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四月九日:感応フィルム
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「あれ。ずいぶん早いですね」
待ち合わせ場所には既に三浦がいた。まだ約束の時刻の十分前だ。
「早め早めが社会人の鉄則なので」
「見習いたいです」
「千歳さんも十分お早いですよ」
夜も深くなる午後二十二時。学校前でこんな社交辞令を交わす男女。傍目から見ても制服姿の女子高生とスーツ姿の男性だ。何かあれば圧倒的に三浦が不利な立場だろう。
「本当は子供がこんな時間に出歩いていることに対して、注意をしなくてはならないのですが、今日は多めにみましょう。会いたかったのは私もなので」
「やだ、相思相愛ってやつですか?口説かれてます?」
「あはは、子供に興味はありませんが、そうですね」
三浦は柔和な表情のまま朗らかに言う。
「一緒に警察署までのデートなら、やぶさかではありませんよ」
華火は笑って受け流す。
「三浦さんから見た、私の立ち位置はどこになりますか?」
「私はあなたが忍冬矜の命を救ったと思っています。立ち位置は・・・事件現場に足を踏み入れた無関係者、というところですか」
「そう思う根拠をお聞かせ願いますか?」
「私の仲間があなたの三月三十一日から四月一日までの行動履歴を調べてくれました。あなたは三月三十一日に忍冬矜に会っている。そして沖峰浄呉の家にいた」
「私の行動履歴・・・。そんなものどっから持ってきたんだか」
「企業秘密だそうです。私はこの情報を信じると決めました。そして仮説を立てました」
華火は三浦の話を促す。
「あなたは何か用があり、忍冬矜が半同棲している沖峰浄呉の家に向かい、そこで現場を目撃した。その時既に沖峰浄呉は死んでいた、またはあなたが見殺しにした。そして忍冬矜を現場から連れ去った、という仮説です」
どうですか?と投げかける。
「なるほどそれで私が病院に忍冬さんを運んだ、と」
「違います」
三浦は否定する。
「あなたが運んだ先は病院ではなく、ここじゃないですか?」
そう、この函嶺高校の敷地内に運んだのではないかと、三浦は言った。
「それも調べた結果ですか?」
「はい。あなたは三月三十一日をここで過ごしている。病院に着いた履歴は日付を超えた四月一日でした」
―――時間が食い違う。
「じゃあ私が忍冬さんを運んだ、というのが違うんじゃないですか?ここに怪我でも治す万能薬があるとでも思ってるんですか?、ドラクエ?」
ここは教会じゃないですよ、なんて冗談を言う。
「・・・やっぱり、あなたが忍冬矜を運んだのは間違いないのでしょうね」
華火は怪訝な顔をする。
「忍冬矜は表向きには無傷となっています。そもそも傷がないので当然です。ですが、事実として彼女の大量の血液が現場で発見されています。彼女が致命傷になりうるほどの怪我をしていた、という情報は一般に流していない情報なんですよ。あなたはただ無傷で目覚めない忍冬矜、という状態しか知らないはずです」
三浦はじっと華火を見据える。
「吐血なら見た目に大きな傷がなくとも頷けましょう、ですがあなた怪我という言い方をした。それは、私はおろか、事件発生時に忍冬矜を見ている人間にしかわからない事実なのでは?」
「仮に今の三浦さんの推理が当たっていたとして、じゃあどうして忍冬さんは今無傷なんですか?三浦さんは一晩で怪我を治す術でもあると信じているんですか?」
華火は挑戦的に問題を投げかけた。
「あなたを見ていると本当にありそうに思えるので困りますね。だからこそ、こんな絵空事を恥ずかしげもなくお話しています」
三浦さんって頭やわらかいんですね、と華火は笑う。
「もう一つお伺いしたいのですが、三浦さんはこの事件の犯人は誰か、目星がついていますか?」
「少し悩んでいましたが、今確信しました」
華火は首をかしげる。
「この事件の犯人は沖峰浄呉と忍冬矜です。つまり―――心中だ」
華火は表情を変えない。
「私が考えていた可能性は二つありました。一つは恋人同士の心中、もしくは無理心中。二つ目は全く関係ない外部犯による犯行です。個人的には後者の方が可能性が高いと思っていましたが、今その質問をあなたがする、ということはあなたは犯人を知っている、ということです。違いますか?」
華火は答えない。
「犯人を知っている。それなら警察に言うはずです、あなたは大事な幼馴染みをあんなふうにされてしまったのだから。でもそれをしない、庇っている。ということは外部犯ではありません。忍冬矜が多かれ少なかれ加害者側である、ということでしょう。問題は彼女も同様に怪我を負ったのであれば、それは想定外のものだったのか、それとも、織り込み済みの事だったのか、ということです」
ぱちぱち、と千歳華火は拍手を送る。
「素晴らしいですね。まっとうに外から、それも真人間が真実に辿り着いた」
「どうも」
華火はとても嬉しそうに話す。
「ただ、幼馴染だから庇っていた、というわけではないんです。だって私は忍冬さんのことを、何も知らないので」
「どういう意味ですか?」
千歳華火と忍冬矜は幼馴染である。
何か別の意図が含まれているのだろうかと、三浦は読み取ろうと考える。
「いえ、本当にそのままの意味なんです」
千歳華火は自嘲気味に微笑みかけた。
「三浦さん、どうか聞いて、見て、くれませんか。千歳華火という道化の話を」
