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四月七日:懐玉
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翌日空手部の練習があり、名残惜しそうにする祭を送りだした華火は一人、手持ち無沙汰から、たまたま近くにあった学生証をぼーっと確認したりしていた。
「ん?」
学生証の中に一枚紙が挟まれていた。少しつるつるとしていたが、何も書かれていない真っ白な紙だった。しかし華火は何故かその紙が気になった。なんの変哲もない紙に、目が離せなくなった。
「・・・もしかして」
その晩、闇夜に紛れて学校へ向かった。
「にゃんだにゃんだ、日曜日だぜ?」
函嶺はそれでも分かっていた、と言わんばかりに待ち伏せていた。
「函嶺さん、私には力があるって言ってましたよね、その力の使い方を教えてほしいんです」
「にゃにゃにゃ、ほう、それはまた急だにゃ。何故にゃ?」
「この紙・・・」
華火は手に持っていた白い紙を函嶺へ差し出す。
「この紙を見てると、なんだか焦るんです。やらなきゃいけないことをずっと、後回しにしているような、そんな気分になるんです」
函嶺もまたその紙を見つめる。
それに、と華火が少しだけ笑う。
「あの時は、フェアじゃないって、言ってたので。私が一人でくれば、函嶺さんは教えてくれるのかなって」
「・・・」
「私はきっと昔この力を使えていた。違いますか?」
「普通に考えればその思考ににゃるよにゃ」
函嶺は否定しなかった。
「お願いします、教えて欲しいんです。千歳華火のことを」
夜、宵桜の間にて視線を交わすは一人と一匹。
函嶺は一息つき、手ごろな椅子に座る。
「お前もまずは座れ。大した話ではにゃいが、立ち話ほど、軽くにゃい」
私はちょうど函嶺と真正面になる場所に腰掛ける。
「今のお前は赤ん坊同然のような存在だ。そんなお前が自分で見て、考え、ここに来た。そいつはにゃかにゃか面白い。その感性ってやつは大事にしとけにゃ。本能ってやつに近い」
本能・・・、と華火は繰り返すように呟いた。
「函嶺さんはやっぱり、私のことをご存じなんですね」
「当たり前にゃ。千歳華火みたいな人間離れした問題児、入学した時から目をつけてたにゃ」
「問題児・・・」
少し困ったような表情を浮かべてしまう。
「いいか、お前はそんにゃだけどにゃ、以前の千歳華火はそりゃもう力が強かった。一般的には霊力と呼ばれるものだが、正直最初は生身の人間ってのが信じられにゃいくらいのものだった。妖怪が人に化けてるって言われた方がしっくりくるほどににゃ」
「へぇ。すごかったんですね」
「他人事のように言いおって。お前は今からその千歳華火に近づこうとしとるんだろうが」
「他人事どころか本人なんですけどね。函嶺さん、私、いろいろ話を聞きたくてここに来ました」
私は手に持っていた小さい白い紙に目を向ける。
「儂は一から十まで教えてやるほどお人好しじゃあねぇ。それでも手助けくらいはしてやるよ」
函嶺は華火の手を指さす。
「今お前が手に持っている紙。そいつはどこにあった?」
「学生証に挟まってました」
「にゃるほどにゃ、華火、お前はこの紙は真っ白に見えるか?」
「はい、ただの白紙の紙に見えます。でも、どうしてか気になって・・・」
函嶺は華火に視線を合わせる。
「これはにゃ、記録媒体みたいなもんにゃ」
「記録媒体?この紙がですか?」
函嶺に紙を手渡す。
「このままじゃただの紙切れにゃ。ただし、霊力をこの紙に流し込めば・・・」
函嶺が紙を持つと、ひとりでに紙が動き始める。否、紙が折られていく。
「鶴になった・・・」
私はじっと見つめることしかできずにいる。
「ここまでは少し霊力をコントロールできれば誰でも出来る。ただし、ここからはお前しかできにゃい」
「私しか?」
「あぁ、これは鍵穴みたいにゃものでにゃ。記録媒体を開ける鍵が必要ににゃる」
函嶺は鶴を華火に押し付ける。
「てきとーに血だせにゃ」
「え。ち?・・・血、ですか」
「そうにゃ。鍵はこれを作った本人の血液。まぁほんとに一滴でもあれば開く仕組みだにゃ」
