけど、ロキもやっぱり男の子なんだな)

 ふと、お見舞いに来てくれた時のことを思い出した。ノエルを強引に抱き締めるロキの腕はいつも力強くて、抗えない。

(こんな時に、何を考えているんだろう。今日はなんだか、変だな)

 ノエルは大人しく、ロキに手を引かれて歩いた。

 しばらく歩くと、樹齢何千年かと思うほどの大樹が道を二分していた。

「この大樹を左だな」

 アイザックの問いにノエルが頷く。
 レイリーが、一歩下がった。ノエルにも、その気持ちが分かった。その奥から流れてくる気配は、先ほどまでの比ではない。酷く禍々しい。

(でも、ここで戻ったら、マリアを起こす手掛かりがなくなる)

 ミニイベントは他にもあるが、このタイミングで使える手段はこれしかない。引き返すわけにはいかない。
 ノエルは歯を食い縛り、一歩前に出た。
 歩き出すノエルの腕を、レイリーが思い切り引っ張った。

「ダメだ、ノエル。この奥は危険だ。別の道を探そう」
「別の道も、きっと変わらないよ。奥に進まないと、魔性スズランは手に入らない」
「それでも! 一度、止まろう。進むばかりが賢者ではない」

 ノエルはレイリーを振り返った。震える手でレイリーの手を握る。

「止まったら、進めなくなる。レイリー、お願いだから、進ませてほしい」

 恐怖に飲まれたら、もう足は動かない。今止まったら、ノエルは終わる。

「ノエルは、どうしてそこまで、マリアを想うんだ」

 ぽつりと零れたレイリーの言葉に、首を傾げた。

「そうだね、自分でも不思議だけど。マリアが起きない未来の方が、私には怖いからかな」

 もしマリアがこのまま眠り続けたら、たとえレイリーがフレイヤの剣を継承しても、この世界は破滅するかもしれない。主人公不在の物語など存在しないのだから。世界が壊れる時の恐怖は、きっと今の比ではないだろう。原作者として、恐ろしい。

(元々、勇気なんか持ってる人間じゃない。それでも動こうと思うのは、それこそが神様が私をここに転生させた理由じゃないかと思う)

 原作者としての意地。自分が造った世界を守る使命感。この世界も人も愛してやまないのだから。
 怖いとか言っていられない。

(一歩前に出れば、何かが変わる、かもしれない。とりあえず一行書けば変わるかもしれない原稿と同じ!)

 レイリーの手が緩んだ。

「ノエルは、勇敢だ。戦士を目指す私が諭されているようでは、いけないな」

 ノエルは首を振った。

「レイリーの判断は、きっと正しいよ。勇気と無謀は別物だ。この先は、きっと危険だと思う。だから……」

 戻ってくれて構わない、という前に、ウィリアムに言葉を遮られた。

「それ以上は、飲み込んでくれるかい? 戦士に恥をかかせるわけには、いかないからね」

 レイリーを慮っての言葉だと、理解した。

「俺もこれ以上、ノエルに先を越されるわけにはいかないな。マリアを想う気持ちまで負けたら、彼女が起きた時に合わせる顔がない」

 困った顔で息を吐くアイザックが、前に出る。
 両手を合わせて、加護の詠唱を始めた。

清祓術エクソリューション

 アイザックの周囲から風が逆巻くように気が祓われる。
 澱んだ空気が清浄になった気がした。

「もしかして、瘴気が祓われた……?」

 さっきまでの不安も、いつの間にか消えていた。

「知らぬ間に、瘴気を吸い込んでいたのかもしれないな」

 ウィリアムの呟きに、納得できた。
 魔獣の森には常に瘴気が流れている。瘴気は人の負の感情を煽り、本能や欲を刺激する。
 中てられていることにすら気が付かない状況も充分、考えられる。

「充分に気を付けて進もう」

 レイリーが浄化結界を展開する。皆でレイリーに身を寄せて歩き出す。

「ノエル、行こう」

 ロキがノエルの手を握った。
 強く握り返して、ノエルは一歩を踏み出した。

 この先に進んだことをノエルは後悔することになるのだが、たとえ後悔すると知っていても、戻る選択肢は未来にすらなかった。
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