華火の左目が紅く変わった。
今から語るは千歳華火と忍冬矜の歪んだ愛情の物語。偏り、すれ違った、悲恋なお話。
待ち合わせ場所には既に三浦がいた。まだ約束の時刻の十分前だ。
「早め早めが社会人の鉄則なので」
「見習いたいです」
「千歳さんも十分お早いですよ」
夜も深くなる午後二十二時。学校前でこんな社交辞令を交わす男女。傍目から見ても制服姿の女子高生とスーツ姿の男性だ。何かあれば圧倒的に三浦が不利な立場だろう。
「本当は子供がこんな時間に出歩いていることに対して、注意をしなくてはならないのですが、今日は多めにみましょう。会いたかったのは私もなので」
「やだ、相思相愛ってやつですか?口説かれてます?」
「あはは、子供に興味はありませんが、そうですね」
三浦は柔和な表情のまま朗らかに言う。
「一緒に警察署までのデートなら、やぶさかではありませんよ」
華火は笑って受け流す。
「三浦さんから見た、私の立ち位置はどこになりますか?」
「私はあなたが忍冬矜の命を救ったと思っています。立ち位置は・・・事件現場に足を踏み入れた無関係者、というところですか」
「そう思う根拠をお聞かせ願いますか?」
「私の仲間があなたの三月三十一日から四月一日までの行動履歴を調べてくれました。あなたは三月三十一日に忍冬矜に会っている。そして沖峰浄呉の家にいた」
「私の行動履歴・・・。そんなものどっから持ってきたんだか」
「企業秘密だそうです。私はこの情報を信じると決めました。そして仮説を立てました」
華火は三浦の話を促す。
「あなたは何か用があり、忍冬矜が半同棲している沖峰浄呉の家に向かい、そこで現場を目撃した。その時既に沖峰浄呉は死んでいた、またはあなたが見殺しにした。そして忍冬矜を現場から連れ去った、という仮説です」
どうですか?と投げかける。
「なるほどそれで私が病院に忍冬さんを運んだ、と」
「違います」
三浦は否定する。
「あなたが運んだ先は病院ではなく、ここじゃないですか?」
そう、この函嶺高校の敷地内に運んだのではないかと、三浦は言った。
「それも調べた結果ですか?」
「はい。あなたは三月三十一日をここで過ごしている。病院に着いた履歴は日付を超えた四月一日でした」
―――時間が食い違う。
「じゃあ私が忍冬さんを運んだ、というのが違うんじゃないですか?ここに怪我でも治す万能薬があるとでも思ってるんですか?、ドラクエ?」
ここは教会じゃないですよ、なんて冗談を言う。
「・・・やっぱり、あなたが忍冬矜を運んだのは間違いないのでしょうね」
華火は怪訝な顔をする。
「忍冬矜は表向きには無傷となっています。そもそも傷がないので当然です。ですが、事実として彼女の大量の血液が現場で発見されています。彼女が致命傷になりうるほどの怪我をしていた、という情報は一般に流していない情報なんですよ。あなたはただ無傷で目覚めない忍冬矜、という状態しか知らないはずです」
三浦はじっと華火を見据える。
「吐血なら見た目に大きな傷がなくとも頷けましょう、ですがあなた怪我という言い方をした。それは、私はおろか、事件発生時に忍冬矜を見ている人間にしかわからない事実なのでは?」
「仮に今の三浦さんの推理が当たっていたとして、じゃあどうして忍冬さんは今無傷なんですか?三浦さんは一晩で怪我を治す術でもあると信じているんですか?」
華火は挑戦的に問題を投げかけた。
「あなたを見ていると本当にありそうに思えるので困りますね。だからこそ、こんな絵空事を恥ずかしげもなくお話しています」
三浦さんって頭やわらかいんですね、と華火は笑う。
「もう一つお伺いしたいのですが、三浦さんはこの事件の犯人は誰か、目星がついていますか?」
「少し悩んでいましたが、今確信しました」
華火は首をかしげる。
「この事件の犯人は沖峰浄呉と忍冬矜です。つまり―――心中だ」
華火は表情を変えない。
「私が考えていた可能性は二つありました。一つは恋人同士の心中、もしくは無理心中。二つ目は全く関係ない外部犯による犯行です。個人的には後者の方が可能性が高いと思っていましたが、今その質問をあなたがする、ということはあなたは犯人を知っている、ということです。違いますか?」
華火は答えない。
「犯人を知っている。それなら警察に言うはずです、あなたは大事な幼馴染みをあんなふうにされてしまったのだから。でもそれをしない、庇っている。ということは外部犯ではありません。忍冬矜が多かれ少なかれ加害者側である、ということでしょう。問題は彼女も同様に怪我を負ったのであれば、それは想定外のものだったのか、それとも、織り込み済みの事だったのか、ということです」
ぱちぱち、と千歳華火は拍手を送る。
「素晴らしいですね。まっとうに外から、それも真人間が真実に辿り着いた」
「どうも」
華火はとても嬉しそうに話す。
「ただ、幼馴染だから庇っていた、というわけではないんです。だって私は忍冬さんのことを、何も知らないので」
「どういう意味ですか?」
千歳華火と忍冬矜は幼馴染である。
何か別の意図が含まれているのだろうかと、三浦は読み取ろうと考える。
「いえ、本当にそのままの意味なんです」
千歳華火は自嘲気味に微笑みかけた。
「三浦さん、どうか聞いて、見て、くれませんか。千歳華火という道化の話を」
華火の左目が紅く変わった。
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