神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第1章 幼少期編

9 闘技大会5

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 自分のいるブロックの参加者は確認していたけど、別ブロックは見ていなかった。
 第二ブロックを勝ち上がってきた子の名前をトーナメント表で急いで確認すれば、そこには確かにかつての親友の名が刻まれていた。

 エル・クロウ。私がホロウを戴くきっかけになった、魔獣に襲われた村にいた少女。
 以前は、村が受けたダメージが深刻で、彼女と一緒に暮らしていたという母親も彼女を庇って犠牲になったと聞いている。身寄りのなくなった彼女のことを、村の人たちは避けていたという。
 それは、彼女が「獣人」であったから。銀狼の獣人であるエルは自分の生まれ故郷を賊に襲われ、母親と共にさらわれながらも何とか逃げ延び、あの村に身を隠していた。獣人は人間と比べて力が強く、労働力になるので、今でもそうした事件が後を絶たない。
 その力を野放しにしておいては、自分たちの脅威に成り得るかもしれない。一時期、大規模な獣人狩りが行われていたこともあるそうだ。人間のせいで、獣人たちは居場所を奪われている。

 行き場を失ったエルは、王都の孤児院で生活するようになった。私は、その時に彼女を見つけたのだ。
 近所で遊んでいる時に、常に帽子を目深にかぶった少女がひとりぽつんと立っているのが気になって声をかけた。最初はおどおどしていて会話もままならなかったけど、次第に心を開いてくれるようになり、私たちは親友と呼べる仲になった。
 自分が獣人だということを明かしてくれたのは、私が学園に入るのを決めた頃。彼女も同じ学園に入ると宣言した時、隠してはおけないからとおそるおそる帽子をとり、可愛らしい狼の耳を見せてくれた。
 勇気がいったことだろう。それでも、私に打ち明けてくれたことが嬉しかった。いつでも私のことを気遣ってくれるし、辛い時には傍にいてくれた。そんな優しい友人のことを嫌いになるなんてあり得ないよ。

 世界崩壊の日も、最後まで私の傍で戦い散っていった。私の友人でなければ、自ら魔王と対峙する必要はなかったのかもしれない。得体の知れない大きな力を前にして、それでも立ち向かわなければならない恐怖を味わうことはなかったのかもしれない。
 エルは私にたくさんのことをしてくれたけど、私は何も返せなかった。


 時間が巻き戻り、あの村は再び魔獣に襲われた。
 ファブラス伯爵家の養子になり、王都から離れてしまった私は彼女の様子を確認できないでいた。村で犠牲者は出ていなかったはずなのでエルもその母親も無事だと分かってはいたが、こうして実際に生存を確認できてよかった。まさか、こんな形で再会することになるとは思ってもみなかったけど。

 決勝戦まで、まだ三十分ほどある。その間に十歳以上の部の試合も進められていたようだが、そちらはリトランデ様が勝ち上がっていた。決勝戦はガザーク家同士の戦いになりそうである。
 一方、十歳未満の部では久しぶりにガザーク家以外の参加者が決勝で争うことになるので、その話で観客たちは盛り上がっていた。

「お嬢様はともかく、第二ブロックの代表もガザーク家の人たちと戦って勝ったんですよね。名の知れた方ではないようですが、只者ではないでしょう。気をつけてくださいね」

 イディオの忠告に、私は頷いた。
 子どもの頃からエルの運動神経は良く、それが戦闘でも活かされていた。
 彼女が獣人であるということを告白する以前に、戦っている姿を見たことはないため、今の彼女がどれほどの力を持っているのかは未知数だった。

 彼女を遠目に見ていると、ばちっと目があった。
 あちらも気がついたようで、エルの方から声をかけてきてくれた。

「ルナシアさん‥‥‥私の村を魔獣から救ってくれた、ルナシアさんですよね?」

 二年前の出来事なのに、顔を覚えていてくれたのか。今の彼女とは初対面だけど、嬉しくなってしまうね。
 彼女の言葉を肯定すれば、エルは突然泣き出してしまった。

「私、エル・クロウといいます。どうしても、お礼が言いたくて。あなたのおかげで、私も母も助かりました。本当にありがとうございます」
「無事だったなら、それでいいよ。お母さんも元気にしてる?」
「はい、おかげさまで。ルナシアさんの方こそ、王都を離れたと聞きましたが……」
「うん、今はファブラス家の養子になってヴェルデ領の方にいるんだ」
「ヴェルデ……遠いですね……これでは簡単に会いには行けない……ブツブツ……」
「あの……?」

 急に何か考え事を始めてしまった。どうしたんだろう?

「失礼しました、こちらの話です。あの……あなたは今、幸せですか?」

 ファブラス家での生活のことを言っているのだろうか。初対面に近い相手のことを心配してくれるなんて、やっぱりエルは優しいな。

「幸せだよ」

 魔王襲撃の恐怖はあるけど、ファブラス家での生活は不自由していない。皆いい人たちだし、私には充分過ぎる。
 それを聞いて、エルは安心したような表情を浮かべた。

「そうですか、それが聞けて安心しました。あ、そろそろ決勝戦が始まりますね。準備しないと」
「本当だ。決勝戦、頑張ろうね」

 ピタリ、とエルの動きが止まる。

「……ルナシアさん、大会出てたんですか? 私、自分が勝ち進むことしか頭になくて」

 エルも私と似たようなパターンか。私もエルが出てることさっきまで知らなかったもんな。
 ひとつのことに集中すると、周りが見えなくなりがち。人のことは言えないけど、エルはこの頃から変わらないね。

「決勝戦は私とエルさんだよ」
「な、な……ルナシアさんに刃を……ブツブツ……」

 また考え込んでる。だ、大丈夫かな、もうすぐ始まるんだけど。
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