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飲みかけの珈琲2
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「おーっす。元気か」
須永は自身が経営している「箱舟」に顔を出した。ここはタダで休憩し放題だ。
「あれ、店長。今日お休みっすよね」
アルバイトの一人が須永の顔を見て驚く。
「いやちょっと近くまで来たからな。どっか部屋空いてる?」
なんだかんだとバイトに無理やり良い部屋を開けさせ、ついでに珈琲を一杯持ってこいと伝える。
「金払え」
「俺は店長だぞ。それだけで金を払っているようなもんだ」
ぶつぶつと文句を言っていたが、ちゃんと珈琲を持ってきてくれたあたりは、流石ここで働いているだけあり、手慣れている。
「え~。まじ~~」
パソコンを起動すると、面倒この上ない案件が飛び込んできていた。終わりそうだった仕事に急に水をさされたような気分になる。
「こりゃ、あの動画も警告ってより、焚きつけただけだったかね」
少し考え、須永はそそくさと「箱舟」を後にする。向かった先は東京・霞ヶ関である。
あたりは暗く、すっかり夜である。箱根から霞ヶ関までどんなに急いでも一時間半以上かかる。公務員である警察官も特に事件がなければ定時で退勤だ。そんな、人も少ない時間帯、警視庁の上の階に用意された応接室。明かりがついているその部屋に須永は堂々と入っていく。ただし、顔は全くの別人の変装を施していた。
「全く、突然呼び出したかと思えばまたそんな変装をしおって」
「いやぁ、だってそうそう簡単に入れないですからね。一番楽なのは、ここのお偉いさんの顔を貸してもらうやり方なんで」
須永が部屋に入った途端に声をかけてきた中年の男性。
「いやぁ。お久しぶりです。どうやら昇進なされたそうで。おめでとうございます、警視庁警務部長殿」
「世辞はいい。それで、要件はなんだ。お前のことだ、またろくでもないことだろう」
「え~、ひどい言い草ですね。まぁ、確かにいいお願いではないかもですが」
須永は笑いながら、日付は今年の四月一日、新聞のとあるスクラップを見せる。
「この事件の捜査、ひとまず終わりにしてくれません?」
警務部長と呼ばれた男は須永の目をじっと見る。
「いくらお前の頼みでもそんな簡単に、はいそうですか、と言えんな。なんせ人が死んでる」
男は新聞のスクラップを見返す。
「この事件は確かに難航していると聞いてる。お前が何か絡んでいる、ということか?」
にこり、と須永は人好きのする笑顔を返す。
「・・・今のところ、この事件の捜査をやめる理由はない」
「うーん。ヤッパソウデスヨネ~」
わざとらしい声音で須永は考える素振りをする。
「分かりました。ではこうしましょう。この事件の真相をお教えします。その対価として、この事件の大掛かりな捜査をやめていただく、というのはいかがでしょうか?」
「それは犯人を知った上で諦めろ、ということか?」
「はい」
「そんなこと、出来るわけがないだろう!」
男は大きな声を張り上げる。それに対し、須永は随分と冷めた声を出す。
「いいえ、出来ますよ」
警務部長は須永の顔を見る。
「だって犯人、という立ち位置の人間が存在しないのですから」
須永は生き生きとした表情で語る。
「どうします?このまま一生存在しない犯人のために人員を割くか、ここで真相を聞いて捜査を終わらせるか。・・・警察組織には体育会系の脳筋野郎が多いですが、あなたのことは結構買っているんですよ?」
「・・・お前の情報は信用している。だが、どうしてお前がこの事件にそこまで入れ込む?ただの仕事か?それともなにか他に目的でもあるのか?」
「仕事ですよ」
須永は表情を変えない。
「もし、話を聞いた上で私が捜査を続ける、と言った場合は?」
「そうですね、警察組織とあなたの弱みをリークしましょうか」
須永はこれまで見せたことのない眼光を男へ向ける。
「・・・わかってはいたが、私はろくでもない奴と繋がってしまったな」
「味方にしておくのがオススメですよ」
「自分で言うやつがあるか、全く。・・・須永、その話に乗ってもいいが、条件がある」
「ふむ、一応この事件の真相と捜査中止は結構対等な対価だと思ってるんですけどね。どういった条件ですか?」
「お前にこの事件の捜査を終了するにあたる、公に公表できる理由を作ってもらう」
「・・・なるほど」
須永は顎に手をあて考える。
「いいでしょう、今回はおまけしておきます。交渉成立です」
須永縛は自宅と思わしき場所で彼は笑う。
「全く、この世は本当にフィクションよりも面白いよ」
須永は三浦に渡したデータを見返していた。
「こんな超常現象、普通の神経してたら信じられねぇだろうな」
須永の目に映る画面には動画が流れていた。短い動画だった。人の顔は分からず、音声もない。
人影がいた。女だろうか、男だろうか、それすら定かではない。その人影が何か手で合図をした途端、足元から火柱が立った。特別なステージでも何でもない道路だった。火柱は消えることなく燃え続け、人影がカメラに向かって指を指す。今まで雑音しか入ってなかった動画から急にクリアな音声が聞こえた。
『燃える覚悟はあるかい?』
画面は炎に包まれたようになり、すぐに終了してしまった。
「燃える覚悟なんて持ち合わせてねぇんだよな。くっく、こいつだけは敵に回したくはないもんだ」
須永は動画を停止させると、他の画面を次々に映し出していく。
「殺されるにしても、証拠も何も残らない化物にだけは御免被るよ。今のところ、嫌がらせの方法すらまともに思い浮かばねぇんだから」
