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四月九日:捩花
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祭は帰り道、後ろめたさを感じていた。
ずっと自分のことを好きでいてくれた人の気持ちを袖にしたのだから。だが、申し訳ないと思うのは真水に失礼だと思った。謝るくらいなら付き合え、という話である。
飛鳥祭は自分に正直に生きている。自分の気持ちを優先する、とは他人の気持ちを優先しないということだ。それは時に高潔であり、時に残酷なことだろう。
人を好きになることは素晴らしい。そして気持ちを伝えることはとても尊い。手水真水の情熱はきっとこの先誰かに届くこともあるだろう。だがその誰かは自分ではないのだ。飛鳥祭は今誰よりも会いたい人物のことを考えていた。
「・・・仲直りしたい」
家へ帰宅するとすぐに荷物を置いてスマートフォンを取り出す。
『今、家にいる?』
祭はそれだけメッセージを送る。すぐに返事が返ってこないようだったため、部活終わりの汗を流すことにした。
「祭~?ご飯は?食べるの?」
「食べる食べる!!」
湯舟にゆっくり浸かっていると既に二十時半だった。湯舟から上がり、返信をチェックしてみたが、特にこれといった変化はなかった。
「どうしたんだろう・・・」
夕飯を食べ終わっても返信はなく、たまらず電話もかけてみたが繋がらない。警察のことや忍冬矜のことなど、華火が事件に巻き込まれているのではないかと急に不安になる。
また学校にいるのかもしれない!
ちょっと友達の家行ってくる、と母親に言うと小言を言われたが、半ば無理やり家を出た。今の祭にとっては母親の小言をもらうことよりも、好きな人の方が大事だった。
恋する乙女は止められない。
恋する乙女は走った。
月明かりと電灯に照らされながら函嶺高校へ走った。華火は家じゃなく、学校にいるような気がしたのだ。
猪突猛進。一心不乱。恋愛成就。これこそは若者の三種の神器である。
祭が学校に着くと、見たことのある男が立っていた。
「あれって、学校に来た刑事の・・・」
向こうは盗聴した人間の顔を知るはずもなく、声をかける道理もない。それでもあの刑事の前を通って学校に入ろうとすれば間違いなく止められるだろう。なんなら家まで送る、という話になるかもしれない。
どうしようかと悩みながらしばらく三浦の様子を影から見ていた。案外すぐにどこかへ行くかもしれない。
十分ほど経っただろうか。全く三浦は動こうとしない。祭は短気なタイプであるため、先に華火の家に行ってみようかと考える。
「おまたせ・・・まし・・。三浦さん」
遠くて言葉は良く聞き取れなかったが、聞き覚えのある声がした。探し求めていた声がした。
飛鳥祭がそこに倒れていた。
「まつり、ちゃん・・・?」
「千歳さん!大丈夫ですか!!」
三浦がすぐに駆け寄ってくる。
「っ、すぐに病院へ!」
三浦は救急車を呼ぼうとする。
「・・・三浦さん、救急車はいいです。私が病院に連れて行った方が早い」
三浦は華火の表情にゾッとした。
華火は祭をギュッと抱える。三浦は即座に祭を指した犯人へ目を向けようとするが、そこには人影も音も凶器も、血の跡も何もなかった。
「くそっ、どこに行った!こんな短時間に見失うほど、俺は耄碌していない筈なんだがっ」
焦った三浦は少し言葉が乱暴になっていた。
そう、普通はありえないのだ。夜とは言え、現役の刑事を目の前に、凶器も血も、ましてや顔も声も出さずに逃げることなど。
「三浦さん、行きましょう。祭ちゃんが心配です」
「・・・はい、人命優先です。ですが、救急車を呼ばずにどこに」
三浦が言い終わる前に華火は祭を抱きかかえていた。
「ついてきてください」
「千歳さん!そっちじゃないです、あっちです!!」
「いえ、こっちです。向かっている先は箱根伊予総合病院ではないので。それより近くに頼める病院があります」
もう少しです、という声に不安を感じながらも三浦は走った。このあたりは住宅街で病院はなかったはずだ。それも、こんな刺し傷を対処してくれるようなところは。
そこまで考えて三浦は思い出す。忍冬矜もまた、刺し傷ではなかったか、と。
「着きました」
華火の声に顔をあげれば、見たことない建物があった。見逃していたにしては異色な建物だった。それは平屋の、江戸時代からタイムスリップしたかのような屋敷だった。
「・・・これは」
三浦は一瞬啞然とする。
「まったく、デジャヴもいいところだ」
三浦の知らない声がした。
「お前の周りはいつも賑やかなことこの上ないな」
「麻美子さん!」
「・・・早く」
いつも通り白衣を着た伊予麻美子が開けてくれた扉に華火と三浦は駆け込んでいく。
「そのベッドにでも寝かせておけ」
言われるがままに華火は祭をそっとベッドの上におろす。
ふむ、と言いながら伊予麻美子は祭を観察している。
「この刺し傷は出血こそ多いが、刺し所は良かったな。内臓に大きな損傷はない。これくらいなら一晩で治してやるさ。―――この人間は生きる、という意思も持ち合わせているようだしな」
「ひ、一晩?」
三浦は驚く。
「・・・ったく。力のない人間を二人も連れ込んでくれるとはな。華火、お前はよほど貸しを作るのが好きなようだな」
「そ、そんなことは・・・」
華火は困ったように苦笑いをする。
「ったく、お前らは治療の邪魔だ。そっちの部屋にでもいってな。言っておくが、千歳華火の力はいらないよ。お前のエネルギーは力のない人間にとっては、劇薬同然、ということも前回わかったからね。―――それにまだやることもあるのだろう?」
わかったらさっさと出てけ、と二人は部屋から追い出されてしまった。どうやら麻美子さんは全てを分かっているようだった。
ずっと自分のことを好きでいてくれた人の気持ちを袖にしたのだから。だが、申し訳ないと思うのは真水に失礼だと思った。謝るくらいなら付き合え、という話である。
飛鳥祭は自分に正直に生きている。自分の気持ちを優先する、とは他人の気持ちを優先しないということだ。それは時に高潔であり、時に残酷なことだろう。
人を好きになることは素晴らしい。そして気持ちを伝えることはとても尊い。手水真水の情熱はきっとこの先誰かに届くこともあるだろう。だがその誰かは自分ではないのだ。飛鳥祭は今誰よりも会いたい人物のことを考えていた。
「・・・仲直りしたい」
家へ帰宅するとすぐに荷物を置いてスマートフォンを取り出す。
『今、家にいる?』
祭はそれだけメッセージを送る。すぐに返事が返ってこないようだったため、部活終わりの汗を流すことにした。
「祭~?ご飯は?食べるの?」
「食べる食べる!!」
湯舟にゆっくり浸かっていると既に二十時半だった。湯舟から上がり、返信をチェックしてみたが、特にこれといった変化はなかった。
「どうしたんだろう・・・」
夕飯を食べ終わっても返信はなく、たまらず電話もかけてみたが繋がらない。警察のことや忍冬矜のことなど、華火が事件に巻き込まれているのではないかと急に不安になる。
また学校にいるのかもしれない!
