神に愛された宮廷魔導士

桜花シキ

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第1章 幼少期編

11 確執

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 ヴァン様の研究資料の閲覧を許可され、私はたびたび城に足を運ぶようになった。
 それに伴い、付き添いのディーン様をはじめとして、騎士団への出入りを許可されたエルやリトランデ様とも頻繁に顔を合わせるようになった。二人とはまた友人と呼べる仲になり、色々と話をしている。
 エルはお母さんと一緒に王都に移り住んだそうで、ほぼ毎日のように訓練に励んでいるらしい。闘技大会での別のお願いは、安心して暮らせる場所だったみたいだね。

 彼女とその母親が獣人であることは陛下ももちろんご存知で、騎士団の方へも周知されている。彼女のことを最初はよく思っていなかった騎士たちもいたようだが、本人の実力で黙らせたらしい。
 今ではもう、騎士団の中では獣人であることを隠さずやっているそうだ。噂では、向かってきた大人たちを次々とねじ伏せていったとか。中には隊長クラスもいたみたい。それは文句も言えなくなるよね。
 まぁ、彼女がいくら強いとはいえ、ちょっとそれが過ぎる気もするけど。

 強すぎるといえば、それはリトランデ様も同じだった。
 彼は私と同じく通いではあるが、たまに兄のところに厄介になって泊まりで訓練をしていることもあるそうだ。
 リトランデ様の兄レイリオ様はガザーク家の次期当主だが、修行も兼ねて、学園を卒業してからは騎士団に籍を置いている。
 レイリオ様の強さは騎士団内でもトップクラスで、エルとリトランデ様もまだ勝てたことはないそうだ。リトランデ様の強さは認めてるみたいだけど、まだまだ大きな壁として立ちはだかっている。

 それでも、年齢を考えれば二人の強さは誰もが疑わないだろう。私は以前の記憶があるから上乗せされてるけど、二人は子どもの頃から只者じゃなかったんだな。

 私も二人に負けていられない。
 今日も図書館に篭り、ディーン様と一緒にヴァン様の残した研究資料に目を通していた。
 ふと、見覚えのある大魔法の論文に目がとまる。それを見て、ディーン様はため息をついた。

「ヴァン様が考案した大魔法……原理は分かっても、今の我々では使用不可能です。必要な魔力量が多すぎる」

 以前の私は、魔王と戦う際にこの大魔法を使用した。莫大な魔力量を保持していると自負しているが、それでも魔力切れを起こして動けなくなったことを覚えている。しかも、それでも魔王は倒せなかった。
 ヴァン様が生きていた頃には、まだ魔王は現れていない。それでも、残された研究資料からは、魔王のような魔獣を上位互換した存在が現れることを予測していたように感じられた。

「でも、威力は絶大だと思います。問題は、魔力の消費をいかに抑えるかですね」
「今出現している魔獣を倒すだけなら、大魔法を使う必要もありません。でも、ヴァン様が研究されていたということは、何か意味のあることなのでしょう」
「魔獣たちもさらに強くなる可能性がありますから、それに備えていたのでは?」
「なるほど、考えられますね。特に最近は魔獣も多様化してきていますから」

 魔獣が現れ始めた頃と比べて、今の魔獣の方が強くなっている。それは、ヴァン様の資料にも記されていた事実。
 始めのうちは黒いモヤモヤのような、明確な形を持たないものが多かったが、次第に魔と呼ばれるのに相応しく、野生生物に似た形をとるようになった。
 魔獣たちの親玉であろう「魔王」。魔獣たちの変化は魔王によるものなのだろうか。魔王も私たちと同じように成長しているというのだろうか。


 私たちが考えに耽っていると、廊下からディーン様を呼ぶ切迫した声が聞こえてきた。

「ディーン様! ディーン様はいらっしゃいますか!?」
「何事ですか?」
「近隣の町で魔獣発生。討伐に向かった騎士、魔導師たちは重傷。未だ魔獣は暴れている模様。至急、応援を求めます」
「なんですって? 分かりました、すぐに向かいます。すみません、ルナシアさん。今日はここまでにしましょう」

