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四月九日:感応フィルム4
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華火は何か言おうとしたが、言葉が出なかった。
「わたしにとって、華火は光で、宝物だった。わたしが守ってあげなきゃいけない存在だった。それが、いつからか、わたしが華火に守られ、あなたは一人で新しい世界に羽ばたいていった。わたしはあなたが変わっていく様を、心臓に針が少しずつ、少しずつ刺さっていくかのような、鈍い痛みと一緒に、見ていることしか出来なかった。―――わたしは、あなたにはなれない。一緒にも居れない。だから、わたしはあなたを憎むことにしたの」
「私が頑張ったことで、矜ちゃんを傷つけてたんだね」
困ったように華火は笑った。
「華火は悪くないのよ。わたしがどこまでも、弱かっただけ。弱いわたしは、一人で死ぬことも、生きることも出来ず、どんなに汚いものでも愛を求めた。全人類の愛を、欲を、引き受けてもいいと、そう思った。そして、世界でたった一人、千歳華火を憎むことにした。華火を、汚いわたしが愛することは、自分が許せなかった。でも、無関心でいられるほど、強くもなかった」
―――憎しみが、唯一わたしがあなたにあげられる愛情なの。
忍冬矜は変わらない、綺麗な表情で告げた。
「わたしは華火の気持ちに答えられない―――わたしにとってあなたは恋人ではないから。あなたはわたしにとっての憧れであり、友達であり、憎しみであり、妹のような、存在だもの」
「そっか。ありがとう。でも私は妹じゃないもん・・・」
どこかわかっていたような表情を千歳華火はする。
そんな様子の千歳華火に忍冬矜は残酷に言葉を続ける。
「わたしね、人生で死にたくないって、思ったこともあるの」
忍冬矜はほほ笑み、千歳華火は驚いた。
「千歳華火に出会った時。千歳華火と、次に会う約束を、した時」
千歳華火は息を飲む。
「わたしには、どんどん一人で進んでいく華火が怖くて、寂しかった。そう思うたびに死にたくなったわ。でも、あなた以外に、わたしに生きたいって、思わせてくれた人もいない。わたしにとって、あなたは特別なの」
こんなこと誰にも言ったことないけどね、と忍冬矜は年相応に照れていた。
「じゃあ!」
「わたしはもう、こんな感情に振り回されたくないのよ」
忍冬矜は千歳華火の言葉を遮る。
「ねぇ、華火。どうかわたしを、殺してくれないかしら。あなたを勝手に愛し、憎んだばかな女を」
忍冬矜は月のように微笑んだ。
「わたしの、一生のお願いよ」
もう千歳華火につなぎとめる言葉はなかった。
「・・・分かった。わたしがあなたを殺してあげる」
覚悟を決めた目をしていた。
「ありがとう」
今日一番の笑顔がそこにあった。
「私が矜ちゃんを殺してあげる」
千歳花火はぼろぼろの体で忍冬矜に抱き着く。
「でも」
忍冬矜は何かに気付く。
「死なせない」
咄嗟に忍冬矜は千歳華火を引きはがそうとするがもう遅かった。二人は校舎の屋上から飛び降りていた。
「華火!」
「矜ちゃん。矜ちゃんにとっての庖丁のように、私にも身体能力以外にも特別な力があるの」
千歳華火はぎゅっと強く忍冬矜を抱きしめる。
「人生で一回しか使えない私の能力は、【あったかもしれない世界】を選べる」
「あったかもしれない、世界・・・」
「そう。私はパラレルワールドをつかみ取れる。対価は私の記憶。思い出。掴む世界は『忍冬矜の記憶が全てなくなって無傷で発見される世界』」
「っつ!華火!そんなことをわたしは望んでいない!!あなたが記憶をなくすことなんてないはず!わたしは、ただ、死にたいだけなの!!」
「うん、だから一緒に死のう。忍冬矜でも千歳華火でもない、お互いに、ゼロからやり直そう」
「やめて!!」
「ごめんね。私は絶対に、矜ちゃんの命を諦めない」
「華火!!!」
泣きそうな、怒りとも悲しみとも取れない忍冬矜の叫び声に、千歳華火は笑顔で答えた。
「またね」
函嶺高校の校庭。千歳華火と忍冬矜は無傷で倒れていたそうです。千歳華火はすぐに目を覚ましました。どこまでいっても化物なのでしょう。
彼女はすぐに記憶を失わず、一晩かけてゆっくりと記憶がなくなったそうです。知り合いの手を借りながら、忍冬矜を病院近くまで運び、自身も後始末をして家に帰ったそうです。
忍冬矜が目覚めない理由は分かりません。千歳華火が選び取った世界が意図しないモノだったのか、あえてこの未来を選んだのか。それ以外の別の理由なのかも、謎のままです。
この話は、知り合いに聞いた情報を繋ぎ合わせ、千歳華火が遺してくれたものをまとめあげたものです。なので私自身、他人事のような、空想にすら思える、口コミです。
