恋恣イ

金沢 ラムネ

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不思議・明

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「私には資格がある?」
 函嶺は頷く。
「そうにゃ、資格がある。力がある、とも言う。まだ今のお前は、自分の力が分かってにゃいかもしれんが、人の子にしちゃあ、にゃかにゃかのモノにゃ」
 華火は目を見開き問いかける。
「あなたは何を知ってるの?」
「さてにゃ。だが、ある程度の状況は理解してるにゃ」
 函嶺は祭を一瞥した。
「ここで言うのは、フェアじゃあにゃいにゃ」
 誘導されるように華火もまた祭を見た。祭はわけがわからない、という顔をしていた。
「にゃにゃにゃ、まぁ今日のところは本題だけサクッと終わらせるにゃ」
 函嶺は華火の目を見る。
「この部屋をお前に貸し出してやる。契約しようや」
 函嶺はどこから取り出したのか、手に一枚の紙ぺらを持っていた。
「これは儂の力を練り込んである契約書だにゃ。ここにお前の名を書けば契約は成立だにゃ」
 私は契約書を読む。現代でこういった同意を得るとなると、長文を読まされることが多いが、ずいぶん簡潔に、シンプルに書かれていた。

宵桜よいざくらの間 契約書
 一、宵桜の間についてむやみに他言すること、管理者の許可のない者の出入りを禁ずる。
 二、宵桜の間を使えるのは日暮れから朝日が昇るまでの時間のみである。
 三、契約者は函嶺高校の生徒である。
 四、契約者が宵桜の間を使える期間は契約日から函嶺高校を卒業し、その日付が変わるまでの間である。
 五、上記四つが守られない場合は管理者により強制的にこの部屋の権利を剥奪する。また、管理者の意にそぐわない行為を行った場合も、それ相応の対処を行うものとする。

「宵桜の間?」
「儂がつけたこの部屋の名だにゃ。名っていうものは大事にゃんだぜ、名は体を表すってにゃ」
 私は正直よく分からなかったが、函嶺の言葉に頷いた。
「契約したら函嶺生の間だけこの部屋を使える、ということですよね?」
「そうにゃ。そもそも、部外者は学校という特殊な空間に入りづらい。中に通ずる者に呼ばれない限りはにゃ。そういう、結界を自然と張っている」
「なんだか現実とは思えないようなことばっかり」
「事実は小説より奇にゃり。慣れていけにゃ」
「これに契約したら、私にとってなにか利益になったり、逆に不利益になるようなことはないんですか?」
 私は疑いの目を向ける。
「にゃにゃにゃ、不利益は特ににゃいにゃ。さっきも話しただろう、儂はこの部屋を使うのに人と契約せねばにゃらんのにゃ。そして、契約した人間はこの部屋を夜の間自由に使うことが出来るにゃ。どう使うかは契約者次第。体調を崩したり、金を請求されたりはにゃいにゃ。ただ、契約しにゃかった場合はもう二度とこの部屋に入ることは叶わにゃいにゃ」
 もう一度よく考えた。自分のこと、祭のこと、函嶺のこと、これからのこと。

「わかりました、契約しましょう」
「にゃにゃにゃ、さすが曲がりにゃりにも千歳華火だにゃ」
「私の名前を書けばいいんですよね?」
「あぁ、だがちょいと特殊にゃんだ。今のお前にはちょっと難しいかもにゃ。書き方を教えてやるにゃ」
 函嶺は華火の目を見る。
「ちょいと手荒だが仕方にゃいにゃ、リラックスしてろにゃ。そして意識を儂に向けろ」
 函嶺の肉球が華火の額に押し当てられた。はたから見ればとても愛らしく癒される光景だろう。しかし、肉球が離れた瞬間に華火に異変が起きた。
「あ、あぁ!う、う、う、は、あぁ」
 私の頭が割れるように痛みに襲われた。
「華火!?」
 これには流石に今まで黙っていた祭も声を上げる。
「飛鳥祭、落ち着け。大丈夫にゃ」
「は?これのどこが大丈夫なのよ!」
 函嶺の目は元の金色ではなく赤くなっていた。
 祭は華火に駆け寄るが、華火の手で制される。
「・・・華火?」
「だい、じょう、ぶ。もう少し、待って」
 そう言う華火の目は先日不審者に襲われた時のように、左目だけが紅くなっていた。荒く息を吐きだしながらも少しずつ落ち着いてきたようだった。