ちょっと友達の家行ってくる、と母親に言うと小言を言われたが、半ば無理やり家を出た。今の祭にとっては母親の小言をもらうことよりも、好きな人の方が大事だった。
恋する乙女は止められない。
恋する乙女は走った。
月明かりと電灯に照らされながら函嶺高校へ走った。華火は家じゃなく、学校にいるような気がしたのだ。
猪突猛進。一心不乱。恋愛成就。これこそは若者の三種の神器である。
祭が学校に着くと、見たことのある男が立っていた。
「あれって、学校に来た刑事の・・・」
向こうは盗聴した人間の顔を知るはずもなく、声をかける道理もない。それでもあの刑事の前を通って学校に入ろうとすれば間違いなく止められるだろう。なんなら家まで送る、という話になるかもしれない。
どうしようかと悩みながらしばらく三浦の様子を影から見ていた。案外すぐにどこかへ行くかもしれない。
十分ほど経っただろうか。全く三浦は動こうとしない。祭は短気なタイプであるため、先に華火の家に行ってみようかと考える。
「おまたせ・・・まし・・。三浦さん」
遠くて言葉は良く聞き取れなかったが、聞き覚えのある声がした。探し求めていた声がした。
飛鳥祭がそこに倒れていた。
「まつり、ちゃん・・・?」
「千歳さん!大丈夫ですか!!」
三浦がすぐに駆け寄ってくる。
「っ、すぐに病院へ!」
三浦は救急車を呼ぼうとする。
「・・・三浦さん、救急車はいいです。私が病院に連れて行った方が早い」
三浦は華火の表情にゾッとした。
華火は祭をギュッと抱える。三浦は即座に祭を指した犯人へ目を向けようとするが、そこには人影も音も凶器も、血の跡も何もなかった。
「くそっ、どこに行った!こんな短時間に見失うほど、俺は耄碌していない筈なんだがっ」
焦った三浦は少し言葉が乱暴になっていた。
そう、普通はありえないのだ。夜とは言え、現役の刑事を目の前に、凶器も血も、ましてや顔も声も出さずに逃げることなど。
「三浦さん、行きましょう。祭ちゃんが心配です」
「・・・はい、人命優先です。ですが、救急車を呼ばずにどこに」
三浦が言い終わる前に華火は祭を抱きかかえていた。
「ついてきてください」
「千歳さん!そっちじゃないです、あっちです!!」
「いえ、こっちです。向かっている先は箱根伊予総合病院ではないので。それより近くに頼める病院があります」
もう少しです、という声に不安を感じながらも三浦は走った。このあたりは住宅街で病院はなかったはずだ。それも、こんな刺し傷を対処してくれるようなところは。
そこまで考えて三浦は思い出す。忍冬矜もまた、刺し傷ではなかったか、と。
「着きました」
華火の声に顔をあげれば、見たことない建物があった。見逃していたにしては異色な建物だった。それは平屋の、江戸時代からタイムスリップしたかのような屋敷だった。
「・・・これは」
三浦は一瞬啞然とする。
「まったく、デジャヴもいいところだ」
三浦の知らない声がした。
「お前の周りはいつも賑やかなことこの上ないな」
「麻美子さん!」
「・・・早く」
いつも通り白衣を着た伊予麻美子が開けてくれた扉に華火と三浦は駆け込んでいく。
「そのベッドにでも寝かせておけ」
言われるがままに華火は祭をそっとベッドの上におろす。
ふむ、と言いながら伊予麻美子は祭を観察している。
「この刺し傷は出血こそ多いが、刺し所は良かったな。内臓に大きな損傷はない。これくらいなら一晩で治してやるさ。―――この人間は生きる、という意思も持ち合わせているようだしな」
「ひ、一晩?」
三浦は驚く。
「・・・ったく。力のない人間を二人も連れ込んでくれるとはな。華火、お前はよほど貸しを作るのが好きなようだな」
「そ、そんなことは・・・」
華火は困ったように苦笑いをする。
「ったく、お前らは治療の邪魔だ。そっちの部屋にでもいってな。言っておくが、千歳華火の力はいらないよ。お前のエネルギーは力のない人間にとっては、劇薬同然、ということも前回わかったからね。―――それにまだやることもあるのだろう?」
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