恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月五日:四

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 華火がココアシガレットを床に置き、昨日と同様に二礼二拍手一礼を行う。まばたきをすればそこは再び扉の前だった。
「にゃにゃにゃ。よぉ、待ってたにゃ」
 函嶺は例のごとくココアシガレットをかじっている。
 華火と祭はなんとなく前回と同じ場所に座った。
「何度見ても慣れないって思ってたけど、案外これも慣れてきちゃうのかもなのよね・・・」
 祭は椅子に腰かけながら、函嶺を眺める。
「人間の順応性には目を見張るものがあるにゃ。人間は、ある程度の環境変化にはすぐに馴染んじまうにゃ。住めば都、にゃんて言葉があるくらいだしにゃ。今のお前らが良い見本にゃ。前回は儂に促されにゃきゃ座ろうとしにゃかったが、今回は勝手に座った。それは順応にゃ。それも、前回と同じ場所ににゃ。それは保守にゃ。しかし人間ってやつは変化も欲するからにゃ。この先また馴染んできちまえば、違う場所に座ったり、外からいろいろと持ち込んだりしやがるんだろうさ。しかしそれは悪いことじゃにゃい。むしろ何も変わらない人間の方が、違和感に付きまとわれるだろうにゃ」
 函嶺もまた愉快そうに二人を見ていた。
「じゃあ私たちは少なくとも真っ当ってことじゃん!いい成長ってことなのよ~」
「にゃにゃにゃ、本当にそうかどうかは、もっと成長してから判断するにゃ。楽天家ってのは悪くにゃいが、楽観的にゃのは足元救われるぞ」
 楽観的じゃないもーん、などとぶつぶつ言う祭を横目に華火がようやく口を開く。
「函嶺さん、私いろいろと聞きたいことがあるんです」
 函嶺は目を細める。
「函嶺さん、か。お前はそう呼ぶのか。にゃにゃにゃ、いや今のはにゃかったことにしてくれにゃ」
 函嶺は改めて切り出す。
「それで、何が知りたい?」
「私はどんな力を持ってるんですか?」
 函嶺はココアシガレットを食べる。
「ま、そうくるよにゃ。ちょっと見せてやるにゃ」
 すると函嶺の目が紅くなっていた。
「そうだにゃ、華火。お前さん後ろでも向いて儂に見えんように床に指で何か文字でも書いてみろ」
 言われた通り華火は函嶺に背を向けて床に〝猫〟と書いた。
「猫、だにゃ」
「え!あたり・・・」
「何回やっても良いぞ」
 華火はもちろん祭も参加し、何回も文字を見せないように書いたが、全て当てられてしまった。

「これってどういうことなんですか?」
 根負けして尋ねる。
「これは別にお前の書いた文字が見えている、というわけではにゃい」
「え、でも全部正解でしたよ」
「儂が見たのは、未来ってやつだにゃ」
「未来・・・?」
 にゃにゃにゃ、と函嶺は愉快そうだ。
「実際に見たわけではにゃいが、未来予測、というやつだにゃ。儂は少し先の未来をこの目で予測したのにゃ」
 函嶺は自身の紅い眼を指さした。
「視える力があれば、誰でもそんなことが出来るってことなの?」
 驚いていた祭が質問した。
「練習すれば出来るようになる人間もいる、という程度だにゃ。この能力に秀でた者は、よく預言者や占い師、なんかと呼ばれて、商いにしていた人間もいたにゃ」
「じゃあ幽霊が視えるけど、未来予測が出来ない人間もいるってことですか?」
「然りにゃ。そこは個性ってやつにゃ。力が強い神霊のようにゃ存在にゃら、何年という先まで見通せたり、本当に未来が見える者もいたりするが、人間はせいぜい、ほんの少し先を予測できる程度だろうにゃ」
 日に何度も出来るようにゃものでもにゃいしにゃ。
 紅い眼、真眼は、ただ幽霊を視るだけでも最初は気力を奪われる。そこにさらに負荷をかけるということは、体力だけでなく、精神的な負荷も大きいのだ。
「まるで漫画なのよ・・・」
 祭ですら呆れている。
「同じことが私も出来るんですか?」
「出来る力は持ってるが、まだ出来ない、というところだにゃ」
「どういうことですか?」
 函嶺の目は元に戻っていた。
「お前の力はまだまだ眠ってるだけで、全然表に出てきてにゃい。つまり使う使わない以前の問題として、蛇口から水が出なきゃどんなに良い水の使い方を教えても無駄にゃ」
「にゃるほど」
「真似すんじゃにゃいにゃ紛らわしい」
「使えるようになった方が、いいんですか?」
「五分五分かにゃあ。使えるようになると、関わらなくて済んだ面倒事に引き寄せられちまったりする。そいつはだいぶ危険が大きいと思えにゃ。逆に使えないままなら下手なことには巻き込まれにゃいだろうが、大きく感情が揺れた瞬間に周りの人間に紅い目を見られ、奇異に映る可能性や、変な霊に絡まれることくらいはあるかもにゃ」
「どっちにしろ気をつけなきゃ行けないってことなの?」
 祭が函嶺に質問する。
「まぁそういうこっちゃ。お前たちにとってはピンとこにゃいかもしれんが、大きい力ってのは、そこに存在するだけで波風を立てたりするにゃ。悪いことは言わんから、どうしようもにゃくにゃるまでは、力のことにゃんか忘れておけにゃ」
「最悪、函嶺さんが教えてくれるってことですか?」
「基礎くらいにゃら考えてやるにゃ」
「ありがとうございますにゃ」
「だからにゃをつけるな!紛らわしいにゃ!」
「ほんと華火って、肝が座ってるのよ・・・」
 祭は何となく自分の感性が平凡なのかもしれないと思った。

