恋恣イ

金沢 ラムネ

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不思議・語

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 扉を抜けると木造の廊下に出た。薄暗く、雰囲気としては昔の学校のようだった。振り返るともう先ほどの扉はなく、壁になっていた。つまりは一方通行、前にしか進めないのである。
「もうほんと夢でも見てるみたいなのよ・・・」
「そうだね、でもワクワクする。祭ちゃん、何が出てくるかわからないから、手繋いで行こう」
「え、あぁうん、うん」
 私は祭の手を取って前へ進む。
「祭ちゃん?大丈夫?顔赤いよ?」
「大丈夫!何ともないの!」
「そう?辛かったら言ってね」
 ・・・だから、立場が、いつの間にか逆転してるのよ。
 祭は誰に聞かせるわけでもなく小声で言っていた。
「え?ごめん聞き取れなかった。祭ちゃん今なんて言ったの?」
「何でもないのよ!暗いから足元気を付けてって言ったの!」
「うん、わかった」
 祭はこんな状況だが、不安とは別の感情でドキドキしていた。

 二人は恐る恐る、確実に前へ進む。どれくらい歩いたのだろうか。すごく長く歩いたような、まだ少ししか歩いていないような、感覚が麻痺してきたあたりで明かりが漏れている場所を見つけた。
「華火!あそこ!明かりが!」
「ほんとだ。行ってみよう」
 二人は興奮を抑えつつ、足音を立てないように進んでいく。明かりにたどり着き、そっと扉を開け、部屋を覗き込む。
「なにここ・・・」
「すごい・・・」
 扉を開けた先には広い部屋だった。大きな窓からは特に見えるものはなく、最低限の家具が置いてあった。そして壁には美しい桜が描かれていた。まるでその壁に息づいているかのようだった。

「おっせーにゃ、さっさと来いっつの」

 華火と祭の前にはナニかがいた。二人の知識には断定できるものがなかった。見たものをそのまま表現するとすれば尾が二本に分かれた猫のような生物が宙に浮かんでいるのである。いや、猫だった。金色の目をした猫が、目の前にいた。
「こんにちは、私は千歳華火と言います。あなたは?」
 口を開けたまま喋れなくなっている祭とは対照的に、華火はその【猫】に話しかける。
「ほう、にゃんだ、礼儀はわきまえてるにゃ。自分から名乗ったのは褒めてやるにゃ。儂の名前は【函嶺】だにゃ」
「え、学校と同じ名前なんですね」
「だから、華火はどうしてそんなに警戒心がないのよ!」
「警戒心持ってもこの状況じゃどうしようもないよ」
「もっともだけど!」
「にゃっにゃっにゃ、話を進めてもいいにゃ?」
 函嶺と名乗った猫はどこからか取り出したお菓子を食べ始める。
「それ、私がさっきお供えした、なっちゃんにもらったお菓子・・・!」
「にゃ?そのにゃっちゃんとやらは知らんが、確かにこれはお前がくれたものだにゃ。あそこにきちんと意味を持ってお供えものをした人間を、こちらの世界に呼び、資格がある者はあの扉を開けられるのにゃ」
「資格がなかったら?」
「朝まであの扉の前で待ちぼうけにゃ。まぁ朝ににゃれば普通に元の場所にいて家に帰れるからおっけーにゃ」
「全然オッケーじゃない気がするのよ・・・」
 祭はもしあの扉の前で朝までだったら、と思うとゾっとしていた。
「じゃあ私たちは資格があったってことですか?」
 私が聞くと函嶺は首を縦に振る。
「まぁ、正確には華火、お前にゃ。お前にゃ資格があった。そこの女は華火の恩恵を受け取ったに過ぎにゃいにゃ。まったく素質がにゃい訳じゃにゃいが、今はまだ駄目にゃ。ダメダメにゃ」
 ダメダメと言われた祭はこめかみに青筋を立てていたが、華火はそれには気づかずに函嶺の話を聞く。
「私?」
「そうにゃ」
「いや、素質ってなんの!というかここはどこでアンタはなんなのよ!!」
「まだお前は名乗ってもにゃいにゃ。少しは華火を見習えばどうにゃ?」
「・・・飛鳥祭」
 祭が名乗ると私はぽんっと手をたたき、一人で頷いた。
「なるほど、これがデジャブ」
「にゃにゃにゃ、飛鳥祭か。覚えておくにゃ」
「これでいいでしょ、早く説明して」
「にゃにゃにゃ、せっかち者だにゃ~、まぁ説明してやるにゃ。最初から順を追って説明してやるにゃ。最初の、最初から」
 二人は座るように促され、木製の椅子に座った。函嶺の眼が怪しく光だした。

