恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月八日:似た者同士3

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 イヤホン越しに男の笑い声が聞こえてきた。
『あ、あの』
『いえ、すいません。面と向かって刑事さん、と呼ばれるのが珍しくて』
『あまり呼ばれないのですか?・・・あ、もしかして失礼な言い方でしたか?!』
『いえいえ、全くそうではなくて。たいていの人は警察と呼ぶんですよ。傍から見たら、誰が刑事で誰が警部とかわからないですし、関係ないでしょう?』
『あぁ、たしかに』
『こんな職業をやっていると人間観察がつい癖になっているのですが、変に深読みしてしまって。なんとなくですが、この事情聴取も少し、嬉しかったりしませんか?』
『・・・少し』
 あやめちゃんの声が少し柔らかくなった気がした。
『やっぱり。緊張なさってるけど、どことなく嬉しそうだったので』
『すいません、不謹慎で・・・。ちょっと最近推理物のドラマにはまってしまって・・・』
『いえいえ、わざわざお忙しい中、時間を割いて頂いているのですから。私は話を聞けて、大川先生はドラマっぽい体験が出来てウィンウィンですね』
『ありがとうございます、なんか、・・・三浦さんはとても気さくですね。刑事さんってみなさんこんなにお優しいんですか?』
 あやめちゃんは気にしたのか、刑事のことを三浦さんと呼ぶようになった。
『優しいかはわかりませんが、私は結構仲間にもからかわれるタイプなので、刑事としてはちょっと抜けてるのかもしれません』
『からかわれる?』
『まぁ、じゃあ雑談をちょっとだけ。私、もともと時間にルーズな方だったのですが、社会人になってからかなり気を付けるようになりまして』
 あやめちゃんは相づちを打つ。

『家中の時計を少し進めて、少し早めに家を出るように心掛けたんです』
『素晴らしいですね』
『ここからが笑われるポイントなのですが、早く着くとその分美味しい珈琲を買いに行けたり、外でいい朝食を食べられることに気づきまして』
 大川の頷きの声が聞こえる。
『どんどん家中の時計の針をずらしていったら、今や丸一時間もずれているんです』
『え、それは逆に効果なくなったりしないんですか?』
『必死に自分をだましながら生活してますよ。だから最近は遅刻じゃなくて来るのが早すぎて小言を言われてしまいます。時計を直せって』
『直さないのですか?』
『まぁ、もう慣れてしまいましたからねぇ』
 二人の笑い声が聞こえてくる。
『こんな話に時間をとっていただき、ありがとうございます。良ければ今みたいに、気軽くお話してもらえれば』
『ふふ、わかりました』
『まだ事件の真相に迫れていない、私共にどうかご協力ください』
 聞いているだけで疑いたくなるほど芝居がかった話し方だった。
『私でよければ、なんでも聞いてください!』
 ・・・あやめちゃんチョロくね?
『ありがとうございます。では、いくつかお聞きしたいのですが、まずこの学校付近で最近不審者が出た、という話などはないでしょうか?小さいことでも大丈夫なので』
 当たり障りのない質問がいくつか続いた。話を聞いていくうちに私に疑問が出てきた。こんな質問他の先生でも良かったはずなのに、どうしてあやめちゃんなのか、と。
『では学校の様子はどうでしょうか?近くで事件があった、となると子供たちの様子も違ったりしていませんか?』
『そうですね、少し不謹慎ですが、浮足だってるような印象は受けましたね』
『なるほど、大川先生は二年生の担任の先生だとお伺いしていますが、それ以外ではあまり生徒に変化などはありませんか?例えば休み前と後で雰囲気が違う生徒がいる、とか』
 うちは一瞬華火の顔を思い出した。
『いえ、特に目立って変化があった子はいない、と思います。若干休みがちになった子ならいますけど』
『その子のお名前を伺ってもよいでしょうか』
『千歳さんという子です。私のクラスです』
『千歳さん、どんな子か伺ってもいいでしょうか』
 大川あやめは一拍置いて話し始めた。

