18 / 72
3
16.事件④side立花正義
しおりを挟む時計は朝5時を示している。あまりよく眠れない夜だった。眼鏡をかけて布団から出て、身支度を整えつつ昨日のことを思い出す。
結局、犯人からの連絡は何もなかった。騎士団に捜査依頼をして、帰宅した結衣ちゃんは意気消沈し、鳥待は怒った顔を隠そうともしなかった。一条家の独自調査は、深雪に一任されることとなり、彼は昨夜から出かけた。
「おはようございます。朝から雨だと、少し冷えるね」
「……おはようございます。身体が温まるように生姜スープにしてみたけど、お口に合うか味見して頂いても?」
1人キッチンで作業する結衣ちゃんにまずは声をかける。味見用の小皿にスープを盛ると、食器棚から僕のカップを取り出しコーヒーを淹れてくれる。……立派だよなぁと彼女の後ろ姿を見て思う。
年齢は僕より1つ年下だ。最愛の妹が誘拐事件に巻き込まれたかもしれないのに、人前では大きく取り乱さず冷静にいつも通り仕事もこなす。自分ならどうだろう……故郷に弟がいる。溺愛という程ではないけれど、誘拐されたなんて聞けば慌てふためいて、いつも通りの仕事は難しいだろう。内心でどう感じているのか、正直わからないけど……王国公爵家の筆頭、一条家のメイド長は重い役目なんだろうな。執事長なんだから、僕も気を引き締めないと。
朝食の席は2人と、調査に出た深雪がいないこともあって静かだった。そこで、結衣ちゃんは1人で屋敷の建物から出ることを禁じられた。ご当主様から告げられたこともあって、素直に返事はしたもののその顔は明らかに不服そうだった。
「立花さん、これ門番さんにお願いします」
いつも柚子ちゃんの役目である、門番さんへの差し入れ係は僕に任されたようだ。
「おはようございます。お世話になります」
「おはようございます。……大変な事になりましたね、妹と執事見習いの件。」
「そうですね。あ、こちらメイド長からです」
いつもすみません。と言って差し入れを受け取って貰った。門番さんよると騎士団の情報では、郵便配達員が来た時、門は開いておらず柚子ちゃんが隙間から郵便物を受け取った。それが最後に目撃された姿だったとのこと。望月を最後に目撃したのは僕らしく、状況からして柚子ちゃんと一緒に誘拐されたと思われるそうだ。
現在、国内で流行している貴族メイド誘拐事件と関連している可能性が高いらしい。
「騎士団の方で有力な情報が入り次第、またお伝えします」
と力強い言葉をくれた。
「立花~!」
屋敷内を歩いていると、夜から出かけていた深雪が帰ってきた。
「おかえり。お疲れ様」
「戻りました!これからご当主様の所へ行くけど……一緒にどう?」
何か報告するような事案があった……という事だろうか。
「一緒に行くよ」
一歩前を歩く深雪、いつ何時も飄々とした態度を崩さない。今回の騒動も慌てないで、いつも通りの対処をする。すごいよなぁ……。
「ん?な~に?俺の顔何かついてる?」
「いや。……こんな時でもいつも通りにしててすごいなぁって。僕は慌てちゃってるから」
思わず執事長らしくない発言が漏れる。
「え~そぉ?……俺や結衣ちゃんもそうだと思うけど、冷静に見せるって簡単だよ。一条家なんて大きい家だし、な~んていうか、冷静でいるのが当たり前っぽいけど。俺は立花みたいに、ちょっと慌てたりする人間がいた方がいいと思うけどなぁ~。温かみがある?っていうの?」
「そうかなぁ?……お気遣いありがとう」
ふっと笑みが溢れた。確かに1人くらい違った感性の人間がいても良いのかもしれない。僕は僕らしく、この事件にもこの屋敷にも向き合わないといけないんだろう。
ご当主様の部屋で深雪の話を聞く。
「……つまり、誘拐事件は身代金が目的ではなく。別のことが目的らしいということか?」
「そ~みたいです。今までの事件で被害に遭ったメイドさん達は、大した額の身代金も盗られずに返されたみたいですよ~」
「お金じゃないとすると、何が目的なんでしょう?」
「深雪。他に何かわかったことは?」
「どうも人探しが目的みたいなんですよね~。どこの出身か?とか今の所で働いて何年かとか?家族構成とかを聞かれているみたいで~」
「誘拐してまで探したいメイドがいるってこと?」
手当たり次第に誘拐すると言うことは、顔も……下手したら名前も知らない相手を探していると言うことか。ますます謎だ。
「……なるほど。そう言うことか」
ご当主様は何か思い当たることがあるのだろう、納得した顔をしている。
「望月は~たぶん、柚子ちゃん誘拐の現場に居合わせたんだろうね!」
「そうか。……2人の居場所の目安はついているのか?」
「何ヶ所か候補があるって感じですね~。今夜中にはわかると思いますよ」
「そうか。また明日、報告を待つ」
深雪と2人ご当主様の部屋を出る。どうやって居場所の候補を絞っているんだ。まぁ……彼の仕事は、この家の裏仕事も含まれているからきっといろんなツテがあるんだろうなぁ。
「さぁて、何か食って寝るかなー」
夜通しの仕事を終えた彼は眠そうだ。きっと結衣ちゃんが冷蔵庫に、簡単に食べられるものを準備しているはずだ。
「良く眠れるハーブティーでも淹れるよ」
「えぇ~ほんとに?ありがとう~」
僕に出来ることは、多分みんなを陰から支えることくらいだ。2人の無事を祈りながら、深雪にお茶を淹れるそんな午前中だった。
0
あなたにおすすめの小説
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
【完結】逃がすわけがないよね?
春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。
それは二人の結婚式の夜のことだった。
何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。
理由を聞いたルーカスは決断する。
「もうあの家、いらないよね?」
※完結まで作成済み。短いです。
※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。
※カクヨムにも掲載。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
訳あり冷徹社長はただの優男でした
あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた
いや、待て
育児放棄にも程があるでしょう
音信不通の姉
泣き出す子供
父親は誰だよ
怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳)
これはもう、人生詰んだと思った
**********
この作品は他のサイトにも掲載しています
【完結】私が愛されるのを見ていなさい
芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定)
公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。
絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。
ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。
完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。
立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる