恋恣イ

金沢 ラムネ

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飲みかけの珈琲

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 須永縛すながばくは忙しい。何が忙しいのかと言われれば、仕事でもあり、趣味でもある。彼は自身が経営しているネットカフェ「箱舟」の店長であり、それを隠れ蓑にしている情報屋「ハコブネ」の店主でもある。だが別に、店舗経営が忙しい訳ではない。

「あ~、もう朝かぁ」
 ここ数日、彼は面倒な仕事を抱えていたが、もう少しでキリがつきそうだった。
「金は前金でもらっちまってるからなぁ。まさかこんな面倒なことになるとは思わなかった。あーなんか美味いもん食いてぇ」
 日課となっているメールチェックをする。彼の人脈は広く、毎日様々な情報が伝わってくる。その中で一件、彼の目に留まる。
「お、うん?う~ん、そっかぁ。これ以上この案件をややこしくしないでもらいたいんだよなぁ」
 少し悩んだ末、外付けハードディスクに保存しておいた一本の動画を編集する。
「・・・Youtuberの動画編集の仕事とかって割いいかね」
 ぶつくさと言いながら彼は編集した動画をUSBへ保存した。簡単に身支度を整え、薄手のコートに先ほどのUSBを忍ばせ、家を出る。
「ギリギリ午前中には着くか」
 道すがらブランチは何がいいかと考えながら駅へ向かう。

 ブランチは道すがら見つけたカフェでのナポリタンにした。珈琲とセットで九九〇円。店の外側は少しぼろくなっていたが、内装はかなり良く、味も良かった。
「いい店見つけたぜ。今度仁も連れてきてやろう」
 須永は今から会いに行く友人の名前を口にした。向かう先は、先日起こった殺人事件の現場となっていた、とある貸アパートの一室である。

「お、ここだな」
 須永が中に入ろうとすると、警察官に止められてしまった。
「ここは現在、関係者意外立ち入り禁止です。お引き取りください」
「いやいや、私も関係者なので。ちょっとばかし通してもらっても?」
「・・・どういった関係者で?」
 思いっきりいぶかしんでいる警察官の顔に笑いが込み上げてくるが、そこは手慣れたものである。真面目な表情の一つや二つはお手のもの。
「桜井和樹くん、だろう?」
 知っているよ、と伝えれば、警官の表情が変わる。
「交番勤務二年目のまだまだ新人だ。下に大学生の妹さんがいると聞いているよ。ご両親も健在で、いいご家庭のようだね。そして、何かミスをするたびに、最近入ってきた新人にミスを擦り付けているそうじゃないか。・・・それはちょーっと良くないんじゃないかい?」
「っつ。どうして自分の名前を!というか、そんなのは言いがかりだ!お前一体何者だ・・・!これ以上わけのわからないことを言うと警察署まで一緒に来てもらうぞ」
 桜井と呼ばれた男は顔を赤くして焦っていた。
「ふふふ。警察署?あぁ、別にいいけどそんなことをしたら君が困るのではないかな?」
「どういうことだ?」
 須永は自分の顔写真がついている警察手帳を取り出した。
「初めまして。私は、という者です。この事件で少し気にかかることがあったので、突然でしたがこちらに伺いました。それで、なんでしたっけ?一緒に警察署まで行けばいいんでしたっけ?それで、後輩いじめを私が上に申告すればよろしいですか?」
 桜井は自分よりもかなり階級が上の警察手帳を見ると、みるみる顔を青ざめていく。赤くなったり青くなったり忙しい。
「あ、あの!大変申し訳ありません!!どうぞお入りください!!」
「・・・ありがとうございます」
「あ、あの!」
「はい?」
「どうか、どうか先ほどの話は上にはっ・・・!」
「ふむ、今後の君の態度次第ですかね」
 須永は笑顔を彼に向ける。警官は絶望でも見ているかのような顔だった。須永は部屋の中へ入っていく。
「・・・まぁ、こんな小さなことわざわざ誰かに言うほど、俺は暇人じゃないさ」
 ひとりごとのような、小さな声量で言った言葉は、彼には届かなかった。

 先ほど須永が言ったことは、もちろん全て準備していた情報である。いきなり個人情報を言い当てられると必ずと言ってもいいほどに人は警戒心を向ける。そこからどう料理し、自分の目的を達成させるかが腕の見せ所だろう。ちなみに先ほど出した警察手帳はもちろん、偽物である。こういう時のために昔裏で買い取ったものをさらに偽装して使っている。バレれば逮捕されるだろう。
「ま、バレれば、だけどね」

 廊下を進めば、わざわざ会いに来た人物が小難しい顔をして立っていた。

「ヨォ、お久しぶり。仕事は順調か?」
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