「ごめんね、心配してくれてありがとう。もう、大丈夫」
「にゃにゃにゃ、本能的に力の使い方をわかってるのかにゃ、ずいぶんスムーズにいったにゃ」
「何、したんですか?」
「それはお前がもともと持っている力だにゃ。無意識にかけてるブレーキを儂が開けてやったのにゃ。今の状態のお前は人ならざる者から見れば美味そうな飯でもあり、天敵でもあるにゃ。その力を使いこなせれば、お前は現代の陰陽師にもにゃれるだろうにゃ」
「この現代でそんなこと・・・」
「信じられにゃいかにゃ?」
「いえ・・・、ここまできて、信じられないってことはないです。ただ、そんな力があるようにも思えないです。少し体がふわふわしてる感じがする。体調が悪いわけでも良いわけでもなく」
「にゃにゃにゃ、まぁ力の扱い方についてはまた今度にゃ。今はその状態のまま、人差し指をこの契約書の上に置くにゃ。そしてそのまま自分の名前を心の中で念じながら横に滑らせるにゃ」
 私は言われるがままに念じながら、人差し指を紙の上で、滑らせた。
「え、どういうことなの!?」
 声を上げたのは華火ではなく祭だった。指を滑らせた部分から青白く光る文字で千歳華火という文字が浮き出てきた。
「これで契約成立にゃ」
「なんかよくわからないけど、出来たんですか?」
「にゃにゃにゃ、上出来にゃ」
「華火!何ともないの?」
「う、うん。本当になんともない。変わったような気も、しない」
 祭は自分で華火の体を確認し、ようやく安心一息ついたようだった。
「今からこの部屋の所有者は千歳華火にゃ。そして飛鳥祭、お前は華火と一緒の時のみ、この部屋に入ることを許可するにゃ」
 函嶺は仕事は終わったとばかりにくつろぎ始めていた。
「さ、お前たちもさっさと今日のところは帰るにゃ」
 帰り方を聞こうとした時、祭に呼びかけられ、顔を両手で掴まれた。
「よかった~、ほんとに大丈夫そうで。でも目はまだ赤いのね。こないだみたい」
 先日、襲われた時のことだろう。
「もしかしてこの力って、何かの拍子に出てくることとかありますか?」
「にゃにゃにゃ、いい勘してるにゃ」

 函嶺はココアシガレットを食べながら華火を指差す。
「お前の力はお前が思っているよりも大きいものだ。だからにゃ、お前の感情が大きく揺れたり、こういった外からの干渉が強い場所にいると、漏れるだろうにゃ」
「それは良くないことですか?」
「あんまり良いことではにゃいにゃ。必然的に良くにゃいものを引き寄せちまう。既に経験したかにゃ?」
 私は先日絡まれた男を思い出す。
「先日、よくわからない男の人に絡まれました。掴まれて、私が叫んだら消えてしまったんです」
「その時に目が赤くにゃったのか?」
 私は首を縦に振る。
「それに私はその男に触れなかった。すり抜けていく感じだった」
「ほう、祭も一緒にあったのか」
 にゃにゃ、と一匹函嶺は納得している。
「間違いなくそれは幽霊とか悪霊とかそういった類のものだろうにゃ。大概のやつは人に見られることはあれど、人に触れるようにゃ力はにゃい筈ニャンだがにゃ。よっぽど霊的な力の強いやつだったのか、または」
 函嶺は華火を見やる。
「千歳華火と関係がある人物だったか、だにゃ」
「私と関係してる人、ですか?」
「言い草からして、祭は触れず、華火は触れたんだろう?基本的に霊が死ぬ前に関係していた人間に対してのみ、強い力を発揮することが稀にあるにゃ」
 ま、視えちまう人間はその限りでもにゃいがにゃ、と函嶺は言う。
「でも華火は知らないやつだったって言ってたよね?」
「・・・う、ん」
 私は心許なく答える。
「直接的じゃにゃくとも、間接的に、逆恨みされてることだってあるにゃ。例えば遠い親戚だって、顔はわからにゃくとも、間接的な知り合いにゃ」
「それじゃもうキリがないよ」
「にゃにゃにゃ、だから言ってるだろう?引き寄せちまうってにゃ。せいぜいしばらくは大人しくいることだにゃ。まぁお前くらい力があれば、ある程度の霊にゃんて一瞬で消えちまいそうだけどにゃ」
 函嶺は一人笑い転げている。
「あの、私、もっといろいろ聞きたいことが・・・」
「にゃにゃにゃ、今日のところは帰った方がいいにゃ。学校の正門の前まで送ってやる。聞きたいことがあるにゃらまた来いにゃ」
「でも!」
 私が食い下がろうとした時だった。函嶺の紅い目に気圧された。華火はその目を見るとなぜか反論する気が失せてしまった。
「もう遅いにゃ、今日のところは帰るにゃ。儂もこの部屋も逃げはしにゃい。あぁ、次に来る時も差し入れ忘れにゃいようににゃ、にゃにゃにゃ!」

 函嶺に言われるがままに部屋を出ると、来た時とは違う白い扉の前に出た。扉を開ければ、学校の正門の前に二人は立っていた。
「え」
「うわっ」
 二人は辺りを見渡すが白い扉はなく、いつもの学校の風景だった。
「夢でも見てた気分よ・・・」
 祭はぼーっと校舎を眺めている。
「祭ちゃん、時間、時間見て!」
 私は自分のスマホの画面を祭に見せる。
「え、嘘でしょ!?」
 時刻は朝四時。まもなく朝方である。
「すごい時間経ってる・・・」
「あ!」
 祭は大きい声をあげる。
「これよきっと!」
 華火は首をかしげながら聞き返す。
「三つ【夜更けまで校舎に居続けると一人閉じ込められる】、七つ、【桜に魅了された者は卒業まで憑りつかれる】、これじゃないの!?」
 確かに函嶺は資格がなければ入れないと扉は開けられない、と言っていた。そして部屋に描かれていた美しい桜の絵。
「もしかして、これで本当に七不思議制覇?」
「なんて学校なのよ!」
 祭は笑いながら恨み言を言っていた。その姿があまりにちぐはぐで華火もまた笑っていた。
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