モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

55.好きな人の傍にいたい

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 大変疲れた気持ちで、ノエルは部屋を出た。
 廊下を歩きながら、何故かユリウスに手を引かれている。

「疲れましたね」
「本当に疲れたよ。だから、あの人に関わるのは嫌なんだ。五分で終わる話を二時間に広げる人だよ」

 ユリウスも、げんなりしている。
 きっとあの場にいた人間はジャンヌ以外全員疲れているはずだ。

「でしたらノエル様は私がお運びいたしましょうか?」

 後ろでノアが胡散臭い笑顔をまき散らしていた。
 ユリウスとノエルとは違い、疲れ知らずの笑顔だ。

(ノアの思惑がどこからどこまでかは知らないが、ある程度の希望は通ったんだろうな)

 ノアが体を張って得た国防という結果は上々だったのだろう。
 教会もファーバイル家も傷付けず、自分一人ですべての罪を被った。
 だから、こんなにも堂々とすっきりした顔をしていられるのだ。

(私の護衛なんか、絶対嫌だろうと思うけど、聖魔術師の立場を保持するためには仕方ないのか)

 それはノエルが望んだことでもある。ノアには何としても聖魔術師でいてもらわねばならない。
 ノエルが聖魔術師に加えられた以上、護衛という名目があれば、ノアの地位も必然的に守られる。

(私だって嫌だけど。世界の破滅を止めるためだ。我慢しよう)

 ユリウスがノエルの腕をひいて、ローブの中に庇った。

「ノエルに触れるな、近付くな。お前はどこまで付いてくるんだよ」
「私はノエル様の護衛です。四六時中、傍にいますよ」

 初めて会った時のような、張り付いた笑顔だ。
 距離を詰めるノアからユリウスが距離をとる。

「本当に四六時中って訳にはいきませんし、国王陛下から何か指示は出ていないのでしょうか?」
「私も今日から教員として学院内の研究室に移ります。それ以上の指示はノエル様からいただくようにと承っております」
「じゃぁ、とりあえず学院の敷地内くらいの距離感でお願いします。あと、敬称はおやめください。できればその胡散臭い笑顔もやめてもらえると助かります」

 ノアの顔から即座に笑顔が消えた。

「そうか、ならば、さっさと帰るぞ」

(テンション、ダダ下がった‼ 別人レベル‼)

 外に待機している馬車に手を上げる。

「早く来い」

 ノアがノエルに手を差し出す。
 言葉はぶっきらぼうなのに仕草は丁寧な辺りが、貴族なんだなと思う。

「まさか、一緒に帰るつもり? 同じ馬車に乗るつもり?」
「当然だろう。私は、ノエル様の護衛、だからな」

 ふん、と顎を上げて嫌味が飛び出すが、顔は笑っていない。
 ユリウスが、あからさまに嫌な顔をした。

「絶対に嫌だよ。一人で勝手に帰ったら?」
「お前が一人で帰れ。私はノエルと帰らねばならない。私の意志とは関係ない。仕方ないだろう」
「守るつもりのない護衛なんかいらないよ。大体お前が一番、危険だ」
「心配するな。お前と違って乳臭い小娘に興味はない」

 そりゃそうだろうな、と思う。

(だって、どう見てもノアってユリウスのことが好きだよね。そういえば、二次創作のBL、一番人気は確かノアユリだった気がする。あれ、間違ってなかったんだ)

 乙女ゲームなので、たとえサブキャラでもシナリオ内にBL描写は書いていない。
 だから公式において、ノアがユリウスに恋心を抱いている設定はない。
 しかし、この世界のノアは明らかにユリウスを想ってる、とノエルは思う。

(私の考え過ぎだろうか。穿った脳みそが見せる幻影だろうか)

 しかも、言い合いしている二人は、なんだかんだ仲良しに見える。
 ノエルは、差し出されたノアの手を取った。

「さっさと帰りましょう。たった三人に馬車二台も使う必要ないですよ」

(間接的にユリウスと手を繋いだ気持ちにでも、なってもらうか)

「ノエル? 何してるの? 無駄にノアに触っちゃいけません」

 ユリウスに引っ張られて体制を崩す。
 転びそうになったところをノアに引っ張り上げられる。
 長身の二人の間で、ぶらん、と宙に浮いた。

(こういう民芸品みたいな玩具、なかったっけ?)

