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四月九日:感応フィルム5
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「どうですか。聞いて、見た、ご感想は」
華火は感想を求めた。
「・・・夢でもみていたかのような、嘘みたいな話でした」
「やっぱり、そうですよね。私もそう思いました」
華火は笑いながら同意する。
気付けば、千歳華火の目はもう紅くなかった。
「さっきの、赤い目が、今の映像じみたものを私に見せたのですか?」
「はい。でも私にはもうその記憶はないので、もらいもの、です。記憶というより、記録に近いですかね」
三浦はもう話についていけなくなりそうだった。
「・・・君は、本当に記憶がないのですか?」
「はい。なにも。私は四月一日の朝、目が覚めた以降の記憶しかありません」
三浦は少し悲しそうな顔をしていた。
「たしかに思い出というような記憶や知り合いだったであろう人たちの名前も顔も思い出せません。でも、生きていくことには困らないですよ。日常に必要な知識は残ったので」
結構料理とかできるんですよ、と華火は笑う。
「後悔は。いや、そんなことを今のあなたに聞くのは変ですね」
「はい。今の私は結果であり、過程を知りえないので。あの時の千歳華火がどういう気持ちだったのかは、想像するしかありません」
「こんな話を私にしてよかったのですか?」
「まぁ。他の人に言ったところで信じてもらえないでしょうし」
「そう、ですね」
三浦は言葉に詰まる。
「話を聞いた三浦さんに、今度は私からお聞きしたいことがあります」
「・・・なんでしょう」
「逮捕しますか?」
華火は両手を少し上げ、お縄にかかるポーズをしていた。
二人は視線をそらさなかったが、先に瞼を閉じたのは三浦だった。
「私は今の話を信じました。それはつまり、事件に関与した千歳華火が、もうこの世にいない、という事実を認めた、ということです」
「私も一応、千歳華火ですよ」
「それでも、別人でしょう。あと今の話を踏まえれば、沖峰浄呉と忍冬矜は心中であり、そこに千歳華火は関与していない。むしろ人命救助ですよ」
「おおげさな・・・」
肩をすくめる華火を無視して三浦は腕時計を見やる。
「もう日付が変わってしまいました」
「え」
そんなことはない。スマートフォンで時間を確認すればまだ二十三時頃だ。
「警察は四月九日中に犯人に繋がる証拠が挙がらなければ、沖峰浄呉を自殺として処理。大掛かりな捜査も終了、という方針になっています」
華火は困惑する。
「え。三浦さん、まだ時間は」
「いえ」
三浦は自分の腕時計を示す。
「既に二十四時です。残念ですが、この事件は沖峰浄呉の自殺で決着です」
いいでしょう?と三浦は笑う。
「・・・刑事なのにいいんですか?」
「刑事である前に、一人の人間なので」
「悪いですね」
「報告書にもこんな話書けませんしね。いいんですよ」
「ありがとうございます。正直、逮捕されるかも、って思ってたので」
華火の声音から一気に緊張がなくなった。
「千歳さんが大人になった時に、今の借りを返してくだされば」
「・・・ずるい」
「大人なので」
華火と三浦は笑っていた。年齢差があるのに親し気な友人のようだった。
「じゃあ、大人な三浦さんにもう少し、お話を聞いてもってもいいですか?」
「え?」
三浦は少し面食らう。これ以上なにかまだあるのか、と。
「昨日、友達を怒らせてしまったんですけど、なんで怒っていたのかも、どうやったら仲直り出来るのかも見当がつかなくて」
華火は近くのベンチを指さす。
「缶コーヒーなら奢りますから」
年相応な少女のギャップに、今度こそ三浦は破顔一笑した。
「わかりました。ただし、誰にも言わないでくださいね。未成年と夜に長々と話をしていた、なんてバレたら私は世間からの大バッシング必至です」
「もちろん」
華火が缶コーヒーを二本購入し、ベンチに座る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カシュッ
一般的にはプルタブ、正式名称はステイオンタブと言われるそれに指をひっかけ、飲み口を開ける。
「それで、どうしてお友達と喧嘩したんですか?」
華火は気まずそうに先日の祭とのやり取りを話した。函館に関わるところはぼかしながらも、出来るだけ詳細に。そしてどうして祭は泣いていたのかがわからない、と。
「それは、千歳さんが悪いんじゃないでしょうか」
「え。どのあたりが」
「記憶と一緒に人の心もなくしましたか?」
笑顔で言う三浦が初めて怖いと華火は思った。
「いいですか。まず学校をずる休みして、友達を心配させる。マイナス十点です」
「え、なにその点数制度。最初の持ち点何点なんですか?」
