恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月五日:三

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 華火と祭は相談した結果、夜八時に学校に集合することにした。
「お待たせ~い」
 飛鳥祭の遅刻である。
「遅い」
 華火は隠す気もなく不機嫌な顔をした。
「ごめんって~、ほらほら眉間にしわ寄ってるのよ~」
「寄ってないもん。置いていこうかと思った」
「そんなこと言わないでよ、びっくりどっきり体験を一緒に体験した仲じゃないのよ~」
「ざっくりまとめすぎでしょう。びっくりどっきり体験って・・・」
 苦笑いしている華火に祭が何かが入った袋を手渡す。
「ん。今日のご飯。もしかしてもう食べてたの?」
「まだ、食べてない」
「じゃあ良かった!その辺で一緒に食べよ、ちゃんとデザートもあるのよ」
 祭は遅刻しながらも夕飯やお供え用のお菓子のことを考えてくれていたらしい。袋の中には手作りであろうおにぎりが二つ、市販で売られているカステラ、そしてお供え用のココアシガレットが入っていた。二人は学校の裏庭でこそこそと食べ始める。
「わざわざ作ってくれたの?」
 華火はおにぎりを食べながら尋ねる。
「うん、まぁうちが食べたかったからさ。一度家に帰って握ってきたのよ」
「・・・さっきはごめんなさい」
 遅刻の理由がわかり、急に自分が恥ずかしくなった。
「え?実際遅刻は遅刻だし。連絡しなかった私が悪いのよ」
 祭は本当に気にしていないようだった。
「疲れてるのに私の分まで作ってくれて、ありがとう」
「いいのよいいの!ご飯は一人だと味気ないのよ!」
「あと、祭ちゃんがご飯作れることに驚いた」
「え?喧嘩売ってるの?私だって自分でご飯くらい作れるのよ!」
「なんか勝手なイメージだった。ごめんね」
「いやまぁよく言われるからいいのよ」
「やっぱりよく言われるんだ」
「表出るか?」
 祭は不自然にニコニコしていたが、華火は首をかしげていた。祭はその様子にため息をついていた。

「真水が迷惑かけなかった?」
 華火は昼間のことを思い出し、言葉を選ぶ。
「うん、真水ちゃんがいて心強かったよ」
 病院からの帰り道、真水から病室の写真と忍冬さんのプライバシーを無視したような写真が送られてきたことは祭には少し言いづらかった。また喧嘩になりそうな予感がしたのだ。
「あいつ夢中になると見境いないのよ。なにかあったら遠慮なく言ってやってほしいのよ。それか私に言って。代わりに怒ってやるのよ」
「祭ちゃんは正義のヒーローっぽいね」
「正義のヒーロー?」
 祭は怪訝そうに聞き返す。
「うん、嫌だった?」
「嫌ってわけじゃないけど、大げさだとは思うのよ。それに、正義のヒーローはこんな時間に学校に忍び込むなんてことはしない気がするのよね」
 祭はいたずらっ子のように笑いながら話す。華火もつられて笑い出す。
「たしかに」

 二人はしっかりとご飯をたいらげた。
「ごちそうさま。おにぎりもカステラも美味しかったです」
「お粗末様なのよ!今度は華火の料理が食べたいなぁ」
「私の?」
「うん、確かここで、始業式の日にあった時、お弁当食べてたじゃん。あれ自分で作ったって言ってたのよね?」
「うん。よく覚えてるね」
「覚えてるっていうか思い出したのよ。なかなか自分でお弁当作る人なんていないもん」
「そうかな?結構いると思うよ。良ければ今度作ろうか?」
 気軽に提案すると、すごい勢いで祭が食いついた。
「え!ほんと!?ありがとう!すっごい楽しみ!」
「わかった、じゃあ今度作ってくるよ」
 華火はふわりと微笑むんでいたが、少し影が差しているようにも見えた。
「・・・私に出来るのはこれくらいだからね」
「華火?」
 華火が祭の方を向くと、いきなり両手で顔を挟まれてしまった。
「私は自分のことを卑下するようなのが、とっても、嫌なの」
「祭ちゃん・・・?」
 祭は先ほどとは打って変わって真剣な顔をしていた。
「華火は一人暮らしして、毎日身の回りのこと全部一人でやってるのよね?」
「え、まぁ他にやってくれる人いないし」
 突然の言葉に華火はぽかんとする。
「だからこれくらいしか出来ないとか言わないのよ!私なんて料理は簡単なものしか作れないし、家事は母親にやってもらってばっかりだし、ほんとだらだらと生きてるんだから!」
 祭はなぜか胸を張る。
「だから華火はすごいのよ!もっと自信もっていかなきゃ!」
 高校生で一人暮らししてる子なんてそんなに多くないのよ、なんて言いながら手を離した。
 祭の手がとても暖かかったからか、華火は少し離れるのを残念に思った。
「うちは何でも一人でやれちゃう華火が羨ましいし、少し心配」
「羨ましい?心配?」
「うん、うちも華火みたいに自分のことは自分で出来るようになりたいなって!これでもちゃんとしたいなって思ってるのよ!・・・心配なのは一人で色々抱え込んじゃいそうだから」
「そうかな・・・?」
「私から見たら、だけどね。いつでも話くらいは聞けるのよ。だから遠慮しないで、何でも言っていいのよ」
「う、うん」
 祭は華火の頭を可愛がるようにわしゃわしゃと撫でる。おそらく、祭なりに気を使っているのだろう。
「ま、祭ちゃん」
「なあに?」
「ありがとう」
「どいたまなのよ~」
 どういたしまして、の略らしい。
「さて、じゃあそろそろ行こうか」
 二人は後片付けを終えると、すぐに例の階段裏へ向かった。
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