モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅱ章 ミニイベント:月の言霊

6.なんでお前がここにいる

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 何とか体をくねらせて、引っ張る力の方向へ攻撃魔法を打ち込んだ。
 森の奥は不気味なほど静かだ。静かで禍々しい気に満ちている。

「危ねぇなァ。当たったら、どーすんだよ」

(やっぱり、魔獣じゃなかった。あれは、間違いなく魔族だ)

 見えない力に向かい、攻撃魔法を数発打ち込む。ノエルの体から、やっと引力が消えた。攻撃が効いたらしい。
 着地して、暗闇に向かい目を凝らす。
 木々の闇の隙間から、黒い人影が現れた。その姿を見て、落胆した。

(ああ、やっぱり知ってる奴だった。ここでは、会いたくなかったな。てか、何でこんなとこにいるんだよ。皆、出番まで待てよ!)

 ノアといい目の前のコイツといい、強キャラが出番より早く出てくると、動揺を隠せない。
 目の前の男が、下卑た笑みでノエルを見下す。
 口の端を上げていやらしく笑う顔は、憎らしいほど美しい。
 その美しさは人を惑わすための道具にしか過ぎないのに。

(本来なら、まだ出てくるはずのない後半の攻略対象、カルマ=ヴィアジェ=ヘルヘイム。魔国の第二皇子は、狡猾で好戦的、興味本位で人を捕食する狂人だ)

 捕食と言っても、血を吸う程度だが、だからこそ厄介な危険人物だ。

「お前、面白い気配してんなァ。人間か? 半魔か? 魔族じゃァなさそーだ」

 無遠慮に近付いてくるカルマから、距離をとる。

(どうして精霊国の森にいるのか聞きたいけど、そんな余裕はない。とにかく、隙を見て逃げないと)

 周囲を見回す。
 乱雑に立つ木々の隙間を縫って逃げるのは、難しそうだ。

(だったら木を蹴って逃げる!)

 大きく後ろに飛び退いて、木肌を蹴る。風魔法で足に勢いを付け、次の木を蹴って、また次の木に移動する。
 後ろを確認する。追ってくる気配はない。

(これなら、走るより早いはず。何とか巻いて、ウィルたちと合流しなきゃ。早く森を抜けて、それから、それから、えっと……)

 焦りで思考が鈍る。想定外の事態に遭った時の、ノエルのダメなところだ。下準備をして臨んだ状況に比べて、対応力が段違いに下がる。

「へぇ、面白ぇ逃げ方すんな。小せェ割に力あるんだ。あぁ、それ、魔法か」
「なんで、追いついてきてんだ。っ……ぅわっ!」

 襟首を掴まれて、引っ張られた。首が締まって息が止まる。

「あんなんで逃げられると、本気で思ったのかァ? 追いかけっこでも始めたのかと思ったぜ」

 見下ろす眼には愉悦が浮かんでいる。
 体を木に押し付けられて、逃げ場を封じられた。

(ヤバい。どうしよう、ヤバい。多分、今までで一番のピンチだ。ノアよりヤバイ)

 カルマは攻略対象だから、主人公と恋をする。だから、そういう感情は持ち合わせている。だが、主人公以外には興味がない。興味が無い人間など、ゴミを捨てるように殺す。

(コイツにとってモブの私はゴミだ。絶対、殺される……。こんな命懸けの壁ドン、木ドン? 経験したくなかった)

 カルマから向けられる瘴気が、殺気を含んでいる。

(ノアの殺意とは明らかに違う。弄ぶだけの殺し、コイツにとっては遊びだ。なんで私、異世界に来てからこんなに他人から殺気を向けられるんだろう)

 日本で普通に暮らしていた二十四年間、他人から本気の殺意を向けられたことなんか一度もない。なのに、ここ数カ月で二度も死を予感する殺気を感じている。

(異世界、怖い。私の作ったシナリオは、こんなに殺気立ってなかった。ここ、本当に私が書いた乙女ゲの世界なのかな)

 疑問の答えは、目の前の男を見れば明らかだ。カルマのキャラ付けも、他でもない自分がしたのだ。嬲り殺しが好きな狂人キャラなど、作るんじゃなかった。

 完全に怯えるノエルを、カルマが舐めるように観察する。

「なァお前、何者だ? 俺らに似てるけど、何か違うよな? まるきり人でもねェ。やけに美味そうな匂いがする」

 首筋に顔を寄せて、すんすん嗅がれる。逃げる顔を、カルマの手が阻む。

(知らないよ、そんなん私が知りたいよ。ヤバい、このままじゃ食われる。殺される)

「私は人です。半魔じゃないし魔族でもありません」

 声が震える。完全に恐怖に飲まれていた。
 カルマが不思議そうな顔でノエルの全身を眺める。
 胸の辺りで目を止めると、突然、手を押し当てた。

「! や、やめ……っ!」

 手を退けようとカルマの手首を掴むも、ビクともしない。
 逃げようと体を捻る。
 小五月蠅い羽虫を払うような適当な仕草で、カルマがノエルの肩を木に縫いとめた。

(これ、魔法……。全然、動けない。こんなん、木に標本にされてるみたいだ)

