恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月九日:感応フィルム2

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 千歳華火と忍冬矜は高校に進学してから急激に離れていったそうです。顔を合わせれば口喧嘩ばかり。

 千歳華火は春休み最終日、幼馴染みの忍冬矜に会いました。彼女の様子に違和感を持った千歳華火はこっそり後をつけ、沖峰浄呉と忍冬矜が倒れている現場に居合わせました。千歳華火は必死に人の手を借りながら、忍冬矜を治療しました。しかし、自分の力が想像以上に強かったようで、忍冬矜はありえない速度で回復し、千歳華火の前から逃げました。
 再び二人が顔を合わせたのは、深夜の函嶺高校でした。

 紅い瞳に吸い込まれるように物語が再生される。


「矜、ちゃん?」
 千歳華火が見たのは病院着を着た忍冬矜だった。忍冬矜は函嶺高校の屋上にいた。
「・・・」
 忍冬矜は千歳華火を一瞥した。
「どうして、こんなところに」
「この高さからなら死ねるからよ」
 忍冬矜は迷いなく言い切った。それに対し、千歳華火は苦虫を噛みつぶすかのような表情だった。
「・・・どうしても死にたいの?」
 理解できない、と言外に告げていた。
「この体ね、まだ傷はふさがってないの」
 忍冬矜は腹部に手を当て、淡々と、脈絡なく話し始める。
「動けば血が出てくるの。でも、どうしてか全く死ぬ気がしないの」
 それはきっと、千歳華火の力だろう。ある意味、後遺症のようなものだ。
「さっきまでは包丁でちょっと刺せば人間なんて簡単に死ぬと思っていたけど、今はそんな程度じゃ、まったく、死ねる気がしないわ」
 忍冬矜はもう一度千歳華火を見る。
「華火のことは薄々、どこか違うと思っていたけど。まさかこんな化け物だったとはね」
「矜ちゃん・・・」
「少し恩恵を受けただけでこれだもの。オリジナルのあなたは、さぞや死なない身体なんでしょうね」
「・・・それでも、同じ人間だよ」
 キっと忍冬矜は睨む。
「あんたのせいで、私だけ死ねなかった!それも、こんな丈夫で、人間離れした身体!あんたは私の〝死ぬ〟という唯一の自由さえ、奪ったのよ!」
 千歳華火は何も言わない。
沖峰浄呉かれは私にすごく執着していたわ。私のためなら命も惜しくない、と言ってくれた。事実、一緒に死んでくれたわ。・・・私は死ねなかったけれど」
 ふふ、と笑いながら忍冬矜は屋上を歩き始める。
「この体のいいところも見つけたわ。この身体ね、死ににくいけれど、どれくらいのことをすれば死んでしまう、ということもはっきりわかるの。わかる?華火」
 忍冬矜は目を細める。
「今の私が即死するのに最も適した場所が、屋上ここ。この高さから落下すれば、確実に死ぬわ。あなたが助ける前に」

「死なせないよ」

 千歳華火は初めて忍冬矜に強く宣言した。
「いいえ。死なせてもらうわ。ただ、どう頑張ってもあなたを目の前にすると阻止される未来しか浮かばないのよ」
 この化け物、と忍冬矜は悪態をつく。
「だから、私も非人道的になることにしたの」
「え」
 千歳華火は油断していた。
「一本」
 千歳華火の足に庖丁が刺さっていた。
「~~~~っ!!」
 千歳華火は声にならない叫び声を出す。一瞬遅れて足元に血溜まりができる。
「化物であるあなたでも、刺されれば痛いのね」
「矜ちゃんっ!」
 忍冬矜の手には二本、形の異なる包丁があった。ずいぶんと簡単そうに庖丁を扱っていた。
「この体ね、あなたの影響があったのか私が庖丁を想像すると、パっと出てくるようになったのよ。・・・私も化け物の仲間入りね」
 それは千歳華火の力ではない。それは忍冬矜の力である。千歳華火のエネルギーと一度死にかけたことで本能的なブレーキが外れたのだ。
 【庖丁】というモチーフは自分と恋人の命を絶つはずだったもの。つまり彼女にとっての死の象徴なのだろう。
「まだ慣れてないんだけど、この力ってすごいのね。いろいろ出来る」
 忍冬矜が指を千歳華火に向ける。いや、正確には千歳華火のすぐ後ろを飛んでいたカラスに。
 鈍い音とカラスの声が一瞬だけした。カラスは自分の体の中心を、思い切り包丁で刺されていた。
 普通の人間は力が発現しても、ここまですぐに扱えるようにならない。忍冬矜は、天才と呼ぶに相応しい。千歳華火にとっては死神にも思えよう。

「矜ちゃん」
「華火。華火は私が死ぬことを許してくれなくてもいいわ」
 とても綺麗な髪をなびかせ、気立てのよさそうな美しい顔立ちで、優等生さながら、全てを許してしまいそうな聖女がいた。深窓の令嬢がそこにいた。
「私と一緒に、あなたも死ねばいいのよ」
「私はそう簡単に死なない。それをさっき言っていたのは、矜ちゃんだよ」
「ええ。でも不死ではないわ」

 忍冬矜が目で睨めば、包丁が一本飛ぶ。指を向ければ三本飛ぶ。死ねと声を出せば五本飛ぶ。
 千歳華火の目が紅く光れば、人間離れした身体の動きで庖丁を避ける。掴む。折る。
 二人の距離は縮まらない。それでも、忍冬矜は一朝一夕の力である。千歳華火が力でゴリ押す。
「捕まえ、た!」
 忍冬矜の腕を千歳華火が掴む。離すまいと強く強く。
ありがとう・・・・・
 忍冬矜のお礼の言葉。これは千歳華火にとって、プラスの言葉ではなかった。決して。
 空から無数の包丁が落ちてきた。
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