「嘘をついておいて謝らない。マイナス二十点です」
「あ、無視する感じですか」
「幼馴染みの悪口に対してヘラヘラしてしまう。マイナス五十点」
「今のところマイナス八十点ですね」
「そして、友達を泣かす。マイナス百点」
「めっちゃマイナスされてしまった」
「誤魔化すなら最後まで誤魔化しきらないといけません。中途半端な千歳さんの態度はマイナス五十点。つまり合計するとマイナス三百点です」
「いや計算の仕方おかしくないですか?ゼロから加算方式にしてもマイナス二百点じゃないですか?」
「おまけです」
「いやおかしいと思うんですけど」
「大人はみんなちょっとおかしいくらいの方がモテますよ」
「いや今モテ講座されてもこまるんですけど」
「まぁ私から言えることは素直に気持ちを話して、誠心誠意謝りましょう、ということです。そしてもっと友達には甘えていきましょう」
「いや、でも・・・」
甘えるって、と華火は難色を示す。
「人っていうのは、頼られると、結構嬉しいものなんですよ。頼りきりは良くありませんが、頼り合うのは正しいことです」
「・・・頼り合う」
「そうです。そして、これからあなたはいろいろな友達を作って、いろいろな人を知るべきでしょう。人の数だけ世界があるのです。あなたは自分のために、世界を広げなさい。若者よ大志を抱け」
「説教臭いですね」
「お説教をしているんです。若者を導くのも大人の役目なので」
「・・・はい」
いやいやながらも三浦に答える華火だった。そこからしばらく三浦のありがたーいお話が続き、華火は相談相手を間違えたかもしれない、と少しだけ後悔した。
「まぁ、そういうことです。わかりましたか?」
「・・・・・・はい」
真っ白になっていた。華火が真っ白な灰になっていた。
「ではそろそろお開きにしましょうか」
「え、あ」
なかなか帰ろうとしない華火に三浦は心配する。
「なにか、帰れない事情があったりしますか?」
「いや、そういうわけではないんですけど・・・。あ、もう一本!もう一本缶コーヒー買ってくるので、もう少しだけここで待ってください!」
「え、ちょっと!千歳さん」
三浦の制止も聞かず走り出す。華火は焦っていたため、あまり周りを確認せずに走り出した。だから、近づいてきた人に対しても全く意識を向けていなかった。
「千歳さん!!」
華火が三浦の声に気付いたときには、目の前に大きなナイフのようなものが見えた。
「・・・っ」
ドン
音がした方を見れば、誰かが倒れていた。徐々に血が地面に広がっていく。
華火を庇ってくれたのは、とても良く知る友達だった。
華火は感想を求めた。
「・・・夢でもみていたかのような、嘘みたいな話でした」
「やっぱり、そうですよね。私もそう思いました」
華火は笑いながら同意する。
気付けば、千歳華火の目はもう紅くなかった。
「さっきの、赤い目が、今の映像じみたものを私に見せたのですか?」
「はい。でも私にはもうその記憶はないので、もらいもの、です。記憶というより、記録に近いですかね」
三浦はもう話についていけなくなりそうだった。
「・・・君は、本当に記憶がないのですか?」
「はい。なにも。私は四月一日の朝、目が覚めた以降の記憶しかありません」
三浦は少し悲しそうな顔をしていた。
「たしかに思い出というような記憶や知り合いだったであろう人たちの名前も顔も思い出せません。でも、生きていくことには困らないですよ。日常に必要な知識は残ったので」
結構料理とかできるんですよ、と華火は笑う。
「後悔は。いや、そんなことを今のあなたに聞くのは変ですね」
「はい。今の私は結果であり、過程を知りえないので。あの時の千歳華火がどういう気持ちだったのかは、想像するしかありません」
「こんな話を私にしてよかったのですか?」
「まぁ。他の人に言ったところで信じてもらえないでしょうし」
「そう、ですね」
三浦は言葉に詰まる。
「話を聞いた三浦さんに、今度は私からお聞きしたいことがあります」
「・・・なんでしょう」
「逮捕しますか?」
華火は両手を少し上げ、お縄にかかるポーズをしていた。
二人は視線をそらさなかったが、先に瞼を閉じたのは三浦だった。
「私は今の話を信じました。それはつまり、事件に関与した千歳華火が、もうこの世にいない、という事実を認めた、ということです」
「私も一応、千歳華火ですよ」
「それでも、別人でしょう。あと今の話を踏まえれば、沖峰浄呉と忍冬矜は心中であり、そこに千歳華火は関与していない。むしろ人命救助ですよ」
「おおげさな・・・」
肩をすくめる華火を無視して三浦は腕時計を見やる。
「もう日付が変わってしまいました」
「え」
そんなことはない。スマートフォンで時間を確認すればまだ二十三時頃だ。
「警察は四月九日中に犯人に繋がる証拠が挙がらなければ、沖峰浄呉を自殺として処理。大掛かりな捜査も終了、という方針になっています」
