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第Ⅱ章 ミニイベント:月の言霊
12.目覚めの儀式
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何故こんなことになったのだろうと、ノエルは改めて考える。
(アイザックとマリアの親密度を爆上げするために始めたはずだった。こんなはずじゃなかった)
治療院の最も奥の部屋、ガラス張りの天井から明るい日差しが差し込んで、木々が揺らめく影が足下に落ちる。壁には女神フレイヤの像が堂々と立っている。
多分きっとふわふわで気持ちいだろうなぁ、と思う大きなベッドにマリアが横たわっている。
(完全に特別扱い。さすが私の主人公。というか、アイザックより手厚いんじゃ……)
「ここは特別治療室、治癒魔法が最も高まる治療空間だ」
アイザックと共にマリアの元を訪れたノエルを案内してくれたのは、シエナだった。
「ちょっと大仰すぎやしませんか? ここまでしないと、マリア死んじゃうんですか?」
恐々問うノエルに、シエナが頷いた。
「眠ったまま魔力を消費し続けている今のマリアには、魔力の生成を促す高密度の治癒魔法をかけ続ける必要がある。この部屋でなければ対応できない。ノエルとユリウスのように、魔力を与え合うことは、できんからな」
「そうでしたね。同じ光魔術師同士でも難しいんでしょうか?」
せめて同属性が可能なら、アイザックに分けてもらえるかもしれない。
(魔性スズランが無理でも、魔力を分け与えることでイベント発生しないだろうか)
ノエルの苦肉の策を、アイザック自身が叩き潰した。
「他者から魔力を貰うことも与えることも、普通はできないんだ。ノエルとユリウス先生が異例中の異例なんだよ。闇魔術は他属性より特殊な部分が多いからかもしれないが」
「闇魔術師同士でも、普通は不可能だ」
シエナとアイザックを見比べる。
二人の表情を見て、がっくりと肩を落とした。
(そんなに特殊なのか。他にできる人はいないと思ったほうが良いな)
「血を媒介に魔力を吸い上げる魔族なら、一方的な搾取は可能だがな」
シエナがちらりと、横目でノエルを窺う。
思わず、目を逸らした。
(カルマにがっつり吸われたこと、シエナは知ってるんだ。そりゃ、そうか。あれだけ重傷で帰ってきたんだから、バレないわけない)
それにしても、シエナは何故、ここにいるのだろう。今頃、ユリウスたちはジャンヌと謁見中のはずだ。同席しないのは不自然に思う。
「マリアはノエルと同様に、目覚めれば聖魔術師候補だ。無碍にはできない」
「中和術が評価されての、選定でしょうか?」
マリアの中和術はあくまで合法だ。
ノエルのような厳しい待遇にはならないだろうし、何よりシナリオ通りだ。
「いいや。マリアが評価されたのは、あくまで浄化術だよ。中和術はその延長だ」
ノエルはシエナを見上げた。
「浄化術?」
「俺の呪いが発動した時、体内の呪いの因子から瘴気が暴発していたらしいんだ。だが、学院内の生徒は誰も瘴気の被害に遭わなかった。マリアが瘴気を浄化していたから、らしい」
なるほど、とノエルは思う。光魔法において、中和術は浄化術の上位魔法だ。中和術に昇華するために、マリアは浄化術を練っていた。
(もし、浄化術で無意識に瘴気を浄化していたのなら、中和術の展開に時間がかかったのも頷ける)
「個人を特定せず学院内という広範囲に浄化術を展開できる術師は、治療院にもほとんどいない。貴重な逸材だ」
胸が、ざわりと鳴った。
(マリアが国に評価されたのは、シナリオ通り。だけど、広範囲浄化術。シナリオには書いてない高等術式だ)
これまでの流れも、かなりシナリオからは外れている。だから今更、気にすることでもないのだが。
(なんだろう、この胸騒ぎ。小説書いてる時の、順調に書けているのに書きたい内容から何故か離れていってしまう感覚というか、不安に似ている)
物書きあるあるとでも言うのか。
