恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月三日:遭

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 二人は一瞬何が起こったのか理解できなかった。なぜなら、二人はふざけあっていても人に見つからないよう、ずっと周囲を警戒していたのだ。足音、話し声、窓越しから見られるであろう自分たちの姿、光の反射、そしてお互いが見張りになるよう、向き合いながらちょうど、教室の前後の扉が視界に入るように座っていたのである。それでも、二人は少女に気づかなかった。真横で声を聞くまで認識出来なかったのだ。
 気付けば祭はその少女に回し蹴りをしていた。さらりと躱されたが。
「元気過ぎやしないかい?」
 少女は特に怒る気配もなくケラケラと笑っていた。
「あなた誰なの?」
 祭が華火を庇うように前へ出る。
「フフ、そんなに怖い顔するもんじゃあないよ。こっちからしたら夜な夜な学校に忍び込んでるお前さんたちのほうが、よっぽど、怪しいね」
 回し蹴りまでされたし、なんて少女はぼやく。
「名前を聞くのなら、まずは自分から名乗るべきじゃあないのかね」

 少女の言葉は直接頭に響くような不思議な声をしていた。
 少女は余裕そうに机の上で足を組み、二人を見下ろした。

「あぁ、安心していいよ。私はお前さんたちがここにいることを、誰かに告げ口するつもりも、ましてや危害を加えることもしない。そんなことをしても何も得にならないからね。―――私はたまたま、ここにいただけさ」

 同じ女子高生とは思えないほど、得体がしれない雰囲気を持っていた。
「・・・二年の飛鳥よ」
 祭は依然警戒を解いていない。
 少女は祭の顔をじっと見つめた後、華火と目を合わせた。
「千歳華火です。あなたは?」
 少女は少し目を細め、指を指した。
「飛鳥、飛鳥祭か、かなり動けるね。油断もしない。何より体幹が素晴らしい。才能の面が大きいが、努力も伺える」
 指が動き、華火へ向けられる。
「千歳華火、なるほど、お前さんから空洞説って言葉が出たのは当然といえば当然の思考なのかもね」
 あぁ、今のは私のお前さんたちへの勝手な偏見と感想だ。自由に受け止めてくれ。
 少女は大人びた微笑みをたたえながら言う。
「私は、恋ノ晴奈兎こいのはれなつ、気軽になっちゃんと呼んでくれ。よしなに」

 お互いに名乗ったからといっても、不信感は拭えない。少女・恋ノ晴奈兎ことなっちゃんは制服のポケットからココアシガレットという、今では懐かしいお菓子を取り出し、食べ始めた。まるでここが自分の家かのようにくつろいでいる。
「というか、名前の他に質問はないのかい?こんな美少女捕まえて、何も出てこないなんて、お前さんたち小学生からやり直してきたほうがいいんじゃあないかい?」
 クックック、という噛み殺したような笑いが聞こえる。
「じゃあ聞くけど、いつからいたの?」
 祭は眼光は鋭いまま疑問を口にする。
「ふむ、答えとしては最初からいた、と答えるべきだろうね。私がいたところにお前さんたちが入ってきた、順番が逆さね」
「いや!うちらがこの教室に入ったときは誰もいなかった!どこかに隠れていたとしてもこんな突然現れるのは、不可能なのよ!」
「フフフ、私は昔から人を驚かすのが好きなんだよ。手品の一種とでも考えてくれ。こういう風に」
 パチンッ
 なっちゃんが指を鳴らした。
「いたっ」
「っつ」
 急に頭上からココアシガレットが降ってきた。それを私は思い切り頭で受け止め、祭はギリギリのところでキャッチした。
「それは私のお気に入り。友好の証にでも貰っておくれ」
「ますます怪しいのよ、あんた。うちは結構この学校だと顔が広い方だけど、こんな手品が得意な子、聞いたことない」
「お菓子、いただきます」
 私は箱を開け、お菓子を食べ始めた。
「華火!少しは警戒するものよ!こんな怪しい奴からの食べ物をひょいひょい食べないで!」
「未開封だし、お菓子に罪はないし・・・」
 呆れたようなため息が祭から漏れ出す。
「飛鳥祭よ、お前さんの言うことももっともだが、今回は千歳華火の対応が正しいぞ。というか、お前が私のことを知らなくとも、私はお前のことを知っているしな」
「・・・うちは結構な有名人なのよ」
「自分で言うあたり、嫌いでないぞ」
 お菓子を食べながら私は口を開く。
「なっちゃんはこんな夜の学校で、何してたんですか?」
「めちゃくちゃフランク!!え?華火って誰にでもこんなフランクなの?」
 祭は目を見開いて驚いた。
「いや、なんか悪い人って感じがしなくて」
「まぁ、おぬしはそうだろうな。昔、少し話もしたことがあったかのう、ほんの一言、二言程度だったが。おぬしは覚えてはいないようだが」
「え?!知り合い!?」
 祭は二人の顔を交互に見る。
「いやいや、本当に、一度話した程度だよ。落とし物を届けてくれた、とか、その程度だよ。私が一方的に覚えていただけさね」
「・・・本当ですか?」
 いつになく真剣な顔をした華火がいた。祭は思わずその横顔に息をのんだ。まるで昨夜、あの男に叫んだ時のような顔つきだった。
「クックック、お前さんが心配しているようなことは何もないよ」
 一瞬の沈黙が出来た。
「そうですか。・・・このお菓子おいしいですね」
 一瞬ピリついた空気が嘘のように元の空気に戻った。
 祭は少し疎外感を感じていた。当たり前ではあるが、華火のすべてを知っているわけではないのだ。だが、自分の知らないことをこんなポッとでの怪しい少女が知っているかもしれない、と思うとなんだか無性に腹立たしかった。
「拗ねるなよ、飛鳥祭。お前は本当に単純でいやつだな」
「馬鹿にされてるって、うちにだってわかるのよ!」
「フフフ、よいよい」
 はたから見れば親戚のお姉さんが久しぶりに会った子供をからかっているようだった。
「実は二人とも相性いいんじゃない?」
「それはない、やめて」
 なっちゃんはひとしきり笑っていた。
「いやいや、すまんな。こんなににぎやかに人と話したのは久しぶりで、ついつい笑いのツボが浅くなっている。そろそろ本題に入ろうか、お前さんたちが頭を悩ませていた、謎解きだ」
 なっちゃんは口元は今まで通りニヤついていたが、目は笑っていなかった。そのアンバランスさがより怪しく、彼女を美しく見せていた。
「いまだに私について怪しいと思うところはあるかもしれんが、そこは目を瞑れ。今は許せ。というか、そうでなければお前さんたちは、一生この謎を解くことはできんだろうて」
 彼女はココアシガレットを一本口にくわえた。
「教授してやろう。まずは二人とも、適当な席に座るがいい」

