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四月八日:浸透ビュー
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華火は本当であれば学校へ登校して授業を受けるはずだった。そう、はずだった。夜中に函嶺と別れ、自宅に帰ればすでに午前三時だった。身体は何故かバキバキで、睡魔に打ち勝てずにソファで寝てしまったのが全ての原因だ。
起きれば時刻は午前八時。およそ五時間が経過していた。眠い目を無理やり開き、何とか祭と学校に休むという旨の連絡を入れた。
「あぁ~、身体バッキバキだな」
千歳華火は重い体を無理やり動かし、シャワーを浴びた。
「ふぅ」
支度を整え、一息つく。
「あー、なんか一息つくと動きたくなくなっちゃう」
そこでふと祭を思い出す。
「祭ちゃんだったらこの程度、全然平気なんだろうなぁ。授業ちゃんと受けてるかなぁ」
祭のことを思い出すと何となく元気が出る。自分のために、自分が納得できるように起き上がり、一歩踏み出す。最初に目指すは、とある病院である。
「こんにちは、伊予さん」
「来たか。そろそろかとは思っていたよ」
ここは伊予総合病院。一般的な総合病院ではない。大して大きくもなく、医者もこの伊予麻美子を除けば一人二人しかいないような、小さな病院である。よくそれで総合病院を名乗っているなと思うが、事実総合病院で違いない。人と人ならざる者、どちらにも対応している総合病院である。
昨夜、いやもう今日のことか。函嶺に言われていた。
『急激な身体の変化ってやつは、知らず知らずに大きな負担を強いてるもんにゃ。朝一で、伊予麻美子のところにでも行って健康診断してもらえにゃ。特にお前の変化は、ジェットコースター級だろうからにゃ』
函嶺さんも伊予さんのお世話になったことがあるのだろうか。
「だいたい内容は分かっているが、きちんと問診してやろう。患者が見当違いな解釈でここに来てれば、そこから治さねばならんからな」
伊予麻美子は不敵に笑う。
「手厳しいですね」
「ふふ、まぁ千歳華火は一度も、見当違いなことを言ったことがない女だったからな。ただの冗談だと思ってくれ」
「前に来た時より、距離が縮まったような気がして嬉しいです。やっぱり、私が変わったのがきっかけですか?」
「初めて私を見ても驚いた顔ひとつしない人間なんて面白くてな」
伊予麻美子、医者である彼女は前回の姿とは違っていた。尻尾が九本、白衣から見え隠れしている。そして頭の上には狐らしき耳が生えている。前回、髪の毛で隠れていると思っていた耳は、実はどこにも隠していなかった。視えていないだけだった。
「これでも驚いているんですよ。ただ、しっくりきているのも事実です」
「そりゃあ人生でずっと見ていた景色なんだ。しっくりもくるだろうさ」
「あんまり実感はないんですけどね」
伊予麻美子は笑う。
「慣れだよ。あとはほんの少しの、懐かしさだ」
「懐かしさですか」
「あぁ、君はどうなっても変わらんな。面白いよ」
雑談もそこそこに伊予麻美子は座り直し、長い脚を組む。惜しげもなく見せながら。
「さて、今日はどうしましたか?」
「ふむ、異常ないよ」
簡単に診察、検査してもらい、わかる範囲での結果を聞いていた。
「流石は化物、と比喩されただけはある。千歳華火ここにあり、健康そのものだ。多少疲労が見られるが、むしろその程度で、済んでいる事実に感服するよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「なんだ、あまり嬉しくなかったか?正当な理由で学校休みたいか?」
「いや、お願いしたらカルテ書き換えてくれるんですか。というか、そんなことしたらダメです」
「手数料は頂くが、診断書はいつでも書いてやろう」
「だからダメですって。・・・そうじゃなくて」
「どうして自分だけ、こんなに元気なのか不思議だ、ということか?」
