恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月八日:浸透ビュー2

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 言われるがまま、華火は応接室へ案内される。
 どうぞ、と座り心地のよさそうなソファをすすめられた。

「千歳華火さん、ありがとうございます。あなたに会えて、私も嬉しいです。今日はどのようなご用件でこちらへ?」
 会えただけで喜ばれるほどの人間ではないと思ったが、口にはしなかった。
「はい、あの、その前にすいません、伊予麻美子さんに名刺を渡されて、勢いで伺ってしまいました。何だか、急がせてしまったようで。お仕事中でしたよね・・・」
 華火は最初の息切れをしていた伊予刻路を思い出していた。
「いえいえ、そんなことはありませんよ。麻美子さんが私の名刺を渡した、ということは行け、ということだったのでしょうし、その必要があったんですよ。彼女は千里眼をお持ちですからね。大体のことは、見通せます。私が慌ててしまったのはもっと別のことでして」
「別のこと?」
「はい、お恥ずかしながら私どもの親族に現在視える人間は、私しかおりません。あの方に限って大きな怪我や病で連絡を寄越すかわかりませんが、私も医者の端くれになりましたので。そうした心配をするように・・・」
 ピンピンしてそうな伊予だが何かあったのだろうか。
「伊予さん・・・、麻美子さんとはよくお会いになってるんですか?」
 目の前の人間も伊予であると思い出し、少し悩んだが言い直した。
 伊予刻路は残念そうに首を振る。
「いえ、もう三十年ほどは会えていないですね」
「え、三十年も・・・?どうしてですか?」
「こちらが会おうと思っても、向こうが会ってくれないのですよ。どうにもあまり、好かれていないらしくて」
「人の好き嫌いとかなさそうでしたけどね」
 軽快な口調の伊予麻美子を思い出す。
「ふふ、子供の頃はよく会ってくれたんですけどね。私が大人になるにつれて、ここにはもう来ない方がいい、なんて言ってましたね」
「麻美子さんなりの考え方があるんですかね」
「えぇ、おそらくは」
 伊予刻路は仕方がない、と諦観しているようだった。
「でもそんな状態で私のわがままを聞いてもらうのは、なんかとても、申し訳ないような気がします・・・」
「ああ、いえ!そこはお構いなく。会えないとは申しましたが、毎年律儀に年賀状とお歳暮を送ってこられるので。全く連絡が取れないわけではないんです」
「年賀状とお歳暮・・・」
 伊予さん、律儀だな。と華火は思った。

「千歳さん、何か聞きたいことがあってこちらへ来たのでしょう?」
 その言葉で一気に現実へ戻った。
「はい!あの、こちらで入院している忍冬矜さんの、容体について、詳しく教えて頂けないでしょうか?」
「忍冬さん・・・。彼女はお友達ですか?」
「そう、だと思います」
「そうですか。・・・少し、待っててくれませんか」
「え、はい」
「忍冬さんのカルテをお持ちしましょう。それと、私の見解もお伝えします」
「あ、ありがとうございます!」
「内緒ですよ?」

 伊予刻路は数分で戻り、カルテを見返している。
「医者としての見解ですが、忍冬さんがどうして目を覚まさないかは、全くわかりません。これは単純に、外的にも内的にも損傷はなく、全ての器官が健康に機能しているためです。この状態で目覚めないのは、現在の医療では説明出来ないのです」
「そう、ですか・・・」
「現代の医療的観点で言えば、精神的ショックで目覚めないのではないか、というのが最もあり得るケースです」
「精神的ショックですか?」
「はい、何かショックな出来事が目の前で起き、気絶してしまい、そのまま、というわけです」
「ショックな出来事・・・」
「ただ」
 華火は顔を上げて伊予刻路を見た。
「その場合でも、このように何日も目覚めないような事例はそうそうありません。そのため、全く異なる原因があるのではないかと思っております」
「全く異なる原因?」
「ここからは、私自身の見解です」

 伊予刻路は一度お茶を口に含み、間を開ける。
「千歳さんも視えるのであれば、理解の及ぶところでしょう」
 私はこの言葉だけで身構えた。
「忍冬さんがこの病院に運ばれた時、私は彼女から忍冬さんではない力を感じました。そして、その力によって彼女は、生かされている、と」
「生かされている?」
「えぇ、彼女を生かしたいという強い力が働いたことにより、彼女の外的損傷が治ったのではないか、と予想しています。見た目ではわかりませんが、おそらくこの病院に運ばれる前に彼女は生死に関わる外傷があったはずです。・・・実は警察の方々が何度もここへ来ていましてね、私も何度か話を聞かれました。その時に警察の方々は何度も、忍冬さんの血液が現場で検出されたのに無傷はおかしい、と言ってこられたのです」
「無傷は、おかしい・・・」
 伊予刻路は頷き、話を続けた。
「警察によると、現場で発見された彼女の血液はおよそ致死量に近かった、と」
 華火は目を見開く。
「ですが実際彼女は無傷で発見されました。血液は空気に触れた瞬間から劣化が始まります。輸血用のように特別な処置を行わなければ、代わりの血を用意して警察の目を誤魔化すなど不可能です。いえ、仮に出来たとしても、する必要性がわかりません。そのため、私は彼女の傷は信じられない力で、高速と言っていい速さで回復した、と思っています」
 力がある側の人間にしか、こんなこと信じてもらえないでしょうがね。と彼は笑う。

