4 / 64
四月二日
しおりを挟む
朝の陽ざしが透けた、綺麗で風情ある建物だった。病院と言われても、とても信じられないような建物だったが、私は慣れた手つきで吸い込まれるように入った。
あまり人のいない、静かな病院だと思った。
「千歳さん、千歳華火さん、お入りくださーい」
病院の待合室を抜け、仕切りのカーテンの中へ足を踏み入れた。
ここに来るのは初めてのはずなのに、どうしてか建物の構造を理解していた。
「あぁ、君か」
医者は女性だった。ボブヘアが似合う、可愛らしい見た目だった。先生は私の顔を見てすぐになにか悟ったようだった。
「ふぅ、本当に忠告を聞かない若者には困ったものだな。いや、今の君には関係ない。私が君の担当医だ。ある程度のケースを想定している。あぁ、何はともあれまずは自己紹介から始めよう。私の名前は伊予―――伊予麻美子だ」
人間関係というのは良好であればあるほどよいだろう。つつがなく、そつなくこなしてこそ普通であり、平均的だろう。だからこそ、千歳華火は当然のように日常を過ごすのだ。
「おはよう千歳さん。昨日は間違えてお弁当持ってきちゃったんだって?そんな面白いことは真っ先に、私に、知らせて欲しかったぞ」
「おはよう・・・、手水さん。昨日の今日でよく知ってるね」
「一瞬なんか変な間があったけど、朝から疲れてたりする?華の高校二年生には疲れてる暇なんてないんだゾ」
彼女は手水真水、テンションの高さに合わない、切れ長の目が特徴である。ショートヘアがよく似合う女の子だ。
「ふふ、疲れてないよ。というか、そうじゃなくて。どうして私が昨日お弁当を持ってきたことを知ってるの?祭ちゃん?」
「あぁ、そんなこと。それは簡単よ、目撃証言があったから。匿名のね。それに、昨日は外が暗くなるまで学校の中をふらふらしてたみたいだけど、何してたの?」
「そんなことまで・・・」
手水からは白状するまで逃がさないというぞ、という目力が感じられた。
「春休み明けの学校で、なにか変わったことないかなぁって、思ってぶらぶらしてただけだよ」
「ふ~ん、本当に?」
「本当」
私はまっすぐに彼女の目を見て答えた。
「ごめんごめん、怒らないで。それで、なにか変わってるところあった?」
「いや、特になかったよ。気になるなら自分で調べてみれば?」
「怖い怖い。私が気になったのは、千歳さんについてだよ。千歳さんだけじゃなくて、この学校の生徒全員、と言っても過言じゃないけどね」
「どうして?」
「どうして、とは寂しいな。お忘れかな?千歳さん。私はこの学校一の情報通を目指している。情報屋にあこがれている!だからこそ、この学校のことくらいは把握しておきたい。面白そうなネタがあったら是非、私に教えてちょうだい。お礼はするわ」
面白そうなネタ、ではないが、気になる話ならあった。
「・・・眠り姫の噂って知ってる?」
「眠り姫!とってもタイムリーなお話ね!もちろん知ってるわ!」
手水は先ほどよりも目を輝かせていた。
「私はその噂を祭ちゃんから聞いたんだけど、なんとなく気になって」
「私もその話はいろいろな人に聞いてはいるけど、やっぱり噂って感じかしら。実際に見たって人とも出会えないし、そもそも、そんなことがあったら学校の教師たちがこんなに落ち着いてるはずもないのよねぇ。だから私の見解としては、まったくの嘘か、一部分が本当だけど、それに尾ひれがついちゃってるパターンが濃厚かな、って思ってるわ」
「尾ひれ・・・。手水さんはその噂も調べてるの?」
「調べてるってほどではないけど、気にはなるかしらね。本当に、あっという間にこの噂は広まったから。新学期のみんなのアップデートされた情報を聞きつつ、片手間に探ろうかしら、と思っていたけど、やめたわ」
「え」
「片手間じゃなく、全面的に手間と時間をかけてこの噂について調べるわ。今決めた」
手水の口元が弧を描くように歪む。
「なんでそんな、突然?」
「あなたよ、千歳さん」
「私?」
「そう、いつもクールで何事にも深入りしないあなたが、今回の噂に関して興味をもっている。それだけでそそるわ」
思わず私は苦笑いを浮かべてしまう。だが、それで構わないといった様子で手水は続けた。
「どういう心境の変化かはわからないけど、あなたと仲良くなりたい私個人としては、こんなチャンスは見逃せないのよ」
「仲良くなりたいって・・・。ふふ、ありがとう、嬉しい」
驚き半分、嬉しさ半分だった。
「誰とでも仲良く、でも深入りしない。噂やゴシップ好きな私とは正反対。だからかしら、一年生の時から気になって仕方なかったの。千歳さんとお近づきになれるなら、噂調べの一つや二つ、なんてことはないわ」
華火は目をそらし、苦笑いをする。
「そんなふうに言ってもらえる人じゃないかもよ?」
「それならそれでいいじゃない」
手水はあっけらかんと言う。なんでもないように。
「クールな千歳さんの素顔がみれる数少ない人間になれるのよ?光栄だわ。大丈夫、イヤなやつだったらちゃんと手帳にメモしておくわ」
そうだ言い忘れていた、と手水は付け加える。
「祭のことを下の名前で呼ぶなら私のことも下の名前で呼んでほしいな、華火ちゃん」
あまり人のいない、静かな病院だと思った。
「千歳さん、千歳華火さん、お入りくださーい」
病院の待合室を抜け、仕切りのカーテンの中へ足を踏み入れた。
ここに来るのは初めてのはずなのに、どうしてか建物の構造を理解していた。
「あぁ、君か」
医者は女性だった。ボブヘアが似合う、可愛らしい見た目だった。先生は私の顔を見てすぐになにか悟ったようだった。
