恋恣イ

金沢 ラムネ

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四月十日:エピローグ2

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「おはよう」
 千歳華火と飛鳥祭は日常に戻ってきていた。教室で何気なく挨拶をしている様子は、昨日までと何ら変わりない。
「学校、来ても平気なの?」
「うん、もうほとんど大丈夫。まだ激しい動きはするなって、言われているけど、今日は体育もないから」
「そっか」
 いつもよりも幾分、祭の元気がないようだった。
「おっはよう!二人とも」
「おはよう、真水ちゃん」
 いつも以上に元気な姿で現れたのは手水真水だった。
「お、おはよう」
 祭は一瞬遅れて挨拶をしていた。
「二人とも仲直り出来た感じ?良かった!」
 真水はにこにこと話を続ける。
「なんだか祭もずっと塞ぎこんでたから、心配だったの」
「・・・あの、さ、真水」
 遠慮しがちに祭が口を開く。
「いいから。いつも通りで、ね?」
 優し気な真水の様子に、祭は安心したような表情をしていた。
「・・・二人とも何かあったの?」
「ん~?実は私たちもちょっと昨日喧嘩っぽくなっちゃって。でも大した話じゃなかったから、私はもう寝たらすっきりしたよって」
 へらへらと笑う真水に対して、どうにも何か言いたげな祭の様子がまるで正反対のように見えた。
「ま、これからも三人で仲良くしていきましょう?ね、華火ちゃん」

 
 放課後、華火は祭を自宅に招いていた。
「ごめんね。安静にしてないといけないのに。大丈夫だった?」
「うん、親にも連絡いれたし暗くなる前に帰れれば大丈夫だよ」
 そっか、と華火はお茶を祭の前に出す。
「ありがとう」
 祭は少し気まずそうにお茶を飲んでいる。華火もまた気まずそうにしていた。
「こないだのこと、ごめんなさい」
 意を決して華火はこの言葉を口にした。頭を下げた。
「私、祭ちゃんを危ない目に遭わせたくなくて、伝え方、間違えてたんだと思う・・・。なのに、あんな巻き込み方しちゃって・・・」
 華火が頭を下げると祭が慌てて制止する。
「うちもカッとなってごめんなさい!」
「いや、祭ちゃんが謝ることじゃないよ!私が変に意地張っちゃって」
「こういうのは喧嘩両成敗って言うの」
 祭は、ずい、と前に出る。
「・・・あの喧嘩はお互いに空回り結果。だから両成敗」
 それに、と続ける。
「あの日、あの時の私は、自分で勝手に学校に行って、勝手に飛び出して、勝手に刺されたの。だから、それに華火が責任を持つことなんてないの。わかった?」
 むしろ華火が刺されなくてよかった。祭は口には出せなかったが、そう思っていた。
「・・・はい」
 小さい子に言い聞かせるような祭の言葉に華火は素直になってしまった。
「じゃあ、この話はおしまい!」
 笑っている祭はいつもの祭で、華火はすごくほっとしていた。そして自分の現状をどう祭に話すべきかも迷っていた。
「華火」
「はい」
 名前を呼ばれ、顔をあげた。

「うちが通り魔に刺された時、華火が助けてくれたんでしょう?」

 祭には通り魔と説明した。噂をすれば影が差す、これ以上祭に迷惑をかけたくなかったのだ。まして、自分へ怨念にも似た強い思いを向けている人間がいる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、という事実で傷つけたくなかったし、不安にもさせたくなかった。
「私じゃないよ。私は運んだだけ」
「三浦さんが言ってたよ。あんな医者をみたことがないし、あの人のおかげでうちは今こんなに元気なんだって。だからあそこに運んでくれた華火のおかげ。ありがとう」
「・・・」
 華火はどこか照れたように手で自分の頬を触る。
「あの病院はきっと函嶺の宵桜の間と同じで、私だけじゃ本当は関われなかった、特別な場所なんじゃない?」
「それは・・・」
「だから喧嘩した時の華火の気持ちも、今なら少しわかる。華火はあの時、うちに関係ないって言うのが、一番いいって思ったんだと思う。華火の二の腕みたいな怪我を私にさせないために」
「・・・」
 華火はぎゅっと拳を握り、下を向く。
「私が無理に関わっても、きっと華火にとって足手まといになると思う。だから無理に事情を説明しなくてもいい」
「え・・・」
 華火は思わず顔をあげた。
「うちは華火が無事ならそれでいい。だから、いなくならないで・・・」
「うん。いなくならないよ」
 勝手に言葉が口から出ていた。
「いなくならない。だから、また、私とご飯食べたり、一緒に遊んでほしいっ」
 華火が祭の手を取り、目を見てお願いしていた。それに祭は驚き、嬉しそうに笑った。
「うん。もちろん!たこ焼きだって作るし、今度デデニーランド行く約束だってしたでしょ!」
 華火は祭に抱きしめられた。とても暖かかった。
 千歳華火は、ふと思った。忍冬矜は、こんな気持ちになれたことがあるのだろうか。
 なれていたらいいな。
 そう願うような気持ちだった。

「そういえばね、私を助けてくれたのはなっちゃんなの」
「・・・なっちゃんって、あの学校で会った?」
 祭は時代を感じる話し方をする少女を思い出した。
「そう。もうダメかも!って思った時に、気付いたら助けてくれてたの」
「この前といい、なんかお助けキャラみたいなのよ・・・」
 流石になっちゃんが、沖峰浄呉の悪霊を血にまみれながら食べた、とは言えなかったが、ものすごく強かった、という話をした。
「ますますわからないのよね。函嶺も知らないっぽいし・・・。でも学校に住んでる、のよね?」
「学校に住んでるのかは、わからないなぁ。でも学校にいたら、函嶺さん気づくよね」
 祭の頭からはクエスチョンマークが飛び交っていた。

 函嶺には実は朝のうちに華火が会いに行っていた。沖峰浄呉の悪霊についての顛末や感謝を伝えていた。学校で起きていたことは、説明せずともわかっているとは思っていたが、直接伝えるのが礼儀だと思ったのだ。その時に、なっちゃんについて聞いてみたが、知らない、の一点張りだった。どこかはぐらかされているような、そんな気もしたが、まったく教えてくれる気配がなかった。
「あのね、それで、私なりに考えたんだけど。もしかしたら、たまたまかもしれないんだけどね」
 華火が近くにあった紙とペンを取り出し、何かを書く。
「恋ノ晴奈兎、って、こいのはれなと、になるでしょ」
「うん」
「こいのはれなと、を入れ替えるとさ」
 華火が文字を入れ替えながら書き進める。それを祭は見ながら思わず、小さく声を出した。
「これって・・・」
「そう、トイレの花子、になるの」
 恋ノ晴奈兎、こいのはれなと、といれのはなこ、といれのはなこさん、トイレの花子さん。
「たまたまかもしれないけど、これってさ、七不思議じゃない?」
「でも、誰でも知ってるような怪談なのよ?あのトイレの花子さんが、あんなよくわからない人なの?・・・人なのかも、わからないけど」
「・・・人、ではないと思う、けど。もしかしたら、って考えたら、面白いなって」
 祭はその華火の言葉に少し驚き、ふふふ、と笑った。
「そうだね!最近現実味のないことばっか起こったし、そうかもって思うと面白いかもなのよ」
「今度一緒に、なっちゃんに聞いてみようよ」
 華火は屈託なく言った。祭の隣で、約束をした。
「うん。そうするのよ。・・・約束」
 二人は指切りをして、少し恥かしそうに笑いあった。
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