 ふむ、先ほど華火が儂の名前が学校と同じと言ったがにゃ、それは当たり前というところなのにゃ。何故にゃらば儂は、この学校そのものにゃ。この学校が建設されるよりも前、どこぞの人間の屋敷だったころよりも前、なにもなかった更地の頃から儂になるであろう欠片のようなものがあった。あくまで欠片、空気みたいなものにゃ。そこから人が住み始め、年月とともに意識が生まれてきたにゃ。もちろん最初からこの姿だったわけじゃにゃい。最初、体はなく、概念のようなものだったにゃ。にゃんでもにゃい欠片が成長し、人間がこの土地に住むようになり、この学校が建てられた。時期がちょうど良かっただけにゃ。儂は学校というこの建物の概念のようににゃった。この建物が、学校として成立するための概念。それが、月日を重ねるうちに意識が生まれたにゃ。概念という枠組みに、意識と意思が生まれたのにゃ。この時点で儂は土地神とか屋敷神ってやつににゃったんだろうにゃ。

 意識は成長し、学校に通う人間に興味を持つようににゃった。人間が何故ここに来ているのか、人間は何を学んでいるのか、人間が何を食べているのか、人間とはにゃんにゃのか、生まれたての儂の意識はどんどん知識を吸収していったにゃ。吸収して、吸収して、人というものに愛着が湧くようになった頃、儂は肉体と呼べるものが出来たにゃ。といっても、半分霊体のようにゃものだからにゃ、普通の人間にゃー見えにゃいし、声も聞こえにゃいにゃ。動き回れると言ってもこの学校の敷地内だけだしにゃ。だから儂は肉体が出来たといっても、さほど違いを感じていにゃかった。だが、この姿ににゃってからにゃ、天気の調子が良い日や、波長の合う学校に関わる人間には、姿が写るようににゃってしまった。それを煩わしくも感じていたが、うまいこと利用してにゃ、弁当のおかずやら、菓子やらをもらえるようににゃったのにゃ。にゃに、うまいこと猫に擬態してにゃ。初めて人の食べてるものを食べた時は感動したにゃ。虜になったにゃ。
 ・・・話が脱線したにゃ。そんな儂は年月が経つにつれ、力も強くにゃったのにゃ。この学校を模様替え出来るほどににゃ。儂も、人目に付くようににゃっちまってから、落ち着いて寝れる場所が欲しくにゃってにゃ、この部屋を作ったのにゃ。ここは異常だって?そりゃ、儂が力を使って作った、特別な場所だからにゃ。さっきも言ったにゃ、模様替えをしたってにゃ。にゃいものは作れにゃいが、あるものを動かすことくらいは出来るにゃ。この学校の建築上デッドスペースににゃってる空間をちょいと寄り集めて、かためて、形作ってやればいいだけにゃ。
 使った空間はどうにゃるんだって?にゃんともにゃらにゃいにゃ。ただ人間がその空間を見ても、ここは空いていにゃい、と認識するだけにゃ。たまにあるだろう?空いてるのににゃんか物を置きたくにゃい、にゃんとにゃく居心地が悪い、そんにゃ空間は多かれ少にゃかれ、儂みたいにゃ奴に使われちまってるのにゃ。

 ただにゃ、この模様替えには良くないところもあったのにゃ。空間に管理人が必要ににゃったのにゃ。この空間を作るのに儂もかなり力を使っちまってにゃ、作ったは良いが、使うのにそれ相応の対価が必要ににゃっちまったのにゃ。その対価が、管理人にゃ。この空間が儂以外も使えるようににゃったのにゃ。誰でも使える空間ににゃっちまったのにゃ。ただし、儂が〝力〟を使って作った空間だからにゃ、合う合わないが存在するにゃ。人だろうと動物だろうと儂のような外れ者だろうと、この空間と相性が良い者だけが、この部屋を使うことが出来るにゃ。その素質をみるのがお供えものとあの扉にゃ。お供えものはそいつがまず人なのか、それ以外かを計るにゃ。またお供えものがどういう意図で置かれたのかもわかるにゃ。そして扉までくれば、単純に力の素質があるのか、相性を視るにゃ。合格にゃら扉はすぐに開くが、不合格にゃら全く開かない鉄の扉にゃ。そして扉を開け、儂と会った者はこの部屋を自由に使う権利が与えらるにゃ。

 もうわかるだろう?お前だよ、千歳華火、お前はこの部屋を使える条件が揃っている、資格があるのにゃ。
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