モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

10.可愛い弟キャラ ロキ=オフィーリア=カーライル

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 療養期間が明け、晴れて学院に復帰となった。

 入学式からはすでに二カ月以上経っているので、皆それぞれに仲良しグループのようなものが形成されている。



(学校って、嫌いだな。大して親しくもないクラスメイトと仲良しごっこするの、苦痛だった)



 休み時間はよく一人で本を読んでいた。

 作家になったのは、そのせいかもしれない。



(作家って一人で仕事できていいかもって思ったけど、案外、人と関わるんだよね。社交性も処世術も必要だし、結局、人間社会なんて、そんなもんだ)



 二十代で、そこそこの作品数を描かせて貰えていただけ、きっと恵まれていたのだろう。



(死ぬ直前は、忙しすぎてイライラしていたからなぁ。他に雑誌の連載も抱えていたし、主食はコーヒーとエナジードリンクだった)



 前世での自分を思い出す。悪態を吐きながらⅡのシナリオの直しをしていた。三徹くらいしていたので、エナジードリンクは何本飲んだかすら覚えていない。



(死因はきっと、カフェイン中毒だろうな)



 改めて、自分という人間のダメさ加減に苦笑いする。



(今の方が生活は真面だ。前と違ってゆっくり眠てる。きっと、なろうと思えばまた作家にもなれるよな。せっかく魔法ありきの世界なんだし、そういう仕事に就くのも良い)



 ふと、本物のノエル=ワーグナーを想う。彼女はどんな気持ちで死んだのだろう。彼女の心情を思うと、自分がここにいていいのか、不安と罪悪感に駆られる。



(望んで来たわけではないけど、体を貰っているのは事実だしね。最低限、ノエルに恥じぬ生き方をしないと)



 ノエルの本当の死因は、何だったのだろう。

 やはり『呪い』だったのだろうか。まだ検討すらつかない。



(魔法で何とかならないか、ユリウスに相談してみるかな)



 ユリウスは、何か知っていそうな気がする。

 だが、「事故前のノエルは知らない」以上の言葉は、相変わらず言わない。頼りには出来ないかもしれない。

 それに、ユリウスは攻略対象だ。本音としては、あまり接触したくない。



(毎日毎日通ってきていたけどな。私より、マリアと仲良くなってほしいのに、上手くいかない)



 協力者としては頼りになるが、モルモットだと思われている節があるから、あまり歓迎する気にもなれない。



(能力の高いモブとかが協力者だったらよかったのに。せめて攻略対象じゃないサブキャラだったらなぁ)



 溜息を吐きながら学院の廊下を歩いていると、ひそひそと噂話が聞こえてきた。



「あの子でしょ? 『呪い』を解呪して生き残ったのって。どうやったのかしら」

「解呪なんてできる訳ないわよ。自作自演じゃないの?」

「でもユリウス先生が助けたらしいよ。嘘ではないんじゃない」



 噂にはなるだろうと思っていたので想定の範囲内だ。

 この千年、『呪い』を抱えたまま天寿を全うした人間は存在したが、解呪して生き残った者はいない、という設定だ。

 噂にならないほうが、世界観的にどうかしている。



(ノエルは、私が作った設定を思いっきりぶち壊したモブになってしまったな。自分のせいながら、大変遺憾だ)



「ねぇ、ねぇ~!」



 遠くで誰かを呼ぶ声がしたと思ったら、庭の方から犬が飛んできた。

 ひょい、と身軽に避けると、子犬が足元にじゃれてきた。



(トイプーかな? この世界の犬設定までは作っていないけど。てか、犬いるんだ)



 まぁ、いるだろうよな、と思い直して子犬を抱き上げる。

 人懐っこい小型犬は、ノエルの顔をペロンと舐めた。



「ごめん、ごめん。思ったより走るの速くてさ。摑まえてくれて、ありがと」



 これまた小型犬のように人懐こい笑顔が目の前に現れた。

 うっ、と顔を歪めそうになった。



(またかよ。攻略対象とは、もう三人会ってしまっているから、会うだろうとは思っていたけど)



 彼は、ロキ=オフィーリア=カーライル。

 王族であるウィリアムとアイザックの従兄弟だ。

 カーライル家は代々近衛兵の家柄だが、王室直下の間諜でもある。

 ロキは小柄だが武芸に長け、器用で魔法技術も高い。表裏がなく人懐っこい性格で誰にでも愛される、いわゆる弟キャラだ。



(可愛い弟系キャラ。一番やメインにはならないけど、一定以上需要のある外せないキャラ設定ではある)



 だが、それだけだと何かつまんないな、と思って加えた設定が『剣を持つと豹変する』だ。残酷なまでに無慈悲に敵を殲滅し、血に染まった顔で子犬のように屈託なく笑うロキは、猫又先生の神絵で拝むと最高過ぎて辛い。



(本物も見てみたいけど、実際見たら普通に引くだろうから、やっぱり見たくない)



 実際に見る機会はありませんように、と心の中で神様に祈る。

 ぼんやりとロキを眺めていたら、不思議そうな顔をされてしまった。



「ああ、すみません。私に何か御用でしょうか?」



 ロキが、ノエルの腕の中の子犬を指さす。



「俺の友人の犬なんだ。逃げられて困っていたんだよ。君が抱き上げてくれたお陰で走るのやめたし、良かった」



 にっこりと笑う顔は、何とも破壊力がある。



(特別推しって訳じゃないけど、ウィリアムの胡散臭い笑顔とかアイザックの儚い笑顔と違って、健全な笑顔というか。なんか眩しい)