これが三月三十一日の真実です。千歳華火の狂ったエゴの物語です。
「わたしにとって、華火は光で、宝物だった。わたしが守ってあげなきゃいけない存在だった。それが、いつからか、わたしが華火に守られ、あなたは一人で新しい世界に羽ばたいていった。わたしはあなたが変わっていく様を、心臓に針が少しずつ、少しずつ刺さっていくかのような、鈍い痛みと一緒に、見ていることしか出来なかった。―――わたしは、あなたにはなれない。一緒にも居れない。だから、わたしはあなたを憎むことにしたの」
「私が頑張ったことで、矜ちゃんを傷つけてたんだね」
困ったように華火は笑った。
「華火は悪くないのよ。わたしがどこまでも、弱かっただけ。弱いわたしは、一人で死ぬことも、生きることも出来ず、どんなに汚いものでも愛を求めた。全人類の愛を、欲を、引き受けてもいいと、そう思った。そして、世界でたった一人、千歳華火を憎むことにした。華火を、汚いわたしが愛することは、自分が許せなかった。でも、無関心でいられるほど、強くもなかった」
―――憎しみが、唯一わたしがあなたにあげられる愛情なの。
忍冬矜は変わらない、綺麗な表情で告げた。
「わたしは華火の気持ちに答えられない―――わたしにとってあなたは恋人ではないから。あなたはわたしにとっての憧れであり、友達であり、憎しみであり、妹のような、存在だもの」
「そっか。ありがとう。でも私は妹じゃないもん・・・」
どこかわかっていたような表情を千歳華火はする。
そんな様子の千歳華火に忍冬矜は残酷に言葉を続ける。
「わたしね、人生で死にたくないって、思ったこともあるの」
忍冬矜はほほ笑み、千歳華火は驚いた。
「千歳華火に出会った時。千歳華火と、次に会う約束を、した時」
千歳華火は息を飲む。
「わたしには、どんどん一人で進んでいく華火が怖くて、寂しかった。そう思うたびに死にたくなったわ。でも、あなた以外に、わたしに生きたいって、思わせてくれた人もいない。わたしにとって、あなたは特別なの」
こんなこと誰にも言ったことないけどね、と忍冬矜は年相応に照れていた。
「じゃあ!」
「わたしはもう、こんな感情に振り回されたくないのよ」
忍冬矜は千歳華火の言葉を遮る。
「ねぇ、華火。どうかわたしを、殺してくれないかしら。あなたを勝手に愛し、憎んだばかな女を」
忍冬矜は月のように微笑んだ。
「わたしの、一生のお願いよ」
もう千歳華火につなぎとめる言葉はなかった。
「・・・分かった。わたしがあなたを殺してあげる」
覚悟を決めた目をしていた。
「ありがとう」
今日一番の笑顔がそこにあった。
「私が矜ちゃんを殺してあげる」
千歳花火はぼろぼろの体で忍冬矜に抱き着く。
「でも」
忍冬矜は何かに気付く。
「死なせない」
咄嗟に忍冬矜は千歳華火を引きはがそうとするがもう遅かった。二人は校舎の屋上から飛び降りていた。
「華火!」
「矜ちゃん。矜ちゃんにとっての庖丁のように、私にも身体能力以外にも特別な力があるの」
千歳華火はぎゅっと強く忍冬矜を抱きしめる。
「人生で一回しか使えない私の能力は、【あったかもしれない世界】を選べる」
「あったかもしれない、世界・・・」
「そう。私はパラレルワールドをつかみ取れる。対価は私の記憶。思い出。掴む世界は『忍冬矜の記憶が全てなくなって無傷で発見される世界』」
「っつ!華火!そんなことをわたしは望んでいない!!あなたが記憶をなくすことなんてないはず!わたしは、ただ、死にたいだけなの!!」
「うん、だから一緒に死のう。忍冬矜でも千歳華火でもない、お互いに、ゼロからやり直そう」
「やめて!!」
「ごめんね。私は絶対に、矜ちゃんの命を諦めない」
「華火!!!」
泣きそうな、怒りとも悲しみとも取れない忍冬矜の叫び声に、千歳華火は笑顔で答えた。
「またね」
函嶺高校の校庭。千歳華火と忍冬矜は無傷で倒れていたそうです。千歳華火はすぐに目を覚ましました。どこまでいっても化物なのでしょう。
彼女はすぐに記憶を失わず、一晩かけてゆっくりと記憶がなくなったそうです。知り合いの手を借りながら、忍冬矜を病院近くまで運び、自身も後始末をして家に帰ったそうです。
忍冬矜が目覚めない理由は分かりません。千歳華火が選び取った世界が意図しないモノだったのか、あえてこの未来を選んだのか。それ以外の別の理由なのかも、謎のままです。
この話は、知り合いに聞いた情報を繋ぎ合わせ、千歳華火が遺してくれたものをまとめあげたものです。なので私自身、他人事のような、空想にすら思える、口コミです。
これが三月三十一日の真実です。千歳華火の狂ったエゴの物語です。
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