「作った、本人・・・」
「そうにゃ、これは千歳華火が作ったのにゃ。千歳華火のために」
「私のために・・・」
「そうにゃ。自分のことは、自分が一番わかるんだろうにゃ」
函嶺はどこか遠い目をしていた。
「だからさっさと血だせにゃ」
「いや、そんなこと言われてもどうやって・・・」
当たり前だが刃物も先が尖ったものももっていない。
「しょうがないにゃ。ちょっと指だせにゃ」
「え、はい」
言われた通り指を一本函嶺に向けると、その上に函嶺に肉球が重なった。爪が大いに出された状態で。
「え!痛っ!え!」
「うるさいにゃ、こんな程度で。ほれ、さっさと血をその折り鶴にたらさんか」
プツリ、と一滴、二滴と滴る血液を慌てて鶴に垂らす。するとどんどん鶴は赤く染まっていく。そして真っ赤に染まりきると鶴はふわふわと宙に浮き始める。
「すごい・・・」
そして私と鶴は見つめあうような立ち位置になった。鶴と目があった。目のない折り鶴と目が合う、というのもおかしな話だが、本当に目があったように感じたのだ。
「え・・・」
目に赤が広がる。
「あとはお前次第だにゃ」
私は夢を見ている、と自分で理解していた。何故ならさっきまでいたはずの学校から自分の部屋にいたからである。服装も制服に変わっていた。
「ここは・・・」
『ここは夢みたいなもの。霞のような時間よ』
どこからか声がするが、姿が見えない。
「あなたは?どこにいるんですか?」
『ふふふ、私のことはどうでもいいじゃない。どこにいるかですって?目の前にいるじゃない』
「え、でも」
自分の他に人の姿はない。というより、自分以外のすべてが消え去ったかのような空間だった。
『そっか、視えないのね。視えないのなら、なお、私のことなんてどうでもいいわ。それにしても、視えないくせにここに来るなんて、度胸があるわね』
「あ、ありがとうございます」
『呆れてるのよ』
華火は『視えない』という言葉が引っ掛かる。
「・・・どうしたら視えるようになりますか?」
『・・・視えるようになんてならなくてもいいじゃない』
その瞬間何か寒気がした。そして気づけば知らない場所にいた。
「ここは」
公園だった。そこには小さい女の子が三人で遊んでいた。内一人は見覚えがあった。
家で見た写真そのまんまの、幼い千歳華火だった。
「ん?」
学生証の中に一枚紙が挟まれていた。少しつるつるとしていたが、何も書かれていない真っ白な紙だった。しかし華火は何故かその紙が気になった。なんの変哲もない紙に、目が離せなくなった。
「・・・もしかして」
その晩、闇夜に紛れて学校へ向かった。
「にゃんだにゃんだ、日曜日だぜ?」
函嶺はそれでも分かっていた、と言わんばかりに待ち伏せていた。
「函嶺さん、私には力があるって言ってましたよね、その力の使い方を教えてほしいんです」
「にゃにゃにゃ、ほう、それはまた急だにゃ。何故にゃ?」
「この紙・・・」
華火は手に持っていた白い紙を函嶺へ差し出す。
「この紙を見てると、なんだか焦るんです。やらなきゃいけないことをずっと、後回しにしているような、そんな気分になるんです」
函嶺もまたその紙を見つめる。
それに、と華火が少しだけ笑う。
「あの時は、フェアじゃないって、言ってたので。私が一人でくれば、函嶺さんは教えてくれるのかなって」
「・・・」
「私はきっと昔この力を使えていた。違いますか?」
「普通に考えればその思考ににゃるよにゃ」
函嶺は否定しなかった。
「お願いします、教えて欲しいんです。千歳華火のことを」
夜、宵桜の間にて視線を交わすは一人と一匹。
函嶺は一息つき、手ごろな椅子に座る。
「お前もまずは座れ。大した話ではにゃいが、立ち話ほど、軽くにゃい」
私はちょうど函嶺と真正面になる場所に腰掛ける。
「今のお前は赤ん坊同然のような存在だ。そんなお前が自分で見て、考え、ここに来た。そいつはにゃかにゃか面白い。その感性ってやつは大事にしとけにゃ。本能ってやつに近い」
本能・・・、と華火は繰り返すように呟いた。
「函嶺さんはやっぱり、私のことをご存じなんですね」
「当たり前にゃ。千歳華火みたいな人間離れした問題児、入学した時から目をつけてたにゃ」
