ようこそ、一条家へ

如月はづき

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65.今生の別れをside風見育

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 柚子の部屋を出て玄関へ向かう。望月から一礼という別れの挨拶があって、ご当主様と修斗くんとはこれっきりになるようだった。

 深雪さんに連れられて玄関ホールまで来ると、彼は2度と戻らない屋敷をその目に焼き付けるかのように辺りを見回していた。
 車を回してくると外へ行った深雪さんと入れ違いに、立花さんがやってきた。

「望月」

 そう呟く声はすごく悲しそうだった。それもそうか、この屋敷で望月の面倒を見ていたのは執事長である彼だ。いろんな想いがあるだろう、でもそれを表に出さないで笑顔を向けた。

「働いた分のお金と、あとこれね」

 少し厚めの封筒と、真っ白い封筒が5枚ほど望月に手渡された。おずおずと受け取った彼が尋ねた。

「これは?」

「行き先の大陸にも一条家の名前は知られているからね、これは紹介状。君は執事として立派だったよ。……なんて言うか、うん。元気でね」

 紹介状はこの屋敷で経験を積んで、それなりに仕事が出来る事の証明書だ。一条家からの紹介状が手元にあれば、この国で就職できない所なんてない。望月がこの先の生活に困らないように、ご当主様の配慮なのか、立花さんの独断か、どちらかは分からないけれど、取り乱さずに望月を見つめて言葉をかけた立花さんは、立派な一条家の執事長だった。

「光くん、これを」

 音もなくキッチン方面から現れたのは結衣ちゃんだった。その昔ピクニックで使ったバスケットと水筒を望月に持たせた。おそらく軽食ーーサンドイッチとハーブティーが入っているんだろう。望月は困惑した表情で結衣ちゃんを見つめた。

「貴方が柚子にした事は忘れないわ。だけど……柚子が貴方を大事に思っていて、それと同じくらい貴方が柚子を大事に思ってくれていた。その気持ちは大切にしたいから。……身体に気をつけてね」

 笑みを浮かべた結衣ちゃんに、望月は黙って頭を下げた。


 玄関の外から車の音がした。僕と結衣ちゃんと立花さんは、望月の見送りの為に外に出た。寒いけれど、雪は降っていない、星空がよく見えるそんな日だった。

「風見、ありがとうな。俺……お前みたいな仕事仲間がおって良かったわ」

 隣に並んでボソッとそんな事を言われた、仕事仲間ねぇ……。

「そう。僕は友達だと思っていたけど、望月は違ったんだね」

 そう言うと驚いた顔でこちらを見ていた。

「……友達と思って良かったんか。ありがとうな」

 目があった彼はいつもと同じ優しくて、頼りない顔だった。

 深雪さんが助手席のドアを開けて、後部座席に荷物を積み込んだ。助手席に乗り込む直前、望月は結衣ちゃんを見ていた。柚子に少しだけ似た顔の結衣ちゃんを。
 柚子、起きなよ。今ならまだ間に合うから、望月に気持ち伝えなくていいの?この先の人生を共にしなくていいの?駆け落ちって手段もあるんだよ。最後になるんだぞ、お別れも言えなくていいの?
 望月……お前もお前だよ。そんな達観して全部受け入れるなよ、どんな事情があったか知らないけど、きっとトカゲの尻尾切りなんでしょ?騙されたんだって、誰かに脅されて仕方なくあんなことしたんだって、柚子にちゃんとお別れを言いたいって、ちゃんと言えば柚子を叩き起こしたっていいんだよ。
 望月が乗る車が屋敷から離れていく。真っ暗な2階の部屋と、走り出した車を僕は交互に見るしかできなかった。
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