順調に小説を書き進めると、登場人物が独り歩きして勝手に台詞を言い始める時がある。そこから展開が変化して当初の予定から外れる時がある。
(思えばメインキャラたちも、ちょっとずつ性格が違ったりしている。モブもかなりメインキャラに食い込んでいるし、新しい展開が始まってもおかしくはないんだよな)
考え込むノエルの姿をシエナが見下ろす。
「兎にも角にも、目覚めてもらわないことには、始まらん。禁止区域に侵入する危険を犯してまで取ってきた成果を、見せてもらおう」
ぽん、と肩に手を置かれて、ノエルは口を噤んだ。
言葉の棘が、グサグサ刺さる。怖くてシエナの顔が見られない。
「ノエル、準備を始められるか?」
アイザックがノエルの背中を押す。
シエナのプレッシャーから遠ざけてくれた。
(お兄ちゃん、ありがとうって言いたい。年下だけど)
攻略キャラの中で二番目に年長のアイザックだが、それでも十九歳だ。
皆、大人びているなぁ、とつくづく思う。
ノエルは、魔性スズランを取り出すと、保管魔法を解いた。
真っ白くて大きな花弁に包まれて、金色の蜜がぷるん、と揺れる。
花を両手で包み、マリアに歩み寄る。
ベッドに上がると、マリアのすぐ横に腰掛けた。
(魔性スズランは、基本、瘴気を払う。蜜に術式を込めることで効果を増強・付加できる)
今のマリアに必要な魔法は、覚醒魔法だ。
マリアを起こすだけの訴えを届けないといけない。
(つまり、気持ちだ。ゲームシナリオでは、攻略対象からの愛。だったら、私は)
『アイザックが待ってる、皆が待ってる。早く戻ってきて。愛してるよ、私の主人公』
乙女ゲームの世界で、無条件に皆に愛される主人公。そんなのは違和感がありすぎる。だから、苦心した。違和感なく愛される主人公を作るために。結果が、性格を三つから選べるプランと光魔法にしか属性がないという逆境スタート。
主人公はゲームシナリオの中で、努力して自分の力で魔法と愛を勝ち得るのだ。
(攻略対象よりキャラ設定に悩んで、どのキャラより多い量の台詞を、心理描写を書いたんだ。これを愛といわずして、何と呼ぶのか。この世界でマリアを最も愛しているのは、この私だ。大丈夫だ、自信を持て、原作者!)
自分を鼓舞して、蜜を口に含む。
マリアの顎を引き、薄く額た口に唇を合わせる。
魔法も気持ちもたっぷり付与した蜜を流し込んだ。
軽く顎を上げると、マリアの喉が動いて、自然と蜜を飲み込んだ。
「目覚めんか」
シエナが落胆した時、マリアの指がピクリと動いた。
「マリア、マリア! 目を覚ませ、マリア!」
アイザックが駆け寄る。
ノエルはマリアの手を握り上げた。
「マリア、わかる? 私だよ、ノエルだよ」
うっすらと、マリアの瞼が開いた。
アイスブルーの瞳が、ノエルの姿を捉える。
「ノエル……」
「マリア!……!」
マリアがゆっくりと起き上がった。
頬には涙が流れている。
ゆっくり持ち上がった腕が、ノエルを抱き締めた。
「ずっと見ていたの。皆が頑張ってくれてるのも、ノエルが危険な目に遭ったのも、私、全部、見てたのよ」
「どうして、見えたの?」
「よく、わからない。でも、知っているの。ごめんね、ノエル。私のせいで、危険な目にいっぱい遭わせて、怖い思いさせて、ごめんね」
マリアの涙が、ノエルの服に沁み込んでいく。
温かくて、少し切ない。
「違うよ、マリア。私が、そうしたくて、やったんだ。だから、マリアのせいじゃないんだよ」
マリアに起きてほしかったのも、強くなってほしいのも、幸せになってほしいのも全部、原作者の都合だ。
「嬉しかった、けど、辛かったの。もう、こんな想いは嫌だよ。だから今度は、私がノエルを守るからね」
マリアがノエルの左手を握る。
親指の腹を絡めとり、自分の親指をあてた。
「マリア?……!っ」
マリアがノエルに口付けた。
暖かな光が流れ込んでくるのを感じる。
親指の腹が熱い。黒い煙が上がり、真っ白な光で包み込まれた。
マリアが唇を離す。
ノエルの左手を両手で包んだ。
「こんな印、もう二度と、誰にも付けられちゃ、ダメだからね」
マリアが微笑む。
親指の腹に刻まれていた血約の印が、消えていた。