華火は困惑する。
「え。三浦さん、まだ時間は」
「いえ」
三浦は自分の腕時計を示す。
「既に二十四時です。残念ですが、この事件は沖峰浄呉の自殺で決着です」
いいでしょう?と三浦は笑う。
「・・・刑事なのにいいんですか?」
「刑事である前に、一人の人間なので」
「悪いですね」
「報告書にもこんな話書けませんしね。いいんですよ」
「ありがとうございます。正直、逮捕されるかも、って思ってたので」
華火の声音から一気に緊張がなくなった。
「千歳さんが大人になった時に、今の借りを返してくだされば」
「・・・ずるい」
「大人なので」
華火と三浦は笑っていた。年齢差があるのに親し気な友人のようだった。
「じゃあ、大人な三浦さんにもう少し、お話を聞いてもってもいいですか?」
「え?」
三浦は少し面食らう。これ以上なにかまだあるのか、と。
「昨日、友達を怒らせてしまったんですけど、なんで怒っていたのかも、どうやったら仲直り出来るのかも見当がつかなくて」
華火は近くのベンチを指さす。
「缶コーヒーなら奢りますから」
年相応な少女のギャップに、今度こそ三浦は破顔一笑した。
「わかりました。ただし、誰にも言わないでくださいね。未成年と夜に長々と話をしていた、なんてバレたら私は世間からの大バッシング必至です」
「もちろん」
華火が缶コーヒーを二本購入し、ベンチに座る。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
カシュッ
一般的にはプルタブ、正式名称はステイオンタブと言われるそれに指をひっかけ、飲み口を開ける。
「それで、どうしてお友達と喧嘩したんですか?」
華火は気まずそうに先日の祭とのやり取りを話した。函館に関わるところはぼかしながらも、出来るだけ詳細に。そしてどうして祭は泣いていたのかがわからない、と。
「それは、千歳さんが悪いんじゃないでしょうか」
「え。どのあたりが」
「記憶と一緒に人の心もなくしましたか?」
笑顔で言う三浦が初めて怖いと華火は思った。
「いいですか。まず学校をずる休みして、友達を心配させる。マイナス十点です」
「え、なにその点数制度。最初の持ち点何点なんですか?」
「嘘をついておいて謝らない。マイナス二十点です」
「あ、無視する感じですか」
「幼馴染みの悪口に対してヘラヘラしてしまう。マイナス五十点」
「今のところマイナス八十点ですね」
「そして、友達を泣かす。マイナス百点」
「めっちゃマイナスされてしまった」
「誤魔化すなら最後まで誤魔化しきらないといけません。中途半端な千歳さんの態度はマイナス五十点。つまり合計するとマイナス三百点です」
「いや計算の仕方おかしくないですか?ゼロから加算方式にしてもマイナス二百点じゃないですか?」
「おまけです」
「いやおかしいと思うんですけど」
「大人はみんなちょっとおかしいくらいの方がモテますよ」
「いや今モテ講座されてもこまるんですけど」
「まぁ私から言えることは素直に気持ちを話して、誠心誠意謝りましょう、ということです。そしてもっと友達には甘えていきましょう」
「いや、でも・・・」
甘えるって、と華火は難色を示す。
「人っていうのは、頼られると、結構嬉しいものなんですよ。頼りきりは良くありませんが、頼り合うのは正しいことです」
「・・・頼り合う」
「そうです。そして、これからあなたはいろいろな友達を作って、いろいろな人を知るべきでしょう。人の数だけ世界があるのです。あなたは自分のために、世界を広げなさい。若者よ大志を抱け」
「説教臭いですね」
「お説教をしているんです。若者を導くのも大人の役目なので」
「・・・はい」
いやいやながらも三浦に答える華火だった。そこからしばらく三浦のありがたーいお話が続き、華火は相談相手を間違えたかもしれない、と少しだけ後悔した。
「まぁ、そういうことです。わかりましたか?」
「・・・・・・はい」
真っ白になっていた。華火が真っ白な灰になっていた。
「ではそろそろお開きにしましょうか」
「え、あ」
なかなか帰ろうとしない華火に三浦は心配する。
「なにか、帰れない事情があったりしますか?」
「いや、そういうわけではないんですけど・・・。あ、もう一本!もう一本缶コーヒー買ってくるので、もう少しだけここで待ってください!」
「え、ちょっと!千歳さん」
三浦の制止も聞かず走り出す。華火は焦っていたため、あまり周りを確認せずに走り出した。だから、近づいてきた人に対しても全く意識を向けていなかった。
「千歳さん!!」
華火が三浦の声に気付いたときには、目の前に大きなナイフのようなものが見えた。
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