「今日の用事はそれだけにゃ?」
 ひとしきり話終えたあたりだった。
「もう用がにゃいにゃら儂はそろそろ寝るぞ。お前たちはゆっくりしていけばいい。そこの壁に時計がかけてあるからにゃ、てきとーな時間に帰れにゃ」
 示された時計は午後九時を指していた。
「ここと外の時間の進み方って、違うんですか?」
 単純な疑問である。前回はあっという間に朝を迎えていた。
「最初だけ体感時間が違う。それは契約をしていない者がこの部屋に入った代償のようにゃものにゃ。契約してしまえば時間はここも外も変わらにゃい。ただし、ここでは普段人間が使っている機器類は役立たにゃいにゃ」
 私はスマートフォンを確認するが確かに機能していなかった。操作自体は出来るが圏外だ。また、時間がおかしい。九十九時、というわけが分からない時間になっていた。
「ここに限らず、力のあるものが作り出した空間、結界が貼られているようにゃ場所ではそれに適していにゃいものは、ほぼ使い物ににゃらにゃいと覚えとけにゃ」
「なるほど、わかりました」
 話は終わったとばかりに函嶺が消えようとしていた。しかしそれは祭の質問により阻まれた。
「あのさ、忍冬矜について教えてほしいのよ」
 忍冬矜という名前に一番驚いているのは華火であった。
「何で函嶺さんに忍冬さんのことを?」
「だってこの学校そのものみたいな存在なら生徒のことも知ってるんじゃないかなって」
「ふむ、いい考え方にゃ。普通の人間にしちゃマシにゃ方だにゃ」
「それ褒め言葉なの?」
「そう言ってるつもりだったが、読み取れにゃかったにゃらやっぱり凡才かにゃ」
「華火、やっぱこの猫うざいかもなのよ」
 華火は愛想笑いで誤魔化した。

「それで、忍冬矜の話だったか。確かに知ってるよ。儂はこの学校そのものだからにゃ」
「あの、忍冬さんのことを知りたいんです。私が」
「華火が知りたいのか?」
「はい」
「因果ってやつにゃのかにゃ・・・」
 祭は函嶺の言葉の意味がわからなかった。
「あぁ気にしにゃくて良い。こっちの話にゃ」
「どんなことでも良いんです。教えてもらえませんか?」
 函嶺は手持ちのココアシガレットを一本華火へ投げる。
「うわっ、と」
 たいした話はにゃい。と言いながら少し話してくれるようだ。
「忍冬矜は学校では大人しい雰囲気だったにゃ。成績もよく、教師からも信頼されていたように思うにゃ。部活には入っていなかったにゃ。そしてと違って普通の人間だったにゃ」
 函嶺からの情報は事前に祭や真水から聞いていたものだった。
「それと千歳華火と忍冬矜はこの学校に入る前からの知り合いではあったらしいが、この学校にいる間はほとんど話す機会はなかったように思うにゃ。仲はそんなによくにゃかったんじゃにゃいか?」
「そう、かもですね」
 私は曖昧に答える。
「あぁいや、今のは儂がよくにゃかったにゃ。忘れて良い」
 どうやら函嶺は華火に甘いらしい。
「他に何か知ってることないの?」
「そうだにゃ、忍冬矜の家庭環境もお世辞にも良いとは言えにゃかったにゃ。三者面談をするとなると毎回教師が頭を悩ませていたよ。いや滑稽だったにゃ。にゃにゃにゃ」
「忍冬さんの家庭環境、も・・・?」
 この時何となく、祭は違和感を感じた。
「にゃにゃにゃ、これは口が滑ったかもにゃ。儂が言えるのはここまでにゃ」
「本当にこれ以上は何も知らないんですか?」
「言っただろう?言えることが、ここまでじゃと」
 その後はどれだけ聞いても函嶺にははぐらかされてしまった。