「わかっ、た……」
マリアの圧倒的な聖女感に押されて、ノエルはそれしか言えなかった。
(アイザックとマリアの親密度を爆上げするために始めたはずだった。こんなはずじゃなかった)
治療院の最も奥の部屋、ガラス張りの天井から明るい日差しが差し込んで、木々が揺らめく影が足下に落ちる。壁には女神フレイヤの像が堂々と立っている。
多分きっとふわふわで気持ちいだろうなぁ、と思う大きなベッドにマリアが横たわっている。
(完全に特別扱い。さすが私の主人公。というか、アイザックより手厚いんじゃ……)
「ここは特別治療室、治癒魔法が最も高まる治療空間だ」
アイザックと共にマリアの元を訪れたノエルを案内してくれたのは、シエナだった。
「ちょっと大仰すぎやしませんか? ここまでしないと、マリア死んじゃうんですか?」
恐々問うノエルに、シエナが頷いた。
「眠ったまま魔力を消費し続けている今のマリアには、魔力の生成を促す高密度の治癒魔法をかけ続ける必要がある。この部屋でなければ対応できない。ノエルとユリウスのように、魔力を与え合うことは、できんからな」
「そうでしたね。同じ光魔術師同士でも難しいんでしょうか?」
せめて同属性が可能なら、アイザックに分けてもらえるかもしれない。
(魔性スズランが無理でも、魔力を分け与えることでイベント発生しないだろうか)
ノエルの苦肉の策を、アイザック自身が叩き潰した。
「他者から魔力を貰うことも与えることも、普通はできないんだ。ノエルとユリウス先生が異例中の異例なんだよ。闇魔術は他属性より特殊な部分が多いからかもしれないが」
「闇魔術師同士でも、普通は不可能だ」
シエナとアイザックを見比べる。
二人の表情を見て、がっくりと肩を落とした。
(そんなに特殊なのか。他にできる人はいないと思ったほうが良いな)
「血を媒介に魔力を吸い上げる魔族なら、一方的な搾取は可能だがな」
シエナがちらりと、横目でノエルを窺う。
思わず、目を逸らした。
(カルマにがっつり吸われたこと、シエナは知ってるんだ。そりゃ、そうか。あれだけ重傷で帰ってきたんだから、バレないわけない)
それにしても、シエナは何故、ここにいるのだろう。今頃、ユリウスたちはジャンヌと謁見中のはずだ。同席しないのは不自然に思う。
「マリアはノエルと同様に、目覚めれば聖魔術師候補だ。無碍にはできない」
「中和術が評価されての、選定でしょうか?」
マリアの中和術はあくまで合法だ。
ノエルのような厳しい待遇にはならないだろうし、何よりシナリオ通りだ。
「いいや。マリアが評価されたのは、あくまで浄化術だよ。中和術はその延長だ」
ノエルはシエナを見上げた。
「浄化術?」
「俺の呪いが発動した時、体内の呪いの因子から瘴気が暴発していたらしいんだ。だが、学院内の生徒は誰も瘴気の被害に遭わなかった。マリアが瘴気を浄化していたから、らしい」
なるほど、とノエルは思う。光魔法において、中和術は浄化術の上位魔法だ。中和術に昇華するために、マリアは浄化術を練っていた。
(もし、浄化術で無意識に瘴気を浄化していたのなら、中和術の展開に時間がかかったのも頷ける)
「個人を特定せず学院内という広範囲に浄化術を展開できる術師は、治療院にもほとんどいない。貴重な逸材だ」
胸が、ざわりと鳴った。
(マリアが国に評価されたのは、シナリオ通り。だけど、広範囲浄化術。シナリオには書いてない高等術式だ)
これまでの流れも、かなりシナリオからは外れている。だから今更、気にすることでもないのだが。
(なんだろう、この胸騒ぎ。小説書いてる時の、順調に書けているのに書きたい内容から何故か離れていってしまう感覚というか、不安に似ている)
物書きあるあるとでも言うのか。
順調に小説を書き進めると、登場人物が独り歩きして勝手に台詞を言い始める時がある。そこから展開が変化して当初の予定から外れる時がある。
(思えばメインキャラたちも、ちょっとずつ性格が違ったりしている。モブもかなりメインキャラに食い込んでいるし、新しい展開が始まってもおかしくはないんだよな)