「精神的なショックでもなくて、身体も無事で、・・・それでも、忍冬さんが目覚めないのはどうして、ですか・・・?」
 伊予刻路は手を顎に当てる。
「それはおそらく忍冬さんが普通の人間だから、でしょうか。私や千歳さんのように力があり、ある程度使えるような人間であれば、問題なく目覚めたかも知れません。しかし、本当に何も力のない人間が急に異物とも言える、強いショックを与えられた。それが目覚めない原因ではないかと私は考えます。特に千歳さんのように、力の強い方の術であれば尚更でしょう」
「私の術、ですか」
 伊予麻美子の力ではなく。
「はい、私は生まれた頃から少し力がありましてね。人の力の性質くらいは、わかるんですよ。だからこそ、忍冬さん以外の力を感じることができました。そして、今日あなたと会って確信しました。最初に忍冬さんから感じられた力は、あなたのものでした」
 華火は一度目を見開き、逸らすように床を見る。
「これだけの力だ。様々なリスクがあって然るべきでしょう。だからこそ、麻美子さんはあなたをここに寄越した気がしますね」
 伊予刻路は真剣な顔つきで華火の顔を見ていた。

 人間が抱える悩みは、人間に聞いてもらうのが一番だ。

 伊予麻美子はそう言っていた。聞いてもらってもいいのだろうか。
「ゆっくりでいいんです。話すだけで、整理になります。聞いてもらうだけで、気分が楽になることだってあります」
 伊予刻路は優しく微笑む。

 ゆっくりと、華火は口を開いた。
「・・・あの、きっと私は、忍冬さんを助けたくて、その行動をしたと思うんです。忍冬さんに死んでほしくなくて。でも、それは千歳華火の独りよがりで、結果的に間違っていたんじゃないかって・・・。だって忍冬さんは目覚めないし、誰も幸せになってない・・・。今だって・・・」
 ―――色んな人を巻き込んでいる。
 つい言葉を詰まらせてしまう。

「・・・千歳さん。私は最初に言いましたよ。ありがとうございます、と」
「え」
 確かに、華火は最初この部屋に入った時に、お礼を言われた。
「私的な意見ですが、忍冬さんの容態が芳しくなく、病院まで持ちそうもない。そういった判断から、あなたは忍冬さんの傷を治したのではないですか?瀕死の人間の傷を完治させる。こんな大層な力、そうそう使えるものではないんですよ」
 ―――それこそ、麻美子さんにだって難しい。
 じっと、伊予刻路は華火を見つめた。
「・・・今のあなたからは、強い力を感じられません。余程、必死だったのでしょう。大きな対価を払い、彼女を救ったのでしょう。誰も幸せじゃないかもしれないと言いますが、それこそ憶測ですよ。人は生きてるだけで丸儲け、なんて言うじゃないですか」
 あなたは人の命を救った。それだけで、誇れることなんですよ。

「・・・それでも、きっと私は、忍冬さんに、笑って欲しかったんだと思うんです」
「今は笑うことができなくても、この先また、一緒に笑うことができるかも知れないじゃないですか」

 華火の顔を覗き込むように伊予刻路は言う。
「二人とも生きているんですから。希望は捨てては、いけませんよ」
「・・・はい」
 華火の声は少しかすれていた。
「あなたは自分の全てを懸けて、友人の命を救った。それだけです。それ以上でも以下でもない。あなたはその時の最善を選んだ。その結果はもっと、ずっと先にならないと良し悪しは見えてきませんよ」
 慌てて答えを出さなくていいんです。
「今辛くても来年は笑っているかもしれない。五年後泣いていても、十年後は幸せかもしれない。そんなものですよ、人生なんて。マイナスな感情はマイナスなことしか生み出しません。あなたはそうなってはいけない。あなたの力はきっと、たくさんの人を救える素敵な力です。胸を張りなさい」
「・・・はい。ありがとうございます・・・っ!」
 華火の頭を、温かい、大きな手が優しく撫でる。それに比例するかのように涙がでた。
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