「へェ、こりゃァ魔石か。ずいぶんと融合が進んでんな。道理で美味そうな匂いがする訳だ」

 呟いたカルマが、ニヤリと笑った。

「お前、名は何という?」

 ノエルは口を噤んだ。
 この圧倒的不利なこの状況で名乗るのは、あまりにも危険だ。
 魔族の魔法の中には、名を縛るだけで行動や人心を操る術もある。

 カルマが苛立たしげにノエルの顎を掴み上げた。

「自分が置かれてる状況がわかっていねェようだから、説明してやるよ。あの瘴気にたったガキ、お前の仲間か? あのままじゃ、死ぬぜ」

 ノエルは息を飲んだ。
 カルマの目が笑んで歪む。

「この森には瘴気が常に流れてる。俺の意思でいくらでも濃くできる。あの程度の浄化術じゃァ追いつかねェ。それに」

 しゅん、と風が頬を掠めた。
 血が一筋、つぅと流れる。

「お前を殺して、残り三人殺すのも余裕だ。そっちの方が早いかもなァ」

 カルマの目は本気だ。
 悦楽の殺しに何の躊躇いもない殺気は、全くブレない。

(理由がある殺意よりずっと、気味が悪いし、怖い。でも、どうにかしないと。私の杜撰ずさんな計画が、皆を危険に巻き込んだんだ)

 ノエルは拳を強く握り、カルマに向き合った。

「私も貴方に頼み事があります。それを受け入れてもらえるなら、名前を教えます」
「お友達が死んでもいいのかァ? お前は今、俺に交換条件を出せる立場か? 良く考えろよ」

 ノエルは右腕の服の袖を捲りあげた。

「貴方が私の名を聞いた理由は、これでしょう。名前を縛らなくても、条件付きでなら吸わせます。私と、血約を交わしてください」

 カルマが愉快そうに目を歪める。

「ふゥん。魔族に自ら血約を求めるとは、なかなか度胸が良いなァ。いいぜ、面白いから乗ってやる」

(よし、乗ってきた。一方的に血を吸われたら、死ぬ危険もある。血約もデメリットが大きいけど、吸い尽くされて死ぬよりは幾分かマシだ)

 血約は、魔族が使う契約術だ。血の契約とも呼ばれ、必ず対等な条件で結ばれる。
 成立すれば、どんな理由があろうと、互いに逆らえない。

「俺の条件は、お前の名前を俺に教えること、俺の気が済むまでお前の血を吸わせること、だ」

 カルマがノエルの胸を、とんと突く。

「私の条件は、私含めこの森に入った人間全員を生かして帰すこと。名前を使った魔術を、私に行使しないこと」

(本当は、何故、この森に入れたのかも聞きたいけど。今は、余裕がない)

 いくら魔国と隣接した場所とはいえ、結界は機能している。
 カルマが精霊国側にいること自体が有り得ないのだ。

(場合によっては、聖魔術師を集合させる事態に発展する非常事態だ。戻ったら、報告だけは絶対にしなくちゃ)

 緊迫した心境のノエルとは違い、カルマは気楽に笑みを吐く。

「生かして帰す、ね。心配しなくっても、死ぬほど吸う気はねェよ。他の奴らは、どーでもいいけどな。けど、これで条件は対等か。なら、何でもいーか」

 カルマが左の親指を噛む。ぷっくりと血が盛り上がる。
 ノエルも同様に、同じ側の親指を噛んだ。
 血と血を交わらせるように、指を合わせる。
 ちくり、と痛みが走った。瞬間、黒い炎が上がって、血が焼け焦げた。

「これで、契約は成立だ。俺は、お前の条件に逆らえねぇ。かなり怯えまくっているようだから、俺が先に約束を守ってやるよ」

 カルマから、禍々しい気が消えた。
 辺りの空気が少しだけ、澄んだ気がする。

「瘴気が、すっかり消えるまでには、多少、時が掛かる。お前になら、わかるだろ」

 ノエルは頷いた。
 魔族が扱う瘴気は魔法とは違う。人心を惑わし捕獲するための、本能に近い能力だ。魔族が人間を主食にしていた頃の名残だが、捕食しなくなった今でも有能な魔術師ほど、瘴気の扱いも巧みだ。

(カルマは半魔だけど、魔族の習性が強い。瘴気を魔術みたいに自在に操る。それだけ、強力な魔術師ってことだ)

 自分が作った設定を、改めて自覚する。

「で、次はお前の番だ。名前を教えろ」
「私の名は、ノエル=ワーグナー」

 カルマの目がぴくり、と開いた。

「ノエル、ノエルかァ。どっかで聞いた……。あァ、なるほど。お前、『呪い』を解呪した中和術師だな。魔石持ちだったのか。なら、納得だ」

(こいつ、私のこと、知っているのか)

 魔国の皇子なら、精霊国の事情について詳しくても不思議はない。精霊国と魔国は今、緊迫した外交関係だ。敵国を探るのは当然だ。
 魔族にとっても脅威となる中和術師の情報は、外交上伏せられているはずだ。だが、魔国が掴んでいる可能性は大いにある。

(もしかして、皇子自ら間諜でもしているのか。コイツなら、やりかねないけど……)

 そんな話は書いていない。
 主人公に出会う前に精霊国に来ているなんて設定は、そもそもない。

「何故、貴方が、私を知っているのですか?」
「それは契約にねぇ質問だ。答える義理はねェな。それより、腕を出せ」

 仕方なく、ノエルは腕を上げた。
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