『彼女は人付き合いもよくて、いろいろな子と話している印象があります。勉強もスポーツもよく出来て、教員からは文句のつけようのない優等生ですね』
『では担任の先生としては鼻が高いですね』
『まぁ、そうなんですけどね』
『なにかあるんですか?』
『少し周りに流されやすいというか、自己を出すのが得意ではないような印象ですね。あと表立った役職や仕事は絶対にやりたがらないのです』
『ほう、人付き合いが良くて、成績優秀、スポーツもできるのなら人気者で、学生生活なんて自分の思い通りにいきそうですけどね。うらやましいものです』
『私も最初はそう思っていたんですけど、なんていうんですかね。パーソナルスペースが広い、というんですかね。積極的なタイプではないです』
 確かに前の華火の印象はそれだ。でも今はまた少し違う。
『なるほど、ではその子が休みがちになったのは、その性格が関係しているのですかね』
『まだ新学期が始まって間もないので、それはなんとも・・・』
『なるほど、ありがとうございます。あともう一つ。二年生の忍冬矜さんについてです』
『その子は受け持ったことがないので・・・。あまり、答えられないかもしれません』
『いえ、印象程度で構いませんので、教えていただければ』
 忍冬矜、華火の幼馴染。
『忍冬さんは、綺麗な子、という印象でした』
『綺麗な子?それは容姿が、ということでしょうか?』
『それももちろんありますが、声や所作がとても綺麗な印象でした。成績も優秀でしたし』
『この学校はさすが進学校というだけあって、成績優秀な方が多いのですね』
『いえ、本当にこれはたまたまだと思います。そんなに簡単に点数をあげるようなテストをこちらも作成してあげないので』
 三浦の笑い声が入り、少し和やかな雰囲気になってきたようだった。

『あと、忍冬さんは千歳さんと違って、周りに人がいなかったですね。あまり学校内で話している印象がありません』
『そうなんですね。物静かな子、という感じでしょうか』
『そうですね、本当に教員がこんなことを言うのもどうなのかと思われるかもしれませんが、彼女が何を考えて生きているのか、私には私には全くわかりませんでした。彼女に喜怒哀楽のような感情があったのかすら』
 あやめちゃんがそう言うのも納得する。そんな印象を、飛鳥祭も持っていた。だが最近、恋人や明るく気さくだったという話を聞き、人と関わらないのはそれなりの理由があったのではないかと、考えてしまう。彼女と華火はどこか根底で似ているのかもしれない、と。
 そういえばどうして、華火は最近明るくなったのだろうか。
『その忍冬矜さんなのですが、最近あった事件の被害者とされる男性とお付き合いをしている関係でした』
『そ、そうなんですか!?』

「マジか」
 祭は思わず口から言葉が出ていた。確かに、先日の真水の調査で忍冬矜には恋人がいるとは聞いていたが、まさかここ最近話題になっている殺人事件の被害者だったなんて。
「これはすごい情報よ」
 流石の真水も息を巻いている。
『はい、交際は半年ほど続いていたようですが、本当に函嶺高校に入学してから変わったことなどはありませんか?』
『本当に何も、思い浮かばないです。あの、忍冬さんは大丈夫なんでしょうか』
『大丈夫、とは?』
『目が醒めないと聞いています。恋人も亡くなった彼女の心情を思うと、辛くて・・・』
『申し訳ありません。忍冬さんの容態に関しては私共は素人なので、はっきりとしたことは分からず・・・。担当医もどうして目覚めないのか、原因がわからないと聞いています』
『そうですか、すいません。そうですよね、三浦さんにこんなことを聞くのは筋違いですよね。すいません』
『いえ、お気持ちお察しします。あぁ、そういえばつい先日、忍冬さんの病室で千歳華火さんにお会いしたんですよ』
『え、そうなんですか。どうして彼女だとお分かりに?』
『いえ、忍冬さんの友人ですか、と伺ったらお名前を教えてくれまして。私服だったので、学校まではわからなかったのですが、先ほど大川先生からお名前をお聞きして驚きました。友達思いなんですね』
『そうですか。千歳さんと忍冬さんは中学も同じ出身でしたので、仲が良かったのかもしれません・・・』
『仲が良かったかもしれない、ということは、大川先生からは仲の良さを見て取れなかった、ということでしょうか』
『二人が一緒に話していたり、何かをしている姿を見たことがなかったので。もしかしたら、放課後とかに遊んだりしていたんですかね』