華火はつい伊予麻美子の顔を見つめてしまった。
「何をそんなに驚く?私は医者だぞ、それも、人間の何倍もの時間を生きてきた医者だ。それくらいすぐに気付くのさ」
伊予麻美子は不敵に笑った。
「どうして自分は健康体で、忍冬矜は目覚めないのか。それはもちろん、君が化物だからだよ」
「・・・化物」
「そう、人として、最強無敵な、化物だった。化物、というがそれ自体に意味はないよ。善悪なんてない。ただ単純に力や運なんかに愛されていた、というだけだ。君は自分に出来る最善の方法を取って、今に至る。ただ、それだけ」
伊予麻美子は何でもないように淡々と言った。
「本当に最善だったんでしょうか。今の私には、何の思い出も、思入れもないからこそ、今の現状を冷静に見てしまいます。私のしたことは、間違っていたんじゃないかと。だって結果として、誰も幸せになっていない」
何もわからないから、怖いんです。
華火はポツリと、不安を溢した。
伊予麻美子はどこからか取り出してきた名刺を差し出す。
「考える、という行為は素晴らしい。だが、君が忍冬矜について後悔すること、それはしちゃあいけない。後悔も納得も、罵倒も賛美も、それが許されるのは、本人だけだよ」
人間が抱える悩みは、人間に聞いてもらうのが一番だ。
そう伊予麻美子は言い残し、名刺だけが華火の手元に残った。
華火は伊予総合病院を後にした。
名刺に書かれていた場所は、華火も何度か訪れたことのある場所だった。人間のための総合病院。忍冬矜が眠り続ける、箱根伊予総合病院。なんとここも伊予麻美子に関係する病院らしい。
「すいません、紹介できたんですけど」
受付のお姉さんに伊予さんからもらった名刺を渡す。するとお姉さんは慌てたようにどこかへ電話をしてくれた。
「担当の者がすぐにこちらへ向かいますので、おかけになってお待ちください」
言われるがままにソファに座るが、本当にすぐに医者と思わしき男性がやってきて受付のお姉さんに話を聞くや否や華火の方へ近づいてくる。
「お、お待たせ、致しました。伊予麻美子の、はぁ、紹介で、来られた、千歳さん、ですね?」
若干息切れを起こしている初老の男性。華火の顔を見ると何かに気付いたように顔がほころんだ。
「私は伊予、伊予刻路と申します。この病院で医者をやってる者です。良ければ、場所を変えましょう。お茶くらいお出しします」
起きれば時刻は午前八時。およそ五時間が経過していた。眠い目を無理やり開き、何とか祭と学校に休むという旨の連絡を入れた。
「あぁ~、身体バッキバキだな」
千歳華火は重い体を無理やり動かし、シャワーを浴びた。
「ふぅ」
支度を整え、一息つく。
「あー、なんか一息つくと動きたくなくなっちゃう」
そこでふと祭を思い出す。
「祭ちゃんだったらこの程度、全然平気なんだろうなぁ。授業ちゃんと受けてるかなぁ」
祭のことを思い出すと何となく元気が出る。自分のために、自分が納得できるように起き上がり、一歩踏み出す。最初に目指すは、とある病院である。
「こんにちは、伊予さん」
「来たか。そろそろかとは思っていたよ」
ここは伊予総合病院。一般的な総合病院ではない。大して大きくもなく、医者もこの伊予麻美子を除けば一人二人しかいないような、小さな病院である。よくそれで総合病院を名乗っているなと思うが、事実総合病院で違いない。人と人ならざる者、どちらにも対応している総合病院である。
昨夜、いやもう今日のことか。函嶺に言われていた。
『急激な身体の変化ってやつは、知らず知らずに大きな負担を強いてるもんにゃ。朝一で、伊予麻美子のところにでも行って健康診断してもらえにゃ。特にお前の変化は、ジェットコースター級だろうからにゃ』
函嶺さんも伊予さんのお世話になったことがあるのだろうか。
「だいたい内容は分かっているが、きちんと問診してやろう。患者が見当違いな解釈でここに来てれば、そこから治さねばならんからな」
伊予麻美子は不敵に笑う。
「手厳しいですね」