「問題児・・・」
少し困ったような表情を浮かべてしまう。
「いいか、お前はそんにゃだけどにゃ、以前の千歳華火はそりゃもう力が強かった。一般的には霊力と呼ばれるものだが、正直最初は生身の人間ってのが信じられにゃいくらいのものだった。妖怪が人に化けてるって言われた方がしっくりくるほどににゃ」
「へぇ。すごかったんですね」
「他人事のように言いおって。お前は今からその千歳華火に近づこうとしとるんだろうが」
「他人事どころか本人なんですけどね。函嶺さん、私、いろいろ話を聞きたくてここに来ました」
私は手に持っていた小さい白い紙に目を向ける。
「儂は一から十まで教えてやるほどお人好しじゃあねぇ。それでも手助けくらいはしてやるよ」
函嶺は華火の手を指さす。
「今お前が手に持っている紙。そいつはどこにあった?」
「学生証に挟まってました」
「にゃるほどにゃ、華火、お前はこの紙は真っ白に見えるか?」
「はい、ただの白紙の紙に見えます。でも、どうしてか気になって・・・」
函嶺は華火に視線を合わせる。
「これはにゃ、記録媒体みたいなもんにゃ」
「記録媒体?この紙がですか?」
函嶺に紙を手渡す。
「このままじゃただの紙切れにゃ。ただし、霊力をこの紙に流し込めば・・・」
函嶺が紙を持つと、ひとりでに紙が動き始める。否、紙が折られていく。
「鶴になった・・・」
私はじっと見つめることしかできずにいる。
「ここまでは少し霊力をコントロールできれば誰でも出来る。ただし、ここからはお前しかできにゃい」
「私しか?」
「あぁ、これは鍵穴みたいにゃものでにゃ。記録媒体を開ける鍵が必要ににゃる」
函嶺は鶴を華火に押し付ける。
「てきとーに血だせにゃ」
「え。ち?・・・血、ですか」
「そうにゃ。鍵はこれを作った本人の血液。まぁほんとに一滴でもあれば開く仕組みだにゃ」
「作った、本人・・・」
「そうにゃ、これは千歳華火が作ったのにゃ。千歳華火のために」
「私のために・・・」
「そうにゃ。自分のことは、自分が一番わかるんだろうにゃ」
函嶺はどこか遠い目をしていた。
「だからさっさと血だせにゃ」
「いや、そんなこと言われてもどうやって・・・」
当たり前だが刃物も先が尖ったものももっていない。
「しょうがないにゃ。ちょっと指だせにゃ」
「え、はい」
言われた通り指を一本函嶺に向けると、その上に函嶺に肉球が重なった。爪が大いに出された状態で。
「え!痛っ!え!」
「うるさいにゃ、こんな程度で。ほれ、さっさと血をその折り鶴にたらさんか」
プツリ、と一滴、二滴と滴る血液を慌てて鶴に垂らす。するとどんどん鶴は赤く染まっていく。そして真っ赤に染まりきると鶴はふわふわと宙に浮き始める。
「すごい・・・」
そして私と鶴は見つめあうような立ち位置になった。鶴と目があった。目のない折り鶴と目が合う、というのもおかしな話だが、本当に目があったように感じたのだ。
「え・・・」
目に赤が広がる。
「あとはお前次第だにゃ」
私は夢を見ている、と自分で理解していた。何故ならさっきまでいたはずの学校から自分の部屋にいたからである。服装も制服に変わっていた。
「ここは・・・」
『ここは夢みたいなもの。霞のような時間よ』
どこからか声がするが、姿が見えない。
「あなたは?どこにいるんですか?」
『ふふふ、私のことはどうでもいいじゃない。どこにいるかですって?目の前にいるじゃない』
「え、でも」
自分の他に人の姿はない。というより、自分以外のすべてが消え去ったかのような空間だった。
『そっか、視えないのね。視えないのなら、なお、私のことなんてどうでもいいわ。それにしても、視えないくせにここに来るなんて、度胸があるわね』
「あ、ありがとうございます」
『呆れてるのよ』
華火は『視えない』という言葉が引っ掛かる。
「・・・どうしたら視えるようになりますか?」
『・・・視えるようになんてならなくてもいいじゃない』
その瞬間何か寒気がした。そして気づけば知らない場所にいた。
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