考え込むノエルの姿をシエナが見下ろす。
「兎にも角にも、目覚めてもらわないことには、始まらん。禁止区域に侵入する危険を犯してまで取ってきた成果を、見せてもらおう」
ぽん、と肩に手を置かれて、ノエルは口を噤んだ。
言葉の棘が、グサグサ刺さる。怖くてシエナの顔が見られない。
「ノエル、準備を始められるか?」
アイザックがノエルの背中を押す。
シエナのプレッシャーから遠ざけてくれた。
(お兄ちゃん、ありがとうって言いたい。年下だけど)
攻略キャラの中で二番目に年長のアイザックだが、それでも十九歳だ。
皆、大人びているなぁ、とつくづく思う。
ノエルは、魔性スズランを取り出すと、保管魔法を解いた。
真っ白くて大きな花弁に包まれて、金色の蜜がぷるん、と揺れる。
花を両手で包み、マリアに歩み寄る。
ベッドに上がると、マリアのすぐ横に腰掛けた。
(魔性スズランは、基本、瘴気を払う。蜜に術式を込めることで効果を増強・付加できる)
今のマリアに必要な魔法は、覚醒魔法だ。
マリアを起こすだけの訴えを届けないといけない。
(つまり、気持ちだ。ゲームシナリオでは、攻略対象からの愛。だったら、私は)
『アイザックが待ってる、皆が待ってる。早く戻ってきて。愛してるよ、私の主人公』
乙女ゲームの世界で、無条件に皆に愛される主人公。そんなのは違和感がありすぎる。だから、苦心した。違和感なく愛される主人公を作るために。結果が、性格を三つから選べるプランと光魔法にしか属性がないという逆境スタート。
主人公はゲームシナリオの中で、努力して自分の力で魔法と愛を勝ち得るのだ。
(攻略対象よりキャラ設定に悩んで、どのキャラより多い量の台詞を、心理描写を書いたんだ。これを愛といわずして、何と呼ぶのか。この世界でマリアを最も愛しているのは、この私だ。大丈夫だ、自信を持て、原作者!)
自分を鼓舞して、蜜を口に含む。
マリアの顎を引き、薄く額た口に唇を合わせる。
魔法も気持ちもたっぷり付与した蜜を流し込んだ。
軽く顎を上げると、マリアの喉が動いて、自然と蜜を飲み込んだ。
「目覚めんか」
シエナが落胆した時、マリアの指がピクリと動いた。
「マリア、マリア! 目を覚ませ、マリア!」
アイザックが駆け寄る。
ノエルはマリアの手を握り上げた。
「マリア、わかる? 私だよ、ノエルだよ」
うっすらと、マリアの瞼が開いた。
アイスブルーの瞳が、ノエルの姿を捉える。
「ノエル……」
「マリア!……!」
マリアがゆっくりと起き上がった。
頬には涙が流れている。
ゆっくり持ち上がった腕が、ノエルを抱き締めた。
「ずっと見ていたの。皆が頑張ってくれてるのも、ノエルが危険な目に遭ったのも、私、全部、見てたのよ」
「どうして、見えたの?」
「よく、わからない。でも、知っているの。ごめんね、ノエル。私のせいで、危険な目にいっぱい遭わせて、怖い思いさせて、ごめんね」
マリアの涙が、ノエルの服に沁み込んでいく。
温かくて、少し切ない。
「違うよ、マリア。私が、そうしたくて、やったんだ。だから、マリアのせいじゃないんだよ」
マリアに起きてほしかったのも、強くなってほしいのも、幸せになってほしいのも全部、原作者の都合だ。
「嬉しかった、けど、辛かったの。もう、こんな想いは嫌だよ。だから今度は、私がノエルを守るからね」
マリアがノエルの左手を握る。
親指の腹を絡めとり、自分の親指をあてた。
「マリア?……!っ」
マリアがノエルに口付けた。
暖かな光が流れ込んでくるのを感じる。
親指の腹が熱い。黒い煙が上がり、真っ白な光で包み込まれた。
マリアが唇を離す。
ノエルの左手を両手で包んだ。
「こんな印、もう二度と、誰にも付けられちゃ、ダメだからね」
マリアが微笑む。
親指の腹に刻まれていた血約の印が、消えていた。
「わかっ、た……」
マリアの圧倒的な聖女感に押されて、ノエルはそれしか言えなかった。
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