 華火は忍冬矜に関して曖昧なことしか言ってなかった。
 ・・・うちは一人でお見舞いに行くって話も、聞いてない。
「真水、華火が一人でお見舞い行ってたの、知ってたりするの?」
 真水は首を横に振る。
『忍冬さんと千歳さんはどうやら小さい頃からの幼馴染みだったとか。忍冬さんのご両親から、一緒に遊んでいる写真も見せて頂いたんですよ』
『そうなんですか。それは知らなかったです』
『ただ、忍冬さんのご両親から聞いた千歳華火さんの人物像と、今伺っていた人物像がかなりかけ離れておりまして』
『かけ離れている?』
『はい。昔から二人はとても仲が良かったようで、特に千歳さんは忍冬さんにべったりだったとか。先日お会いした時はどうも警戒されてしまったようで、なかなか話せなかったんですよ』
『彼女たちも思春期ですから、それぞれ感じ方が変化する時期かもしれませんね』
『そうですか。ちなみに千歳さんは何かスポーツをやっていたりしますか?それか何か、頭を使うゲームが得意、とか』
『いえ、彼女は帰宅部ですし、プライベートなことはわかりません』
『わかりました。すいません変なことを聞いてしまいましたかね。貴重なお話ありがとうございました』

 ああ、そうだ。と三浦が言う。
『昨日、夜遅くにここの生徒が学校に出入りしているのを見かけました。今は事件もあり、特に危ないのでたとえ忘れ物等があったとしても夜の外出は控えるよう、改めて先生方の方から徹底できますでしょうか』
『え、あ、はい。もちろんです』
 夜遅くに学校を出入りしている、と聞いて祭は内心ドキリ、としていた。昨日であれば違うが、祭と華火は先日二回も学校へ忍び込んでいる。
 昨日、か。そういえば今日華火はお休みなのよね・・・。
 祭の脳裏には函嶺の姿がよぎる。だが、華火が一人で函嶺の元へ行く理由がわからなかった。理由も証拠もないが、三浦が見た生徒が華火であると、祭の直観が訴えていた。

 どうやら二人の話は終わったようだった。
『あぁ、こんなところに虫が』
 ガシャンッ!!!
「うわ!」
「・・・っつ!」
 真水と祭はつけていたイヤホンを投げ捨てた。
「最近変な虫が多いんですよ。困りものですね」
 三浦はハンカチで手を拭きながら教室を後にした。

「行ったか・・・?」
「うん、もういないよ」
 祭と真水は三浦という刑事の姿が見えなくなりようやく大きく息を吐き出した。
「それにしても盗聴器を壊されるなんて誤算だったわ。アルバイトしてせっかく買ったのに~」
「お前そろそろ犯罪だから気を付けるのよ・・・」
「それにしても、いい情報が聞けたわね」
 反省の色は見えない。
「・・・そうだね」
「謎も出てきたけど。なぜ華火ちゃんは忍冬さんとの関係を秘密にしているのかしら。一人でお見舞いまで行っちゃって」
「人に言いたくないこともあるってことなのよ」
「言いたくないことねぇ。・・・真水ちゃん気になっちゃうな」
 真水は面白そうなおもちゃを見つけたかのような顔をしていた。
「お前、変なことするなよ。今も盗聴器壊されたばかりなのよ」
「はいはーい、気をつけまーす」
 まったく反省も自重する姿勢もない返事が元気に響いていた。
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