「ふふ、まぁ千歳華火は一度も、見当違いなことを言ったことがない女だったからな。ただの冗談だと思ってくれ」
「前に来た時より、距離が縮まったような気がして嬉しいです。やっぱり、私が変わったのがきっかけですか?」
「初めて私を見ても驚いた顔ひとつしない人間なんて面白くてな」
伊予麻美子、医者である彼女は前回の姿とは違っていた。尻尾が九本、白衣から見え隠れしている。そして頭の上には狐らしき耳が生えている。前回、髪の毛で隠れていると思っていた耳は、実はどこにも隠していなかった。視えていないだけだった。
「これでも驚いているんですよ。ただ、しっくりきているのも事実です」
「そりゃあ人生でずっと見ていた景色なんだ。しっくりもくるだろうさ」
「あんまり実感はないんですけどね」
伊予麻美子は笑う。
「慣れだよ。あとはほんの少しの、懐かしさだ」
「懐かしさですか」
「あぁ、君はどうなっても変わらんな。面白いよ」
雑談もそこそこに伊予麻美子は座り直し、長い脚を組む。惜しげもなく見せながら。
「さて、今日はどうしましたか?」
「ふむ、異常ないよ」
簡単に診察、検査してもらい、わかる範囲での結果を聞いていた。
「流石は化物、と比喩されただけはある。千歳華火ここにあり、健康そのものだ。多少疲労が見られるが、むしろその程度で、済んでいる事実に感服するよ」
「そう、ですか。ありがとうございます」
「なんだ、あまり嬉しくなかったか?正当な理由で学校休みたいか?」
「いや、お願いしたらカルテ書き換えてくれるんですか。というか、そんなことしたらダメです」
「手数料は頂くが、診断書はいつでも書いてやろう」
「だからダメですって。・・・そうじゃなくて」
「どうして自分だけ、こんなに元気なのか不思議だ、ということか?」
華火はつい伊予麻美子の顔を見つめてしまった。
「何をそんなに驚く?私は医者だぞ、それも、人間の何倍もの時間を生きてきた医者だ。それくらいすぐに気付くのさ」
伊予麻美子は不敵に笑った。
「どうして自分は健康体で、忍冬矜は目覚めないのか。それはもちろん、君が化物だからだよ」
「・・・化物」
「そう、人として、最強無敵な、化物だった。化物、というがそれ自体に意味はないよ。善悪なんてない。ただ単純に力や運なんかに愛されていた、というだけだ。君は自分に出来る最善の方法を取って、今に至る。ただ、それだけ」
伊予麻美子は何でもないように淡々と言った。
「本当に最善だったんでしょうか。今の私には、何の思い出も、思入れもないからこそ、今の現状を冷静に見てしまいます。私のしたことは、間違っていたんじゃないかと。だって結果として、誰も幸せになっていない」
何もわからないから、怖いんです。
華火はポツリと、不安を溢した。
伊予麻美子はどこからか取り出してきた名刺を差し出す。
「考える、という行為は素晴らしい。だが、君が忍冬矜について後悔すること、それはしちゃあいけない。後悔も納得も、罵倒も賛美も、それが許されるのは、本人だけだよ」
人間が抱える悩みは、人間に聞いてもらうのが一番だ。
そう伊予麻美子は言い残し、名刺だけが華火の手元に残った。
華火は伊予総合病院を後にした。
名刺に書かれていた場所は、華火も何度か訪れたことのある場所だった。人間のための総合病院。忍冬矜が眠り続ける、箱根伊予総合病院。なんとここも伊予麻美子に関係する病院らしい。
「すいません、紹介できたんですけど」
受付のお姉さんに伊予さんからもらった名刺を渡す。するとお姉さんは慌てたようにどこかへ電話をしてくれた。
「担当の者がすぐにこちらへ向かいますので、おかけになってお待ちください」
言われるがままにソファに座るが、本当にすぐに医者と思わしき男性がやってきて受付のお姉さんに話を聞くや否や華火の方へ近づいてくる。
「お、お待たせ、致しました。伊予麻美子の、はぁ、紹介で、来られた、千歳さん、ですね?」
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