恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月八日:浸透ディソナンス

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 ピンポーン。・・・ピンポーン。
 飛鳥祭は今日のプリントを届ける、という口実で華火の家に来ていた。本当は急ぎで届けなきゃいけないプリントなんて一枚もない。
「・・・留守かな?」
 買い物だろうか。一人暮らしの華火は体調が良くなくても、自分で全てを行わないといけない。そう思うと、なにか手伝いたい気持ちに駆られる。
「買い物なんて言ってくれればうちが行ったのよ」
 家主のいない家の前で待ち伏せするのも、不審者になりそうだと考え、プリントを郵便受けに入れて帰ろうと踵を返した時だった。

「祭ちゃん?」

 祭が振り向けば、少し汗をかいている千歳華火がいた。
「華火!」
 祭は華火に駆け寄る。
「体調とかどうなの?大丈夫?」
「うん、大丈夫。それよりどうしたの?」
「学校のプリント、一応届けようと思って。郵便受けに入れておいたから」
 祭は華火に会えてなんだか嬉しい気持ちになった。もっと何か話したいと思った。
「そうえば華火、どこ行ってたの?なんか汗もかいてるし」
「え、ちょっとそこまで散歩を・・・」
 学校を休んだ人間がこんなに堂々と散歩をするだろうか。
「散歩?・・・ふ~ん。今日は学校休んで何してたの?」
「今日はちょっと、病院行ったり、買い物したり?してたかな」
「病院行ったの?風邪、じゃないよね。本当に大丈夫なの?」
 祭は華火をまじまじと見る。
「いや、どっか悪いってほどでもない、です。全然、たいしたことないから」
「でも学校休んでまで病院行ったのよね?」
「まぁ、そうなんだけど・・・」
 華火はどこか困っているような表情をしており、はっきりしなかった。その姿に祭はモヤモヤした。
「私には言えないことなの?」
「うーん、まぁ・・・」
「・・・それって函嶺が関係してたりするの?」
「・・・違うよ」
「じゃあ華火はあれから函嶺のところには行ってないの?」
「・・・急にどうしたの、祭ちゃん」
 華火はまだ誤魔化せていると思っているのか、ヘラヘラしている。
「今日学校に警察が来たの」
 華火の表情が変わった。
「私は知らなかったけど、華火、あの刑事たちと知り合いなんでしょ?三浦って言ってた」
「まぁ、確かに顔は、知ってるけど」
「忍冬さんのお見舞いに、一人で行った話も聞いてないのよ」
「・・・言うほどじゃないと思って」
「それにね、今日来た刑事の話を聞いてたら、昨日うちの生徒が深夜に学校から出てきたって言ってたの」
 華火は驚いたような表情をしていた。それが祭の確信にもつながった。
「やっぱり、華火だったんだ・・・。函嶺のところに行ったんだ」
「・・・」
 華火は押し黙る。
「なんか言いなさいなのよ?」
「祭ちゃんには関係ないと思って」
「関係ないってどういう意味?関係ないことないでしょ!」
「じゃあ、どのあたりが関係してるの?」
 祭はなにか言おうとしては口を閉じてしまう。華火は冷めた口調で語る。
「私と祭ちゃんは何も関係ないよ。函嶺さんのことがあったから、関係あると思ったのかもしれないけど。あなたは本当に、何も関係ない」
 関係ない。祭は急に突き放されたような気がした。
「・・・なにかあったら、相談するって、そう言ってくれたのも嘘ってこと?」
 祭の消え入りそうな声とは対照的な、今まで聞いた中で一番凛とした華火の声が響いた。
「嘘じゃない。でも、これは私の問題だから」
 華火は祭とあまり目を合わせない。
「今は、関わらないでほしい」
「なにそれ、そんなの全部華火の都合でしょ!私には関係ないのよ!」
 祭は華火の言い草にむかつき、思っていたよりも大きな声で言い返した。
「・・・忍冬さんが関係してるの?」
 華火は無言だった。
「あんな顔が良いだけの女の何がいいのよ・・・!誰かと話したかと思えば、いけ好かないこと言ってどっか行くし、成績が良いからって教師にちやほやされて、大抵のことは思い通り。学校で誰かと仲良くしようって思ったこともなさそうな、あんな女のために華火がなにかする義理でもあるわけ?それともやっぱり幼馴染みには、違ったの?華火あんまり話さないけど、実はすごく仲良かったわけ?確かにちょっと前の華火も忍冬さんみたいな感じあったもんね」
 祭は息をするのも忘れて言った。そしてすぐに後悔した。こんなことを言いたかったわけではなかった。
「・・・そうかもしれない」
 困ったような、へらへらとした顔で華火は言う。
「・・・祭ちゃんの方が忍冬さんのことをよく知ってて、うらやましい、なんて」
 その瞬間、祭はブチ切れていた。
「あんたっ、幼馴染みなんでしょう!他人にこんなこと言われたら、否定しなさいよ!友達なんじゃないの!!自分の友達悪く言ってくるような奴に、へらへら笑ってるんじゃないのよ・・・っ」
 華火の表情はずっと変わらない。
「もしうちが同じことを、真水のことを、華火から言われたら、私はきっとビンタしてるわ。だって、大事な幼馴染みなのよ。友達なのよ。・・・華火はなんとも思わないわけ・・・?」
「・・・思えるほどの、なにかがないの」
「・・・っ!」
 祭は自分が悪者のように感じた。華火の顔はずっと、困っているような、落ち込んでいるような顔だった。華火に何かを言っても暖簾に腕押し。自分は正しい、そう思ってるはずなのに、華火には伝わらない。華火が考えていることがわからない、教えてくれない。距離を取られて、隠される。それがどうしてか、悲しくてしかたなかった。
「どうして」
 華火は祭を見て目を見開く。
「どうして祭ちゃんが泣いてるの?」
 祭は気づけば涙を流していた。
「え、なんで。うっぅう。はぁ、は」
 祭は慌てて涙を拭う。
 その時涙越しで見た華火の顔は、怒ってるようにも、傷ついているようにも見えた気がした。先ほどの、ヘラヘラした顔つきではなかった。
「どうして、祭ちゃんはそんなに辛そうなの?辛いなら、そこまで他人と関わらなければいい。私のことなんて、放っておけばいいのに・・・」
 この期に及んでそんなことを言いだす華火に、祭は言い聞かせるように伝えた。
「華火が、辛そうだからよ」
「私が・・・?」
「華火がなにしたいかはわからないけど、自分で言ってて、傷ついたような顔するのやめるのよ!辛いなら、言わなきゃいい!嫌ならやらなきゃいい!自分が嫌だと思う言葉を、人に言ってんじゃないのよ!・・・友達も大事に出来ないようなやつは、小学生からやり直してくるのよ!!」
 祭は言うだけ言って飛び出した。
「祭ちゃん!」
 華火が呼んでいた気がしたが、振り向くことは出来なかった。今は華火の顔を見たくなかった。

 祭の後ろ姿を目で追った。追いかけることはしなかった。今の未熟な自分が怖かった。巻き込みたくなかった。今はこれでいいのだと、そう言い聞かせた。

 ガチャン
 華火は家の鍵を閉めた。そしていつも通り自室に荷物を置く。鏡に映った自分は泣いていた。
「・・・なんで泣いてるんだろ」
 私はただ、祭ちゃんに危ない目にあってほしくないだけなのに。
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