 原作者は創作したすべてのキャラを愛しているから、分け隔てしない。全員が推しだ。

 目を細めていると、ロキが子犬を片手で抱き上げて、ノエルの手を握った。



「学内は居心地悪くない? 庭で一緒にお茶会でもしようよ」



 耳元で囁くと、ノエルの手を引いて歩き出した。



(噂が広まっているのを知っていて、誘い出してくれたのか)



 関係上、ロキはウィリアム辺りに事情を聞いているのだろう。

 気遣ってくれているのかもしれない。



(情報提供のお礼のつもりかな。そういうのは、特に必要ないのに)



「私のこと、御存じなのですね」



 念のため、確認してみる。

 ロキが振り返って、不思議そうな顔をした。



「ノエルは有名人だよ。自力で『呪い』を解呪した魔術師がいるってさ」



 血の気が下がっていくのを感じた。

 この速さで噂が広がっているのなら、国中に広がるのも時間の問題だ。



(世界観が……二年前の私が寝ずに作った設定が、崩れてしまう。いや、それ以前に、世界の崩壊が)



 誰も成し得なかった『呪い』の解呪なんて栄誉は、モブノエルには要らない。

 ノエルの青い顔を察して、ロキが付け加えた。



「でも安心して。学内には広まっちゃったけど、緘口令が敷かれている。国王の命だから逆らえば死罪だし、学生も家族にすら話せないから」



 笑顔で怖いことを言ってくれる。

 しかし、少しだけ安心した。



(現国王は女性。ウィリアムとアイザックの母親だ。フレイヤの剣を手にした唯一無二の聖魔術師ジャンヌ)



 聡明で利発な彼女なら、そのあたりの守備は問題ないだろう。

 女神フレイヤに愛され、つるぎに選ばれた現代の継承者。剣の後継者は王族に入っても、必ずしも国王になる訳ではない。

 元々王族で婿取りだったこともあるが、彼女がそれだけ有能である証拠だ。



(アイザックルートなら確実に、次代継承者はマリアだ)



 物語の後半、フレイヤの剣は必須アイテムになる。前半の『呪い』の解呪は前哨戦のようなものだ。だからこそ、マリアには中和術を何としても習得してもらわねばならない。



(まぁ、あの主人公マリアは利発そうだし、問題ないかな。ジャンヌと性格が似ているし。それにしても……)



 学内に噂が広まったのは、何故だろうかと不思議に思う。事件が起きたのは夜で、ユリウスも関与していた。あのユリウスが王室に報告を怠るとは思えない。



(緘口令を敷くほどに厳しく情報を制限するくらいなら、学内に広まる前にどうにかできたんじゃないのかな)



「あの、ロキ様」

「ロキでいいよ。もっと気軽に話しかけてくれて、いいからさ」



(曲がりなりにも貴族相手なんだけどな。ノエルは平民だし、私はマリアと違ってモブなんだが)



 良いというのなら仕方がない。

 あまりに意固地にしても逆に気を遣わせてしまう。



「では、ロキ。どうしてここまで噂が広まってしまったのでしょうか? 事件があったのは夜で、人目に付く時間だったとも思えません。私の部屋は奥まっていて門からも遠いですし、秘匿できる範疇に思えます」



 ロキの纏う空気が変わった。

 少しぴりっとした雰囲気に、やはり戦士なのだと実感する。



「やっぱりノエルも変だと思うよね。俺も変だと思う。もっと変なのは、誰の意図で誰が動いているのか、わからないこと」



 ノエルは首を傾げた。



「滅多な話は学院内でもできないってこと。だからさ、場所を移そう。アイザックのためにもなるし、君のためにもなる話だよ。一緒に来てくれる?」



 振り返った顔は笑っているが、目が真剣だ。

 学内に不穏な動きがあると言いたいのだろう。



(設定上、間諜スパイがいるのは確かだ。存在に気が付いているのは流石だが、誰の間諜かまでは、さすがにわからないか。まだ序盤だもんな)



 俯くノエルを、ロキがじっと見詰めている。

 ノエルが顔を上げると、ロキの顔が華やかに笑った。



「ノエルって、小さいね。俺は男の割に小柄だからさ。俺より小さい女の子見ると、可愛いなって思う」



 迂闊にも、その笑顔にときめいてしまった。

 確かにロキは小柄設定だが、他の攻略キャラの身長が高すぎるだけで、低身長という訳ではない。



(ノエルが、やけに小さいだけだよ。君より小さい女の子なんか山ほどいるわ)



 測っていないが、マリアと比べてみるに、おそらくノエルの身長は一五〇そこそこといったところだろう。



「私はもう少し、大きくなりたかったです」



 ぼそっと答える。

 ロキが、ノエルの顔を自分の胸に押し当てた。



「うん、ちょうど良いよ」



(何が???)



 あんぐりと口を開けて佇むノエルの手を、ロキが握り直す。



「早く行こう。皆、待ってる」



 笑顔が眩しい。ノエルは素直にロキに連行された。
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