「じゃ今度こそ儂は寝るから、お前たちも好きな時間に帰ることだにゃ」
 函嶺が部屋からいなくなり、華火と祭は二人になった。
「何だかわかったような、わからなかったような話だったね」
 華火は何となく話を振ったが、祭から返事はなかった。
「祭ちゃん?」
「華火はなんで忍冬さんのことを知りたいの?」
「え?う~ん、眠り姫の噂を聞いて気になったからかなぁ」
「じゃあどうして突然眠り姫の噂に興味を持ったの?」
「何でだろう、私にもわからないや」
「さっきさ、函嶺が〝忍冬矜の家庭環境も〟って言ってたじゃん?」
 祭は華火の顔を見る。
「それってさ、華火の家のことを比喩してたんじゃないのか?」
「私の家のこと?」
「普通に考えて、よっぽどの理由がない限り高校生なんて実家暮らし、両親と暮らすのよ。すごいデリカシーのない質問するけど、華火のご両親って何してるの?」
「えっとね。どうだった、かな・・・」
 両親について言いよどむ華火に祭は畳みかけるように質問する。
「・・・ご両親は一緒に暮らしてるの?」
「・・・ごめんね、私も曖昧で・・・」
「親のことが曖昧な子供なんてそうそういないのよ・・・!」
 突然の祭の、小さな叫びに華火はとても動揺し、慌てた。
「ご、ごめん。なんか嫌なこと言った?ごめんね」
「違う!華火は悪くないの。ただ、そんな状況を、何とも思ってない華火の代わりに、私が怒ってるのよ!」
 祭は華火の胸倉を掴む。
「いい、華火。普通はね、親と子供は子供が自立するまでは一緒に暮らすもんなの。遠い学校に通う必要のある学生以外は、親の保護を受けてる年齢なの、私たちは。親と疎遠・不仲ってだけで良くない家庭環境なのよ。虐待って言っても差し支えないのよ」
 私は自分の家に両親がいないことを不思議に思ってもいなかった。しかし、改めてそう言われるとのは不自然だ。
「もともとあんまり関わりがなくても、そういう意味で忍冬さんにシンパシーを感じてたんじゃないの?だから、つい気になってた、とかそういうことじゃないの?」
「ごめん、わからないや」
 華火はどうしていいのかわからず、ただおろおろすることしか出来なかった。
「華火、お願いだからもっと自分を大事にしてね。最近の華火はすごく仲良くしてくれてうちはとても嬉しいのよ。でも、華火を知れば知るほど、うちが不安になるのよ。見ててすごい、危なっかしいの。函嶺が言ってた力のことも、うちがどうこう言えることじゃないけど、良く考えて、自分第一に決めるのよ」
「そんなに危なっかしいかな?」
 祭に心配されるのは妙にくすぐったかった。
「危なっかしい!前は前で、警戒心高杉さんって感じだったけど、最近は何があったのか、マイペース過ぎて、本当に心配になる」
「そんなに・・・」
 祭が華火を抱きしめた。
「いつでも頼ってね!私は華火の味方だから!」
「やっぱり、祭ちゃんは正義のヒーローみたいだね」
 は華火こそばゆい気持ちになった。

「祭ちゃん、今度私の家に泊まりに来ない?」
「え、いきなりどうした?」
 突然まったく違う話を振られた祭は驚いていた。
「夕飯、腕によりをかけて作ってあげるよ」
「絶対行くの」
 華火は祭の笑顔で気持ちが晴れやかになった。

 その日は話もそこそこに早めに部屋を出てしまった。時計のおかげで無理のない時間に家に帰ることが出来た。そして今度、とは言ったが祭はさっそく明日、学校がお休みである土曜日の夕方から泊りに来ることになった。
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