画面に映し出されたのは恋ノ晴奈兎の画像とその人物の国籍は日本国内外に存在しない、というデータだった。
「参るね、全く」
須永は自身が経営している「箱舟」に顔を出した。ここはタダで休憩し放題だ。
「あれ、店長。今日お休みっすよね」
アルバイトの一人が須永の顔を見て驚く。
「いやちょっと近くまで来たからな。どっか部屋空いてる?」
なんだかんだとバイトに無理やり良い部屋を開けさせ、ついでに珈琲を一杯持ってこいと伝える。
「金払え」
「俺は店長だぞ。それだけで金を払っているようなもんだ」
ぶつぶつと文句を言っていたが、ちゃんと珈琲を持ってきてくれたあたりは、流石ここで働いているだけあり、手慣れている。
「え~。まじ~~」
パソコンを起動すると、面倒この上ない案件が飛び込んできていた。終わりそうだった仕事に急に水をさされたような気分になる。
「こりゃ、あの動画も警告ってより、焚きつけただけだったかね」
少し考え、須永はそそくさと「箱舟」を後にする。向かった先は東京・霞ヶ関である。
あたりは暗く、すっかり夜である。箱根から霞ヶ関までどんなに急いでも一時間半以上かかる。公務員である警察官も特に事件がなければ定時で退勤だ。そんな、人も少ない時間帯、警視庁の上の階に用意された応接室。明かりがついているその部屋に須永は堂々と入っていく。ただし、顔は全くの別人の変装を施していた。
「全く、突然呼び出したかと思えばまたそんな変装をしおって」
「いやぁ、だってそうそう簡単に入れないですからね。一番楽なのは、ここのお偉いさんの顔を貸してもらうやり方なんで」
須永が部屋に入った途端に声をかけてきた中年の男性。
「いやぁ。お久しぶりです。どうやら昇進なされたそうで。おめでとうございます、警視庁警務部長殿」
「世辞はいい。それで、要件はなんだ。お前のことだ、またろくでもないことだろう」
「え~、ひどい言い草ですね。まぁ、確かにいいお願いではないかもですが」
須永は笑いながら、日付は今年の四月一日、新聞のとあるスクラップを見せる。
「この事件の捜査、ひとまず終わりにしてくれません?」
警務部長と呼ばれた男は須永の目をじっと見る。
「いくらお前の頼みでもそんな簡単に、はいそうですか、と言えんな。なんせ人が死んでる」
男は新聞のスクラップを見返す。
「この事件は確かに難航していると聞いてる。お前が何か絡んでいる、ということか?」
にこり、と須永は人好きのする笑顔を返す。
「・・・今のところ、この事件の捜査をやめる理由はない」
「うーん。ヤッパソウデスヨネ~」
わざとらしい声音で須永は考える素振りをする。
「分かりました。ではこうしましょう。この事件の真相をお教えします。その対価として、この事件の大掛かりな捜査をやめていただく、というのはいかがでしょうか?」
「それは犯人を知った上で諦めろ、ということか?」
「はい」
「そんなこと、出来るわけがないだろう!」
男は大きな声を張り上げる。それに対し、須永は随分と冷めた声を出す。
「いいえ、出来ますよ」
警務部長は須永の顔を見る。
「だって犯人、という立ち位置の人間が存在しないのですから」
須永は生き生きとした表情で語る。
「どうします?このまま一生存在しない犯人のために人員を割くか、ここで真相を聞いて捜査を終わらせるか。・・・警察組織には体育会系の脳筋野郎が多いですが、あなたのことは結構買っているんですよ?」
「・・・お前の情報は信用している。だが、どうしてお前がこの事件にそこまで入れ込む?ただの仕事か?それともなにか他に目的でもあるのか?」
「仕事ですよ」
須永は表情を変えない。
「もし、話を聞いた上で私が捜査を続ける、と言った場合は?」
「そうですね、警察組織とあなたの弱みをリークしましょうか」
須永はこれまで見せたことのない眼光を男へ向ける。
「・・・わかってはいたが、私はろくでもない奴と繋がってしまったな」
「味方にしておくのがオススメですよ」
「自分で言うやつがあるか、全く。・・・須永、その話に乗ってもいいが、条件がある」
「ふむ、一応この事件の真相と捜査中止は結構対等な対価だと思ってるんですけどね。どういった条件ですか?」
「お前にこの事件の捜査を終了するにあたる、公に公表できる理由を作ってもらう」
「・・・なるほど」
須永は顎に手をあて考える。
「いいでしょう、今回はおまけしておきます。交渉成立です」
須永縛は自宅と思わしき場所で彼は笑う。
「全く、この世は本当にフィクションよりも面白いよ」
須永は三浦に渡したデータを見返していた。
「こんな超常現象、普通の神経してたら信じられねぇだろうな」
須永の目に映る画面には動画が流れていた。短い動画だった。人の顔は分からず、音声もない。
人影がいた。女だろうか、男だろうか、それすら定かではない。その人影が何か手で合図をした途端、足元から火柱が立った。特別なステージでも何でもない道路だった。火柱は消えることなく燃え続け、人影がカメラに向かって指を指す。今まで雑音しか入ってなかった動画から急にクリアな音声が聞こえた。
『燃える覚悟はあるかい?』
画面は炎に包まれたようになり、すぐに終了してしまった。
「燃える覚悟なんて持ち合わせてねぇんだよな。くっく、こいつだけは敵に回したくはないもんだ」
須永は動画を停止させると、他の画面を次々に映し出していく。
「殺されるにしても、証拠も何も残らない化物にだけは御免被るよ。今のところ、嫌がらせの方法すらまともに思い浮かばねぇんだから」
画面に映し出されたのは恋ノ晴奈兎の画像とその人物の国籍は日本国内外に存在しない、というデータだった。
「参るね、全く」
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