 まずはお前さんたちが疑問に感じた〝月のない場所〟についてだ。方向性としては正解だ。考え方としては落第だがな。
 私は、お前さんたちがこの教室に入ってからの会話を全て聞いていたが、セーラームーンだのエヴァンゲリオンだの、くだらない話ばかりしおって。私は当然、葛城ミサト派だ。なにより中の人が良い、お仕置きされたいくらいじゃ。え?お前も同じ話をしている?失敬な、サービスじゃよ。私はサービス精神が旺盛なんだ。
 さて、ツクヨミ、というワードが出ていただろう?ここで立ち止まれれば、もう少し近づけたかもしれんな。
 ツクヨミ。
 月読尊ともいう。日本神話の神の名前だ。一説では月を神格化した、夜を統べる神とも言われているが、今はそんなことは関係ない。関係あるのはその名前のみだ。ツクヨミ、月読、ツキヨミ。原義は、日月を数える「読み」から来たものと考えられている。これも、一説だがな。暦=コヨミは、「日を読む」すなわち「み」これに対し、ツキヨミもまた月を読むことにつながっている、というわけだ。
 なぜ、この話をしたのか、大事なのは月日を数える、ということだ。暦に則り、月を数えてみよ。・・・あぁ、そうか。最近はもう暦の読み方は数字になってしまっているのか。ここでは昔ながらの読み方をするんじゃよ。昔ながら、というか、日本ながら、ではあるがな。

『睦月』 『如月』 『弥生』 『卯月』 『皐月』 『水無月』
『文月』 『葉月』 『長月』『神無月』 『霜月』 『師走』

 月を神格化したのがツクヨミ、この十二月のなかで一つだけ、神がいないものがあるのがわかるか?そう、『神無月』だ。神無月とは、日本八百万やおよろずの神が出雲に集まると言われていてな、出雲以外に神という存在がいない時期、ということになっておる。逆に出雲では神有月・神在月と呼ばれたりもするそうだがな。
 『神無月』、【月のない場所】、月とは神と定義することが出来る。【神がいない場所】、日本には数多の神がいるが、『学校』という限定された場所においては比較的簡単に答えがでるよ。『学校』における神は『子供』だよ。日本では子供は無邪気で特別な力があるという考え方がある。また、俗世的な考え方をすれば、学校という会社にとってお客は生徒だ。よく言うだろう?お客様は、神様です、と。

 ではではでは、神がいない場所ならぬ、【子供のいない場所】とはどこだろうねぇ。

 恋ノ晴奈兎はニヤリと笑う。
 こんなもんかね、いや、少ししゃべりすぎたかねぇ。あとは自分たちで考えな。なに、残りはそう難しくないよ。そうだね、?・・・最後は自然体で、そのまま気張りな。
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