 緊急事態なら仕方ない。資料を片付けて、急いで図書館を出る。魔獣討伐で重傷者が出たって言っていたけど、大丈夫だろうか。

 ディーン様の後ろについて城の外に出ると、隣接した救護施設に続々と怪我をした騎士や魔導師たちが運び込まれているのが目に入った。
 その中に、見知った顔があることに気づく。

「ギャロッド、あなた大怪我してるじゃありませんか!」
「いい、構うな。早く消えろ」

 駆け寄るディーン様をしっしっと手で払い、そっぽを向いてしまう。だが、その反対側の腕は怪我のせいか、だらんと垂れている。

「ああっ、もう! こんな時でも口だけは達者なんですから。分かりました、勝手にしなさい!」

 その態度にディーン様は声を荒げる。
 ディーン様も早く魔獣討伐の応援に行かなくてはならないため、言い争いに発展する前に走り去っていった。

 残された私は、嫌がられるだろうことは分かっていても、ギャロッド様の治療をすることにした。
 ベッドはもう埋まってしまっているので、ギャロッド様は壁際の床にじっと座って動かない。他の人たちの治療が終わるまで待つつもりだろうか。
 かなりの重傷で、見ているこちらが痛々しい。肩からばっさり斬られてるね。あまり放置しない方がいい。

「失礼します、怪我を診せてください」
「俺に構うな。さっさと他のところへ行け」
「ここにいる人たち全員に対して治癒魔法をかけます。動かないでください」

 それを無視して、部屋全体に癒しの魔法が行き渡るように集中する。ディーン様がいるならお願いしたいところだけど、彼は現場に向かってしまった。
 怪我人の数と治癒魔導師の数が釣り合っていないので、このまま待っていてはギャロッド様の番がいつくるか分からない。
 今は魔力に余裕もあるので、誰を優先するか考えるより一気に治してしまった方が早い。

 魔法が行き渡ったのか、軽傷だった患者からあっ、と声が上がる。怪我が酷かった人たちも、じわじわ治ってきているようだ。
 ギャロッド様も、さすがに治療中に暴れることはなかったが、見るからに不機嫌そうな顔だった。

 しばらくすると、皆の怪我はすっかり綺麗に治った。ギャロッド様の腕も問題なく動くだろう。何度か手を握ったり開いたりしているのを見ながら、大丈夫そうだなと判断する。
 だが、やはりというか、ギャロッド様は何か言いたげな目をこちらに向ける。

「俺はーー」

 ぐぅぅぅ~。
 だが、ギャロッド様の言葉を遮るように、盛大にお腹が鳴った。……私の。これは流石に恥ずかしい。ずっと資料と睨めっこした後に、広範囲に治癒魔法をかけたから、仕方ないというか……。
 気まずい沈黙が流れたあと、ギャロッド様に舌打ちされてしまった。そりゃそうですよね、すみません。

「チッ……お前の顔は見たくないんだ」

 立ち上がると、去り際にポイと私に小さな包みを投げてよこした。
 呆然とその背中を目で追っていると、一緒にいた他の魔導師が呆れたように言った。

「治してもらったのに、あの言い方はないですよね。気にしなくていいですよ、あの人いつもああなんで」

 その人はそう言ったが、私は素直にその言葉を受け止められなかった。
 怪我人はたくさんいたけど、ギャロッド様の怪我が一番酷かった。きっと、誰よりも前に立って戦っていたんだろう。
 不器用なだけで、本当は優しい人なのに。自分に構うなと言ったのも、他の怪我人を優先しろということだろう。

 もらった包みを開けてみれば、そこには小さなクッキーが数枚入っていた。もしかして、私がお腹を空かせていると思ったから?

 私やディーン様に特に厳しく当たる理由も分かっている。以前はそれを拗らせて罰されてしまったけれど、今ならまだ間に合う。
 私のことをよく思ってないはずなのに、お菓子もくれたのだ。根は悪い人じゃない。

「……甘い」

 どうにかギャロッド様と関係の改善はできないだろうか。もらったお菓子を食べながら考えた。
 それにしても、このクッキーおいしいな。どこのだろう。それも聞き出さないとな。
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