ようこそ、一条家へ

如月はづき

文字の大きさ
19 / 72
3

17.事件⑤

しおりを挟む



「ん……」



「柚子ちゃん、おはよぉ」



 夢なら良かったのに……。目を覚ますと硬い床、隣にはちょっと疲れた顔の光くん。あー、誘拐は夢じゃなかった。昨日は泣き疲れて寝たらしい。



「おはよぉー。夢じゃなかったんだねぇ。研修何日するつもりなんだろう」



「ほんまに、研修なんかなぁ?」



 メイド学校の授業で、誘拐された時の心得は聞いたことがある。自分のお屋敷のことは話さない、自分のことも極力話さない、そして……解放されることを想定して相手の情報を聞き出す。だったような気がする。研修でどこまで出来るのか試そうとしているんだろう、よし!やってやる!どーせ、発案は修斗くんだ!ギャフンと言わせてやるんだからな。






 時間を持て余して光くんとしりとりをしていた時だった。昨日と同じ男と、もう少し身長の高い男の2人組がこの部屋にやってきた。



「キツツキ!」



「ちょっ、柚子ちゃん。さっきから き ばっかりやん。ずるいで」



「ふふんっ!……あ!おはよぉー」



「お楽しみの所悪いが、こちらの質問に答えて貰う」



 ……待て待て待て。朝の挨拶は基本じゃない?おかしい!私は両親やお姉ちゃんに、挨拶はちゃんとしなさいと躾けられてきた。なのに、私の挨拶を無視して話を続けるなんておかしい!



「お前、一条家の者か?」



「知らん。答えん」



 その不躾な態度にムッとしたので、光くんに話しかけている声を遮った。



「ねぇ、ちょっと!せーっかく、柚子が朝のご挨拶してるのに、どう言うこと?おはようって言われたら、おはようって返すんだよ」



「……はぁ?」



「はぁ?じゃないでしょ!はい、おはよう!」



 2人の男は顔を見合わせている。



「……おはよう……」



 なんだ、挨拶出来るじゃないか!とりあえず会話は出来そうだ。



「さっそくだけど、柚子お腹空いた!クロワッサン買ってきて」



「はぁ?……てめぇ」



「……買ってくれば質問に答えるか?」



 昨日の男はすごい顔でこちらを見ていたけど、背の高い男はクロワッサンを買ってくれるっぽい様子だ。話のわかるいい人を犯人役に選んでくれたのは、たぶん立花さんだろう。



「……うー、うんー!」



 こういう時は適当に返事をしておく。肯定も否定もしていないように、曖昧にしておくのが良いだろう。男2人は顔を見合わせると部屋から出ていった。私はその背中に、お水持ってきてねーと叫んでおいた。


 しばらくすると、光くんは疲れもあって、眠っていた。私の予想だと、この研修は今日の夕方くらいまでのはずだ。






 クロワッサンまだかなぁ。今何時なんだろう……。ぼーっとしていると扉が開いた。



「あ、おかえりー」



 身長の高い方が入ってきて、その手にはクロワッサンが入ったと思われる袋があった。



「光くーん!ご飯きたよー」



 お疲れの様子の光くんを気遣って、努めて優しく声をかける。はっとした様に目を開けると、寝坊した時の私並みのスピードで起き上がった。



「何もされてへん?大丈夫?」



「大丈夫だよ?起こしてごめんね、クロワッサン買ってきてくれたみたい」



 光くんは、私を見て異変がないことを確認してホッとした様子だった。



「……約束のものだ、食べろ」



「わーい、いただきまーす!柚子、飲み物も欲しい!」



 グッドタイミングで扉が開き、お茶を持っている男が入ってきた。クロワッサンは買ったものだったし、お茶はちょっと温かったけど、まぁお腹には溜まった。



「ご馳走様でしたー!」



「早速だが……」



 食事終わりの挨拶をしたら、ちょっと休憩……と思ったのに話が始まった。



「ねぇ!ご飯終わったばっかりだから、食休みだよ」



「……うるさい女だ、こっちもいろいろあるんだ。質問に答えろ!」



「柚子のことうるさいって言った!失礼だ!柚子もう、ぜーったい喋んない」



「柚子ちゃん、ちょっと落ち着き」



「ふんっ……」



 なんだこいつ!修斗くん2世か!バカにしてる。何を知りたいか知らないけど、こいつには何にも話したくない!顔を背けて、壁の方を見つめると、話さないだろうと分かったようで男2人は諦めて出て行った。






 夕方になったのか、少し寒くなってきた。外は激しい雨と遠くから雷の音が聞こえる。……雷はあんまり好きではない、あの大きくて不気味な音と不規則な稲妻が怖い。



「……柚子ちゃん?大丈夫?」



「ん?んー」



 光くんに話しかけられて、外を見るのはやめた。



「そんな顔せんで?……やっぱり怖いん?」



 不安そうな顔でもしていたんだろう。心配そうに、私を見つめる光くんの顔も不安そうだ。



「雷……好きじゃないんだよね」



「あ、なんや、そっちか!」



 私の返事にニコッと笑うと、少し離れた位置から隣にやって来た。



「この状況が怖いって言うても……今は何もしてあげられへん。けど、雷なら話は別や」



 私の左手と光くんの右手が繋がれる。



「そんなにせんで、雷終わると思うから。……って、え?ちょっ、柚子ちゃん?熱あるん?」



「だ、だいじょぶ!熱ないっ!ちょっと暑いだけっ」



 男の人に手を繋がれた事なんて、人生であっただろうか。自分でもわかるくらい、頬は熱い。どうしよう、光くんは親切心で手を繋いでくれているのに、変に意識してしまう。あぁ、どうしよう。

 ガチャっと鍵を開ける音がして、扉が開いた。いつもの2人組が入ってくると同時に、光くんと繋いだ手は離れた。



「さて、お前の名前は光なのはわかった。一条家の使用人か?出身はどこだ?」



「答えん」



 光くんが先に質問されていた。あまりにも、答えないのでこちらにやってきた。

 

「お前の名前は柚子。一条家の使用人か?出身はどこだ?」



「……なんでそんな事聞くのー?なんでもいいじゃん」



「質問に答えろ。……お前熱があるのか?」



 やはり、人にわかる程に顔は赤くなっているようだ。



「熱ない!へーき。……ねぇ、なんでそんな事聞くのー?そっちこそ、名前は?どこ出身?」



 光くんを意識したことを誤魔化すように、私はひたすら犯人2人組に話しかけ、時間は過ぎていくのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する

ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。 夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。 社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。 ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。 「私たち、離婚しましょう」 アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。 どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。 彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。 アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。 こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。

【完結】逃がすわけがないよね?

春風由実
恋愛
寝室の窓から逃げようとして捕まったシャーロット。 それは二人の結婚式の夜のことだった。 何故新妻であるシャーロットは窓から逃げようとしたのか。 理由を聞いたルーカスは決断する。 「もうあの家、いらないよね?」 ※完結まで作成済み。短いです。 ※ちょこっとホラー?いいえ恋愛話です。 ※カクヨムにも掲載。

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

訳あり冷徹社長はただの優男でした

あさの紅茶
恋愛
独身喪女の私に、突然お姉ちゃんが子供(2歳)を押し付けてきた いや、待て 育児放棄にも程があるでしょう 音信不通の姉 泣き出す子供 父親は誰だよ 怒り心頭の中、なしくずし的に子育てをすることになった私、橋本美咲(23歳) これはもう、人生詰んだと思った ********** この作品は他のサイトにも掲載しています

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

処理中です...