恋恣イ

金沢 ラムネ

文字の大きさ
54 / 64

四月九日:捩花

しおりを挟む
 祭は帰り道、後ろめたさを感じていた。
 ずっと自分のことを好きでいてくれた人の気持ちを袖にしたのだから。だが、申し訳ないと思うのは真水に失礼だと思った。謝るくらいなら付き合え、という話である。

 飛鳥祭は自分に正直に生きている。自分の気持ちを優先する、とは他人の気持ちを優先しないということだ。それは時に高潔であり、時に残酷なことだろう。

 人を好きになることは素晴らしい。そして気持ちを伝えることはとても尊い。手水真水の情熱はきっとこの先誰かに届くこともあるだろう。だがその誰かは自分ではないのだ。飛鳥祭は今誰よりも会いたい人物のことを考えていた。

「・・・仲直りしたい」
 家へ帰宅するとすぐに荷物を置いてスマートフォンを取り出す。
 『今、家にいる?』
 祭はそれだけメッセージを送る。すぐに返事が返ってこないようだったため、部活終わりの汗を流すことにした。

「祭~?ご飯は?食べるの?」
「食べる食べる!!」
 湯舟にゆっくり浸かっていると既に二十時半だった。湯舟から上がり、返信をチェックしてみたが、特にこれといった変化はなかった。
「どうしたんだろう・・・」
 夕飯を食べ終わっても返信はなく、たまらず電話もかけてみたが繋がらない。警察のことや忍冬矜のことなど、華火が事件に巻き込まれているのではないかと急に不安になる。
 また学校にいるのかもしれない!
 ちょっと友達の家行ってくる、と母親に言うと小言を言われたが、半ば無理やり家を出た。今の祭にとっては母親の小言をもらうことよりも、好きな人の方が大事だった。
 恋する乙女は止められない。
 恋する乙女は走った。
 月明かりと電灯に照らされながら函嶺高校へ走った。華火は家じゃなく、学校にいるような気がしたのだ。

 猪突猛進。一心不乱。恋愛成就。これこそは若者の三種の神器である。

 祭が学校に着くと、見たことのある男が立っていた。
「あれって、学校に来た刑事の・・・」
 向こうは盗聴した人間の顔を知るはずもなく、声をかける道理もない。それでもあの刑事の前を通って学校に入ろうとすれば間違いなく止められるだろう。なんなら家まで送る、という話になるかもしれない。
 どうしようかと悩みながらしばらく三浦の様子を影から見ていた。案外すぐにどこかへ行くかもしれない。
 十分ほど経っただろうか。全く三浦は動こうとしない。祭は短気なタイプであるため、先に華火の家に行ってみようかと考える。
「おまたせ・・・まし・・。三浦さん」
 遠くて言葉は良く聞き取れなかったが、聞き覚えのある声がした。探し求めていた声がした。


 飛鳥祭がそこに倒れていた。
「まつり、ちゃん・・・?」
「千歳さん!大丈夫ですか!!」
 三浦がすぐに駆け寄ってくる。
「っ、すぐに病院へ!」
 三浦は救急車を呼ぼうとする。
「・・・三浦さん、救急車はいいです。私が病院に連れて行った方が早い」
 三浦は華火の表情にゾッとした。
 華火は祭をギュッと抱える。三浦は即座に祭を指した犯人へ目を向けようとするが、そこには人影も音も凶器も、血の跡も何もなかった。
「くそっ、どこに行った!こんな短時間に見失うほど、俺は耄碌していない筈なんだがっ」
 焦った三浦は少し言葉が乱暴になっていた。
 そう、普通はありえないのだ。夜とは言え、現役の刑事を目の前に、凶器も血も、ましてや顔も声も出さずに逃げることなど。
「三浦さん、行きましょう。祭ちゃんが心配です」
「・・・はい、人命優先です。ですが、救急車を呼ばずにどこに」
 三浦が言い終わる前に華火は祭を抱きかかえていた。
「ついてきてください」

「千歳さん!そっちじゃないです、あっちです!!」
「いえ、こっちです。向かっている先は箱根伊予総合病院ではないので。それより近くに頼める病院があります」
 もう少しです、という声に不安を感じながらも三浦は走った。このあたりは住宅街で病院はなかったはずだ。それも、こんな刺し傷を対処してくれるようなところは。
 そこまで考えて三浦は思い出す。忍冬矜もまた、刺し傷ではなかったか、と。

「着きました」
 華火の声に顔をあげれば、見たことない建物があった。見逃していたにしては異色な建物だった。それは平屋の、江戸時代からタイムスリップしたかのような屋敷だった。
「・・・これは」
 三浦は一瞬啞然とする。

「まったく、デジャヴもいいところだ」

 三浦の知らない声がした。
「お前の周りはいつも賑やかなことこの上ないな」
「麻美子さん!」
「・・・早く」
 いつも通り白衣を着た伊予麻美子が開けてくれた扉に華火と三浦は駆け込んでいく。
「そのベッドにでも寝かせておけ」
 言われるがままに華火は祭をそっとベッドの上におろす。
 ふむ、と言いながら伊予麻美子は祭を観察している。
「この刺し傷は出血こそ多いが、刺し所は良かったな。内臓に大きな損傷はない。これくらいなら一晩で治してやるさ。―――この人間は生きる、という意思も持ち合わせているようだしな」
「ひ、一晩?」
 三浦は驚く。
「・・・ったく。力のない人間を二人も連れ込んでくれるとはな。華火、お前はよほど貸しを作るのが好きなようだな」
「そ、そんなことは・・・」
 華火は困ったように苦笑いをする。
「ったく、お前らは治療の邪魔だ。そっちの部屋にでもいってな。言っておくが、千歳華火おまえの力はいらないよ。お前のエネルギーは力のない人間にとっては、劇薬同然、ということも前回わかったからね。―――それにまだやることもあるのだろう?」
 わかったらさっさと出てけ、と二人は部屋から追い出されてしまった。どうやら麻美子さんは全てを分かっているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/9:『ひかるかお』の章を追加。2025/12/16の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/8:『そうちょう』の章を追加。2025/12/15の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/7:『どろのあしあと』の章を追加。2025/12/14の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/6:『とんねるあんこう』の章を追加。2025/12/13の朝8時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

隣人意識調査の結果について

三嶋トウカ
ホラー
「隣人意識調査を行います。ご協力お願いいたします」 隣人意識調査の結果が出ましたので、担当者はご確認ください。 一部、確認の必要な点がございます。 今後も引き続き、調査をお願いいたします。 伊佐鷺裏市役所 防犯推進課 ※ ・モキュメンタリー調を意識しています。  書体や口調が話によって異なる場合があります。 ・この話は、別サイトでも公開しています。 ※ 【更新について】 既に完結済みのお話を、 ・投稿初日は5話 ・翌日から一週間毎日1話 ・その後は二日に一回1話 の更新予定で進めていきます。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

(ほぼ)1分で読める怖い話

涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話! 【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】 1分で読めないのもあるけどね 主人公はそれぞれ別という設定です フィクションの話やノンフィクションの話も…。 サクサク読めて楽しい!(矛盾してる) ⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません ⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

処理中です...