 地面に映る影を眺めて思った。

「ノア、ノエルの手を離せよ」
「今、離したら怪我をするのはノエルだと思うが? 大切だというのなら守り方を考えろ」

 ユリウスがノアを睨みつける。
 二人が同時にノエルの体を降ろしてくれた。
 ノアが馬車に乗り込み、ノエルの手を取って乗車を促した。

「だから勝手にノエルを連れて行くな」

 あとから乗り込んだユリウスがノエルの隣に腰掛ける。

「私にあっさり奪われるようでは、この先、誰にノエルを持っていかれるか、わからんな。国王が護衛を付けたがる気持ちも理解できる」

 不敵な笑みでノアがユリウスを挑発した。

(もしかして、久しぶりにユリウスと絡めて楽しいのかな。ユリウスはすごく嫌そうだけど)

 BLの定番パターンだな、と思う。ノンケの受けは初め、攻めを拒絶するものだ。

(いやいや、違う。ここは乙女ゲの世界。ユリウスは攻略対象だからノアに持っていかれるのは困る)

 とりあえず助け舟は出さねばなるまい。

「あの、ノア様。引き取るとは言いましたけど、私は別にノア様に何かしていただこうとか守ってもらおうとかは、思っていませんので、好きに過ごしていただけたらいいかなと思いますが」

 ノアの顔にまた胡散臭い笑顔が張り付いた。

「私のことはノア、とお呼びください、ノエル様。敬称も敬語も必要ありません。やめていただけない場合、私もこのスタイルを貫きます」
「では、ノアで。お互いラフに会話しよう、そうしよう」

 ノアの顔から笑顔の仮面が消える。
 早業過ぎて、表情筋どうなっているんだろうと思う。

(いままで、こういう生き方してきたんだろうなぁ、この人。疲れただろうに)

 だから今、ちょっと楽しそうなんだろうか。
 教会の大司教という立場など、裏を返せば重責でしかない。
 しかも、この若さで頂点に立ったノアだ。敵も、さぞ多かっただろう。

「私は普段、ユリウス先生の研究室にいるから、用があれば来てもらえれば」

 自分からノアを訪ねることもなさそうだ。

「ノエル、それって僕に対する嫌がらせ?」

 ユリウスが想像以上に嫌な顔をしていた。

「あ、ごめんなさい。そういうつもりじゃ。じゃぁ、寮の部屋にでも来てもらうってことで」
「やっぱり僕の研究室でいい」

 不服そうな顔ながらも納得してくれた。
 肩に腕を回されて、体を寄せられる。

(何もそこまで嫌がらんでも。あ、でもこの二人の過去を私は知らないんだった)

 シナリオに書いていない、没にすらなっていない二人の過去が存在するのだろうと、この前の事件の時に思った。
 それはきっと、二人にとり軽くない何かだったんじゃないかと思う。あまり余計な真似は出来ない。

「僕もノエルに呼び捨てされたい。敬語なしで話したい」
「それは無理ですよ。学院では、どうするんですか?」
「学院では、いつも通りに。プライベートなら、良いでしょ?」
「面倒です」

 使い分けるのが、めんどい。

「私も近いうちに教壇に立つ。その時はユリウスと同じでいいぞ」

 さりげなく会話に入ってきたノアに、ノエルが食いついた。

「じゃぁ、今からノア先生で、敬語でいいですよね」

 正直、呼び捨てで敬語なしで話すのは、話しずらい。

「構わん。それより、ウィリアム皇子との婚約を何故、蹴った。あれがお前にとり最も安全な保身の方法だったと思うが」

 肩に回ったユリウスの指が、ピクリと震える。

「それをノア先生が聞きますか。あれ、ブラフですよね。国王の目的は私にレイリーの教育をさせること。断ること前提の婚約のご提案でしょう」

 ファーバイル家が噛んでいる以上、ノアが国王の真意を知らぬはずはない。
 だからこそ、あの場に居合わせた。

「ブラフではないがな。ノエルがレイリーの教育に失敗すれば、ウィリアム皇子の婚約者はノエルだ」

 目が点になった。

「は? いや、取下げになりましたよね?」
「なってないよ。国王は取り下げるとは一言も言っていない。あの婚約話は保留。決めるのは、ウィリアム本人だ。もちろん、正式発表には至らない内々の話だけどね」

 ユリウスが苦々しい顔をする。

(確かに言わなかったけど、婚約ってそんな簡単にできるの? ノエルの実家が知ったら手放しで喜ぶよ? そうなったら私に断る力とか、ないんだけど)

 血の気が引いていく。
 改めて、ジャンヌの怖さを思い知った。

「お前にとって悪い話ではないはずだ。何故、断る?」

 ノアの問いに、ノエルは口を噤んだ。

(何故ってそんなの。ノエルがモブで、本来、攻略対象と結婚なんかしないキャラだからだ)

 でも、それだけじゃない。

「レイリーには幸せになってほしいんです。彼女が今までしてきた努力は、こんなところで終わっていいものじゃない」

 原作者だからってだけじゃない。推しの幸せを願うのはファンなら当然だ。
 原作者だからこそ、レイリーの努力は本人と同じくらい知っている。

「そうか」

 ノアが小さく笑んだ。

「今のファーバイル家には、王族が婚姻を結ぶような価値はない。それでも婚約の継続を望むなら、レイリー自身が自分の価値を上げなければならない」

 ノアがノエルに頭を下げた。

「どうか、妹をよろしく頼む」

 初めてノアの本音を聞いた気がした。
 深々と下がる頭を見詰めて、得も言われぬ使命感が湧いた。

「私が貴方の妹をフレイヤの剣の後継者にしてみせると、約束します」

(今までで一番、原作者として本領発揮する場面がやってきた。今が、私の使いどころだ)

 ノエルは決意を新たにした。
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