「ふぅ、本当に忠告を聞かない若者には困ったものだな。いや、今の君には関係ない。私が君の担当医だ。ある程度のケースを想定している。あぁ、何はともあれまずは自己紹介から始めよう。私の名前は伊予―――伊予麻美子だ」
人間関係というのは良好であればあるほどよいだろう。つつがなく、そつなくこなしてこそ普通であり、平均的だろう。だからこそ、千歳華火は当然のように日常を過ごすのだ。
「おはよう千歳さん。昨日は間違えてお弁当持ってきちゃったんだって?そんな面白いことは真っ先に、私に、知らせて欲しかったぞ」
「おはよう・・・、手水さん。昨日の今日でよく知ってるね」
「一瞬なんか変な間があったけど、朝から疲れてたりする?華の高校二年生には疲れてる暇なんてないんだゾ」
彼女は手水真水、テンションの高さに合わない、切れ長の目が特徴である。ショートヘアがよく似合う女の子だ。
「ふふ、疲れてないよ。というか、そうじゃなくて。どうして私が昨日お弁当を持ってきたことを知ってるの?祭ちゃん?」
「あぁ、そんなこと。それは簡単よ、目撃証言があったから。匿名のね。それに、昨日は外が暗くなるまで学校の中をふらふらしてたみたいだけど、何してたの?」
「そんなことまで・・・」
手水からは白状するまで逃がさないというぞ、という目力が感じられた。
「春休み明けの学校で、なにか変わったことないかなぁって、思ってぶらぶらしてただけだよ」
「ふ~ん、本当に?」
「本当」
私はまっすぐに彼女の目を見て答えた。
「ごめんごめん、怒らないで。それで、なにか変わってるところあった?」
「いや、特になかったよ。気になるなら自分で調べてみれば?」
「怖い怖い。私が気になったのは、千歳さんについてだよ。千歳さんだけじゃなくて、この学校の生徒全員、と言っても過言じゃないけどね」
「どうして?」
「どうして、とは寂しいな。お忘れかな?千歳さん。私はこの学校一の情報通を目指している。情報屋にあこがれている!だからこそ、この学校のことくらいは把握しておきたい。面白そうなネタがあったら是非、私に教えてちょうだい。お礼はするわ」
面白そうなネタ、ではないが、気になる話ならあった。
「・・・眠り姫の噂って知ってる?」
「眠り姫!とってもタイムリーなお話ね!もちろん知ってるわ!」
手水は先ほどよりも目を輝かせていた。
「私はその噂を祭ちゃんから聞いたんだけど、なんとなく気になって」
「私もその話はいろいろな人に聞いてはいるけど、やっぱり噂って感じかしら。実際に見たって人とも出会えないし、そもそも、そんなことがあったら学校の教師たちがこんなに落ち着いてるはずもないのよねぇ。だから私の見解としては、まったくの嘘か、一部分が本当だけど、それに尾ひれがついちゃってるパターンが濃厚かな、って思ってるわ」
「尾ひれ・・・。手水さんはその噂も調べてるの?」
「調べてるってほどではないけど、気にはなるかしらね。本当に、あっという間にこの噂は広まったから。新学期のみんなのアップデートされた情報を聞きつつ、片手間に探ろうかしら、と思っていたけど、やめたわ」
「え」
「片手間じゃなく、全面的に手間と時間をかけてこの噂について調べるわ。今決めた」
手水の口元が弧を描くように歪む。
「なんでそんな、突然?」
「あなたよ、千歳さん」
「私?」
「そう、いつもクールで何事にも深入りしないあなたが、今回の噂に関して興味をもっている。それだけでそそるわ」
思わず私は苦笑いを浮かべてしまう。だが、それで構わないといった様子で手水は続けた。
「どういう心境の変化かはわからないけど、あなたと仲良くなりたい私個人としては、こんなチャンスは見逃せないのよ」
「仲良くなりたいって・・・。ふふ、ありがとう、嬉しい」
驚き半分、嬉しさ半分だった。
「誰とでも仲良く、でも深入りしない。噂やゴシップ好きな私とは正反対。だからかしら、一年生の時から気になって仕方なかったの。千歳さんとお近づきになれるなら、噂調べの一つや二つ、なんてことはないわ」
華火は目をそらし、苦笑いをする。
「そんなふうに言ってもらえる人じゃないかもよ?」
「それならそれでいいじゃない」
手水はあっけらかんと言う。なんでもないように。
「クールな千歳さんの素顔がみれる数少ない人間になれるのよ?光栄だわ。大丈夫、イヤなやつだったらちゃんと手帳にメモしておくわ」
そうだ言い忘れていた、と手水は付け加える。
「祭のことを下の名前で呼ぶなら私のことも下の名前で呼んでほしいな、華火ちゃん」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?
鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。
先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
隣人意識調査の結果について
三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」
隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。
一部、確認の必要な点がございます。
今後も引き続き、調査をお願いいたします。
伊佐鷺裏市役所 防犯推進課
※
・モキュメンタリー調を意識しています。
書体や口調が話によって異なる場合があります。
・この話は、別サイトでも公開しています。
※
【更新について】
既に完結済みのお話を、
・投稿初日は5話
・翌日から一週間毎日1話
・その後は二日に一回1話
の更新予定で進めていきます。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる